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書名:GS
章名:葉月珪

話名:たなばたさらさら


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.7.8
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:10589 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 7 枚
デフォルト名:東雲/春霞/ハルカ
1)
合同七夕企画

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p.1

 たなばた さ~らさら…



 風の音が耳に心地良くて、さらさらと流れる音を聞きながら、ふと出て来た歌は少し妙だった。

(たなばたは…さらさらいわないよねぇ?)
 声に出そうとして、口を噤む。話しかけたい人は、今そばにいない。

 どうして急にこんな歌が出て来たんだろう。聞いたのはずいぶん昔だった。と、思う。ちょっと自信ない。

 手元の色紙を見つめ、昼の空に翳すと太陽が黄色く輝いた。真四角で、折り目も切れ目も入っていない色紙は、光を遮ったはずなのに眩しい。

ーー撮影、がんばってるかな。

 少し遠くに追いやって、充電中の携帯電話に視線を走らせたものの、すぐにまた外へと視線を戻す。

 いけないいけない。仕事中にかけたら、邪魔になっちゃう。

 わかってるから、遠くに置いたんだから、ね?

「メールぐらい、くれてもいいのにね」
 小さく吐き出したはずのため息が耳に響いて驚いた。

「さ~さ~のは」
 色紙を返して、半分に折り目をつける。

「さ~らさら」
 開いて、端を折り目にそって三角に折る。

「の~き~ば~に」



 ーーーーーー。

 視線が何度も携帯電話と往復する。来ないとはわかってるけど、期待するぐらいイイよね。立ち上がると、膝の上から作りかけの七夕飾りの欠片がパラパラ落ちる。

 赤色、橙色、黄色に、緑色、青色に、藍色に、菫色に、虹を切り取って写し取った色紙がパラパラと床に散らばる。

 電話越しの声に、少し涙ぐむ。昨日も逢ってるのに、懐かしくなって、逢いに行きたくなる。

「…どうした?」
「ううん。撮影、順調?」
「…あぁ。そうだな」
「なら、よかった」
「…?」
「ごめん。本当に何でもないの」
「…本当か?」
 優しい、声は、心に響く。

 珪は多く語らない代りに、心で話しかけてくる。

 その優しい心にずっと助けられてる。

「うん!」
 電話越しでもわかるのは、納得できないって顔してるってこと。

「心配しすぎだよ、珪君」
 でもほら、話しているだけで心がほわほわ温かくなってくる。珪の持ってる魔法にかけられてゆく。

「今日は七夕なんだよ。知ってる?」
「………」
「年に一度の逢瀬に雨が降らないといいよねぇ」
「…織姫」
「ふふっ、やっぱり知ってるんだ」
「年に一度でなく、毎日逢いたいだろうな…」
「うん…」
 好きな人とは毎日だって逢いたい。

 その気持ち、私だってわかる。現に逢いたい人は電話の向こうで、決して近くはない場所にいる。

 風が吹きこんできて、色紙を巻き上げ、視界が鮮やかになる。鮮やかさの向こうに、逢いたい人を思い浮かべる。

ーー毎日、逢いたい。

 そんな我侭さえ、いつのまにか言えなくなっていた。

 だって、珪の枷になりたいわけじゃないもの。隣で胸を張って立っていたいから。

「…俺も」
 電話の向こうの声、その向こうに音が聞える。ラジオの音かCDの音かTVの音か。

「…毎日…会いに行…」
 雨の音に似た通信妨害のざーっという流れに、書き消された音は何だったのだろう。

「え、なに? 珪? 珪…?」
 どうしてか途切れてしまった携帯電話を睨みつけても、それは何もしゃべらない。こういうときは謝罪の言葉でのしゃべってくれれば良いのに。

