「はっぴばーすでぃとぅゆー♪」
小さく歌いながら濡れ布巾を絞る。それでテーブルを丁寧に拭いてゆく。少し汚れた布巾を持って、部屋全体を見回す。
「ん。我ながら上出来ね!」
淡い光の差しこむ部屋にきちんと整理整頓された姿が映し出される。
ここは(本人曰く)夢とロマン溢れる姫条ハウス。
もちろん私がここの主であるわけはなく、家政婦でもなければ、使用人でもない。というか、この家に二人住むにはちょっと手狭だろう。
「て、ふ、ふたり…!?」
自分の思考に興奮して、ごまかすように勢い良く流しに水を流した。流水は当然ながら冷たく、心を落ち着かせる。
どうして今日私がここで掃除なんかしているかというと、別に掃除が趣味というわけではない。散らかっているから片付けるというだけでは説明のつかない大掃除をしている理由は二つある。
「馬鹿なこと考えないで、さっさと準備しなきゃ…」
ひとつは今日という日に多いに関係があり、もう一つは本人不在と云うことに関係が深い。
2005年6月18日は、他の人にとっては何でもないただの一日で。風みたいに簡単に通りすぎる日常。私もはばたき学園に入る前はそうだった。
入ってから、まどかに出会い、尽にその日を聞いてから、特別な一日の一つとなった。
本人に言ったことはないけど、とても大切な一日。
勝手に、一緒に過ごせると思ってた。でも、急な用事とかで彼は出掛けていて、私は…ひとつの計画を立てた。
絶対に忘れられない一日にさせてやることを!
ケータイを手に短縮を使って呼び出すのは、弟の尽だ。
「今、どこ? 商店街にいる? じゃ、ちょっと頼まれて」
必要なものを彼に頼み、ケータイを切ってから私は次の作業に取り掛かる。
まずアクリル製のテーブルには白い布を掛ける。ちょっと大きめなので、半分に折り、サイドを引いて整える。その上に中ぐらいのケーキを置いて、ロウソクを立てて。
小皿は色違いを重ねておいて、フォークも一緒に置いておく。
透明な飾り気のないコップに少な目の花束。
バックを探って、メモ帳とペンを取り出す。
なんて書こうかな。
まずは定番通りに「はっぴーばーすでぃ」。
後は…「ありがとう」。
生れてきてくれてありがとう。
出会えたことにありがとう。
好きになってくれてありがとう。
いっぱいのありがとうをどう書こうか悩んでいるうちに、意識はふわふわと漂い、幸せな夢を見せる。
帰ってきたら、なんて言うかな。
照れながら「おおきに」とか。「ありがとう」とか。
感謝も何も要らないから、怒らないで欲しいなぁ。
あのね、伝えてないことがあるの。
まだ言ってないことがある。言ったら、もっと好きになってくれる?
くぐもった音。ビーという機械音は姫条ハウスの来客を告げるチャイムだ。
「て、誰も居るわけあらへんのになにしてんやろ」
自分で自分につっこむのも虚しいな。力ない笑いと共に自宅に入った俺が目にしたのは、嬉しいというより他になんともいえんもんやった。
磨き上げ上げられ整えられた部屋と、甘いケーキの香りと、さわやかな花の香り。
そして、一番会いたいと思っていた少女の姿。机にうつ伏せている姿に近づくと小さな小さな寝息が聞える。ひとまず安心して、顔を綻ばせる。
「おい、春霞。起きや」
「…ぅ…ん…」
「起きへんと襲ってまうで」
「…んー…あと5分…」
「お客さーん、閉店ですよ~」
「…冗談やめてよ、尽~ぃ…」
誰が尽やねん。たしか、弟の名前やったか。
寝顔は可愛いが、その口から弟の名前を出すあたり姉弟仲も伺えるというもの。いつも起こしてもらえるなんて羨ましい。
抱き上げると微かに身じろぎする。それを静かにベッドに運んで、寝かせる。香ってくる甘いケーキと同じ匂いにクラクラしながら、俺もベッドの隣に座った。
静かに震える空気に春霞の安らかな息遣いだけが響く。
「気持ち良くねよってからに」
柔らかな頬を両手で包むと、ひんやりとした体温が返ってくる。単に俺が高いんか、春霞が低すぎるんかわからへんけど。軽く触れた唇は弾力良く押し返してくる。
白い肌に少し荒れ気味の紅色はよく映える。薄く開いた隙間からは白い歯がのぞき、息遣いは指を伝って心臓を掴み取る。
片恋ではないけれど、大切だから迂闊に手もだせん。姫条まどかともあろうもんが、こんな小さな女一人にふりまわされて、触れるたびに心を躍らせて。まるで純情少年君やないか。クンてなんやねん、クンて。
「…はよ起き」
でないと、襲ってまうで。
口に出そうとして、自分で固まる。
襲う? 誰が、誰を。
「…んんん…」
ころりと寝返りを打ち、顔が見えんようになる。安堵と同時に、それ以上の淋しさがこみ上げてくる。
小さな背中なのに、温かくて大きい。見た目やなく、こいつは中身がでかい。小さな身体でいっぱい考えて、俺が思いもつかんことを教えてくれた。
俺はどんだけあんたに返せてるんやろ。ありがとうなんて、言うだけじゃ足りんくらい助けられてきたってのに、一生かかっても返せるやろか。
「…ぁん?」
視界に入った花の色に目をやる。自然と顔が綻ぶ。
「一生…かかっても無理かもしれんなぁ」
真っ白なだけのシンプルなケーキに濃茶の横長に丸い板切れ。ホワイトチョコで書かれた文字は最後に囲もうとして失敗して不自然に跳ねている。
見るからに手作りなんて、苦手やったはずなのに今はどうしようもなく嬉しい。
「自分といられることが、俺の一番の幸せや。ありがとう、春霞」
春霞といるだけで、それは最高の誕生日や。
放り込んだ板チョコは僅かに苦くて、端についたクリームはとても甘くて。ひとりではもったいないくらいの幸せをかみ締める。
「俺が食い終わるまでに起きてくれんと、困るなぁ」
もうひとつ、プレゼントが欲しくなってまう。
ーーなぁ、勝手にもらうのはいややし、はよ起きてや。ふたりで、幸せになろ?
久々にゲームやったし、久々にまどか書いたし!
気分を思いっきり盛り上げて書けたのがこれかよ!?
――てツッコミはご勘弁。
でも、う~む。感想はほしーかも。
読んでくれてる人はいるみたいだけど、幽霊相手はつまんないです。
GS縮小しちゃおうかな…。て、まどかの誕生日に縁起でもない(笑。
えーっと、常日頃のお礼を兼ねてこちら6月いっぱいのフリー創作となります。
ひっさびさに書いたんでアレですが(どれ)お好きな名前でサイト掲載もOKです。
もちろん、JavaやらCookeiやらに加工もOK。
文体変えて、パクリとかされないんなら良いです。
リンク強制無し。が。お持ちかえり報告は欲しいです(ささやかな我侭w。
完成:2003/06/16