放課後。喧騒。ボールの音。…つっまんない掃除。
ガタガタと机を移動して、箒で女子が掃いてって、僕は適当に窓とか棚とか拭いてる。一番楽だしね。ほら、僕は箸より重い物持ったことないことになってるし。(毎日もってるランドセルのが重いっての)
「尽君~重くて動かないの~」
「しょうがねーなぁ」
僕とは正反対によく動く友人は、ココロヨク女子に利用されてる。本人曰く「格好良い男の基本」なんだって。全然わかんないね。そんなの。
だいだい良い男ってのは何もしなくても女が寄って来るもんだろ。僕みたいにさ。
「っ!」
横目でそんなの見ながらやってたら、ささくれが指にひっかかった。ぼーっと拭いてる僕も悪いけど、ここにささくれなんかできてるのも悪いと思う。
「玉緒君!?」
目敏い女子がそんな僕の小さな仕草一つで寄ってくる。
「玉緒君、怪我したの!? や、血出てるよ!!」
言われて、気がつく。白い棚に赤い印が落ちてる。指の先で丸くなっているのはもう固まりかけてるし、大した事はない。
「ほ、保健室! 保健室に一緒に行こう!?」
そんなの大げさに騒ぐことでもないけど。
見せつけるみたいに、僕は彼女らを振りかえった。多少は痛かったから、潤ませるのも目薬要らず。
「僕は大丈夫。心配してくれてありがとう」
その後にあがった黄色い声に他の男子は耳を塞ぎ、尽は呆れかえってた。予想通りの反応、ってところかな。
女なんて簡単で単純でわかりやすい。可愛いとか格好良いとかそーゆー基準でしか計らない生き物だって、尽、いいかげん理解したら?
無理して3人と付き合って、束縛されて何が楽しいんだろう。全然わからないよ。
あぁ、あいつシスコンって噂もあった。そういえば。
高等部にいるって姉貴が可愛くて、彼女に妬かれて。振られて…は、いなかったか。
ーーつまんなそうな目、してる。
硝子越しに窓を見ていたら、ふとそれを思い出した。
そんなこといって僕のことを微笑った女、あの人みたいな姉だったら頷けるかもしれない。
帰り道、尽がなんか買い物頼まれて商店街に行くとかって分れた後に、通りかかった公園で変な女をみた。
表現が悪いだって? だって、どう見ても木に張りついてる女なんて変な女だろ。
「きゃっ!」
あ、また落ちた。
変な態勢で落ちたせいで腰を擦ってる。僕にも姉が居るけど、あれ以上のどんくさいのって見たことなかった。アレが世間一般の標準ってのも違うと思ったのに、女ってのはどうしてこんなのしかーー。
「うぅ…どーしよ。氷室先生、風で飛ばされましたって言っても信じてくれないよね。うー戻ってこーい。私のレポートぉ」
いや、この場合木に言っても落ちてこないと思う。
どうするのか見ていたら、また木に登るつもりだ。懲りないなぁ。
夕陽に映える横顔は、少し綺麗だった。一生懸命でいる人はたしかに綺麗なんだと思うけど、同級の女子よりもいくらか大人っぽい横顔を、可愛いと思った。はばたき学園の高等部の制服も似合ってるし、まぁ合格。(何の)
ピンクブラウンの髪とネイビーの制服は、一見ミスマッチ。でも、彼女にはとても似合っている。
「おねーさん」
だから。
「へ? あ、わわ!!」
べちゃっと落ちた彼女を、上から覗き込んでみる。顔を擦り剥いたのだろう。鼻や頬がほんのり赤く腫れている。
「はわ~…」
「僕、とってあげますよ」
鼻先をちょんと指で突ついて、特上スマイルでランドセルを置いた。
別に何かを期待したわけじゃない。ただちょっと、可愛いなと思ったからお近づきになりたかっただけだよ。うん。
「え、危ないよ!」
貴方よりは危なくないと思うよ。
「大丈夫ですから。ね?」
得意の笑顔で彼女があっけに取られている間に、木に飛びのる。僕も運動神経が悪いわけじゃないからね。結構楽に出来る。問題は、その彼女が取ろうとしているプリントが少し高い枝にあって、さらに先の細い枝にあるってことだ。
「危ないからっ」
「大丈夫」
自分に言い聞かせるみたいでちょっと格好悪いけど、この際いいかと思った。
幸い、光は緑の葉に遮られて、あまり届いてこない。
「大丈夫。僕軽いから」
「でも危ないよっ」
あら、認めてくれるんだ。珍しい。こういうこと言うと姉貴は怒るから、大抵の女は怒るもんだと思ってた。
枝に登った時、軋んだ音が聞えたのは気のせい。気のせい。絶対気のせい。
「あ、あぶ…」
「あんまり言うと、本当に落ちるかも」
「えぇ!?」
「冗談ですよ」
「そんな怖い冗談は止めてよっねっ本当に大丈夫だからっ」
でももう少しで届きそうなんだ。
流石に折れそうな音だったから、手に取れるぐらい近くまで寄れなかった。
葉っぱが邪魔だ。こんなにあるなら全部無くしてしまえばいいのに。全部、ぜーんぶ。
「~~~も~ちょい…っ」
上の少し太めの枝に手をかけて、支えにして片手を伸ばす。本当にもう少しで届きそうなのに、爪の先に触れているのに、届いていない。
「あ、あ…、」
僅かに触れる先がせめて指なら、あと、1センチ届けば。
「…と、ど、け~…っ」
この腕が伸びれば。
願いが届いたのか、プリントを掴み取る。
「や…っ」
その、瞬間。
いやな音が、聞えた。
支えにしていた上の枝から。
「うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
マジ?マジで?こんなことで僕死んじゃうの?
