祭りといえば、夏や秋が多いが、冬も祭りはある。西洋から入ってきたクリスマスやバレンタインよりもっと前、年末にはお正月用品を扱う暮市が、そして、年の始には花市がずっと催されてきた。
花市の語源は「しょっぱな」の「はな」をとって「花市」というらしい。そんな話をしてくれたのは、いつもの夏祭りメンバーだ。
「さむいぃぃぃっ」
山頂近くにあるこぢんまりとしたお社まで登ってきた私は、身を震わせながら鼻を啜った。着込んでいるとはいえ、今日の服装には合わないからと普段のコートは着ていない。代わりに父が母からもらったという大きな白いマフラーを五重巻にして、母のカシミヤの手袋を借りてきているが、それでも寒い。足元はスニーカーにしようとしたら母に叱られ、冬用足袋に草履でこれもまた寒い。
無理してこんな格好で来るんじゃなかったかなぁと後悔しかけながらも境内に辿り着いた私は、誰もいない社で鈴を鳴らして、両手を合わせて頭を下げた。
「今年も皆に逢えますように」
本来願い事なんて口に出すものじゃないのかもしれないけれど、ここの場所は特別だ。
「皆?」
「皆だって」
「ふふ、皆、ですってよ」
三者三様の声が社の裏手から聞こえて、私は口元を緩めて顔を上げた。
「
「あけおめ、楓ちゃん。今日はめっずらしーく可愛い格好だね」
「あけおめ。ありがとう、嗣郎くん」
覚束ない足元を踏み出す前に、ぐいと袖を引かれる。
「楓」
斜め後ろの頭の上の方から低い声が追いかけてきて、引き寄せられるままに私は彼の腕の中に収まる。
「あけましておめでとう、蓮二くん。今年もよろしくお願いします」
「ああ」
「……蓮二くん?」
「……陽花、嗣郎、お前ら帰れ」
いきなりとんでもないことをいいだす幼馴染みに目を見開き、振り返ろうとすると、後ろから強く抱きすくめられて身動きがとれない。これはこれで風除けになって暖かくていいのだが。
「そんなことより、早くお祭り行って、甘酒もらおうよー。もー、寒くて寒くて。お汁粉でもいいから」
「……そんなこと……」
唖然と呟いた様子の蓮二君の腕から力が抜けたので、ちょうどいいので、私は抜けだして、陽花さんに抱きつく。
「陽花さん、あけましておめでとう! 今年も一緒に遊んでくださいっ」
「あけましておめでとう、楓。こちらこそ、またよろしくね」
「陽花さん、あったかーい、やわらかーい、いいにおいー」
「楓は随分冷えきってるわねぇ。ーー蓮二」
優しく撫でてくれる陽花さんになついていると、仄かに辺りが暖かくなる。風が和らいだのだろうか。
「んふふ、流石次期様」
「楓ちゃんがいると、俺らもお得」
「シロだけ帰ればいい」
「そんなことしたら、爺様連中が整えちゃうと思うけど、いいのか、蓮兄?」
「チッ」
「まあ、楓ちゃんじゃないけど、そろそろ行こうぜ。俺、たこ焼き食いたい!」
「わたあめじゃないの、嗣郎?」
「子供じゃねーから、そんな甘いの食ってられるか!」
「ガキだろうが」
「ガキっていう方がガキだろ」
なんでか口論し始める仲の良い幼なじみたちを置いて、私は陽花さんの手を引く。ふと見れば、陽花さんも嗣郎くんも蓮二君も手袋やマフラーはしていない。……風が止んでるとはいえ、寒くないのだろうか。
試しに私も手袋を外してみる。それから、マフラーを外して。……うん、寒くない。
「へへへ、行こっか、陽花さん」
「そうね、馬鹿な男は放っておきましょ」
二人で石段を降り始めると、慌てた様子で嗣郎くんと蓮二君が追いかけてくる。シロ君はあっという間に追い越して行ったというか転がり落ちていくようで、目を丸くしている間に陽花さんが慌てて追いかけてゆく。
私はというと、蓮二君に手を捕まれ。
「行くぞ」
いつものように二人で石段を降りる。いつもよりもゆっくり歩いてくれているのがわかる。こういうところは優しいな、と思わず頬を緩めてしまった。
「、の、な」
「のな?」
「似合ってる、と思う」
「え?」
最後の一段を降りるところで、蓮二君が小さく風にかき消されそうな声で呟いた。見上げると、顔を背け、耳を真っ赤にして不機嫌そうな顔をしている横顔がある。
「だからっ、今日の、その、格好が、だな」
「う、うん」
それからしばらく待ったが返事は返ってこなくて。待ちくたびれた私は近くの屋台で、チョコバナナを買って、食べ始める。
「美味しいけど、寒いぃぃぃっ」
流石に寒い中で食べると溶けにくいけれども、温まらない。温まるはずがない。
「楓、俺を置いていくとは良い度胸だな?」
いきなり背後から肩をがっしりとつかまれ、思わず体を震わせる。それから、そろりと背後を振り返って、誤魔化し笑い。
「えっと、蓮二君も食べる?」
返事を返さず、バクっと噛みつくようにチョコバナナを半分食べられる。て、半分!?
「あ、ひどい!」
「楓が悪い」
「いいもん、蓮二君なんて、置いてっちゃ……あ、あっちに陽花さんと嗣郎くんがいる。おー……わぷ」
瞬間的に突風が吹いて、私は思わず目を閉じる。
「楓」
「れ、蓮二君?」
風が強くて目を開けられないまでも、声の聞こえた方を振り返る。
「和装も似合ってるが、俺はいつものがいい」
「え、何?」
「……お前を閉じ込めてしまえたらいいのに……」
「何、蓮二君、よく聞こえないっ!」
風が収まった後、目を開けると蓮二君の姿はなく。
「やっぱ冬は一緒にいられる時間短いなぁ。ーー早く夏になればいいのに」
大風の中でも落ちなかったチョコバナナを齧り、私は一人で小さくため息を付いた。
*
「蓮二、折角二人にしてあげたのに」
「蓮兄って、見た目詐欺のヘタレだよね」
「うっせぇ」