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書名:シリウス・ブラック
章名:読み切り

話名:Rainy Crown


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.3.30
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:5253 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:///ミヤマ/リサ
1)
リンクラリー用夢

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p.1

 私が跳ねると、滴も跳ねる。王冠みたいに広がって、落ちて消える。そこにも大量の滴が落ちて、いくつも小さな王冠を作ってゆく。

 一滴落ちてくるとかじゃない。シャワーみたいに流れてくる雨の筋の中で、私は遊ぶ。ローブは雨の降らない廊下に干してある。もう濡れて重かったから。下着なんかもとっくに濡れて、もうびしょびしょだけど、どうにも気持ち良かった。

 小さい頃もたまにこういう雨の中で遊んでて怒られた事がある。カッパを着るのがイヤで、迎えにきた母の雷が落ちたそうな。

「なにしてんの、リサ?」
 呆れかえったため息混じりの声に振りかえると、シリウスが屋根の下で立ち尽していた。ローブをしっかりと着込み、あたたかさそうだ。その手にあるのは、私のローブ。

 答えてもわからないだろうから、笑ってそのまま彼に背を向けた。近くの枝に手を伸ばして、葉っぱをむしりとると、当然ながら他の葉までも露を散らして、少し大きめの粒が顔面にはじけ飛んでくる。口に入った雨は緑の味がした(たぶん気のせいだ)。

「だから」
「見てわかんない?」
「わかるかっ」
 今のは、わからないって、意味だよね?

 わかるわけがない。私だって、これをなんといっていいのかわからない。懐かしいでもないし、単に気持ちが良いだけだ。どうしてなんて、聞かないで。

 手で器を作ると、すぐに溜まって、そこでも王冠が出来上がる。一瞬だけ出来る綺麗なレイニークラウン。

「リサ?」
 合わせた両手を離して、今度は別な方へ駆ける。シリウスのいる方へ向かおうと思わないでもないけど、雨の王冠が私を引きとめる。

「風邪ひくぞ」
 心配しなくてもいいのにと思うと笑いが零れる。

 シリウスとはただの友人である。魔法薬学でペアになってくれることが多いけど、それは私の成績が下から数える方が早いからで。本当にただの普通のなんでもない友人なのである。ただ、彼が人並み以上の容姿と、名のある名家の家柄と、悪名をもっているゆえにやっかまれることも多い。

 でも、ただの友達だし。別に私は気にならない。そもそもこいつだけは恋愛対象にいれないことにしてる。いろいろ面倒だし。

「おい、リサ!」
「大丈夫だって」
 濡れた髪をかきあげようとすると、すぐに滴ごと吸いついてくる。髪が長いとこういうときすごく邪魔にもなる。濡れた髪が貼りついて、ソレを伝って袖口から冷たさが入り込んでくる。

 流せ流せ。このまま私の全部を流してしまえ。

 天は雨雲で、降ってくる雨は滝みたいで、全部を消してくれそうな気がした。

「いいから、来い!」
 急にものすごい強い力で引っ張られて、雨のない所まで引っ張られた。怒り気味の様子に苦笑すると、睨まれてしまって。ぐいぐい引っ張って連れて行かれながら振りかえると、廊下が水浸しになってゆく。

「ねー廊下びしょびしょ」
 自分の声が弾んでいるのが可笑しくて、吐き出す息は全部苦笑混じりになる。引っ張られる腕が痛い。

 雨から抜け出すと吹き抜ける風で水が冷えて、急に体温を奪ってゆく。震えだそうとする腕を堪えて、制服を握り締めていると、肩にローブがかけられた。私のローブだ。干しておいてよかったと言いたいところだが、生乾きは服とローブが引き寄せあって、空いた場所に冷たい空気が入り込んで余計に寒い。

「シリウスー寒いんだけど」
「あたりまえだ」
 今度はシリウスがローブを脱いで、私を包み込み、肩を抱き寄せる。滴の行進はまだ点々と廊下を続いている。

「濡れるよ」
 奥歯がガチガチと噛み合わないけど、胸の奥の笑いが止まらない。どうして、シリウスがこんなに怒っているのかもわからない。黙ってろって言われて黙ってられると思ってるのか。

 すれ違う何人かが、私達を怪訝そうにみている。私と目が合うと、すぐに逸らされる。ずぶ濡れの女と歩いているシリウスが珍しいのか、それとも私がずぶ濡れなのがオカシイのか。朝から雨降ってるし、こんな日に外に出てたのは私ぐらいだ。

 談話室の前の肖像画にも驚かれたけど、シリウスは合い言葉を行って、さっさと中へ入り込んだ。笑っている私を、かの貴婦人は不思議そうに見ていた。

 もうほとんど滴は無い。いや、点々と落ちてはいるけど。

「大人しくしてろよ」
 前置きして、抱えあげられた。軽くも無ければ重くも無い体重は服に染み込んだ水で確実に増えている事だろう。その上、決して軽くは無いローブ2つ分は、結構な重さになるのではないだろうか。

