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書名:GS
章名:姫条まどか

話名:海日和


作:ひまうさ
公開日(更新日):2002.9.20
状態:公開
ページ数:8 頁
文字数:19931 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 13 枚
デフォルト名:東雲/春霞/ハルカ
1)

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p.1

ピピピ…ピピピ…ピピピ…

 夢の中でうるさい目覚ましの音が聞こえる。なんやの。今日はバイト休みやで。久々の休みなんやから、ゆっくり寝かせぇよ。

タン! タタタ、タン、タン、タンタタン! …

 携帯電話まで鳴り出して。

「あーもう、誰やこんな朝っぱらから…」
 寝ぼけながらケータイが留守電に変わるのを聞いた。

「まどか、寝てるの…?」
 夢やない。現実や。ホンマに鳴ってるやんな。と、一瞬で目が覚めた。

 ヤバイわ。今日は春霞とのデートやんか!!しかも、オレから誘ったってのに。

 慌てて、ケータイを取った。

「すまん! 寝過ごしてもたわ」
「…おはよ」
「すぐに行くよって、待っててな?」
 切ってすぐに着替えて、家を出た。

 春霞を待たせるなんて、えーい、オレのアホ!!卒業してから、どんどんキレイになってく春霞をほっとくやつなんかおらん。絶対今頃、ナンパとかキャッチに捕まってるで。そーゆー変な隙があるんや、あいつには。

 今日の待ち合わせは新はばたき駅。海水浴に来てるヤローどもも多いし、心配や。なんで、こんな日にオレは寝坊するんや!!



p.2

 焦っている時に限って、いろんなことが重なるモンや。バイクで出たのに渋滞にはまり、イライラしながら道を急いだ。

「姫条ーっ」
 なんや、知り合いの声やんな。振り向くと、短めのソバージュを揺らした、いかにもなお姉ちゃんがオレを見ていた。

「あんた、春霞とデートじゃなかったの?」
 甲高い声は藤井の声やけど、こんな美人やったかな。

「もーそんな警戒しないでよ。あたしだってば、藤井!藤井奈津実!!忘れちゃった?」
 言われてみると、そんな気もしてくる。

「いやー、あんまり美人でわからんかったわ」
 ちょっと化粧、濃いやんな。

「あいかわらず調子いいんだから。それより、時間…」
 差し出された彼女の腕で、細い腕時計が時間を示している。すでに30分が過ぎるところだ。

「わかってる。だから、急いでんのや」
 信号はなかなか変われへんかった。

「ショッピングセンターで買い物だっけ?」
「よう知っとるな?」
 藤井は春霞から聞いたという。そういや、高校ん時から良くつるんでたが、今も続いてんのか。

「あたしね、近道知ってんだけど」
「ホンマか?」
 信号が変わりそうや。もう少しや。

「乗せてくれたら、教えてあげる」
 彼女が指すのはバイクの後部座席。言っとくけど、2ケツはやったことなかったで。

「なら悪いけど、遠慮するわ。ココはたった一人の特等席なんや」
 まだ乗せてないけど、もう少し、運転に自信持てるようになったら、乗せる予定やった。

「えーっ、ケチーっ」
「ケチで結構。じゃぁな」
 やっと信号が変わって、オレはその場を後にした。



*



 すぐにまた信号に引っかかって、少しだけ後悔した。道教えてもらうんやから、別に後部座席ぐらいどってことないやん。

 でも、なんでか、イヤや。春霞一人で待ちぼうけさせて、オレがあいつの親友とはいえ女と2ケツしてるなんて、イヤやろ。オレかて、春霞が他の男とおるなんて、考えただけでどうしてまうかわからん。きっと、アイツをめちゃめちゃにしてまう。そんなん、ダメや。オレは春霞を幸せにしたいんやから。

「信号、長いねー」
「なんで、歩いてるおまえが追いつく…っ」
 藤井はさっきと同じように隣に立っておった。

「それは、それだけ渋滞中ってコトでしょ」
「ええから。ついてくんなや」
 追い払おうとしても、藤井は素知らぬ振りで繰り返した。

「乗せてくれたら、近道教えてあげるのに」
「いらんて」
 なんといわれようと、後部座席には春霞以外乗せたない。そうや、今日の帰りは乗せて送ったるか。

「春霞の許可取ったらいい?」
 いきなり何言い出す。この女は。

 オレが飽きれている間に、藤井はケータイをかけだした。

「あ、春霞? 姫条いたよ」
「オイ」
「うん、渋滞捕まってるーっ。バカだよね~あはは」
 ホンマにかけとんのか?

