彼女にするなら、スタイル抜群のおねぇちゃ~ん…て、思ってたんやけどな。
なんや、最近ようわからんようなってしもたわ。
夏やゆーたら、海に花火に遊園地。そら遊ぶところもぎょーさんあるで。でも、たった1人、いるかいないかというだけで世界が全部つまらんようなってしまうなんてコト、今までは信じられへんかったわ。
夏休みに入ると授業もないし、天国やておもてたんやけど、学校がないっちゅーことはつまり、あいつに会うチャンスがないってことやった。日曜日にデートするんが定番になってきたけど、今年の花火はどないしよ?
*
「電話…かけたるか?」
ケータイを手にとって、短縮の番号に手をかける。
「でも、もし、もしな? 断られたらどないする? 他のヤツ誘って…なんていかれへんし…」
そして、また放り出す。さっきから何回こんなことを繰り返したやろ。
いままでこんなに悩んだことなんてないで。大抵が女のほうからかかってきて、それが普通や思とった。ただ電話かけて遊びに誘うだけや。何を悩むことがある。
「あ~もうめんど~やわ!!」
シャワーでも浴びて頭冷やしたほうがエエな。東京の夏は暑くてかなわん。だからこんなに頭使うて悩んどるんや。
そうして、部屋を出たとたんにケータイが鳴った。
「もしもし、姫条やけど」
「あ、まどか?」
声だけで、誰なのかわかってしもうた。先ほどまで電話をかけるか悩んでいた相手――東雲 春霞だ。
ええいっ冷静になれ、オレ!!
「あっ…今ちょうど、オレからかけようと思ってたんや」
電話越しとはいえ、約一週間ぶりの声に思わず涙ぐんでくる。
「え~テレパシー? シンパシー…? あれ?」
「で、今日はなんか用か?」
「えっと…。来週の花火大会に行かない?」
花火大会。夏の一大イベント。――よっしゃぁ!!!
「行く、行く! 今すぐでもええぐらいや!」
「じゃあ、来週新はばたき駅で待ってるから!」
ホンマ、春霞はエスパーちゃうかと思うときがある。たとえば今日みたいに、オレが欲しいと思う言葉をくれる。でも、何時までも甘えていたらあかんな。こいつの能力はオレだけやなく他の男にも有効みたいやし。
「楽しい一日になるとええな。じゃあ、期待して待っとくわ!」
ともかく。
花火っちゅーたら、浴衣や! 去年のどこにやった、オレ?
その一週間は、まさに飛ぶように過ぎた。店長に怒られてもこの笑いは止められへんて。万馬券当てるよりどっちが確率高いやろ。
向こうからの誘いっちゅーことは、少しは期待してもええんかな?
春霞も同じ気持ちやて、思てもエエの?
待ち合わせは新はばたき駅。会場にはそこから歩いていくんやけど、なかなか春霞はあらわれへんかった。
「ん? アレは…」
ぼーっと辺りを見渡しているオレの視界に、駅方面からの人並みが流れていく。その中で春霞が流されていた。
「どこいく気ぃや。自分」
慌てて手を取り、人並みから抱き上げてさらう。
「わわっまどか!? ありがと…」
抱き上げた軽さとかよりも、その姿に目を奪われた。紺地に満遍なく花があしらわれた浴衣、まとめ上げられた髪からの後れ毛が白いうなじにかかり、女性特有の華をまとっていた。
「だってムリだよ~急にダ~ッてくるからさ~」
こーゆうとき日本人でよかった思うんやろな、オトコってのは。このままさらってしまいたくなる。
「どうしたの、まどか?」
オレの気持ちを知らんからか、平気で春霞は顔を覗きこんでくる。
「あ、えっと…その浴衣、ごっつぅカワイイやん」
「浴衣、だけ?」
「アホ。…言わせんなや」
照れくさくて、本人にカワイイなんて言えるかい。
そんなオレに満足そうに微笑んで、春霞はオレの浴衣の腕を引っ張った。
「それより、花火見よう! 弟に良い場所聞いてきたんだ~」
引っ張ろうとして、バランスを崩す春霞を抱きとめる。いつも以上に危なっかしいわ。
「まぁちょっと落ち着きや」
「ご、ごめん」
「お互い慣れん浴衣着てるし、ゆっくり歩こうや」
「う、うん」
今度は手をつないで、二人で会場へ向かった。
