ハリポタ(親世代)>> 読み切り>> 親世代 - Colors

書名:ハリポタ(親世代)
章名:読み切り

話名:親世代 - Colors


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.4.15
状態:公開
ページ数:6 頁
文字数:25666 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 17 枚
シリウスの相手→ルイ
リーマスの相手→マーチ
…の予定。

1) 決意の転入者
2) じれったい二人
3) 彼女への感想
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p.1

(ルイ視点)



 初めて来る場所というのは、どこであっても心が騒ぎ出すもの。たとえその理由が邪であっても。

「…覚悟、きめなきゃね」
 夜風に吹かれながら、見上げる居城を見上げて、小さくルイは呟いた。呟きは風に流され、夜に紛れ、細い月と弱い星の間に小さく留まる。それが役目を終えるまで。

 出迎えはあった。手をまわされていたとは聞かないが、相手は穏和な顔の大きな男だ。

「よくいらんした。ルイ・ミアーナさんじゃな?」
 2メートルはあろうかという巨体だが、その大きな顔の中の瞳は純粋な輝きを放っている。着ている物は清潔とはいえないが、小さい物を慈しむ優しい心は無用に心を癒す。

「俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だ」
 差し出された手に一瞬躊躇する。ゴツゴツとして、節くれだって、傷だらけだ。

「ダンブルドア校長から話は聞いちょる。途中まで案内…」
 触れると、一瞬その体が飛び上がるかと思った。

「おまえさん、ずいぶん冷たいぞ!? こりゃあ早く大広間へ行った方がええ。あそこは今、一番暖かいからな」
 ひょいと軽々その背に抱えられたことに少なからず驚く。毛むくじゃらで手入れされていない髪があたって痛い。

「え、っと…ミスター・ハグリッド?」
 今度は大きく息を吸う声響いてくる。その風に吹かれて、自分の闇色の髪が逆向きに流れる。月を覆い隠してしまいそうな髪色に内心で舌打ちする。自分には不似合いな白い肌も大っ嫌いだ。いっそこの肌の色も髪と同じ暗い色になってしまえばいいのにと願う。髪がもっと明るい色なら、妹と同じ金髪なら、これからの私の行動もすべて現してくれるのに。

 でも、私はそれを露見させないように行動しなければならないのだ。静かに、密やかに、そうでなければ。

「抱えられるよりも、あなたの肩なら座りごこちがよさそうだわ」
 自分の思いと感情のすべてを覆い隠して、ハグリッドに微笑んだ。

「そ、そうか?」
 肩に軽く体重を掛けて、くるりと反転させる。そうすることで、見なれた月が視界に露わになった。そして、照らされる静かなホグワーツ城は、いくつかの窓から光が漏れている。走りまわっている子供もいるところをみると、彼等はまだ低学年なのだろうか。その姿に懐かしいものを感じて、自然に空気が柔らかくなる。

「おまえさん、ずいぶん身が軽いなぁ」
「ふふっ、ありがとう」
 これからここで私が何をする気なのか、おそらく誰も知らない。だからこそ、こんなにもすんなりと編入などさせてくれるのだろう。その姿がひどく滑稽だった。騙してまでここに来て、挙句、やらなければならないことがある。そうしなければ、私を待つ未来はたったひとつしかない。

「ホグワーツはええ学校だ。おまえさんも、きっと気にいる」
 一歩毎に身体が浮かぶことに苦笑する。知ってるわ。あの気難しい妹が通っているんですもの。

「ありがとう、ミスター」
 城の入口のような場所で、黒い影を見止めると、振動が止まった。そこにいたのは厳しい顔の黒いローブに身を包んだ、細身の女性だ。見たこともないぐらい高い三角帽子を被っている。奇妙に見えるのに、それでもその女性を形作る雰囲気より察する。