「何も珪の電話の時に途切れなくてもいいじゃない。妬いてるの?」
 そんなわけはない。

 物言わぬ携帯電話と睨めっこした結果、根負けした私はそれをベッドに放り投げた。

 なんだか壁にぶつかったような気がしないでもないけど、ここは気にしないでおく。

 気を取りなおしてから、部屋を見まわし、私は大きくため息をついたのだった。

 色紙が散らばっているのは綺麗だけど、ものには限度ってものがあると思い知らされた。



p.2

 七夕だから、とか関係があるのかないのか知らないけど、母は浴衣を出しておいてくれた。お祭りのときみたいに着て、団扇を持って、縁側ならぬ窓辺に座って。

 ちり~ん。

 風鈴の音は涼しげで。

「て、誰が風鈴なんか置いたの?」
「尽よ」
「へぇ~」
 たまには風流なことをするもんだ。こういう所が女の子にもてる秘訣さ、とかなんとか言いそうだけど。

 夏の気配も濃厚になって来た夜には、浴衣も気持ちが良い。外を歩くかどうかは別として。

「それで、その尽は?」
「お友達と学校で七夕のお祭りするんですって」
 ぴたりと動かしていた団扇を止めたが、外から来る風のほうが涼しいことに気がついた。

「七夕のお祭り?」
 そんなの聞いたことがない。

「行って見たら? はばたき学園の中等部体育館でやってるっていってたわよ」
「いいわよ、私は」
「それでついでに尽の忘れ物、届けてきてちょうだい」
 忘れ物って、何だろうと思ったら。折り紙と色ペンだった。短冊のお願い、ついでに書いてきたらって。母の中ではまだ私は小学生か何かなんだろうか。

ーーなんだろうな。

 からころと音をさせながら、昔通りの通学路を歩く。ゆっくり歩いても、もうあの頃の気持ちとは同じじゃない。お客さん、な気分。もう卒業したせいだろうか。

 何度も登った坂道をカラコロ音をさせながら歩いてゆくと、見慣れていた制服が飛びこんでくる。部活がえりの高校生だろう。

 あ、呼びとめられてる子がいる。懐かしいなぁ。

 この坂でよく、珪も呼びとめて…あれ? 呼びとめてくれたことのほうが少なかったりして。

 そういう時に限って、私ってばとんでないこと聞いちゃってたよね。あの頃、珪は学校が苦手みたいだったけど、でも嫌いじゃなかった気がする。だって、毎日学校には来てたもの。ーーネコに会いに来てただけじゃ、ないよね。

 登りきった坂道の上には学園が聳え立つ。正門前で立ち止まり、大きく息を吸いこむ。

「あ、ねーちゃん!」
「あ~春霞ちゃん久しぶり~っ」
 尽たちにまじっている見知った人影に、二人で駆け寄りかけて、二人で途中で…転んだ。

「なんで毎年毎年同じこと…」
「ありがと~玉緒~」
 なんだか見慣れた光景は、珠美が彼女に良く似た少年に助け起こされているところで。

「ありがと、尽」
「ばーか」
 照れながら差し出してくれた手よりその小さな肩を支えに私も立ちあがる。立ち上がってから、両方の弟が埃を叩き落してくれる様子に、二人で顔を見合わせて苦笑する。

「まさか珠美ちゃんも来てるとは思わなかったよ」
「私も~春霞ちゃんも着てくるとは思わなかった~」
 久しぶりだね~と笑い合う姉達を見上げ、二人の弟が深くため息をついていたのは気がつかない振りをしておいた。

「ねーちゃん、何しにきたんだよ?」
 背中を向ける弟の背に小さなバッグをぶつけてやる。

「お母さんから、忘れ物よって」
「忘れ物?」
 バッグを受け取り、尽が苦笑する。姉弟なのに、どうしてこうもこの弟は可愛いのかな。

「春霞ちゃんも短冊書いて行くんでしょ?」
「もちろん!」
 珠美と先をゆっくり歩きながら、体育館へと向かう。場所くらい覚えてる。

「と、その前に寄るとこあるんだった」
「どこに~?」
「先行ってて」
 道を変えて、校舎をぐるりと回り、裏庭へと続く道を歩く。浴衣姿が珍しいのか、何人かが振りかえってゆくのを背筋を伸ばして受け止める。…ちょっと、疲れるかな。