良い場所というのは自然と広まるもので、オレらが行く頃にはどこもかしこも人がいっぱいやった。 二人で木に寄りかかって、花火を眺めた。
「キレイだねーっ」
「せやな」
「花火」
「…せやな」
「けっこう良く見える場所だよね、ココ」
「せや…」
「もー聞いてる!?」
花火が照り返す光で春霞の姿を闇夜に浮かばせるんが、何よりもキレイやと思うた。
「でも、目の前の花のがキレイやわ」
素直に言葉にすると、春霞の瞳にオレが映って消えた。
「あーあそこのおねーさんたち…」
「それはマジボケか?」
その視線の先に何かを見つける。
「…ごめん、ちょっと待ってて」
言い残して、走り出す春霞を慌ててオレは追いかけた。
「オイ、そんな急ぐとまた転ぶで!?」
彼女が走った理由は、不安そうにウロウロとしていた女の子。
「大丈夫? はぐれちゃったの?」
なんや迷子か。春霞が声をかけると、子供は涙目でコクリと頷いた。リボン柄の水色の浴衣に髪を二つに高く結っている。水色のリボンのオンナノコ。
「まどか…」
「エエよ。一緒に探したろ」
笑いかけると少女は、不安そうにしながらオレの手を握った。反対側の手はしっかりと春霞を掴んでいる。
「なぁなぁ、春霞。こっち来ぃへん?」
「え?なんで?」
「そしたら、オレ、両手に花やし♪」
子供ってなカンタンやな。こんな、ちょっとしたことですぐに笑ろうてくれるんやし。
世の中ひねくれ者ばかりでそんなやつ減ってきたけど、この純粋さをどこに置いてきてんのやろな。
「おにーちゃん、まどかってゆーの?」
子供に名前のコト、ゆうてもしゃぁないな。
「そうや。女みたいな名前やけどな…こう見えても、実は女やねん」
「えーっ???」
「まどか、いたいけな子供をからかわないの」
いや、ホンマ純粋でエエな。春霞は最初これでハズしてもうたし。
「ホントに女の人なの?」
信じてる信じてる。
「そんなはずないでしょ。まどかはどこからどうみても男の人だよ」
自分、ホンマはそうみとらんくせに。
「おねぇちゃんのダーリン?」
「えっ? …そう、みえる?」
「うん!」
春霞が顔を逸らしてもうて、今の質問でどんな顔してるんかわからん。この暗さじゃどちらにしろわからんけど、困った顔されてないとええな。
「あんまり、うちのハニーいじめんといてな」
水色の少女をひょいっと持ち上げて、オレは高く掲げた。
「きゃははっ高いーっ」
「どーや、おとうちゃんとおかあちゃんはいるか?」
言われて少女は辺りを見まわす。
「…あ!ママとパパだ!!」
「え、いた?どこ??」
「あっち!! ママーっ! パパ―っ!!」
人ごみの中から駆け寄ってくる夫婦を見つけて、女の子を降ろした。
そのまま駆け出そうとして、少女が立ち止まる。
「はよ、行ってやり」
「……」
「ん?なんや?」
手招きするのでしゃがみこむと、少女は耳に手を当てて小さくささやいた。
――さっき、おねぇちゃん、うれしそうだったよ。
「ホンマ?」
勢いよく頷いて、礼を云って、少女は駆けていった。
「…はぁ」
「どしたん?」
「小さい子ってイイよね~」
花火に幸せそうな春霞の顔が浮かび上がる。子供はカワイイけど、今日の花はやっぱ春霞やな。
「あんな子、欲しなぁ」
「え!?」
「オレら夫婦に見えたと思う?」
困っている春霞の手をそっととると、しっかりと握り返してくれる。心の中で小学生みたいに喜んでるオレをあんたは笑うやろか。
「今日はごめんね。せっかく花火に来たのに、変なことにつきあわせちゃって」
「別にええよ。オレはあんたのそーゆーところ、気にいっとるし。変でもなんでもないし」
どっちかってゆうと、その方が春霞らしい。
たださっきから、気になることはある。
「まぁ花火は見れたしな」
「キレイな浴衣の女がぎょうさん見れたし?」
オレの真似をして、変な関西弁が返ってきた。
アカン、まだ疑っとる。目の前にいるんは自分やって、どーして気づけへんのや。どうして、振りかえって探すんや。オレはここにいるのに。この目にはたったひとりしか映っておらんのに。
夜空にまたひとつ花火が上がって、二人でそれを追った。そして、また中空に大輪の花が咲く。