「姫条と替わる?」
「あ、信号変わったわ」
「ちょっ…待ってよーっ」
 なんや、なんとなく聞いてたくないな。



*



 また少し先の信号で止まって、一息ついた。まさかこの渋滞、駅までずっとやないやろな。

「姫条ーっ」
 また、来た。

「なんや」
「あ、つめたーいっ、せっかく春霞の伝言持って来たのに」
 今度はすぐに変わりそうやんな、信号。

「『ショッピングセンターで先に買い物してるから、着いたらかけてね v』って」
 ちょっと、ホッとしたわ。いつまでも駅で待たせてたら、誰かにさらわれそうやし。オレがいない間に何かあったら、一生後悔しそうや。しかも、オレが寝坊したせいで。

「許可も取ったからさ、乗せてよーっ」
「さっきから思とったんやが、おまえも駅に用事あるんか?」
 Vサインが返ってきた。

「海でおデートよ♪」
 なんで、「お」デートやねん。「お」はいらんやろ。

「遅刻…しそうなんか」
「うん、バッチリ!」
 なんで、こんなに余裕なんや。こいつは。

「だったら、なおさらダメや」
「なんでよーっ」
「彼氏いるのに他の男のバイクなんかに乗ったらアカンで」
 オレならゆるさへん。たぶん。いや、きっと。

 信号が変わって、また少し進んだ。あと少しで着く。まっとれよ、春霞。



*



「たしかに、これなら歩いてる私のが着くの早いわね」
「なら、早よ行けや」
「っじゃぁ、春霞と買い物してよーっと」
 待て。

「待ち合わせはええのか?」
「あー別にイイの。春霞と水着選んでこよっかな」
 スタスタと先歩いて、ムカツクやつやな。

「そういえば、春霞と海に行かないの?」
「行かん」
「どしてよ?」
 理由をいったら笑うで、絶対に。

「おまえには関係あらへんやろ」
「あー、水着姿の春霞を誰にも見せたくない。と」
「そんなことはゆうてへんやろ」
「なによ、違うの?」
 全然違わんが、教えてやる義理なんてないやんな?

 そして、ケータイが鳴った。これはメールや。

 春霞からやった。

「水着売り場にいるって?」
「おまえ、何かいったやろ…?」
 藤井の目が怪しく輝いた。

「こんなにイイ天気なんだからさ、海に行きなって!」
 余計なことをいいくさりおって。今の春霞はホンマ隙だらけで、ほんのちょっと目を離した間にナンパに引っかかるようなやつなんやで。それでどうして海なんかに連れて行ける。



p.3

 駅の中は海に行く奴らの群群群…。ホンマ、ショッピングセンターにいてくれて良かったわ。ナンパしてる奴らの多いコト。

 無事に藤井を撒いて、オレは涼しいショッピングセンターに入った。中でケータイからメールを送ってみると、

「水着、もう買っちゃたよ?」と。

 なんや、ホッとしたような惜しいコトしたなてゆうような複雑な気分や。水着売り場はここからエスカレーターで1階登ればすぐやけど、どうしたもんか。見たいような見たくないような。寝坊した後ろめたさもあるし、今日は逆らえなさそうな気がする。

「お、姫条じゃん!」
 エレベーターの前で悩んでると、ずいぶん視界の下のほうから声をかけられた。小学生の声やし、別にええかとほっといたんや。誰かに似てる気がせぇへんてこともないが。

