GS>> GS3@桜井兄弟 - I Still..>> 15. Piano

書名:GS
章名:GS3@桜井兄弟 - I Still..

話名:15. Piano


作:ひまうさ
公開日(更新日):2013.9.5
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4745 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:荒川/美咲
1)
先輩sと

前話「14. Valentine (first year)」へ p.1 へ p.2 へ あとがきへ 次話「2-01. Nickname」へ

<< GS<< GS3@桜井兄弟 - I Still..<< 15. Piano

p.1

 試験前の学校の図書室は、普段よりも利用者が増える。当然、私もその一人だが、半年ほど前から極端に利用が増えたのは間違いない。ここなら、邪魔も入らず、集中して勉強できるのだから。

 ノートと教科書と参考書を開いて、一つ一つ問題を解いていく。今やっているのは数学の問題で、今回は学年末試験なので、一年間の総まとめなのだ。おかげで範囲が広い。私の足りない頭では、なかなかにこれが手強いのだ。

 ひとり教科書と参考書を眺めながら唸っている私に、穏やかで囁くような声が降ってきた。

「荒川さん、こんにちは。勉強熱心で、えらいな」
 顔を上げると、メガネを掛けて、折り目正しく制服を着こなした青年が私を見下ろしている。穏やかな眼差しは眼鏡越しでもわかるが、この人がただの穏やかな好青年というはずはない。これではばたき学園の生徒会長サマなのだ。

「あ、会長、こんにちは」
「先生もほめてたよ。期末試験の勉強、進んでる?」
 私の手元を覗いて訊いてきた会長に、私は苦笑いで応える。

「え……ええ、まあ」
「どこかわからないところでもあるの?」
「……お恥ずかしながら……」
 あの昨年末の一件で、実は校内の一部で、私が一学期末に赤点で補習組だったことは知られている。二学期で五〇番内に入ることが出来たのは、かなりの奇跡だと言われた。そして、調理室の許可を取るには、生徒会の許可がいるわけで、会長がそれを知らないはずはないだろう。

「どこ?」
 私の隣に周って会長がノートを覗きこんでくるので、その顔の近さに思わず私はわずかな距離をとっていた。が、聞いていいのなら、と手を伸ばして、先程から悩んでいる問題を示す。

「ええと、ここの問いの意味が理解できなくて」
「ああここはね……」
 会長は私の反応に気を悪くする事無く、かつとても丁寧に答えの導き方を教えてくれた。みよさんもだけど、頭のいい人は教え方が違うなぁ、と私は感心しつつ、教わったことをノートに書き込んでゆく。

「ああ、そういう意味なんですね。なるほど。じゃあ、ここはこうってことですか。ありがとうございます、会長」
「いいえ、どういたしまして」
 教え終えた会長は、もう屈んでは居ないけれど、隣に立って口元を綻ばせる姿は一瞬ときめいてしまいそうに格好いい。そういえば、会長、そういう意味でも人気のある人でした。

 つまり、あまり関わると碌なことにならない。面倒なことになるのは、幼馴染みたちで十分だ。

「紺野」
 私が妙な決意を固めている間に、別な声が会長を呼んだ。そういえば、会長は紺野という苗字だった。名前は知らない。別に必要ではないし。

「ああ、設楽、待たせたな」
 近づいてきた青年は、眉間にしわを寄せた目付きの鋭い青年だ。神経質そうな感じで、何故か私を睨んでくる。初対面のはずだが、何か私はしただろうか。

「知り合いか」
「うん。……例の1年生だよ」
「なに?」
 じろじろと無遠慮な視線を向けてくる青年に、私も心当たりもないのに睨まれる居心地の悪さで、眉根を寄せてしまう。

「おまえ、美咲、か?」
 だが、次に青年から発せられた言葉に、私は別の意味で首を傾げることになった。

「確かに、私は美咲って名前ですけど、あの?」
 どちらさまですか、と私が口にする前に、青年は何故かへの字に口元を曲げつつ、頬を僅かに上げて微笑む。

「帰ってたのか」
 彼の言葉で、私はまたしても脳内で疑問符が乱舞することになった。これはなにか、覚えのある感じが。そう、琉夏君たちと再会したときみたいな。

(え、てことは、この人も幼馴染みってこと?)
 驚きに私は目を見開き、だが見覚えのない青年の姿に、やはり眉根を寄せる。誰なのか、さっぱり思い出せない。

「……ふ……」
 そんな私の様子をみていた青年は、唐突に鼻で笑った。こう、あれだ。アニメや漫画で見るような、「ハッ」みたいな癇に障る笑い方だ。しかも、続けられた言葉が、さらに煽ってくる。