 そうして目指す場所はもちろん。

「ハルカ~。ハルカおいで~っ」
 校舎裏の奥にある小さな教会の裏へまっすぐ向かい、私は猫なで声で呼びかけた。

 出てこない。

「まさか、世話する人がいなくてなんてことは…っ」
 自分の想像に青くなって、慌てて奥へと踏み込みかける腕を誰かが引いた。

「しっ…」
「!?」
「…静かに」
 後ろから口も塞がれたけど、声は聞き間違いようがない。この声は、私はたったひとりしか知らない。

「…あいつ、今気が立ってる」
「珪…」
「教会の中、行くぞ」
 口に当てられた手を離されて、振り返った先を見て泣きそうになりかけて、俯いた。俯いたまま着いてゆく背中は、広くて大きくて、温かい。

 教会の鍵を開けて、珪が入り、私も続けて滑り込む。そこはまるで絵本の中みたいに荘厳で壮麗で幻想的な世界。

 礼拝堂の両側の壁にかけられたランプが灯され、室内を別な空間へと思わせる。

 夜に来たことなんてなかったから、息をするのも忘れて魅入ってしまう。すべて焼き付けようとするように瞬きする時間も惜しい。

「ハルカ、今子供産んでんだ」
「え?」
「…ネコのほう」
「あ、あぁ、そう、よね。そうだよね。うん」
 手を引かれながら歩く絨毯は、あまりカラコロと音は響かない。

「…一年ぶり」
「え?」
「…その浴衣」
 そういえば、年に一度、お祭りの時しか珪の前では着ていない。

「…おまえに、似合ってる」
「ありがとう」
 言葉と一緒に、ほろりと涙が落ちた。

「…なんで泣くんだ?」
「嬉しいから。覚えててくれたんだ」
 毎年頑張って、浴衣を買って、それを着て花火に行って。そんな三年間を過ごしたこと。

「…忘れられるわけ、ない」
 引き寄せられて、よろめくのを受け止める大きな胸は、緑の香りがする。

 両頬を包む両手はひんやりと冷たい。冷たくて気持ち良い。

「…春霞が俺の全部、だから」
「…?」
「だから、逢いたい時に逢おう。我慢なんて、しなくていい。逢おう」
 見透かされた心に目を逸らし掛けても逸らせなくて、近づいてくるエメラルドの宝石から逃れるために瞳を閉じる。その目蓋に冷たい感触が落ちた。

「俺たちは、織姫と彦星じゃない。逢いたい時に逢えないのは、いやだ」
「珪…?」
 そういえば、仕事はどうしたんだろう。今日は撮影だったはずなのに、どうしてここにいるんだろう。

 掻き乱される気持ちの奥で、静かに疑問の波紋が震える。

「俺…お前がいればそれでいい」
「撮影は?」
「いい」
「工房、は?」
 これには少しの間があって、何も考えられなくなりそうなほど、キスだけで深く入り込んできた。その奥に答えがあるとでもいうように。

「春霞がいてくれれば、俺は…」
 なにか変だ。ここまで強引な人じゃなかった。

「ま、待って…! 珪!!」
 強く呼ぶと、視線が合った。やっとみられた瞳には不安が揺れている。虚ろな闇を見え隠れさせて、何があったの。

「待って」
「春霞?」
「またマネージャーと喧嘩したわね?」
 強く言うと、また唇を重ねようとしてくる。

「だから待ってってば!!」
 押し返そうとした手はやんわりと曲げられて、そのまま腕の中に抱き込まれて。珪の心臓の音と私の動悸が重なる。

「……ごめん、な…」
 小さな小さな謝罪の言葉は、耳を熱くさせる。

「ずっと…いられなくて、ごめん」
「そんなの別に、いいの」
「ずっと…謝りたかった」
「別にいいってば」
 言われるだけ、泣けてくるから、胸に顔を押し付けて、しがみつく。