「とうとうねえちゃんに愛想つかされたんか?」
「誰がや!」
 暴言につっこみかえした相手はよう見ると、春霞の弟や。家でよう会うし、街でもうろついて声かけられとるのをよう見る。

「まだ『ぷー』なんだろ? 時間の問題だな」
 子供のくせにけっこういうんや、こいつわ。

「オレには夢があるから、就職してサラリーマンなんてまどろっこしいことはしとれんの」
 額にデコピンをくらわせると、今度は言葉で噛み付いてきた。

「その夢にねえちゃん付き合わせてんの?」
「そーなるな」
「やっぱ、時間の問題だ…」
 生意気な子供やけど、こいつのおかげで知り合えた手前もある。それに、好きな女と同じ顔を邪険にできん。

「おまえこそ、小学生は宿題に追われてんと違うか?」
「夏休み最後の週末にそんなアホな真似するかい!」
 春霞と一緒で、無理やりにまた関西弁使うて、と可愛いような飽きれたような気分や。

「今日は俺、クルーザーに乗せてもらうんだっ」
 あぁそれでそないにエライ動き易い格好しとるんか。でも、春霞の家にクルーザー運転できるヤツがおったとか聞いたことないな。昔ならオレも家族と乗ったりしたけど、一般家庭にあるわけないし。

「姉ちゃんもな~ぁ…姫条が誘わなきゃ、一緒に行けたのに…」
「一体、誰のクルーザーや?」
 尽の目が三日月みたいに細くなって、嘲った。

「乗りたい?乗りたいんか?」
「オレは飽きるほど乗ってるわ。それより、誰やそのクルーザーの持ち主…」
「まどかーっ」
 声に反射的に振り返ったオレに、春霞が飛びついてきた。不意打ちはやめいってゆうとるのに、いつもいつも…なんでそないな可愛いことすんねん。しかも赤いチビTシャツも黒のショートパンツもフェロモン大放出で、眩暈がする。動き易いのはわかる。わかるが、今日みたいな日にそんな格好せんでも。

「あのね、海行こっ」
 目を輝かせて、そんな期待するように見て、オレにどうしろと。今すぐにもここからさらってってしまいたいて、ゆうてもしゃーないことが過った。

「ダメや」
「水着も買ったんだよ~っ、まどか見たくない?」
「…見たいけど、ダメや」
 オトコはじっと我慢の子や。ここで堪えれば、春霞を世の男どもの視線にさらさんですむんや。

 あーでも、見たい。でも、見てしまったら触れたくなる。触れてしまえば――耐えられなくなる。

「やっぱり。じゃ、奈津実たちと行こっ」
 離れた身体を後ろから引いて抱きとめたのは、束縛の証拠か。嫌われるのはイヤやけど、今はそれ以上に春霞を閉じ込めてしまいたい。誰の目にも触れん場所があるなら、そこに縛り付けてしまいたい。

「ダメや」
「なんでよーっ」
 見上げた口を塞いだ。弁解なんて、させんでくれ。今はただ、誰にもおまえを見せとうないんや。

「…ま、まど…っ」
 身動ぎする身体を強く抱きしめて、動けんように逃げられんようにするオレはホンマに子供や。



 でも、それでも欲してまう。オレを感じていて欲しい。オレを必要としていて欲しい。

 望むなら、なんだって叶えたる。春霞が望むならどんなことだって、どんなことをしたって、やったるわ。

 けど、今はダメや。オレはまだ、ダメなんや。あんたがここにいてること、まだ夢みたいで怖いんや。

 オレの世界はまだ春霞が全部やって、わかって欲しい。

 こうしてるだけで、この気持ちが伝わればええのに――。



p.4

「いつまで、そーしてるの?」
 春霞と同じ色の双眸が、ずいぶん近くにあった。瞳の奥には敵視の色。

「春霞が行かんてゆーまでや」
「…ば、バカ…っ」
 ようやく口だけ開放されたものの、春霞は腕の中で力を抜いている。いや、力が入らんのかもな。

「でもさ、そんだけのためにこんだけ注目集めてどーするよ」
「姫条。あんたってやっぱり、バカよね」
 人垣から奈津実が現れて、尽の隣に立った。

「あんたは気にしなくても、春霞は気にするの!」
「そらぁ見えるから気にするんやろ。おら、見せもんやないで!」
 外野に声をかけると、蜘蛛の子を散らす、てよりも水面の泡の中心に息吹きかけたみたいに散ってった。こういうとき、こっちじゃ関西弁は便利やな。