「あとは、マクゴナガル先生様に従ってくれ」
 降ろそうと掴みかけた手をすり抜けて、地面に降りた。少し残念そうな姿だが、優しいハグリッドに礼を返す。

「ええ、ありがとう。ミスター…」
「ハグリッド、だけでええ」
 大きな指に髪を梳かれ、少し困惑したが、黙って微笑むことにした。

「ええ、また会いましょう。ハグリッド」
 去りゆく姿を見送って、日本式に頭を深く下げた。

 月の光と夜の森と大きな体のハグリッド。少し哀しくて、温かい風景だ。

 ホグワーツの番人さん、ごめんなさい。これからここで騒ぎを起こしてしまうけど、ごめんなさい。あなたに迷惑が掛からないように頑張るけど、ごめんなさい。

 でも、許してとはいいません。

「校長がお待ちです。ルイ・ミアーナ」
 固い声に弾かれるように顔をあげて、その主に笑顔を向けた。

「よろしくおねがいします、マクゴナガル先生」
 一瞬、女性が驚いた表情になる。

「さきほど、ハグリッドが教えてくれました」
 少しその表情が柔らかくなる。顔に刻まれた複数の皺は、彼女の生きてきた年月の証。

「そうですか。こちらです。ついて来なさい」
 スタスタと先を歩く女性の後を、軽く足音を立ててついてゆく。

 細い月の光が目一杯手を貸してくれて、白い石の回廊を照らしてくれる。砂塵がかすかに流れる様子も、比較的きれいだ。石の窪みは意図的に造られているのか、不思議な連なりを持っているようだった。もしかすると、ここにホグワーツ城の秘密も握られているのかもしれない。ホグワーツではいかなる姿現しも姿くらましもできない。ということの秘密が。

 歩きながら、ホグワーツの説明をしてもらった。

「編入生というのは稀なのですよ。本来、きちんと一学年からここで学ぶものなのですから。今回はあなたのご姉妹が大変良い成績であったこともあり、また編入試験での成績が殊更に良かったということもあり、また校長の意向と言うことが強くあります」
 時折こちらに向ける厳しい視線に気がつかないフリをして、城内を見てまわる。

 高い天井はハグリッドでも余裕で入れるんじゃないだろうかとか、関係ないことを考えてみる。でも、月の光でまた気分は暗い光を灯す。そんなことを繰り返しながら、歩く。長い廊下には誰もいなくて、たまに通りかかる透き通ったゴーストが不思議そうな目をしてルイを眺めていた。

「おや~ぁ? これはこれは、マーチ・ルィズ嬢どちらまで? ご」
「お黙りなさい、ビーブス!」
 唯一近寄ってきたゴーストは意地の悪い瞳で手を掴もうとしてきたが、マクゴナガルに叱咤されて、しぶしぶ引き下がったーーかにみえた。

 ふっと急に身体が浮遊する。

「無視するとはご挨拶じゃないか! せっかく散歩に誘いにきてやったのに!!」
 空中に縫いとめられて、造作の可笑しな顔が近づく。私を妹と勘違いしているようだ。

「初めまして、よ。ゴーストさん?」
 ニッコリ微笑もうとすると、急に体が落下する。軽く膝を曲げて、音もなく静かに着地を決め、優雅に礼をして、先を歩いているマクゴナガルを追い掛けた。といっても、そんなに距離は離れていなかったが。

「あんた、誰だ? 余所者か~?」
 追いかけて来る声に、降りかえって、舌を出してやる。

「私はルイ・ミアーナ。編入生よ」
 大きな木製の扉の前で、マクゴナガルが厳しい目をして立っていた。

 遅れてごめんなさいと謝ろうとすると、すぐに扉が開き出す。開き切る前に歩き出す黒いローブを追いかける。

 その一歩目で止まりかけた。高い天井に、星空が移っている。映るというより、移る。さっきまでみていた夜空をそのまま包んでここの広げたみたいだ。そしてそれ以上に広間を明るく照らすロウソクの明かりは、豪奢なシャンデリアを思わせる。広間には学生が集められ、ざわめいていた。皆一様に同じような服を着ている。ホグワーツの制服だから、当然だ。その飾り気なさが、いっそ好ましいくらいに。正面に向かって伸びる4つのテーブルの丁度中央を歩いてゆくと、視線が急に集まって来て、囁きはひそひそとした声に変化する。

 まっすぐに背筋を伸ばして歩いてゆき、正面の長机にいる白い髭の老人の前に立たされる。老人は柔らかい瞳をキラキラと輝かせて、口を開いた。

「よくいらっしゃった。ルイ・ミアーナ」
 差し出された手に躊躇していると、勝手に手を取られて、ぶんぶんと振り回されて、引き寄せて抱擁される。ふと気がつくと、老人は机ごしではなく、すぐ傍でルイを抱きしめていた。なんだか、よく無事でとかなんとか聞こえた気がする。

「校長先生、ミアーナが戸惑っています」
「おおそうじゃった。すまんのー。ほんに、そっくりじゃ」
 しげしげと見られて、小さくありがとうございますと返す。小さな微笑みの向こうで、目尻に光るものを見つけ、少しだけ奇妙に思った。

