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書名:GS
章名:葉月珪

話名:君と永遠なる幸福を


作:ひまうさ
公開日(更新日):2002.8.19
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:8256 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 6 枚
デフォルト名:東雲/春霞/ハルカ
1)
逆見舞シリーズ2

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p.1

 指を軽く押し当てると、家の中にチャイムの響いているくぐもった音が聞こえた。これで、5回目。だけど、反応は全くといっていいほどない。急な仕事とは考えられない。昨夜の電話ですこしダルそうにしていたから、今日は家で寝ているはず。それも十中八苦、風邪で寝こんでいると私はみている。

「…どうしよう」
 呟いていては、珠美とキャラが被ってしまう。て、そんなことを気にしてる場合じゃない。今、カギを私は持っていない。渡されていない。どうすることもできない。…どうしよう。

 戸口で座り込んで悩むこと数十分。

 あと一回。あと一回だけチャイムを押して、十分待っても反応がなかったら帰ろう。決意して、立ちあがる。

 でも、本当に風邪だったらどうしよう。珪クン、1人暮しじゃなかったっけ。病気の時って、心細いんだよね。でも、ここアパートとかマンションじゃないから管理人さんなんかいないし。庭のほうに周ればわかるかな。不法侵入かもだけど…。

 チャイムに指をおいたまま、考え込んでいること数十分。

 と、りあえず。押してみよう!!

 私が悩んだ末にチャイムを押すのと、ドアが開くのは同時だった。

「……あ」
 出てきた家主がいつもの呆れたような口調で、「悩みすぎだ」とかなんとか言ってくれるのを期待しつつ、私は下を向いた。

 反応が、ない。読み違えた?

「…あぁ、春霞か」
 ぼんやりとした葉月の声が通りすぎる。いつにもまして、マイペースな――。

「今日、だったか?」
 なんだろう。いつも通りに見えるけど、少し違和感がある。

「まぁ入れ」
 促されるままに、私は葉月の家に入った。家の中はあいかわらず殺風景で、なにもない。お手伝いさんが家事をやってくれているといっていたから納得は出来るけど、葉月の周りには何もない。ただ少し、クッションやなんかが多い気もする。やっぱりいつでもどこでも寝れるようにってことかな。

「こっちだ」
 何度も踏み入れた珪の部屋に入っても、やっぱり何か違う。

「ジュースでイイか?」
 葉月は風邪、引いてるんじゃないのかな。

「ねぇ、珪クン?」
「CD、何かかけるか?」
 テーブル越しのベッドに座りかけ、今度はプレイヤーのリモコンを探しだす。

「…珪クンってば!!」
 やっぱりおかしい。彼はいつも話すより聞く方専門なのに、今日は全然聞かないし。

 私の声に驚いて、葉月は座りなおした。ベッドは掛け物が捲れあがり、主を心細そうに待っている。――わけないか、ただのベッドだし。

 少し皺の寄った白いシーツのベッドで、私は葉月の隣に立った。

「風邪、じゃなかった? 熱は?」
 彼はいつも通り完結に、ない、と答えた。

「はかったの?」
「…ないけど…」
 返事は短く完結だけど、こういう時は要領を得ない。

「じゃ、はかんなよ。体温計は?」
「……ない」
「ないの!?」
 冗談だとおもいたいが、今の葉月に聞いてもダメかもしれない。基本的に寝ることとネコの他はどうでもいいみたいに生きてる人だから。

 こういうときは自分の体温と比べるのがいいんだよね。

――手、かな。やっぱり。

「春霞」
 手を弾かれ、隣に座らされる。普段は絶対にしない甘い声が、耳元でささやく。熱でよくわかっていないのかもしれない。

「な、に?」
 葉月の顔がものすごく至近距離にあって、潤んでいる目もほのかに赤い頬も全部キレイ――。

 いや、熱のせいだよ。絶対! あ、今ならアレが出来るかも!?