「まどか、まどか離して…」
 消え入りそうな腕の中の声は、軽く無視しといた。

「別に海くらいイイじゃないね~ぇ」
「ね~」
 春霞と同じ顔で相槌なんて打つなや。とんでもない弟もおったもんや。

「春霞の水着姿なんて減るもんじゃないし」
「いや、減るよ」
「減るな」
 何故かそこだけ同意見か。あいかわらず、わからんやつやわ。

「姫条とねえちゃんもクルーザーに乗んね?」
「クルーザー!?いーじゃん、私も!!」
「奈津実さんも…?」
「なんでいやそうなのよ」
「いや、おっちゃんがなんていうかなって」
 クルーザーか。ホンマ、誰の持ちモンなんやろな。

「海ダメなら、それでイイでしょ?」
 ――まどかと、海を見たいの。

 まったく。あんたの一言がどれだけの威力もってるか、わかってて使うてるのか。

「――決定?」
「せやな。…行くしかないやんな」
「ぃやりぃ!!」
 地面に春霞を降ろすと、少しふらついてた。そんなに…やりすぎたか。

「っきゃ…っ」
「おとなしくせぇ。恥ずかしいなら抱きついとき顔隠しとき」
 お姫様抱っこで、云われたとおりに巻きついてきた腕が、ちょっと苦し…っ

「しかえし」
 可愛らし声でカワイイ仕返しもあったもんや。まぁこんなもんか。



p.5

 まぁ大きな方か。

 それがクルーザーを見た正直な感想やった。センスもなかなかええし、かなりの値が張るんもわかる。

「でっかーい!」
 背筋を伸ばし始める彼女をそっと降ろすと、子供みたいに駆けていった。その後を弟がついていくと、もう雛やら犬やらわかれへんけど、無性に可笑しい笑いがこみ上げてくる。

「2人とも、転ぶで!」
「…心配なら、ついてけばいいじゃない」
 半歩後ろを歩く藤井の声は呆れかえっとったけどな。

 姉弟がクルーザーに近づくと、中から中年の紳士が降りてきた。服装はかなりラフやけど、悔しいことに似あっとる。

「おっちゃーん!」
「元気そうだね、尽君」
 駆けよる尽の視線に合わせて、紳士は膝をついた。左手でわしわしと頭を撫でる。尽も嬉しそうに撫でられてる。やけに素直になついとるな。なんや、気味悪いわ。

「宿題は終わらせたのかな?」
「そんなのとっくに終わってるよ。それより、ねえちゃんたちも一緒でいい?」
 紳士の視線がふっと上がり、春霞を見つける。二つの視線が合わさり、先に春霞が頭を下げた。

「弟が無理を言って申し訳ありません、理事長」
 どこから見ても、完璧な挨拶や。でも、理事長?

「無理なんて、春霞ちゃんの弟なら大歓迎だよ」
 エスコートしようと伸ばされた手が、春霞に触れた。て、なんでチャン呼ばわりしてんの、このおっさんが。春霞の所まで後、2、3歩というところで藤井が小さく声をあげた。

「今日は3人でクルージングか。楽しくなりそうだ」
 なんでもええけど、その手を離せ。

「いえ、あの…」
「運が良ければ、イルカも見れるかもしれないね」
 肩にまわされた手を見つめ、その後、不安そうな視線がオレに向かってきた。その縋りつくような目でみられたら。

