未来はいつだって決まってるものだから、もしもなんて話をしてもなんの意味もない。
「絶対的確率からして、私と君の生きる時間が重なることは少ない」
「は?」
思わず、大口を開けて聞き返す私に果たして非があっただろうか。いや、ないと反語で自答してみる。
いつもどおり、零一さんの幼馴染みの店で二人で待ち合わせて、しばらくしてからのことだった。
大学生活も残り少なくなり、成長した私と零一さんの身長差は少し縮まったけど、もともとが規格外な先生の身長に並べるはずもなく、踵の高いヒールで底上げして、やっと肩の位置だ。それも座ってしまえばわずかに縮むのだけど。
「高校からずっと重なりっぱなしですよ。何いってんですか」
揺らしたグラスがからりと透明な音を奏でる。中身は琥珀色で通してみると世界が淡い思い出となる。零一さんといられるだけで嬉しいから、それでもいいかなとも、思う。
「………」
黙りこんでしまった零一さんは、拗ねたように視線を逸らす。そうするとなんだかとても年上とは思えなくて、思わず笑ってしまう。
「なんだ?」
「いーえ」
顔を上げたその天青色と視線が合う。教卓ではずっと厳しいけど、こうして二人でいると嘘みたいに柔らかい不思議な瞳。
その瞳に映るのが私だけならいいのにと思うことがある。
怖いけど、生徒思いな先生を好きになったから、全部、受け止めようと思う。
意識しなくても顔全体の筋肉が勝手に綻んで、笑みがこぼれる。
「就職は決まったか?」
うわ。ちょっと、直球できますか。
「…マスターさん、今日は忙しそうですねー」
店内を見まわすと、弱い橙灯で照らされる薄ぼんやりとした幻想的な中、私たちと少し離れた場所で一人でカウンターに座る女性と話す姿が見える。
パンツスーツのオフィスレディというか、ちょっと見ただけでももてそうな感じで、横顔だけでもかなりの美人。
あんな風になりたいなと、漠然と考える。
彼女にはなれない。私は私だから、それ以外には絶対なれない。でも、近いところまでいけたらいいな。そうしたら、きっともっと零一さんとつりあうのに。
二人で歩いてても、ちゃんと恋人に見えるのに。
彼女と目が合う。
鳶色の優しい光がそのまま微笑む。
「春霞」
マスターさんに何か耳打ちして、楽しそうに頷く姿は、ちょっと子供っぽくて、でも可愛い感じがした。美人で可愛いなんて、すごいな。
「春霞、話を逸らすんじゃない」
「そらしてるのは零一さんのほうです」
わざと視線をはずしたまま返す。それに対しての深い深いため息が聞こえる。
重なり合う時間が少ないのなんて、とっくに知ってた。
それでもいいから一緒に「今」を生きたいと思ってるのに、なんで、今更確認するみたいに言うの。
学生時代の零一さんを知ってるマスターさんとか、たまに嫉妬してる私を知らないでしょ。
どうしてもっと早く生まれて来なかったんだろうって、何度も後悔した。
どうしてもっと早く出会わなかったんだろうって、何を恨みたくなった。
「君に…」
予感がして振り返ると、間近に眼が。合って。
時間が。とまっ………
コトリ、と。
音がした。
「あちらのお姉さんから、おごりだって」
慌てて離れようとしたら、肩をしっかりと抱き寄せられて、逃げられなかった。
「ちょ、零一さん…っ」
「今日は邪魔しねーから、ごゆっくり~」
マスターさんがグラスを置いて、行ってしまうのを目だけで追いかける。
何かおかしいと、ようやく気がついた。遅いだろうか。
「れ、いちさん…? 酔ってるんですか??」
ほのかに甘い空気が漂うのは気のせいだろう。零一さんにかぎって、そんなこと、あるはずない。
「あいつ…」
「はぃ?」
「気がついてるのか…?」
いぶかしむ声を見上げると、怪訝そうに首を傾げている。でも、その腕は緩むこともなく、逆らわないでいるとそのまま寄りかかってしまいそうになる。
「零一…さん?」
その視線を追う。そこにあるのは二つのグラスで、中は透き通った赤い液体で満たされている。
通り抜ける赤い液体の下に、テーブルに映る淡い赤の影が見える。
「春霞に、回りくどいことを言っても仕方ないか」
苦笑が聞こえるなんて、絶対酔ってるよ…っ
強さに押され、体が傾く。ふっと香る零一さんの香りはさっぱりとしてるのに、どこか甘い気配。
ーーずっと、一緒にいなさい。
共に歩む時間は少なくとも、命ある限り、ずっと一緒に。
遅くなって申し訳ありませんでした。ちょっと思った以上に書くひまがなかった(言い訳)。
でも、久々に良い感じに書けたかなと(笑。
なんっか先生が別人になりかけてますが、そんときはもう、オリジナルってことで(オイ。
1万打ありがとうございました。
完成:2003/05/23