――でも、私もまどかのカッコイイ浴衣姿見れたし。
花火の音に紛れて、聞き逃しそうな小さな声が、風に乗って流れてきた。
「なんやて?」
聞き返すと、春霞は少し頬を染めて「そろそろ帰ろっか」と。
さっきのは空耳やろか。
「今日は、送ったる」
また人の波にさらわれてしまいそうやったってのもあるが、なにより浴衣姿の春霞をこれ以上、他のヤツに見せとうないというか触れさせとうない。さっきからすれ違う奴らがことごとく振りかえって、春霞を見ていることに本人は気づいてへんし。
「いつも送ってくれてるじゃない」
手も繋いだことなかったのに、春霞は機嫌よく腕を絡ませてきた。体重が半分ぐらい預けられているようなんは気のせいか。
「ん?」
ふと、春霞の足元を見る。腕に当たる感触はええけど、そんなん以前にコレは…。
「アホ」
「え、な、何よ急に!!」
抗議の声を無視して、オレは春霞を担ぎ上げる。
「や、ちょ…」
「騒ぐと目立つで」
「もう十分目立ってるよ~」
近くの石段にそっと降ろして、オレはその小さな足を見た。
「やっぱり、アホや」
下駄ずれをして、足の皮が剥け、無残に赤くなっている。
「なんでこないになるまで我慢しとった」
指にそっと触れると、春霞の顔が涙ぐむ。でも、さっきの迷子のように口を引き結んで、涙を堪えている。
「早よゆうてくれたら、歩かせんかったのに」
「…これくらい大丈夫だよ」
「無理すんなや」
まったく。どうしてこう、自分のことになると無理したがるんや。
「あんた1人くらい、たいした荷物にはならへんよ」
今日はもう絶対歩かせへん。そう決意して背中を差し出すと、春霞は首を振って拒否をする。
「歩いて帰れる!」
「ダメやっ!それ以上悪化させてどないすんねん!!」
また、春霞の目に涙が溢れてくる。怖がらせてどないするんや、オレ。
「だって、今年一緒に花火見れるのは今日だけだもん」
「もう見たやないか」
涙はまだ零れないで、目元に溜まったまま止まってる。
「浴衣着て一緒に歩けるのは今日だけだもん」
「歩いたやないか」
だから、こないなことになっとんやないか。
「違うの! 背負われたら、まどかの顔見れなくなる…」
とうとう涙が溢れた。
なんや、そないなことで意地張ってたんか。
「顔なんて、いつでも見れるで?」
困ったわ。どーしたらいいんやろ。
今までの女ならキスしてすぐ止まるんやけど、春霞にはどうしてもオレがそう出来へん。
そんな安易に簡単にできへん。手を繋ぐのだって、オレからは…できん。
怖がらせたないねん。自然な春霞の笑顔が見たいだけやから、オレからは何も出来ん。今は…まだ、な。
ホンマにどうすれば泣き止んでくれるんやろ。
「それに、後ろからオレを見るのも貴重やとおもわへん?」
むしろ後ろばっかり見とるんは、オレの方や。
どこでもつい春霞の姿を探している自分に、最近は気づいてる。見つけると、どーしても声かけんではおられんようになっとる。カワイイ子には必ず声かけとったけど、今はたったひとりしかそう思えへんのや。
「どっちかってーと、春霞の顔が見れんのはオレの方やと思うし」
さすがに後頭部に目はついてへんからな。
泣いていた春霞が吹き出した。
「…ホンマに損してるんは、オレやないか…」
「あはははは!」
やっと、笑った。そうしていてくれへんとオレが困る。あんたが笑っていてくれることが、オレの一番の願いなんやから。
「じゃ、大人しゅうおぶされてくれるな?」
「…ヤ」
「なんでや」
「…浴衣だもん」
でも、いくら相手があんたでも、限度っちゅーもんがある。
「ええかげんにせえ! 今はそんなんゆうてる場合とちゃうやろ? こんな小さな怪我でも嘗めたらアカン。歩けなくなることもあるんやで?」
一喝すると、大きな目にどんどん涙が溜まって…いかない。
代わりに目が据わっている。
「わかった」
これはホンマにそうゆうてる目じゃない。
「わかったから、一緒に歩いて」
やっぱりわかってへんやないか…。
「あんなぁ~」
「まどかに寄りかかってれば、そんなに痛くないから」
大きくため息をついて、オレは隣に座った。