「こちらへ」
 手招きされるままに、舞台の中央に立つ。

「まったくもって異例のことじゃが、前例がないわけでもない。この姿を見てわかるように、ルイ・ミアーナはマーチ・ルィズの姉妹じゃ。組分けは諸君らと同じく、組分け帽子によって決めることとする」
 目の前に恭しく持ってこられたボロボロの古い…年季の入った帽子を見て、一瞬だけ、ルイは眉を顰めた。

「…被るだけですか?」
「そうじゃ」
 不安を悟られないように一度視線をあげ、広間中のを見渡し、視線を受けとめる。一番左端でマーチが手を振っている。

 肩に手を掛けられて、急に力が抜けたかと思うと、いつのまにやら用意された椅子に座っていた。そのまま流れるままに視界が暗くなる。



*



「おやおや、こりゃまた珍しいお人が来なさった」
 しゃべる帽子だと理解するまで少しの時間が必要だったのは、しかたないと思ってもらいたい。

「頭は悪くない。度胸もあるな。才能もあるし、欲望も存分にあるようじゃな。しかし、正気かね?」
 失礼なのか、それとも何が視えたのだろう。この帽子は。

「運命は曲げられると思っておるようじゃな。その勇気は素晴らしい。だが…ふーむ」
 なにがいいたいのかわからない。

「いや、君の言う通りならおそらくグリフィンドールが最適じゃ」
 もしかして、マーチも?

「そのとおり! 双子でなくてもここまで似」
 似てないわよ。もし同じ寮であるというのなら、都合がいいわ。

「そういうところはスリザリン気質じゃな」
 どこでも大して違いはないと思うわ。どうせ、長くはいられないのだから。

「そうか、それでは」



*



 帽子を脱いで最初に見たものは、元気で明るい妹の笑顔だった。これから見続けるには辛い笑顔に、こちらもすべてを隠して微笑んだ。

 魔法が必ずとも良きものであるという、確たる証拠はどこにも存在しない。ただ常人では持ち得ない素質であると、こちらでいう非魔法族のマグルたちはいう。

 どう使うかは心が決めるもの。だが、意志なくして悪に使うことのないように、魔法学校は存在する。善悪を掌握するには幼すぎる子供たちへの指針を提供する為の場所なのだと。

 力を持っているというのは、必ずしも良いことであるとは思わない。私はその力ゆえに…閉ざされた世界しか知らなかった。

「お前にとってはひどい母親だったわね」
 言葉が心を縛り付ける。

「間違えるんじゃないわよ。最期は、すべて、自分できめなさい」
 強い強い、妄執的な私の世界は崩れ、また新たな世界を築く為に、やるべきことがある。すべてを、消してしまうこと。

 過去はすべて切り捨てゆかなければならないものである。そうしなければ、新たな道は作られないし、私はどこにも進めない。そんな生き方しか出来ない自分を、今はまだ何とも思うことは出来なかった。

 妹が同じ世界にいるとは、正直私も思わなかった。母は知っていたようだったが、決して教えてくれることはなかった。

 マーチは白く目映い光。ルイは深く黒い闇。

 生れ落ちた時にすべては決まっていたのだと聞いている。それが私の、すべて、だった。だから、私が彼女を消すことも必然なのだ。私を知る者がいる事は、もう許されない。

 私はマーチを殺すために、ここに来たのだから。



p.2

(マーチ視点)



 その日は朝から妙に落ちつかなかった。まず真っ直ぐな金の髪は妙にまとまりがなくて、30分以上格闘した挙句なげた。どうせ、ほっといても文句をいう人間なんかいない。金の髪に柔らかなブラウンの瞳は、黙っていれば優しく穏和な印象を与える。それから、朝から梟の襲撃を受けた。見るのも面倒なくらい長い羊皮紙は、とりあえず机に置きっぱなしだ。夜に落ちついて読もうと思ったのだ。

「どうしたの、マーチ?」
 同室のリリーが問いかけてくるのに、視線をさ迷わせながらなんでもないと返す。だが、どうみてもなんでもない風でないのは自分でもよくわかってる。

 いうなれば、嵐の前触れというか、吉兆なのか凶兆なのか、ミセス・ノリスに目の前を何度も素通りされて冷や冷やした。白猫は吉兆。だけど、こいつは別だ。その証拠に、飛行術の時間に、箒から落ちかけた。魔法薬学でネクタイを焦がした。呪文学の教科書を寮に忘れた。最後のは間違いなく自分のミスだけど(どれもそうか)、なにか起こる予感がして、ざわざわざわと落ちつかない。