あ、でも可愛い女の子助けたんなら、別に良いかな。笑ったら、すっごい可愛い気がしたんだ。それがみたくて、こんな、らしくないことして。
シタゴコロあったから、天罰、かな?
姉貴、が泣きながら滅茶苦茶な説明しそうだな。僕より馬鹿なのに馬鹿なこといいそう。尽…適当なこと言って、慰めに来た女子に告られて、で、また不毛なこと繰り返して…て、僕のこと真面目に悲しんでくれる人っていないんかよ。
こんなことなら噂の尽の姉貴、見とけばよかった!
「ーーて、僕生きてる?」
衝撃が無いことに起き上がろうとして、手をついたら、何か柔らかいものに触れた。とても温かくて、柔らかい、人。
「て、人!? 貴方が僕を助けてどうするんですかっ」
慌てて下敷きにしていた人から離れる。砂に短いピンクブラウンが流れてからまって、彼女は両目を閉じて、気絶、してた。
たぶん何も考えてないんだと思う。単なる馬鹿だ。うん。
でもその馬鹿に僕は助けられて、その人は、死んだんじゃないよね。
「目を」
あんまりその顔が綺麗だから、心配になった。そのまま、どこかに連れて行かれてしまったんじゃないかってぐらい静かだから。
「目を、開けて」
僕は貴方の笑顔が見たかった。だから、手伝っただけなんだ。だから、目を、開けて。
「目を、開けて、ください」
祈りは、どこにも届かないと思ってる。
祈りなんて意味がないって思ってる。
でも。今だけは、それしか出来ることがないから。
目を。開けて。
「…怪我、ない?」
僕ではないものの声がした。
「君は、怪我してない?」
するわけない。貴方が庇ったんだから。
「貴方が…っ」
ゆっくりと瞳が開く。その深い瞳に、吸いこまれそうになる。
空が映って、木が移って、僕が映る。
彼女はその奥で、小さく笑った。そこから丸い透明な雫が落ちる。落ちたら音を立てそうな綺麗な宝石に見えたのに、それは地面に黒っぽい染みを作って、吸いこまれて消えた。いくつも、いくつも、いくつも落ちては消えて行く。
「よ、かったぁ。もうあんな危ないことしないでね」
でも、僕はーー。
言葉が消えた。その瞬間を僕はよく覚えてる。
温かくて、優しくて、ただ柔らかくて壊れてしまいそうな彼女を、僕は覚えてる。
「何にやついてんだよ、気味悪ぃ」
「親友に向かって気味悪いってなんだよ、尽」
「そのまんまの意味で素直に受け取れ」
「そうか、僕が笑顔だと君にいく女の子の数が減るから?」
そんなわけあるか、と尽が正門をかけぬけてゆく。あの日もこんな風にあいつは駆けて行った。その後を同じように僕も追いかける。
しばらく他愛も無い話をして歩いていると、尽のやつ、急に真剣な顔になった。
「お前、本当に良い性格してるよなぁ」
違う。真剣なんじゃなくて、嫌な顔か。でも、僕は今日機嫌が良いから別にいいや。
「何が?」
「さっきの何がうん、僕は大丈夫だよ。あいつらお前の正体知ったら、きっと腰抜かすぜ」
「僕を心配してくれるなんて、尽、優しい~」
「キショ! 俺に向かって、ぶるな!!」
「ひっどー」
尽もある意味すごくわかりやすい。
「女の子は母性本能くすぐるタイプに弱いんだ。そんなに悔しいなら尽もやれば」
「冗談。俺がそんな恥ずかしい真似できるかっての。んなことしなくても女に不自由してないし、彼女も3人いるし」
強がり言っちゃって。
「どれも本気じゃないくせに。このシスコン」
「なっ!?」
かまをかけてみただけなのに、素直に尽は顔を赤くする。そういうところが面白いんだけどね。
「ウルサイ。お前だって彼女も作らないで実はシスコンだろ?」
姉貴がいるって知ってるんだ。へー。ふーん。
「僕は束縛されるのが嫌だから作らないだけ。尽と一緒にしないでくれる?」
あんな手のかかる姉貴じゃ遊び相手にもならない。
でも。そうだな。
あの時のあの人。名前聞いてないけど、あの人が姉貴ならーー。
「あ、姉ちゃん」
尽が女子高生の二人組にかけよってゆく。ピンクブラウンと深海色の髪のすらりとした二人組。その後姿を僕が見間違えるわけが無い。
