シリウス・ブラック>> 読み切り>> Nobody Knows

書名:シリウス・ブラック
章名:読み切り

話名:Nobody Knows


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.5.24
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3942 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:///ミヤマ/リサ
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<< シリウス・ブラック<< 読み切り<< Nobody Knows

p.1

 なんだそれ、と笑うのはすごく失礼だと思うの。人がせっかく浴衣着て、わざわざ見せに来たってのにあんまりじゃない。

 濃紺の絣には蝶の華が咲き乱れ、締める帯は金の色。月夜に映えるそれを見て、少しは女と思ってもらえると期待した私が馬鹿だった。

「浴衣よ。ゆ、か、た!」
「民族衣装?」
 喉の奥で笑うのはいいかげんにしてもらいたいわ。

 こんなにキレイな三日月の夜に。こんなに着飾る悪友に向かって。なんだそれ、ですって。

「デリカシーが足りないって、よく言われない?」
「まさか」
 ふわりと風に袂が揺れるのも、格好も気にせずにいつも通りに髪を押さえる。肩より少し上で揺れる髪は闇より黒くて、空間に溶けてしまいそうなのだけど、手触りはなかなかのはず。まっすぐでなく猫っ毛なので切り口でふわふわ好き勝手に流れるし、風が吹くと簡単に乱れてしまうけど、自分でも少しは気に入っている。

 同じ色のはずなのに、シリウスの髪はまっすぐで触ったら硬質な感じがする。刺さりそうな鋭利な切り口は目に刺さったら痛そうだけど、彼はいつも伸びるままにしている。たまに自分で切ったり、リーマスとかジェームズとかに切ってもらうらしい。他に女の子に切ってもらってるって噂もあるけど、真相は知らない。ーーありそうだとは思ってる。

「ボタンとかねーのな」
 ひょこひょこ近づいてくる影から逃げる。

「あったりまえでしょ」
 足元がカラコロと軽い音を立てるのを面白そうに見ている。

「それも?」
「ええ」
 下駄も一緒に送ってもらうのは当然よ。浴衣で靴はいてたら邪道でしょ。裸足は床が冷たいからいやよ。

 カラコロカララ…

「歩きにくそうだな~」
「ほっといてよ」
「つか、フィルチに見つかるんじゃねーの?」
 袂を振って避けると、丁度その場所を大きな手が通りすぎた。間一髪。

「見つかったら逃げればいいわ」
 そう、ただそれだけのこと。

 夜の学校をシリウスとは距離をとって歩く。彼は音も立てずに。私はカラコロ。

「見つかるって」
「大丈夫よ、運は良い方だから」
 見つけた階段で前触れもなく曲がる。少し遅れて足元が動く。

「おい、あぶねぇ…!?」
 慌てて曲がろうとして、長身が揺れた。

「え、ちょ…っ」
 夜の時間だからゆっくりと流れているわけじゃないと、さすがに理解できる。驚いた時って、ほんとうに全部がスローモーションになるもんなんだと初めて知った。

 いや、だから何って言われても困るわ。

 気がついたら、二人して階段から落ちて…落ちて…落ちてしまった。

「悪ぃ! 大丈夫…」
「大丈夫じゃないわよ、馬鹿」
 真っ暗な中彼の姿は淡い月を背に受けて、影でできてるみたいに見えた。

「いたた…」
 ものすごい音を立てて、その姿が遠ざかる。

 謝罪は無しかい。薄情な。

「おま、な、なん…、馬鹿はリサのほうだろ」
 思いっきり動揺する視線は私の足元に向けられている。淡い月の光が少しだけ肌を白く見える魔法をかけてくれてるみたいだ。

 ん? 足元…?

 視線を落とす。落ちたせいプラス下敷きになったせいで乱れた浴衣から覗く、貧弱な足はいつもどおりに膝を開いている。もうこれは癖みたいなものだ。ずっと浴衣なんて着てないし。

 顔をあげると、額を押さえて、顔をそむけるシリウスの姿がある。どことなく赤い気がする。

「シリウス…?」
「いいから早く直せ」
「へ?」
 もう一度、視線を落とす。

 ちょっと(?)あられもない姿になってるけど、どこも変なところはないよね? 一応、言われるように立ち上がり、帯を取る。

 シュルルという音はやけに空間に響いた。

「ねーシリウス」
「…んだよ」
「ここってどこ?」
「ホグワーツのどっかだろ」
 背中に聞こえる声はやけに怒っている気がして、不安になった。怒らせるようなこと、した、かな。

 もう一度着直すことができたのは、単に母が着付けの先生をしていたせいもある。ホグワーツに来るまで着物ばかりで暮していたから、洋服に慣れるまでが少し大変だったことを思い出した。

「着れたか?」
「うん、ばっちり」
「じゃ行くぞ」
「え?」
 振り返ると、もうシリウスは勝手に歩き出している。まるで帰り道を知ってるみたいだ。

「ねぇ、ここに来たことあるの?」
「いや。ない」
 もともと男と女じゃ歩幅が違うのもあるし、シリウスは年の割に背もよく伸びてるからいつもそなんだけど。今日は特に着物だと歩幅が限られて、追いかけるのが大変だ。

 しかも少し歩くだけで埃が立つ。カラコロもくぐもっている。

「そのわりにまっすぐ歩いてるじゃないっ」
「ちょっと考えりゃわかるって。出口ぐらい」
「わかんないわよ」
 小走りで追いかける私に目もくれず、自分のペースで歩くなんて、珍しい。