「シリウスー!」
「あーなんだー?」
「ちょっと付き合え!!」
 だから、友達を呼び出して、決闘クラブの真似事をしたりした。

「エクス…」
「たぁーーーーー!!」
 呪文を唱える前に踏みこんで、思いっきり吹き飛ばしたりしてもご愛嬌だ。防御がなってないシリウスが悪い。

「いや、マーチ? だって決闘クラブで魔法使わないで…」
「いーの!」
 困惑するリーマスに背を向けて、今度はクィディッチの練習場へ向かう。

「マーチ! ビーターやる気になったのか?」
「今日だけーっ」
 その辺の練習用箒を取って、浮かび上がる。多少若い箒は私の意を解して、思う以上に飛んでくれる。

「でも、今日はやめといたほうがいいんじゃない? 落ちかけてるし」
「問答無用! つか、邪魔っ」
 寄ってきたジェームズから距離を取って、構える。クァッフルは油断せずとも飛んでくる。

「だりゃーーーぁ!!」
「ぎゃっ!」
 狙ったわけでもないのに、ジェームズにクリーンヒット。

「マーチ、邪魔をしちゃいけないよ」
「じゃーリーマスが相手してくれるの!?」
「え、いや…ピーターとか」
「物足りない」
「リリーは無理だね。ーーセブルスは?」
「今日は研究だからって、地下に篭ってるわよ。あの根暗は!」
 別に地下に行っていても悪戯のしようはあるのだが、研究中というのを邪魔すると自分たちまで危険になる。下手すると、マーチ本人ではなく、手伝ってくれた友人達が。

「僕には一緒にいるぐらいしか出来ないねー」
「じゃあホグズミードに…もがっ」
「あのねーいくらなんでも今日はダメだよ」
 リーマスに口を手で塞がれ、いろんな気持ちで顔を赤くしていると、耳元に小さく囁かれる。

「今日、編入生が来るんだって」
 関係ないが、マーチはリーマスを少しだけ気になっていたりする。だから耳元でなんて柔らかく囁かれると、余計に落ちついてなどいられない。

「だから、ジェームズが…マーチ?」
 答えないでいると、口から手を離されて、力が抜けて座りこんでしまう。自覚があるのかないのか、この人は。この鈍感さはいっそ残酷だ。

「どうしたの? ぐあい悪い?」
「ナンデモナイデス」
「マーチ?」
「なんでもないから! 本当に!! で、編入生?」
「あーうん。なんか言ってたんだ」
 いつも通り普段通りの柔らかさは心地好すぎて、居心地良過ぎて、自分がわからなくなりそうだ。そんな様子に気がつかないで、リーマスは淡々と情報を提供してくれる。ソースは大抵がジェームズだ。彼はいったいどこからこんなことを仕入れているのか、一度サシで話さねばなるまい。

「それで、朝からマクゴナガルとか忙しそうだったわけ?」
「予定より遅れてくるとかで、ここに着くのは夕食時じゃないかって」
「夕食! なんか急にオナカ空いてきた」
「マーチの都合で夕食時間は変更にならないし、編入生も到着しないと思うよ。でも、お腹空いたんだったら、なにか食べる?」
「…止めとく」
「どうして?」
 そりゃぁね。お菓子は好きだけどさ。リーマスと同じように食べてたら、いつか私が横に成長してしまう危険があるからですよ。ーーとは、口が避けても言えない。この男は死ぬほど甘い物が好きで、私はそれほど甘いのは得意じゃない。嫌いなわけじゃないけど、シュークリームひとつ食べきれた例がない。それでも、言うわけにはいかない。リーマスに、嫌われたくないから。

「よっしゃ! ビーブズからかいに行こう!!」
「いったい今日はどうしたの、マーチ?」
 とにかく落ちつかないこの気分を落ちつかせないと行けない。だから、ね。

「なんでもないよ。行こう、リーマス!」
 一緒に悪戯しに行こう。



p.3

(リーマス視点)



 僕には誰にも言えない秘密があります。ーー正確には誰にも言えなかった秘密だけど。

「悩めるだけ悩んどけ」
 ベッドに寝転がって羽根ペンを動かしながら、シリウスが意地悪く笑いながら言う。

「マーチなら大丈夫そうだけどなぁ」
 自信なさそうだが、テーブルを占領して占い学の再提出課題を作成するのに忙しそうなピーター。

「わからないよ。絶対に100%とは言い切れない」
 もしも受け入れられなかったら、僕は彼女に忘却術をかけなければならなくなる。これまで僕の周りで僕のことを知った人達と同じように。