 考え込んでいる私の頭を葉月が引き寄せ、額に当たった。

「け…珪…っ?」
 先を越された!?なに??考えてるのバレてたの??? あ~落ち着け、私。それよりももっと重要なことあるでしょ!

「すごい熱、高いよ? なんで、そんな、動き回ってるの?」
 私の頬に顔を寄せて擦り寄ってくるのは、嬉しいんだけど。

「春霞が低すぎるんだ。…気持ちイイ」
 う……ぁ…っ

 私は心臓がバクバク騒ぎ出し、パニック状態になりかける。

「お、大人しく寝なさい!」
 そして、葉月をベッドに押し倒していた。私は絡めとろうとする腕を逃れて、部屋の入口へ逃げた。

「…春霞」
 甘い声が聞こえる。ダメ。振り向いたら、葉月の目を見たら、私、絶対に逆らえない!!

「タオル、もってくる!!」
 部屋を出て、お手伝いさんを探すが、当然のようにいない。片っ端から扉という扉を開けて、タオルを見つけ出し、キッチンの流しの水で冷やした。

 戻ってくると、葉月はさっき私が出ていったときのまま、掛け物もかけずにベッドに転がっている。――そのまま、じゃない。む、胸がはだけてるっ

「け、珪クン!」
「…春霞」
「ちゃ、ちゃんと、ぱ、パジャマ着ないとダメ!!」
「…いらない」
「~~~それじゃ、風邪、治らないよ」
「…春霞がいてくれるなら、いい」
 こういう時でなければ、すごく嬉しいセリフだけど。

「いるから。治ってもココにいるから。だから、パジャマ、着て?」
 なんだか、泣きたくなってきた。

 ふと、葉月が顔を上げて、にっこりと微笑んで。その腕で私をも引き倒した。ふわりと抱きとめられたのに、身動きできないようにしっかりと固定されている。

「…春霞」
 何度も私を呼ぶ声。それが哀しいくらい優しい。

 額から、潤んだ目元、頬、唇の端へと順に、彼の柔らかな感触が移ってゆく。

「ごめん、ね」
 落ち着いた心から零れてくるのは、謝罪の言葉だけだった。

「春霞?」
「…ごめん」
「どうして、泣く?」
 目元に溢れる水を彼が舌ですくいとっていくのに、私の中には謝罪の言葉しか残らない。

「だって、私の風邪、移しちゃったんでしょ?」
「オレに、移した? 違う…」
「違わない。…ごめん」
「謝るな。俺が、移してもらったんだ。オレが、勝手に――」



p.2

 先日、熱を出した寝こんでいる私のところに、葉月はお見舞いにきてくれた。

「ムリしすぎだ、おまえ」
「うん。でも…、えへへ」
「なに、笑ってる。心配したんだ」
「ごめん。でも、ね。来てくれて有難う」
 まだ熱でぼうっとしている私に、軽くくちづけて葉月は帰った。



 たぶん。それが1番の原因。

 私、浮かれすぎてた。お見舞いに来てくれるってことが嬉しくて、つい何度も無理を重ねてた。そういう風に私が風邪を引くのと、葉月が風邪を引くのとじゃ大きく違うってコト、忘れてた。

 私が寝こんでも、うちには尽も両親もいる。でも、葉月が寝こんでも、そこには誰もいない。

 その上、人気モデルの葉月珪が長期間風邪で寝こむと、仕事に響く。頼まれたことは断れない人だから、彼もムリをする。

「春霞」
 私、自分のことしか考えてなかった。

「また、余計なこと、考えてる」
 葉月に優しい声をかけられる資格なんて、私にはない。

「春霞」
 私を抱く腕に力がこもって、耳元で直接、声が響いてきた。

「そんなに心配するな。もうほとんどいいんだ」
 まだ熱が高いって、自覚がないから云えるんだよ。

「知ってるか? 病人の近くで不安になると伝染するんだ」
「そう…なの?」
「おまえがそんなに泣いてると、オレ、どうしたらいいかわからなくなる」
 顔を上げると、葉月は迷子の子犬みたいな目をしていた。

「な。一緒に、寝よ?」
 そんな目で訴えられたら、逆らえない…。

 でも、寝るって、一緒に寝るって!!!!?