「成長がないな」
「は?」
 私が不機嫌に聞き返すと、青年は目を瞬いて、軽く首を傾げた。あ、よく見ると、この人も琉夏君張りに美青年だ。

「? 覚えてないのか?」
「……何を、ですか?」
「あいつらのことも?」
「あいつら?」
 さっぱり通じない会話に私は苛つきながら返すと、追い打ちをかけるように青年が言った。

「……あいかわらず、鳥頭か」
「っ、誰が鳥ですか!! 初対面で、失礼ですよ!?」
 流石に先輩だということも、ここが図書室だということも忘れて、私が怒鳴り返すと、青年も負けじと不機嫌に言い返してきた。

「だから、鳥頭だって言ってるんだ」
 てか、この人、私以上に怒ってるな、と頭の隅で感じながらも私も睨み返す。

「まあまあ、設楽、荒川さんも落ち着いて」
 私達の険悪な空気を止めたのは会長だ。そして、会長はここが図書室だということも思い出させてくれた。

 設楽、なんて苗字の友達なんて、私にいたのだろうか。まあ、別に居たところで、きっとろくな関係ではなかったに違いない。そう結論づけた私は、青年から目をそらして、広げていたノートや教科書類を鞄に仕舞った。

 それから、会長だけを見て、丁寧に頭を下げる。

「気分が悪いので失礼します、会長」
 会長は私の作り笑顔に気圧された様子で頷く。

「あ、ああ」
 このまま行ってしまってもよかったが、相手は一応先輩だ。私は笑みを消して、青年に頭を下げた。

「知らない先輩も、つっかかってすいませんでした。失礼します」
 一瞬、青年が辛そうに表情を歪めたのが気になったけれど、私は構わず大股で図書室を後にしたのだった。行き先はもちろん静かに勉強のできる、もうひとつの私の居場所ーー調理室だ。

 足音荒く廊下を歩く私を、何人かの生徒が不思議そうに振り返っていたが、私は気にせずに歩き続けた。



p.2

 調理室の鍵を開け、私は鞄を教壇のテーブルに乗せると、まず室内の窓を開けにいく。閉めきった室内は、空気の流れが淀んでいて、あまり気分のいいものではないのだ。教室と違って、食べ物の色々な匂いが誘惑をしてくるし。

 窓から入り込む冷たい風が、自然と私の熱くなった頭を冷やしてくれて、私は今更ながらに後悔した。最後に見た傷ついたように歪んだ先輩の、今にも泣きそうな顔を思い出したからだ。

 私は自分がはばたき市に住んでいた時のことを、碌に覚えていない。再会して一年が経つというのに、幼い日に琥一君や琉夏君と遊んだ夢も見るけれど、まだ二人のことだって、ほとんど思い出していないのだ。だから、もしも本当にあの先輩が、思い出していない幼馴染みだったというのなら、思い出せない私は確かにーー。

「でも、鳥頭はないよね」
 先程の先輩の言葉を思い出して、しかし私は眉を潜め、口をへの字に曲げた。頭は悪いが、そこまで言われる程ではないはずだ。……その、はずなのだ。

 しかし、とループに陥りかけた私の耳に、ピアノの音色が流れてきた。時々聞こえてくる音ではあるけれど、今日はいつもと曲が違う。弾き手は同じようだけれど、珍しい。この人はいつも同じ曲ばかり弾いていたのに。

 目を閉じて、音だけを聞いていると、自然と自分の口からも零れ出てきて。

「あれ、この曲……」
 私の脳裏に、ある光景が蘇った。それは、小さな私と、目付きと口の悪い男の子との一場面だ。男の子が弾いているピアノのそばで、女の子が気持よく声を張り上げる。しかし、男の子が唐突に弾くことを辞めてしまったので、女の子も歌うのをやめざるをえない。

「へたくそ」
 男の子の暴言に、女の子は口を尖らせて応戦する。

「っ、せーちゃんの伴奏が下手だからだもん」
「なんだとっ?」
「なによっ」
 思い出しながら、私は教壇に置いたままの鞄をひっつかみ、慌てながらも調理室に鍵をかけてから、急いで廊下を歩く。走りたいのは山々だが、教師に見つかって、咎められる時間のが惜しい。