「しっかり捕まれよ。落とすぞ」
 言われるままに、肩に両手をかけて掴む。が、力が入らない。手からシリウスの制服にも水分が染み込んで、じわじわと広がっていくのが面白い。近いと余計に広くて、大きな男の骨格をしているのがわかる。骨ばって、痛そうだ。

 夕食時ということもあって、寮内に人はいなかった。ほぼ全員が大広間へ行っているのだろう。私を抱えたまま、彼はどこかの部屋へ行き、シャワー室へ降ろした。熱いシャワーを浴びせて、2つのローブを持って、彼だけが出てゆく。それをどこか遠い出来事みたいに私は眺めていた。シリウスの動作が全部洗練されていて、現実離れな錯覚を起こさせたからかもしれない。

 私のしっているシリウス・ブラックという男は、あんなに不機嫌じゃ無いし、親切でも無い。女ったらしで、悪戯好きで、秀才肌なのに、愛嬌がある。世話好きで、私みたいなのはほっとけ無いからだろうと思って、シャワーの前に目を閉じた。

 冷たさがじんわりやんわりと変化してゆく。その中で、私も生まれ変わる。さっきみたいに両手で器を作ると、そこにはもっと早く王冠が出来上がった。

 雨の王冠はレイニークラウン。じゃあ、お湯の王冠は?

 重さを増すネクタイを外して、スカートを脱いで、ブラウスを外して。もう一度、シャワーを見上げる。頬を打つ熱が痛い。



p.2

(シリウス視点)



 わからない女だ。何を考えているのかさっぱりわからない。どうしてあんな変な女を好きになったのかも。

 ずるずると重くなる身体を引き摺って脱衣所を出る。開けっぱなしのドアから拭きつけてくる風で寒くなって、急いで閉めて。そのまま座り込んでいた。さっきのことを思い出すだけで、複雑な思いに駆られる。

 探していたら、廊下に誰かのローブが落ちていて。見回すと雨ん中に誰かがいて。それがリサだとわかった時は本当に呆れた。

 大粒の雨をものともせずに、ステップを踏みながら歩き回っている姿は、変なのに綺麗だった。リサの周りだけ雨が降っていないみたいで、リサの周りだけ陽射しがあるみたいで。そんなこと、ないのに。

 雨で髪が貼りつき、表情は見えなかったけど、泣いてるような気がした。何があったか知らないけど、雨で誤魔化そうとでも思ったのか。

 俺やジェームズ、リーマスやリリーが関わるだけで、影でなにかやるやつらがいるのは知っている。でも、リサはなにも言わない。俺たちの誰にもなにもいわない。現行犯で捕まえようとしても、リサが庇う。何を考えているのかわからない。

 たぶん、俺たちが関わらないのが一番いいのかもしれないけど、好きな奴にそんなこと出来るほど、俺は器用じゃない。リサがどんな目にあっても傍にいたい。力になりたい。それだけなんだ。

 見返りなんていらないから、そばにいて欲しい。願うのはそれだけなのに。

 シャワーの音で思い出す。透けて、線の露わな細い肢体。冷たくなって、普段よりさらに白くなって、ゴーストみたいだった。

「馬鹿だ…リサは」
 俺やジェームズを頼ってくれれば、どんなものからも守ってやるのに。

 思い出したことで顔が熱くなる自分を抑えて、雨の匂いが移った自分の服も着替える。リサの触れていた肩が濡れて、冷たいのに熱い。首筋にかかる息が甘く、どんな行為よりも熱くさせる。知らずにやるそんな行動の一つ一つにさえ、俺が何を思うかなんて、あいつは考えもしないのだろう。罪といえば、罪。馬鹿といえば馬鹿。だが、決して道理のわからないやつじゃない、と思っていたんだけど。

 止まないシャワーの中で何をしているのだろう。リサは。

 まさか、服着たまんまずっと座り込んでるんじゃないだろうな。

 本気で心配になりながらも覗くわけにもいかず、代りに最近小さくなって着れなくなった自分の服を出して、脱衣所に置いておいた。

 今期もまた15センチは伸びた身長は手も足も長くなって、持ってきた服は全部着れなくなっていた。それを同室の友人にやったりしてたんだけど、そこから拝借して。

 リサの考えている事だけは今期もわからないなと、自分のベッドに寝そべった。寝るのでは無く、リサが出てくるのを待つ為に。



p.3

(リサ視点)