「ね」
「こっちだ」
「ちょっと…」
 話し掛けようとするたびに曲がり角とか出てくるのは気のせいだろうか。

「シリウス…」
「こっち」
「ま…」
「っかしーな。そろそろ…」
 どう見てもはぐらかされているとしか思えない。

 なんなのだ。さっきは自分が追いかけてきたくせに。

「馬鹿犬」
「…それはヤメロ」
「じゃー馬鹿」
「犬取っただけだろ」
「何よ。犬って呼ばれたいわけ?」
 やっと立ち止まった腕を捕まえる。細く見えるのに筋肉質で固い腕が、一瞬強張る。

「…歩くの速いわよ」
 こっちは下駄で浴衣なんだから考えて欲しい。そう、口に出そうとした矢先にため息が落ちてきた。

「離せよ」
「ヤ。離したら、また先に歩いてっちゃうでしょ」
 置いて行かれるのが嫌で、闇に取り残されるのはもっと怖くて、でも、何よりも怒ってるシリウスが怖い。自分に対してなのはなんとなく勘が働いている。でも、どうしてなのかがわからない。

 浴衣が悪いわけではないと、思う。笑ってたし。

 下駄が悪いわけでもないと、思う。フィルチに見つかったわけで無し。

 階段から落ちたのは、むしろ下敷きになった私が被害者だ。

「それに、なんでそんなに怒ってるの?」
「………」
 落ちてきた視線の間で当惑と何かの色の名前が揺れている。動揺、だろうか。

「なんでって…」
 口篭もり、なんでか口元を押さえて顔をまた背ける。なんなのだ、一体。

「しーりーうーすー?」
「リサが馬鹿だからに決まってんだろーが」
 音を立てて、風が不機嫌を運んでくる。それを私はしっかりと捕えていた。

「馬鹿って、どーしてよ?」
 あ、だからなんでわざとらしくため息つくわけ!?

「はっきり言いなさいよ」
 握り締めた拳の中にじっとりと汗が生まれる。

「いわなきゃ殴るわよ」
 言っても殴るけど。

 そう思ったのがわからなかったのか、ため息を吐き出した後、シリウスは私のほうを向いて、大きく一歩を踏み出した。あんまりその距離が近づいて、風が通り無くなりそうで、私は下がろうとした。

「言ったら、怒るだろーけど」
 ということは殴られる心構えはできたってわけか。少し腰を落とし、身構える。

「どうして、おまえ…、つけてないんだ」
「え?」
 真剣な瞳とぶつかって、吸い込まれそうになって、何を言われているのかわからなくなった。ただ、なんとなく一歩下がりかける。

「だから、アレだよ」
「アレ?」



「ーーが」



 えーと。

 考える時間をください。



 私の家は昔から着付けを教えてるわけです。当然ながら、もの心ついた時には普段着がそれで、着物は下着をつけないのが常識なわけです。かわりに中にいろいろ着るんだけど。



 なにより下着のラインが出るのがみっともないといわれて、常識、だったんですが。



「いいか、不可抗力だからな?」
 だから殴るなと前置きをして、悪戯する時よりももっと真剣な目で、顔で言うので、思わず頷いていた。

「あんとき、見えたんだ」



ーーつまり、浴衣の間から。

「おまえ、俺だからよかったものの、他のやつなら速攻襲ってたぞ? 今度から、なんでもいいから下着だけはつけろ。わかったか?」



ーー返事は拳でって、これも不可抗力に入るでしょうか。

 ほどよい月夜に程よい風と程よい悲鳴が。



 響いた。



「シリウスの馬鹿ー!!!」
「…殴らないって…っ」
「お嫁に行けない~っ」
「うわ、ちょ、泣くなって!」
「シリウスなんて、シリウスなんて…っ」
「泣くなよ、頼むから。な?」
 隠すように抱き込まれる。広い胸に顔が押し付けられて、息が辛い。心も辛い。

「泣き止んだ、か?」
「うぅ…もうお嫁に行けない…」
「俺がもらってやるから」
「同情でなんていやよ~ぅ」
 好きだけど、同情で手に入れたい恋じゃないの。ねぇ、わかってないでしょ。

 急に抱きしめる腕に力が込められて、背中が、胸が苦しくなる。息が本当に苦しい。

「馬鹿、同情じゃねーよ」
「…苦し…」
「本当はさっきからずっと我慢してんだからな」
「…は…?」
「ただ、おまえだけは傷つけたくないから、だから…」
 腕が緩んで、急いで空気をかき集め、吐き出す。脳に送られる酸素が加減できなくて、頭が朦朧としてくる。それは多分シリウスの腕の中にいる分だけ2乗されて、もっと強く空気も全部求めさせる。

「だから、ちゃんと好きだから」
 だから、幻聴かと思った。

「リサの全部を大切にしたい」
 都合の良い夢をみてるのだと、思った。

「…うそ」
「2度も言わせる気かよ」
 夢、か、現実か。闇の中では判断に難い。

 だんだんと近づく、夢みたいな現象に、私は笑って目を閉じた。

 都合の良い夢を見てるんだわ。簡単に手に入る心なんか無いんだから。

 だから、とても都合のよい夢なのよ。

 この熱のすべてが夢。

 夢でも、夢なら、いつか、現実にできるかしら。

 いつか、シリウスの心は手に入るかしら。

 それはたぶん誰にもわからないわね。



あとがき

えーっと…遅くなって申し訳ありません。思ったとおり、難しいです!
だって健全サイトなんですよ、ここ。年齢制限の入らないエロってどんなもんかと悩みまくりました。
でもリクエストは嬉しかったです♪ 苦悩させていただきました(笑。
そんなわけで、ちょこと気の強い、超鈍感な主人公です。
シリウスがどんどんニセモノになっている気がしますが…考えこんだら負けです(何。
1万打ありがとうございましたv
完成:2003/05/24