「手ぇはなせや、おっさん」
 口と同時に手が出て、乱暴に春霞を引き寄せていた。やった自分もやられた本人も驚いているのに、紳士はにっこりと微笑みやがった。

「お久しぶりだね、姫条まどか君。藤井奈津実君」
 フルネームで呼ばれて、眉をしかめる。春霞に顔を見られんように、後ろから抱きしめたまま紳士を睨みつけた。きっとオレは今、すごく怖い顔をしてる。それでも、紳士は笑顔を崩さない。

「誰や、あんた…」
「お久しぶりです、天之橋理事長! …姫条もほら、ちゃんと挨拶しなさいよ!!」
 後半を小さく呟いて、藤井はオレの背中を強く叩いた。

 どっかで聞いたことある名前や。どっかで…。そして過ぎったのが、高校ん時の噂やった。高校生の春霞の手料理を食って、賞賛したていう、理事長。

「な、奈津実…」
「…姫条?」
 そう思い出したら無性に腹たって、もう何も見えんようになってた。オレは高校ん時、食ってへんから。バイトがあったし、金稼ぎたかったから合宿がイヤやった。だから、部活もはいらんかった。でも、それで春霞の料理を先に食ってる奴が居ったてのが一番気にくわん。

「やっぱダメや。ゆるさへん」
「え、まどか???」
「今日はオレとのデートのハズやろ」
 春霞の手を引いて、クルーザーから離れた。抵抗しないでくれたのは助かったけど、

「あ、えと、ごめんなさい!!」
 そう叫ぶ春霞にまたいらだつ自分がおった。



p.6

 向かったのは、ショッピングセンターでなく、バイクの駐輪場。春霞は駐車場を通りぬけながら、息を弾ませついてくる。

「まどか、買い物は?」
「もう済ませたんやろ?」
 オレ抜きで。ひとりで。

 出口で足を止めると、春霞も半歩下がって俯く。

「でも、でも…」
 まだ何か言おうとする春霞を脇の壁に手で押さえつけて、強引に口を塞いだ。誰にも渡したくない。醜い独占欲だけが俺を突き動かしてることに気がついてたけど、止められへん。このままじゃアカンて思てるのに、オレはオレを止められへんかった。

「まどか、やめ…っ」
 喘ぐ息がどんどん加速させてゆく。

 だめや、だめや、傷つけてどないする気や。春霞までなくしてもええのか!?

「……っ」
 自分の歯を食いしばって、オレは少し目を閉じる。次に目を開くと、春霞の目に溢れそうに涙が溜まり、顔も身体も赤く染まりはじめてる。首筋に赤い痣も残ってる。全部、オレがやったことや。

「ま、ど、か…?」
 オレ、春霞を傷つけたんか?

 拘束していた手を離すと、指の形にくっきりと痕が残ってた。離したなくて、逃げられとうなくて、ただ押さえつけることしかできんかったから、それだけ強う握ってたんやな。

「すまん、痛いか?」
「痛いよ」
「…すまん」
 自分で擦る様子を見ても、オレはもう触れられん。だめや、絶対傷つけた。そう考えると直視も出来なくて、目を逸らしてた。

「まどか」
 厳しい口調に答えることも出来ず、ただ非難されるんを待ってたんや。あんたにはゆわれても仕方ない。

「まどか」
 腕にそっと触れてくる細い指が、震えてる。よう聞くと、声も震えてる。

「怖かったか」
「ん。知らない人みたいだった」
 知らない人、か。こんなオレ、見せたことなかったやんな。ずっと、見せたなかった。

「悪かった」
「…どうしたの?」
 少し震えていても何もなかったかのように、ふわりと言葉がオレを包み込んだ。無理させてるてわかってる。今すぐ、抱きしめたいくらい愛しい。でも、もう…。

「…海、行こか」
 せめてもの償いにゆうたら、春霞の方から離れた。もう、終わりか。引きとめたい。けど、自分が怖い。

 光りに消える春霞を見送って、オレはそれに背を向けた。

 もう、なんもかんも終わりか。意外とあっけないもんやな。…いや、あっけないと違うで。オレはあいつを裏切ったんや。信じてたんを傷つけたんや。もう会わす顔もない。一生…春霞のいない生活に…戻れるんか?