 すべてを忘れられてしまうのが、どれだけ哀しいことなのか。僕は知りすぎるほどに知っている。僕は自分の為にも彼女の為にも、これまでのことのすべてを忘れてほしくはない。

「100%なんてどこにもねぇって、知ってんだろ」
 わずかに顔をあげて、シリウスが言う。でもそれは同じ立場じゃないから言えると、つい穿ってしまう。彼がそういうつもりで言っているのではないと知っているのに。

「うん」
 頷きかえすこと以外に、いま僕に出来ることはない。まだ、結論を急ぐべきでもないのだから。

「悩むのも良いけど、悩みすぎるのも問題だけどな」
「え?」
「そーいうときは本人にあってくればいいじゃん。あいつなら、答え、知ってるかもしんないだろ」
「シリウス…」
「言葉じゃなくてさ、どうするかなんて普段のあいつ見てりゃわかるだろ」
 普段の、マーチ?

「あの女に言葉なんかいるかよ。いっつもきいてやしねぇー」
 彼女に対する暴言とも取れる言葉だけど、僕はわかったようなわからないような苦笑しか返せなかった。



p.4

(シリウス視点)



 いつもの席に座る。大広間をさりげなく見まわしてもそれらしい様子はなく、皆騒がしく夕食にありついているいつもの夕食風景だ。変わらない日常に投げ込まれる滴は、何時なのか。正確なことは誰も知らない。

「おい、ジェームズ。あれ、ガセじゃねーよな?」
 隣でパンにデタラメにその辺の物を挟み込んでいる眼鏡の親友に問いかける。ジェームズはこちらを一瞥することもなく、仕上げとばかりに食塩を少々降りかける。

「僕の情報に、今まで間違いはあったかい?」
「けどよ、ダンブルドアにはそんな素振りはねーし」
「ふぁひへふぉは…」
「マクゴナガルもいるし、教師は全員揃ってんし」
「ふがふぃぐふぁひへー」
 会話にならない。

 目の前の肉料理を皿に取りわけて、俺も夕食にありついた。まだ他の友人たちは来ていないが直に来るだろう。

「リリー、マーチはどうした?」
「私のが聞きたいわよ!」
 鼻息荒く返されて、流石に俺も気がついた。彼女は今、虫の居所が悪いらしい。何かあったのだろう。

「そうか」
「そっちは、リーマスとピーターどうしたのよ」
「リーマスは用事があるってよ。ピーターは課題出して来るっつってた」
「へぇーその用事にマーチも含まれるのかしら?」
「さぁ?」
 視線を逸らして答えたのは、教師席の方の異変に気がついたからだ。マクゴナガルがいつのまにか席を外している。

「行ったね」
「だな」
 ジェームズと視線を交わし、どちらともなく食事に集中した。

「ちょっと探してくるわ」
 立ち上がりかけるリリーの手をジェームズが引く。それを怪訝そうに翡翠が見咎める。

「もうすぐ来るよ」
「わかんないわよ。間にあわなかったら、あの子食事しないんだから」
「今日は大丈夫」
 何をどう考えたからか、リリーはすとんと元の位置に腰を降ろした。

 二人で何も言葉を交わさずに視線を合わせて、妙な空気が漂い始めた頃。大広間に待ちかねた一石が投じた。人垣で見えないから、椅子に立って(実家でやると行儀が悪いと怒られるが)、原因を見極めようとする。ざわめきは入口から移動するにつれて大きくなってゆく。

 始めに見えたのは流れる黒髪。そして、黒に映える白い肌。伏せた睫毛は長く、大人しいイメージを受けた。だが、その顔は見たことのあるものだ。

「マーチ?」
「マーチ・ルィズじゃないのか、あれ?」
 ざわめきがそういうように、彼女の顔はマーチをかなり似ていた。正面から見ていないが、横顔だけでも十分だ。

「へぇ~」
 面白そうに親友が呟く。横目で見たその表情は、確かに言葉と符合する。

 彼女はまっすぐ校長の前に連れていかれ、彼に抱きしめられた。ざわめきが大きくなる。校長の知り合いなのだろうか。そして、正面を向けられると大広間は一気に静まり返った。誰に言われたわけでもなく、おそらく彼女の視線ひとつで言葉は消えうせたのだ。