 音楽室は校舎の最上階だ。廊下を細く響く音を頼りに、私はそれを目指す。おかげで、迷うことなくたどり着いた音楽室の前で、私は深呼吸で息を整えた。

 もしかして、と胸が高鳴る。思い出した光景の女の子は私で、その相手はもしかするとこのピアノを弾いている相手かもしれない。琥一君と琉夏君とは違って、対等に私と喧嘩をしてくれた男の子。

 でも、もしも違ったら、と思うと怖くて。私は結局、音楽室の扉を開けずに、小さく歌詞を口ずさむに留めた。もしも、そうなら、ここを開けてくれたら、私は言えると思ったから。

 私が歌い出して、少しして、あの時みたいに唐突に伴奏が止まった。そして、慌ただしく開かれた音楽室の扉の向こうに、先ほど図書室で会った先輩がいる。彼をよく見れば、記憶の奥でピアノを弾く男の子の面影が見えて、私は目を細めて笑った。

「せーちゃん」
 私が彼の名を口に乗せた瞬間、せーちゃんーー設楽聖司は私と同じように目を細めて笑った。

「ホントに、美咲なんだな」
 音楽室に招かれ、私は一歩を踏み出す。室内には、彼以外に誰も居ないようだ。

「うん、美咲だよ。せーちゃん、変わりすぎててわかんなかった」
「馬鹿、おまえが変わらなすぎなんだよ」
 思い出してみれば、その憎まれ口さえも懐かしい。琥一君と琉夏君よりはっきりと思い出せたからだろうか。

「琉夏君もおんなじ事言ってた。そんなに変わらない?」
「ああ。って、もうルカたちに会ったのか」
「うん、入学式前にとっ捕まった」
「とっ!?」
「まあ、今でも二人のことははっきりとは思い出せないんだけどね」
 興味深げに、聖司君は目を細める。それは、ほらみたことか、と言われている気がしたけれど。私はにやりと口の端を上げて、笑い返す。

「せーちゃんの伴奏が下手だったのは思い出せたよ」
「あれは……! もういい!」
 聖司君に顔を赤くして、それでももういいと言われたので、私は用事も済んだし、と背中を向けて、彼に手を振った。その背に、聖司君の不満気な声がぶつかる。

「帰るなら、送ってやるぞ」
「んー、もうちょっと勉強してくからいい。鳥頭だから、頑張って勉強しないとね」
 先ほど言われた言葉を言い返すが、むしろもっと意外な返答が返ってきて、私は驚いて振り返った。

「待っててやってもいいが」
 あの頃はいつも帰れとか言われてたけど、送ってやるとは言われたことがない。ーーそういえば、誰か迎えに来なかっただろうか。

「いいよ、せーちゃんも忙しいでしょ?」
 私は思考を振り払って、申し出を辞退する。すっかり成長してしまった幼馴染たちは悉く顔が良くて、あまりつるむと余計な揉め事を引き出しかねないのだ。だから、適度な距離感は必要だろう。何より、今の私には琥一君と琉夏君がそばにいてくれる。それで、十分だ。

「せーちゃんはやめろ」
「えー、じゃあなんて呼べばいいの?」
 顔を赤くしてそっぽを向く聖司君は、中身は子供のまんまだから、からかいやすいところは変わっていないらしい。

「……あいつらのことは、なんて呼んでるんだ?」
「ん? あいつらって、琥一君と琉夏君のこと?」
 図書室でもずっと聖司君が気にしていた、他の幼馴染みの名前を口にすると、彼は目に見えて不機嫌に口を尖らせた。

「……………聖司でいい」
「流石に先輩を呼び捨てには出来ないよ。じゃあ、間をとって、設楽先輩で」
「どこが間だっ」
「あはは、じゃあね、設楽先輩っ」
 さっさと音楽室を後にした私は、階段の下り口で立ち止まり、背中を壁に預けた。自分の胸に手を当てると、わかりやすく鼓動が早くなっている。

 聖司君は子供の頃よりも格好良くなってて、それからいつも聞いていたピアノの人の音も私好みで。つまりは。

「……これ、知らないままのが良かったんじゃ……」
 上気した頬を両手で隠しながら、私はひとり小さく呟いた。

あとがき

幼馴染み、三人目。
コウ、ルカ、とせーちゃんのつながりがあるということは、ヒロインとつながってもおかしくないかな、と妄想。
実は一番気が合ってたのもせーちゃん、と書きながら妄想を追加。
……会長、せっかく登場できたのに、せーちゃんのせいで影が薄い……。


一年目がなかなか終わらない。
あと出てきてないのは、ニーナか?
(2013/09/05)