 目ぇ曇ってるな、オレ。戻れるハズない。でも、もう戻れない。

 せやな、自分から手ぇ離せたオレはカッコええやろ。この溢れてくる気持ちさえなければ。苦しいのは、今だけやんな。今だけや――。



「……えいっ」
「あひゃっ!?な、なんや?」
 わき腹に指つっこまれて、身体を折ってしゃがみこんだ。急にくすぐられて可笑しいやら、わけわからんやら。涙目で見ようとすると、柔らかなカラダがぶつかってきた。香ってくるのは春霞の淡い香水の匂いや。

 春霞は何も言わず、ただ軽くアタマを叩いてくれた。そーゆうんはおかんと同じや。よう、似てるし。自分。

「さっきのまどかは確かに怖かった。でも…やっぱりオトコのヒトなんだって思ったけど、イヤじゃなかったよ」
「そら、どーゆー…?」
「どっちもまどかでしょ?」
 エライあっさりした言葉が返ってきた。心配してたことを全部吹き飛ばしてしまう、クスクスゆう笑い声が響いてくる。

「知らないまどかが見れた分だけ、私が得したってコト!」
 額に触れる口唇から、全部が癒されていく気がした。ホンマに不思議な女や。

 あんたの意見も聞かず、嫉妬だけであんなことしたオレをホンマに許せるんか。

 純粋で、真っ直ぐで、素直で、ただただ鈍くて。そんなあんたに助けられてきたのに、裏切ったオレを許せるんか。聖母やなかったら、天使やで。春霞の背に、白い翼でも見てるんかもしれんな。

 それに、助けられてきてんやな。ずっと――。

「でもね、タダじゃあ許してやんない」
 目を合わせると歯をむいて笑う、オレだけの天使。

 あんたの羽根、オレはもぎとらずに置けたんやな。だったら、なんでも叶えたるわ。もう二度とあんな顔させへんように。



☆j_madoka_s.htm☆J☆



p.7

 条件は、臨海公園でデートすることで――。てっきり、海に連れていけ云われると構えとったのに。

「だって、まどか、ヤなんでしょ?」
 煉瓦道を歩きながら、振りかえって笑う彼女。夏の陽光に照らされ、いつもより眩しいくらいや。

「せやかて、せっかく水着買ったんやし…」
「いーの!」
 少し進んだかと思うと、戻ってきて腕をきゅっとつかんで。なんで手でなくと腕で、しかも組むんでなく掴んでるのかはわからんけど、むっちゃカワイイわ。

 見上げる瞳に空の蒼が映っとった。それはそのままの彼女のココロみたいで安心と同時に、不安になった。心が広いだけやない、春霞は優しい。オレだけでなく、誰にでも優しい。だからこその不安や。

「ここからでも海は見えるし」
 欄干に駆けよって、身を乗り出して、海風をいっぱいに吸い込む姿を後ろから抱きしめたくなった。

「あ!あれ、理事長のクルーザーだよ!?」
 でも、オレはそうすることはせん。沖の小さな点みたいな影に向かって叫ぶ春霞の隣に立って、ただ彼女の方を向いて欄干に座るだけや。

「いや、わからんやろ、アレは」
「わかるって!尽が目印に…ほら!!」
 抱きしめたら、さっきの二の舞になりそうで、伸ばした手でその目を遮った。

「ちょっ…見えないんだけど?」
「解説したるわ」
 だから、その目にオレ以外の何も映さんといて。

「あはは、何言って…」
 瞬きが当たって、少しくすぐったい気ぃもする。

「今日はよう晴れて、絶好の海日和や」
 外そうと掛けられた手が止まった。

「海水浴にくるヤツは大体がナンパ目的で」
 実際、オレも昔はそうやったし。

「みんな、ひと夏だけの恋を求めてる」
 今はたったひとつだけ、問いたい。オレと同じ気持ちでいてるのか、どうかを。

 手を下げると、大きく目を見開いて、春霞がオレを凝視しとった。

「いくらオレかて、自分の気持ちまでは無視できんからな。春霞はホンマ、どうしたいん?」
 きっと海に行きたいて、ゆうハズやと思った。間違いなく言うと思うのが筋やろ。我慢すんのはオレだけでええねん。自分には自由にいてほしいて、思とってんやから。

