夢の中でいつも約束をする。相手はいつも同じで、柔らかな金髪で碧の瞳の可愛い男の子。
ーーーーー約束。
いつも起きると頬が濡れていて、いつも起きるととてつもない喪失感が襲ってきて。覚えていないのに、心が痛くなる。
いつもだったら。何も覚えていないのだけど。
「約束、したろ?」
そこにいたのは珪くんで。
「憶えてるか? 初めて会った時のこと」
そう言いながら、整った顔が近づいて来て、蕩けてしまいそうな瞳の中に私がやっぱり溶けていく。
リップラインも色も敵わない。完成された美しさに気後れし、あとずさる私は顎を捕らえられて、動けないままで。
「ーー!!」
触れたと思った瞬間に、視界は暗転した。身体に響く鈍い痛み。
「な、なにしてんだ、ねえちゃん?」
ドアを開けた弟に、ものすっごく呆れた声で言われた。ええ、私もそう思うわよ。
そんないつもの朝の出来事だった。
「珍しく早起きだと思ったら、ベッドから寝ぼけて落ちるなんてな。まぬけ~」
「うるさいわよ、尽!」
珍しく姉弟そろって、登校しながらからかわれる。なんで、こいつは私をからかうの好きかな。普通、年上は敬うもんでしょ。
アッシュグレイのアスファルトをならんで歩きながら、車道に出そうな弟の手を引く。
「危ないよ」
「危なくないよ、車来てないし」
「来るかもしれないじゃない」
「来たら、避ければ良いんだよ」
事も無げに言われて、朝から腹の立つことだ。それでも、少しは可愛いところもあるし、頼れるところもある。
「で、結局なんの夢見て落ちたの?」
「聞きたいの?」
満面の笑顔で頷かれる。それは姉の欲目を引いてもやっぱり、可愛い。なんで、女の私よりも可愛いかな。こいつは。
「それとも当てて見せようか?」
「へ?」
間抜けな返事だと思う。我ながら。
一瞬遅れてスカイラインが私達を追い抜いて行って、風が髪を靡かせる。
尽は後ろ向きに歩きながら、私の前を歩く。
「それってさ、男の夢だろ?」
「え!?」
「夢に見るほど好きなヤツって、誰?」
協力するぜ?などといわれて、とっさに顔に手をやる。思い出してしまうじゃないか。今朝の夢を。珍しく覚えているあの夢を。
「なななんでよ!?」
「ねえちゃん、わかりやす過ぎ」
笑いながら言われて、怒って取ろうとした手をかわされて、慌てて追いかける。こうなるとどこまでばれているのか確かめなければ。そう思ったのに。
「ちょっと、尽!」
「お、あそこ歩いてんのは葉月じゃん。はっづき~!!」
尽の声に降りかえる姿に、私は立ち止まる。夢が、重なる。
約束と。
近づいて来る立ち姿と。
告白と。
挨拶と。
「朝から何暗い顔して歩いてんだよ! そんなんじゃ、猫も寄ってこないぜ?」
尽を通りすぎて、真っ直ぐ向かってくる姿から目が離せず、目の前で立ち止まられて、心臓が高鳴る。
距離が、顔が、夢のままで、幻聴が、聞こえる。
「約束、したろ?」
思い出せない約束だけど、きっと私、知ってる。
初めてあった時のこと。
はばたき学園の中のあの教会で、会った時。
本当は二つのヴィジョンが重なっていた。
見たことのある教会。見覚えのある景色。
そこで、きっと誰かに会った。この街に来る前に。きっと、もっと小さい時に。
「…おはよう。東雲」
低い囁く声に、はっと我に返る。
尽は友達を見つけたのか、もっと先へと急いで走っていた。友達の肩に手を掛けて、笑いあってる姿を視界の端に収めながら、その中心はしっかりと珪くんに注いだままの私。
「まだ、寝ぼけてるか?」
クスリと笑われたのに嫌な感じはしなくて、どうしてかホッとする。
「起きてるよ」
「そうか?」
「ちょっと、夢を思い出しただけ」
笑顔を向けて、ブレザーの袖を引いて並んで歩き出す。
「夢?」
「そう、夢」
さっきまで尽にからかわれながら歩いていた道路が、急に動き出す。動く、というのは変か。ようやく、覚醒してきたという感じの方が近いかもしれない。珪くんと歩くのは、少しドキドキする。綺麗、だから。
「どんな?」
聞き返されているのに、そのときの私の視線は彼の口元に注がれていた。同時に夢を思い出す。
どうして、今日に限って覚えてるんだろう。
「な、内緒」
「…教えて、くれないのか」
「う…ごめん」
明らかに落胆している姿にほんの少し罪悪感が生まれる。
でも、本人に向かって、アナタにキスされる夢を見ました、なんて言えない。
「顔、赤いぞ?」
「え!?」
顔に両手を当てて俯いてしまった私は見なかった。珪くんが、蕩けるような眼差しを注いでいたことも、その中にかすかに哀愁を秘めていたことも。
「冗談」
「ええ?」
見上げると、楽しそうに笑っているだけで、からかわれたのだと知る。
「もう、からかわないでよ!!」
「はは…っ」
笑う珪くんと顔を赤くしながら怒る私は、とっても恋人同士に見えてしまったというのは、その後、友人に聞いた話だ。
一緒にいるとドキドキして。どんな顔をしているのか気になって。笑ってくれるのが嬉しい。
これはなんていう気持ちだろう。
「恋じゃないの?」
「わかんないよ」
頭を抱える私にクラスメートはこういった。
「でも、葉月は春霞のこと好きだと思うよ。いっつも私、睨まれるんだもん」
真相は、今、振りかえればわかるというが。丁度先生が来て、その話は保留になった。
本当はどうなのか、知りたいような知りたくないような。悩んでいたら、もう授業に集中するのは無理だった。
ねぇ。本当の恋って、どんなもの?
★eco_sisenkei.jpg★Eco★「視線(珪)」★
7373(ナミナミ)と踏んでくださったEcoさんのリクエストで
『視線イラストから1話』てことで、王子にしました。
他の視線イラストはEcoさんのサイトで見られますv
他に姫条と先生はあったんで、王子をチョイスしたんですが…
…難しかった。王子、ホントに難しいですね。
鈍感天然主人公の意識改革(笑)の始まりみたいな感じで書いてみました。
イメージで…『っぽい!』のとある話がはいってます<ぇ。
どんなんだかわかる人はいませんよねぇ~そんなに。
Ecoさんのみお持ち帰り&転載可です。リクエストありがとうございました~♪
完成:2003/02/21