「…春霞が、一緒に寝てくれるなら、着替える」
 添寝、てことかな。そう、だよね?

「うん」
 悩んだ末に頷くと、葉月はすぐに起きて着替えてくれた。いや、すばやいの。本当に。本当に熱あるのかなって危ぶんでしまうくらいに。でも、動作一つ一つに隙がなくて、見惚れてしまっているうちに、葉月は戻ってきて、私を大切そうに抱きしめた。

「珪…」
「…くぅ…」
 …………はやっ。

 即効で聞こえてくる寝息に、私は安堵した。まだ熱は高いけど、葉月の体温になんとなく安心していた。

 私は眠れないけど。こんなにキレイな葉月の前で、落ち着いてなんていられない。――いや、さっきよりは落ち着いてるけど、心臓がまだトキめいてる。

 抜け出そうとしたけど、腕は全然緩むこともなくて、外そうとしたら余計に強く抱かれてしまった。

 もう少しだけ、この寝顔を見ていよう。だって、葉月の鼓動がとても私を落ち着かせてくれるから…。



p.3

 目が覚めると、ジグソーパズルをやった後みたいに頭がスッキリとしていた。すぐ目の前には幸せそうに笑って眠る恋人、春霞の顔。一ヶ月前の卒業式でようやく捕まえたオレの愛しい姫。

 本当は知ってるんだ。こいつがたまにわざと風邪を引くってコト。わかってても、オレ、それを口実にして仕事を切り上げてもらって見舞いに行く。そうでもしないと、お互いに逢えないことも増えてきたから。逢いたいから春霞は風邪を引くし、逢いたいからオレも風邪を移された。春霞が自分を責めて泣くとわかっていても、やっぱりこれはどうにもならない。仕事をやめてしまえば、そうしなくても時間はいっぱいできるのに、春霞は決してそれを許してくれない。

 オレにはもうモデルをしなくても、違う夢があるのに。春霞の細い指にはまるクローバーの指輪は、高校卒業前にオレが作ったものだ。春霞のために。

 春霞にはクローバーの意味をたったひとつしか語らなかったけど、もうひとつだけ意味がある。おとぎばなしの王子がどうして四葉のクローバーを持って帰ったのか。

 四つ葉のクローバーを見つけた人には幸運が訪れるという言い伝えがヨーロッパに古くからあって、夏至の夜に摘草すると薬草や魔除けの力があると信じられていた。更に、四つ葉のクローバーは十字架を表し、幸運をもたらすと言われている。

 おとぎばなしの王子は二人の行く末を、祈りにも似た願いを込めて、四葉のクローバーの指輪に託したに違いない。オレもそれにあやかって作ったが、工房のじいさんにもうひとつの意味も教えてもらった。もしかすると、そっちのほうが近いかもしれないな。

 それは。

 アメリカで伝えられる四つ葉のクローバーの花言葉「Be Mine」、四つ葉はFame(名声)、Wealth(富)、Faithful Lover(満ち足りた愛)、Glorious Health(素晴らしい健康)と、それぞれの葉に願いがかけられている。その四枚が揃ったものは「True Love」…真実の愛を表すという。



 いつまでも春霞が幸せであるように。

 その幸せの隣にいるのが、オレであるように。



 おまえと永遠の幸福を紡いでいこう。

あとがき

www.infoseaz.com/a-creation/ target=_blank>Anniversary Creation.の言い伝えより、一部抜粋。
妄想のおもむくままに書いたら、こんなんなってしまった。
(2002/08/19)