「だって、私はずっと珪といるよ」
 どこにだって、珪を見られるようになった。高校を卒業してから、雑誌でもテレビでも、どこにでも珪はいて、街を歩くたびに誇らしい気持ちと淋しい気持ちが揺れる。

 大声で、私の彼だって叫びたいけど、自分がつりあうかどうかがわからない。

 珪は私を選んでくれた。そのための努力もしてきた。

 でもそれは本当に本当なのか、珪は小さい頃の私を知っていて、ずっと見て来てくれたけど、私はずっと思い出せなくて、それでも珪を好きになって。好きになりすぎて。

「ずっと一緒にいるよ」
「…おばけ…?」
「…馬鹿…っ」
 変なところでふざけるんだから。

 珪の音は身体全体にゆっくりと染み渡ってきて、私を安心させる。

 ここにいていいよって、言ってくれてる気がする。

「ずっと、ここにいてくれるか…?」
「うん」
 こんなに居心地の良い場所を私は他に知らない。

 晴れた日の気持ちの良い風が吹く空の下のように、ここにただ平安があって、私の休める場所で。

 貴方だけが私の宿木。

「約束ね」
「約束?」
「王子様とお姫様の話」
ーー二人はいつまでもいつまでも幸せに暮しました。

「少し…違う」
 珪の熱が離れて、風が二人の間に入りこむ。その顔は、真摯に微笑んでいる。私だけに見せてくれる優しい眼差しで、私の手を取る。

「忘れたか?」
 そうして、私の指にはめたクローバーの指輪に口付けた。

 忘れるわけがない。それは、卒業式に告白してくれたのと同じだから。

ーーふたりはいつまでも離れることはありませんでした。

「永遠に?」
「永遠に」
 どんなことがあっても、もう離れ離れになるよりは二人でいるほうがずっと良いと知っていたから。

「春霞、結婚しよう」
 もう二度と離れないように。

 もう二度と離さないように。

 私の答えはもちろん、決まっている。



p.3

 たなばた~さ~らさら~



 彼女の言葉に合わせて、笹竹の葉がさらさらと鳴る。魔法みたいだけど、春霞なら出来てしまいそうな気がして、苦笑がもれた。

「笑うんなら、珪がつけてよ」
 両手を上げたままの春霞の小さな手を上から包み、その細い指と一緒に短冊を括り付ける。

「ありが、と」
 小さくはにかんだ笑顔の彼女と、小さい頃の彼女の姿が重なった。同じじゃないのに、同じ春霞だ。

 変わってしまった思っていたのに、春霞はその全部を受け止めて生きてきたんだと知れる。そうして、また春霞を好きになる。

「織姫と彦星、逢えたのかなぁ」
 夜空を仰ぐ姿が光を伴い、彼女自身も恒星のように輝かせる。

「逢えただろ」
「だといいよね」
 光が寄ってきて、そうして俺も照らしてくれる。柔らかくて優しい光は春霞特有だ。

「ずっと一緒だと良いのにね」
 楽しげに見上げる姿にキスを落とした。

あとがき

えー…え?少し前に置いてあったのと違う? 気のせいですよ~気のせいv
――ご、ごめんなさいっ
だって、こっちのがすごくらしいってゆーか、もうしばらく王子無理ってゆーか(まて。
イメージはなんだかオープニングがぐるぐるしてて、最終的にはエンディングまですっ飛ばしました。
なんでこーなったんだろーなー? 自分の謎さ加減がわかりません。


前の話の続きが読みたい方…申し訳ありませんでしたっっっ もう書けません。
それから、ここまで読んでくださった方、ほんっっっとうにありがとうございます!
少しでも幸せな気分になっていただければなによりです。


苦情はメールかBBSでお願いします(笑。
感想もどちらでもおっけー。ではでは、お目汚しでございました。


記:2003/07/08