 マーチとそっくりな顔を持ちながら、その空気は彼女の真っ直ぐな髪と同じ、黒曜石の鋭さを放つ。ガラスの面のように硬く、矢尻の鋭さを秘める視線に、誰も言葉を放てない。

「ルイ…」
 呟きに視線を向けると、呆然とマーチがつぶやいていた。その表情が段々と喜色に移り変わる。それは花が開くのと同じようでもあるし、小さな子供のように無邪気だ。

「編入生って、ルイだったんだ。ルイー!!」
「マーチ、知り合いなの?」
 おざなりな返答をしながら、マーチの視線はそちらを向いたままだ。リーマスは、先ほどのマーチの笑顔にやられたらしい。惚けた顔で立ちつくしている。

 少し長めの組分けのあと、グリフィンドールに歩いてくる少女に他寮もうらやましげな視線を向けてくる。特にスリザリンは魔法を放ってきそうな目をしてやがる。

「ルイー!」
 マーチに飛びつかれたものの、慣れているのか彼女は少し後ずさるだけで堪える。その拍子にかすかに揺れる髪がさらりと音を立てた。まだ磨かれない切り出されたばかりの鉱石を思わせる容貌が、わずかに緩む。それだけで、魅了するには十分だった。

「どうして教えてくれなかったのよ。知ってたら、知ってたら…!」
「ごめんね。マーチ」
「ずっと、心配してたんだよ!?」
「うん。ごめん」
「連絡ぐらいくれてもよかったじゃないっ」
「ごめん」
「また会えてよかったよぅ」
 そのまま泣き出すマーチを宥め、髪を優しく梳く指は細く骨ばっているのに、優美で優雅で。音を奏でる人のそれと同じように見える。

 顔をあげた彼女とモロに視線が合わさった。その表情が困ったように微笑む。誰かを彷彿とさせる微笑だ。

「マーチ、話は後にしよう?」
 やんわりとマーチの身体を引き離す寸前、かすかにまたルイの表情にも違和感が出る。どこか作り物めいているその笑顔に。そんなはず無いのに。

「そうよ、マーチ。彼女を私たちに紹介してくれなきゃ。それと、夕食に遅れてきた理由もね」
 リリーの言葉にはっとマーチが離れる。慌ててルイを見上げ、俺たちに視線を向け、また彼女に目を向けた。

「マーチの友人のルイです。これから、よろしくお願いします」
 凛とした声で視線はまっすぐに俺を見ていたと思うのは気のせいだろうか。正面からまともに受け止め、俺はその動作を固めた。視線に射抜かれたのは、俺の心。

「友人なんて言わないでよ。言ったでしょ、私たちは何時までもずっと姉妹だって!」
「でもほら」
「パパとママは関係ないわよ。こんなに似てれば、どこから見ても双子でしょ」
「似てないよ」
「似てる」
「全然、違う」
「ルイのわからずやっ」
「マーチも…変わらないね」
 マーチに向ける笑顔を見ながら、どうしようもない想いに駆られる。あの笑顔を俺のものに出来たらーーなんて。

「マーチ、ちょっといいかな。僕はジェームズ。ルイ、と呼んでいいかい?」
「ミスター・ジェームズ? 別にかまいませんよ」
「ルイ。ミスターはいらないから」
「え、ええ」
 腕を引かれ、ルイはマーチの隣に座る。こうなると対角線上でかなり遠い位置になるのだが、その一挙一動が鮮明に映る。洗練された動作になんて見慣れているのに、彼女のそれは身に持った元来の輝きを秘めているかのようだ。

 順々に自己紹介を聞きながら、肯いたり、微笑んだり。ゴブレットを傾ける仕草なんて、聖杯を飲むかのようである。

「貴方のお名前は?」
 血色のよい薄っすらと朱に染まる唇が動く。

「え、わ、あ、お…」
 思わず立ち上がりかけて、膝をテーブルにぶつけ、勢いづいて椅子から転げ落ちた。

 何やってんだ、俺???