「…自分、なんで今日はそんなにわがままなん?」
返事は返ってこなくて、ただ照り返す花火の光が春霞の顔に反射していた。花火の魔法がオレの心をも揺らしているのが手に取るようにわかる。
「………ダメ?」
そんな縋るみたいな瞳でゆうんは反則やわ。
「ダメとかそーゆーんとちゃうやろ」
だめや、これ以上みてると理性がぶっ飛びそうや。
「たまには、わがままでも、イイんでしょ?」
確かにそうゆうたけど。
肩に寄りかかってくる重さは、安心、か。オレ、安全やと思われてんのかな。
「少しだけ、このままで」
春霞の確かな息遣いがこんな近くでしてる思たら、急に緊張してきた。肩を抱きそうになって、手を止めたまま、オレは身動き出来んようなっていた。
支えるだけや。こいつは怪我しとんねやから。
そっと肩に触れただけやのに、春霞の体が震えるんがわかった。これ以上、力いれたらアカン。これ以上警戒させたらアカン。そう、わかってはおるから、ホンマに。
「このまんま…」
時間が止まればいい。
月並みやけど、そう思うた。
結局、春霞は寄りかかったまま、寝ついてしまった。
たしかに「時間が止まればいい」とか思たけど、ちょっとコレは困るな。
「おい、春霞…」
揺さぶると、一瞬不快そうな顔をしたが、なんや気の抜ける笑顔でまた寝てしもうた。
「…どないせぇっちゅーねん」
花火はもう終わって、周りはどんどん帰り始めている。時計を見ると、もう9時半をまわっていた。
そして、ケータイが鳴った。
彼女から音は聞こえる。
とらなあかんやろか。本人は寝てるし。
とったらあかんやろか。春霞のケータイやし。
でも、かけてきてるのが春霞の家やったら、心配してるかもしれん。
「春霞」
「うー…」
もう一度揺すり起こすと、春霞は唸りながら胸元を押さえた。浴衣の中から探るようにしてケータイを取りだし、通話ボタンを押して、寝てしまった。
「お、おい!」
「…くー…」
通話口からは声が聞こえる。低い男の声だ。
家族やない男の声や。
そう思うたら、ケータイ取り上げて切っていた。
履歴には「珪くん」という文字。
誰やねん。でも、男なのはたしかや。
「わたさへんで」
絶対、誰にも。
そのあと、すぐに春霞は起きたけど。ケータイ見たことは黙っといた。だって、勝手に見られてたなんて、気分悪いやろ。
「…うん、すぐ帰るから…お願いよ~尽~ぃ」
弟に言い訳している春霞に手を伸ばす。もう一度、肩を抱こうとした手を空中で止めた。
これが今のオレらの距離やんな。どうすれば近づけるんやろ。
「電話、終わったか」
春霞は疲れたようながらも、笑顔でうなづく。
「ごめんね。すぐ起こしてくれて良かったのに」
起こしたで。
「自分、首とかイタないか?」
なんども起こした。近くにある寝顔に、何度も見とれた。
別に特別カワイイとか美人とかってワケやない。でも、なんでかホッとするやんな、あんたの笑顔は。
「ううん。平気」
寝ていると、もっと無防備な笑顔ってな、ひどいで。
「…まどか、怒ってる?」
「怒ってへんよ」
「ホントに?」
不安そうに上目遣いで見上げてくる春霞の頭に手を置いて、軽く2、3度叩いた。
「ほな、送るわ」
今度は素直におぶされてくれたが、柔らかい吐息が耳に当たってくすぐったかった。
「何?」
「いや、思ったよりも胸…」
「え!?」
「…ナンデモナイ」
外見だけで惚れたんとちゃう。オレはあんたの中身に惚れたんや。
いつも一生懸命で、
いつも人の事ばっかりで、
おせっかいで、
特別鈍い、
あんたに。
「…今度はオレから誘うわ」
「うん、待ってるね」
「…他のオトコに取られたないしな」
「?」
他の奴とデートなんてさせへんで。
そう言えたらええのにな。
なんとなく、未消化。です。あぅぅぅっ
でも高校生であんだけデートして付き合ってないんだもんな~っ
女の子攻略の時、全員出して、スタンドバイトのおかげでトキめいてくれたとき、
3年8月の花火大会からずっとデートに毎週誘われて、挙句9月に葉月の爆弾が爆発。
なことがあったんで、こんな話が出来てしまったのかも。
(2002/08/26)