「まどかは? まどか、ホントはどうしたいの?」
 反対に聞き返され苦笑しか返せんかった、なんて情けないな。姫条まどかともあろうモンが。

「オレはお姫さんの意のままに、な」
 ホンマのオレは、さっきのオレや。さっき春霞が怖がっておった、オレや。オレの手でめちゃめちゃにしてまいたいくらい、春霞に溺れてる情けない男や。誰にも見せたないて思てまう、了見の狭い男や。

「私は…一緒に…」
 開き直ったつもりでいても、真っ直ぐに見つめる瞳から先に目をそらしたんはオレやった。時々怖なるぐらい吸い込まれそうな深い瞳は、ホンマに罪やで。

「一緒に…なんや?」
「…られるなら…」
「え?なんやて?」
 風の音にかき消されて、よう聞こえんかったけど、春霞の俯いた顔が赤くなってたんはわかった。

「ま、まどかと一緒に遊びたい!て言った!!」
 弾けるてこういうことやろか。上げられた瞬間の春霞の笑顔にオレはもう、この場に縫いとめられるぐらい固まってもうた。なんで自分は、オレが一番見たい時にその笑顔をしてくれんのやろな。夏の太陽を一人占めしてる気分や。初めて会った頃と変わらない、キラキラの宝石を撒き散らして。

「え、ま、まどか…っ」
 たまらんようなって、思わず引き寄せて、力の限り抱きしめとった。さっきん時とは違う、もっと温かくて、もっと柔らかい気分で。

「あぁええよ。いっぱい遊ぼな!」
 女はみんな柔らかいもんやと思ってきたけど、それだからてわけやない。たぶんきっと、春霞やからオレはこんな気分になるんやろな。

「ちょぉ…っ」
「そっちから誘うっちゅうことは、キスくらいまでならOK?」
 わざと使った昔の冗談に、見上げられた彼女の顔が花開いていた。今の二人の間は、約10センチ。

「…この状態で?」
「やって見るか?」
 お互いに顔見合わせて笑いながら、どちらともなく唇を合わせた。

 夏が終わっても、秋になって、冬が来て、春になって、また来年の夏が来ても。ずっと隣に居ってくれな。春霞。



p.8

 陸に見える影を俺はずっと睨みつけてた。ここからは臨海公園の煉瓦道が見渡せる。そこかしこに点在するカップルのひとつから、時折眩しい光が見えていた。

 俺とねえちゃんだけの特別な合図。

「ちぇ…っ」
 たしかに彼氏のひとりやふたり作れっていったのは俺だし、協力もしたけどさ。ホントに作ることないじゃん。

「あー…あづー…」
 夏の太陽に焼かれてしまえと、俺は甲板に横になった。

 合図があったのはほんの少しだけで。すぐに影が重なった。

 姫条は別にキライじゃない。でも、ねえちゃんをホントに幸せにできるかわからねぇ。だから、ねえちゃんにもそういったけど、能天気に大丈夫って笑いやがって。

 今が永遠に続くことなんて、ありえない。

『そんなことないって、尽にもいつかきっとわかるわ』

 ねえちゃんの言葉が過ぎって、俺は頭を振った。

『続かないものも多いけど、ほんの一握りは誰しも続くものをもってるのよ』

 永遠に変わらない気持ちを。

 いつか、俺にもわかるのかな?

あとがき

あぁそうか。私の話、キスで終わらせるの多いんだ!(いまさら)
私の中では、キスできるのは卒業してから。
つまり、付き合い始めてから。
でも純情少年まどか君は、それ以上へ何時になったら進めることやら。
最後はなんとなく尽視点。
完成:2002/09/20