「これは馬鹿」
「そう。馬鹿だから」
「シリウス、どうしたの?」
「馬鹿はほっといて、夕食食べましょう。ルイ?」
「…いいんですか?」
 良くない。

「あでで…。俺は、シリウス」
「大丈夫ですか?」
 優しい言葉に涙が出そうだ。

「いや、いつもはこんなことしない」
「そうなんですか?」
「で、さ」
 握手に差し出された手に触れると、柔らかさが伝わってくる。思った以上に小さな手は、感触が違っていた。柔らかいけれど、マーチやリリーよりも硬いその掌は、どういう環境で作られるのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。いま重要なのは。

「好きになったみたいだ」
 友人達にこの弱みを逆手に取られないこと。ルイに俺を好きになってもらうこと。赤くなるだろうか、それとも、青ざめるのだろうか。マーチから聞いていれば、どちらかでしかない。わずかに見開かれた瞳が、元よりも小さく細められる。その仕草も優美だ。

「いつもそんなことを言っていらっしゃるんですか?」
「本気なんだけ…だっ」
 耳を引っ張られて、無理やり俺は椅子に座らされた。やっているのはリーマスだ。

「はいはいはいはいはい」
「僕も好きだよ。友人としてね」
 ジェームズの言葉にルイはわかったように頷く。違うんだ、俺が云いたいのは、そんなことじゃなくて…!

「私も、好きになれそうな気がします」
 曖昧に微笑んで、彼女は何杯目かのゴブレットを傾ける。中身はなんだろう。

「話したいこといっぱいあるんだからね」
「覚悟しとくわ」
「部屋は同じでしょ?」
「部屋?」
「二人だけの所って、私とリリーのとこだけだもの。ねーリリー?」
「ええ、もちろんそうに決まってるわ!」
 力説して強く頷き合うマーチをリリーを見ながら苦笑する、その瞳の奥にやはり違和感がある。それは楽しいというよりも、淋しいとか辛いとかいつか消えてしまう一時の煌きを見るのに似ている気がした。

 彼女は、何者だ?



p.5

(リリー視点)



 心底、羨ましいと思うのはねたみではないと思う。そう、思いたい。私にもたったひとりの姉がいる。彼女には残念ながら魔法の力はなくて、ここに来ることは叶わないし、非日常的なものとして毛嫌いされているけど。でも、ホグワーツから手紙が来るまでは、マーチとルイ、この2人のように仲が良くって、近所でも有名だったのよ。

「私たちね、本当に血は繋がってないんだけど、始めっから双子みたいだったのよ」
「ええ」
「パパとママが結婚した時もまるで最初っから家族みたいでね、ルイはもんのすごく…」
「マーチ」
 落ちついたルイの声が入ると、笑いながら話していたマーチは焦った様子で話題を変えた。どうやら、ルイの方が姉的役割をしているようだ。

「え、いや、あの、えーっと」
「すごく?」
「ルイの荷物、来てるかな~?」
「どうしたの、マーチ?」
 急に早足になるのをルイと二人でゆっくりと追いかける。

「マーチのこと、好き?」
 少しルイの歩調がゆっくりになる。声は囁くようだけれど、妙に鮮明に響いて残る。

 振り見ても、彼女はまっすぐにマーチだけを視線で追いかけている。酷く静かで音のない瞳で。 ホグワーツの周囲に張り巡らされている湖面のようで、少し怖い。

「もちろんよ」
 怖いなどと考えてしまった自分を振りきって笑いかけると、透明な月の滴みたいに微笑むのが見えた。

「…ありがとう」
 それが本当の笑顔みたいな気がして、そんなはずはないと慌てて振りきる。どんなにしても拭いきれない闇が迫ってくる。どうしてだろう。マーチとこんなに似ているのに、その奥に深く深く暗い闇が見え隠れする。

「もちろん、ルイのことも好きよ」
「まだ、会ったばかりよ?」
「関係ないわ。マーチの親友なら、私達はもう親友よ!」
 視線でマーチを追いながら、クスクスと笑いが零れる。

「私は…、そんなに価値のある人間じゃない…」
 風に掻き消されそうだけど、はっきりと絶望の声音を聞いて、立ち止まる。部屋までそんなに距離もないのに。

 価値なんて、自分で決めるものでも人が決める物じゃない。なのに、どうして決めつけてるの。闇の正体を垣間見る気がして、本気で怖くなる。闇の正体は、無に近しいものだ。世界から自分を否定するなんて、馬鹿げてるのに。

 戸口からマーチが叫ぶ。

「ルイ! あんた、本気でアレしかないの?」
「アレって?」
「荷物よ、荷物! なんでボストンバッグひとつに入りきるだけしかないわけ!?」
「…そんなにいらないし」
「お菓子は!? 化粧品とか、ないわけ?」
「…いらないでしょ」
「うわっ、何ソレ。必要必需品に決まってんでしょーっねーリリーもそう思うでしょ?」
 ルイが振りかえる瞳から逃げそうになりかける自分を堪えて、その深いオブシディアンの瞳を、闇を受けとめる。今、避けたら逃げられない気がしたから。