片方は間違い無く姉貴。でも、もう片方は先日のカノジョ。僕、顔が赤くなって無いといいんだけど。
振りかえる仕草がゆっくりと流れる。時間がゆっくりと繰り返されて、あの日と重なる。
震える睫毛。零れた水球が流れて、とても、綺麗で。
でも、今は優しい笑顔を浮かべていた。気持ちがあのときよりも温かく熱くなる。
「あら、尽?」
彼女は尽の名を呼んだ。
「姉ちゃん達も今帰り?」
「え、あ、うん。ね、タマちゃん」
隣に彼女が話しかける。振りかえらなくてもいいのに、振りかえる。あ。転ぶ。
「きゃ!」
どうやったら振りかえるだけで転べるのか、それがわからない。
「大丈夫、タマちゃん?」
「痛~ぃ」
しかたない。ゆっくり歩いて、その腕を引っ張り挙げる。
「しっかりしてくれよ、姉貴」
「ごめん、玉緒~」
姉貴を助けて立ち上がらせると、彼女はとても驚いた顔をしていた。それから、二人で苦笑してしまう。やっぱり、とても綺麗に笑う人だ。
「尽の姉…お姉さんだったんですか」
「タマちゃんの弟君だったんだ~玉緒君、だよね?」
向こうはもう僕の名前を知ってるみたいだ。
「はい」
「おかげで氷室先生に怒られないで済んだよ。ありがとう」
「いいえ、大した事じゃありませんから。それより、手、大丈夫ですか?」
「うん。玉緒君もどこか痛かったりしない?」
「はい」
袖を引っ張るな、尽。
「…ちょっと来い」
「…なんだよ?」
「…なんで俺の姉ちゃんと知り合いなんだよっ」
「………」
「…黙るなよ」
「…別に」
「…別に?」
「…ただ、お前がシスコンなの分かった気がする」
「は!?」
驚いている隙に引っ張られていた袖を外して抜け出して、彼女の前に戻る。
「あの時のお礼にパフェおごろうか?」
「そんな、いいんですか?」
「実は昨日給料出たばっかりでね、ちょっとだけリッチなの」
「あぁだから喫茶店…」
「そゆことよ、タマちゃん。どう、玉緒君?」
姉貴と一緒ってのが気に食わないけど、この際、一緒に喫茶店に入れるってことで目を瞑ろう。
「わあ、ありがとうございますっ」
「玉緒っ」
「尽も食べたいならいいよ」
悔しそうな尽と肩を並べて、彼女たちの後ろを付いてゆく。
スカートからすらりと伸びる細い足、腕。そんなものよりも僕は彼女の笑顔に惹かれる。
「どういうつもりだよ、玉緒」
「さぁ?」
「このやろ…っ」
「僕は尽と違って、血は繋がってないし、問題無いし」
「ぐぬぬ…」
悔しそうな尽とは正反対に、僕は足取りが軽い。だって、ねえ、すぐ近くにいる。尽の姉貴だったなんて最高にラッキーだと思わない? 問題は年の差だって? そんなもの、すぐに関係なくなるよ。7歳差なんて、十年過ぎれば関係無いしね。
やっと見つけたんだ。僕の運命の女。彼女以上の人なんて、もう絶対いない。だから、ねぇ、振り向かせて見せるよ。
「そういえば、尽の姉貴、なんて名前?」
「絶対言うもんか!」
「どうせすぐに聞けるから、別にいいけどね」
「うぐっ」
つまらなかった毎日を、楽しく変えてくれたのは貴方。だから、ねぇ、僕を見てーー。
かなり…詳細な黒玉緒をリクエストされていたのですが…シナリオ通りって難しいね!(爽。<待て。
いやほんっと勉強になりました。結果、出来た玉緒が某テニス漫画のF先輩2号と思えてならないです。
う~ん。でも、あんまり黒くない?
他に影響受けまくりですが、玉緒君どんな子かな~。ね?どう思います??
玉ちゃんみたいな性格はちょっとーっと思うんですけど、F先輩の姉はしっかりしてる気がするしなぁ。
てことは……(悩みすぎ。
あ、夢に…なってない!(そっちのが問題だっ
うわーごめんない。いやでも尽はいっつも『姉ちゃん』としか呼ばないじゃないですか。
誤魔化してなんか…!してるけどもさ!<ぇ。えー…ごめんなさい。許してください(土下座。
ちゃんやすさん、リクエストありがとうございました♪
完成:2003/08/17