「王冠って知ってる?」
 談話室でがしがしと頭を拭かれながら聞くと、そっけなく「馬鹿にしてるだろ」と返される。そういうわけじゃ無いんだけど。

 両手の中には湯気いっぱいのコーヒーカップ。シリウスが入れたからたぶん、砂糖無しだ。彼はブラックコーヒーが好きなのだ。

「雨って、地球の王冠みたいだなって思って」
 天から落ちてくるレイニークラウンは誰のものでもなく、ただ一瞬だけの地球にかけられる王冠だ。どこにでもあって、どこにもないもの。誰にも手にすることは出来ない。

 手の中に閉じ込めても、すぐに消えてしまう。儚い短い王冠。

「地面に王冠がいっぱいあってさ。でもすぐに消えちゃうんだ。消えた王冠はどこに行くんだろう?」
「知るか」
 強く頭を拭かれると気持ちよくて、眠くなってくる。怒ってる気配はするけど、怒られている気はしない。これは単にシリウスが世話好きなせいだ。絶対そうだ。そんなにいつも怒って疲れないのかな。

「早く飲め。冷めちまうぞ」
「…うん」
 熱そうな黒い液体は火傷しそうに熱かった。猫舌の私には飲めない。ついでに言うと、私は甘党だ。リーマスほどじゃないけど、甘い方が好きだ。だから、これは吐きそうに苦いに違いない。

「王冠って、見たことある?」
 しばらく何の反応もなかったけど、そのしばらくが終ってからの呟きはすごくもっともだった。

「…早く、それ飲んで寝ろ」
 どうやら私が風邪を引いたと思いたいらしい。収まっていた笑いが再び再発してきた。

「砂糖、入ってっから」
「ホント?」
 がしがしと拭いていた手が止まる。そのまま離れたと思うと、手にシュガーポットとミルクポットをもって戻ってきた。2つをテーブルの私の前に起き、隣に座る。その手にはいつのまにもってきたのがブラシが握られている。

 シュガーポットから3杯入れて、かき混ぜて、ミルクポットを傾ける。ーー出て来ない。

 毛先から丁寧にかけられるブラシは適度に髪が引っ張られて気持ちイイ。髪が短いのにどうして根元からかけると絡まるとしっているのかが不思議だ。だれか髪の長い彼女でもいるのだろう。

 もう少し傾けると、一滴がすい込まれるように黒に飲み込まれる。その、触れ合う寸前がゆっくりと過ぎていく。ゆっくりと過ぎたのはもちろん錯覚だ。ただ、私にはそう思えただけ。

 もう一度、一滴を落とす。広がる。王冠が、生まれる。

「遊ぶなっ」
「っだ!」
 ぐいっと髪を強く引かれて、さすがに痛い。

「痛いよ、シリウス」
「いいからとっとと飲めよ。俺がせっかく淹れたのに冷めんだろ」
「はぁい」
 しかたなく、普通にミルクを注いで一気に飲み干す。もうかなり冷めていて、喉を通りぬける時は丁度イイくらいに通り抜けてくれた。火傷しなくて良かった。

「飲んだ」
「よし」
「王冠も飲んだ」
「よし。…え?」
 雨の王冠もお湯の王冠も消えてしまったけど、コーヒーの中に落ちた王冠は飲みこんだ。

「やっぱ、馬鹿だろ」
「これってコーヒークラウンていうのかな?」
「王冠が欲しかったのか?」
 王冠が欲しい?ーー違う。違わない。どっちだろう。



 地球の王冠は欲しくない。コーヒーの王冠は飲んじゃった。雨の王冠もお湯の王冠も消えちゃった。



「いらない」
「…なんなんだよ、本当に」
 疲れて怒っていた声はようやっと苦笑混じりになった。

「やっぱ、わかんねー女」
 そうそう。わからないままでいいの。私だってわかんないんだから。

Rain, Rain, Go Away, Come Again Another day …」
「は?」
「この続きって、何だったっけ?」
「なんなんだ、急に。リサ?」
「いいから」
「雨ん中で歩いてたと思ったら、今度は子守唄(ナーサリーライム)かよ」
「いたいいたい」
 髪をまた引っ張られて痛いけど、ブラッシングは気持ちイイ。痛気持ちい?

「ホットミルク持ってきてやるから。それ飲んだら寝ろよ?」
 立って離れていく背中が、大きく暖かく思える錯覚。私達の関係はただの友人だ。少し微妙な友人関係。

「うん。うん、わかったけどさ」
 わかってるんだけど。

「雨が止んだら、散歩しよう?」
 水たまりに地球の王冠が残ってないか、探しに行こう。

あとがき

雨の具合はBzの[Calling]のプロモーションビデオの感じです。
まさにバケツをひっくり返したような強い雨な感じで。台風直前?(ありえない!)
雨の日の微妙な空気が出てると嬉しいです。
完成:2003/03/30