「いらないわよ、マーチ」
「ほら、ね」
「リリーの裏切り者ー!!」
 止まっていた足を動かして、ルイの二の腕を掴む。細く骨ばった感触に、とても驚いた。

「やっぱりね、気が合うわよ。私達」
「ふふっ、そうかもしれない」
「これから楽しくなりそうねっ」
 そして、彼女は困ったように微笑んだ。何を考えているの、ルイ?



p.6

(ジェームズ視点)



 黒い髪の魔女は、編入試験ではほぼパーフェクトだったと聞いている。見ただけなら納得できた。だが、瞳の奥に宿る感情は見た目よりも激しく多い気がするのだ。

「大人しいマーチみたいだね」
 そう評するピーターに、リーマスとシリウスはえっと振りかえる。

「マーチはそんなに騒がしいかな?」
「ルイが大人しそう?」
 彼等はどうやら僕と同意見らしい。あれだけの落ちつきと、視線だけで黙らせてしまうほどの少女が大人しいはずがない。

 月のない闇の静けさに瞬くは風の爆ぜる音、木の葉の騒々しいざわめき、星のおしゃべりといろいろある。そんなもの全部を身に持っているようでもあり、奥の奥、最奥に煌きを閉じ込めているようでもある。本質はたぶん、マーチと同じかそれ以上に騒々しいんじゃないかな。

「ピーターがそう見えたってことは、大多数のやつらがそう見えたってことか」
「シリウス、競争率高そうだね」
「大丈夫だろ。マーチと同じでそっちはかなり鈍そうだし」
 わずかにリーマスの顔に落胆が現れる。

「マーチもあの鈍さはどうにかならないかな~」
「ならねーよ。また、言えなかったのか?」
 答えずに自分のベッドにすとんと座り込む。

「それどころじゃなかったんだよ。マーチがビーブズからかいに行ったらさ、今日はいつも以上に暇らしくって、散々追い掛けられた」
「まさしく災難だね」
「本当に、まいったよ」
「よくルイが来る頃に戻って来れたな」
 何か云おうとして口を開き、そのままなんの音を発することもなく、閉ざされる。

「どうした?」
「いや」
 濁った音は部屋を漂って、ぐるぐるまわる。ぐるぐる周って、戻ってくる。

「ビーブズが変なこと言ってたんだ。『同じ顔でもやっぱり違う』って。それ聞いて、マーチが馬鹿にするなって蹴りつけようとしてた」
 ゴーストを蹴るつけるなんて、無茶だし。でも、それをするのがマーチだ。

「同じ顔って、ルイのこと?」
「他になんか言ってたか?」
 聞いていないという素っ気無い答えに、シリウスは見るからに項垂れた。わかりやすすぎだ。

「シリウス、本気?」
「はぁ?」
「ルイのこと」
「…本気で悪いかよ」
 背けた頬がわずかに染まっている。しかし、男がそうしているのを見ても別に嬉しくもなんともない。ただずっと悪戯にしか興味がなさそうだった彼等が変わりゆくあるのをみると、やはり嬉しくもある。

「別にかまわないけど、それってマーチと同じ顔だからってわけじゃないよね?」
「何言ってんだよ。マーチとなんて、全然比べようもないだろ」
「ならいいんだ」
「ルイの方が美人だ」
 自信もって断言するほどの理由じゃないと思うんだけどな。シリウスが言うと、妙に…。

「絶対モノにするぜ」
「はいはい」
「なんだよ、応援はなしかよ?」
「僕は自分で手いっぱいだよ」
「それにたぶん無理だよ、シリウス」
「なんでだよ」
 わかっていない。さっき自分で言ったじゃないか。

「ルイはたぶん、マーチ以上に鈍いよ」
 仕返しを込めて、リーマスが放ったボールは狙いあやまたず、シリウスにぶつかった。

 二つの恋、僕はどちらを応援しようか。

 じっと視線を寄越して来るピーターに笑いかけると、彼もまた楽しそうに微笑んだ。

あとがき

いきなり物騒な。そして、決してハグリット夢とかビーブズ夢と言うわけではないです。
(2003/04/15)


宇○田の歌とは関係ないです。
(2003/04/15)


ファイルまとめた。
もう続き書くより、大元のオリジナルをちゃんと書けって気分になる。
(2012/10/12)