彼女は花が好きです。そして、花も彼女が好きです。
一緒にいると、みんな精一杯綺麗に咲き誇る。その手に触れて欲しくて、微笑が欲しくて。それは僕も同じで。
「いらっしゃいませ~っ て、あ、サクヤくん」
店内に入ると、春霞さんの声は透き通って聞こえる。動くたびにさわさわと葉音を立てる植物たちに心で謝りながらも、僕は向けられる笑顔が嬉しくて、自然と笑みが零れた。
「こんにちは、春霞さん」
つい先ほどまで植物に向けられていたものではなく、僕だけの笑顔に戸惑う。
「どうしたの?」
パタタと店内を駆けてくる足音は小さく、軽やかな羽根をつけている。
ーーそうしていると、貴方は妖精みたいですね。
小さく笑っていると、前に立つ姿が小さく首を傾けた。その仕草があまりに可愛らしくて、とても優しい気持ちで心が満たされる。
「いえ、あの、近くまできたので」
「そうなんだ? もうすぐ休憩なんだけど、時間ある?」
「はい」
「向かいの喫茶店でお茶しよう」
小首を僅かに傾げて、微笑む彼女の誘いを、断れるわけがない。
花の似合う男の人って、そうは多くないと思う。正直、女の私も気後れしてしまうくらい、彼は可憐なんです。
桜弥君が来るだけで、店内の花達が喜んで競い、一斉に咲き誇ろうとする。おそらく、彼の空気がそうさせるのだろうけど。
昔、絵本で見た花の妖精の王子様は、きっと桜弥君みたいな人だったに違いない。
休憩がすごく待ち遠しくて、何度も時計に目がいってしまう。普段はあまり見ないようにしているのに、桜弥君が花達に盗られてしまいそうで気が気でなかったせいだ。
花を見つめる瞳が柔らかくて、どうして、と問い掛けたくなるぐらい優しい。そんな目で見つめられる花達が心底羨ましくなる。
もしかして、私よりも花が好きなのかもしれないと、時々落ち込む。
「春霞ちゃん、休憩入って」
「え、まだ5分以上ありますよ?」
「お友達待たせてるんでしょ? たまには生身の人間と話すのも大切よ」
たまにって、何時も人間と話してるってば。
「仕事中はほとんど花にばっかり話しかけてるじゃない」
だって、桜弥君から聞いたんだもん。
実際、話しかけたほうがとても綺麗に咲いて、買われていくじゃない。それがなんか、嬉しいの。
花だって、生きてる。
それが今すごく身に響く。
花だって、生き物だもの。生き物は誰かを好きになると、綺麗になるように出来てる。
店長とそうして話している間、桜弥君は嬉しそうに話している。みていると悔しくなってくるので見ないように背を向けて話している。なのに、店長は彼の子細を教えてくれる。
「自然に愛されるために生れてきたみたいよね」
それはいつも私が思っていることで、言い当てられたみたいにたぶん驚いた顔をしていたのだろう。店長は拳を口元に当てて、小さく吹き出した。
「なにが可笑しいんですか?」
「あら、話しているうちにもう休憩時間になったわよ。早く行ってあげなさいな」
「店長?」
「じゃないと、あの子、取られちゃうわよ」
何に、なんて言葉は余計だ。聞かなくてもわかる言葉なんて、いらない。
駆け出しながら、もどかしい手つきでエプロンを外す。従業員室に置いておいたバッグをとって、エプロンは乱雑に畳んで。
それでも、時間が過ぎるのがすごく早い気がしてならなくて。
緑の中に桜弥君が連れていかれないように、今日も祈りを繰り返す。
「おつかれさまでーすっ」
開いたドアの向こうで店長がゆっくりと微笑み、向こう側で彼も優しい眼差しで微笑んでいた。
緑の洪水に、まだ攫われぬままに。
「じゃ、行こう。桜弥君っ」
花の中で生き生きとしている彼と、花達に心の中で謝りながら、なお嬉しいと緩む頬。ほんの1%にも満たない戸惑いになんて気がつくわけがない。
私だって、気がつかないのだから。
いつもの笑顔で笑う私に、いつもの笑顔で笑ってくれるアナタ。
今はまだ、それだけでも充分幸せ。
「春霞さん」
「なに? 早く行こうよ」
帰ってみたのはいつになく真剣な表情で、戸惑ってしまう。こんなに真剣な桜弥君を見たのは、何時以来だろう。
心配と混乱と困惑と怒りと。そんなものの原液を全部ないまぜにかき混ぜた色で見つめてくる瞳を正面から受け止める。
「なにか、ありましたか」
疑問形ではなく、確認に満ちた声に揺らぎそうになる。今日は何時になく鋭い。
ざわざわと植物達が囁いているような音が聞える。心配と混乱と困惑と…そんなもので構成された音のカタチ。
「別に何もないよ」
先に立って、店を出る前の挨拶に向かう。これは日課というか仕事というか趣味というか。桜弥がいうのにつられるように身についた習慣だ。その後を大人しく歩いてくる足音を聞きながら、植物達にお別れを行ってゆく。
また明日ね。と。
彼等以外に目を向けることは出来なかった。時折視界に入る桜弥君の目はすごく真剣で。射抜かれそうで直視できない。でも、私は見なければいけない。視線を追えば、すぐにわかる。その先にあるのはきっと元気のない植物のはずだから。
「僕はまだ、貴方が頼れるほどの男ではないんですか?」
怒ってはいないけれど淋しそうな声に慌てて振り向く。そんなことはないと云いたいのに、開閉する口からは音が流れない。
「そう、ですよね。僕はまだ見習い樹木医ですし」
緑の中でそうして立っていると、まさに彼が植物に好かれているのがわかる。元気のなさが周囲の植物に伝わり、みんな一気に葉を散らしそうだ。
そうして立っているだけで、桜弥君は遠い異国の童話に出てくるような花の王子なのに。どうしてそんなことを言い出すの?
「桜弥…君」
私は彼を不安にさせるほどに、頼っていないのだろうか。
桜弥君はただ、そこにいてくれるだけで私の前進する力なのに?
上げかけた手には力が入らなくて、踏み出す1歩がすごく遠くて。
進みつづける桜弥君を追いかけ続けて、追いつけない背中がどんどん大きくなってきて。
私は1日前より1時間前より1分前よりもっと、好きになっているのに。
そんなことないといいたいのに言葉が出ない。
頼りすぎてはいけないと、自分でブレーキをかけつづけても来たから。
前へ進みつづける桜弥君の、せめて枷にならないようにと気遣いつづけてきたから。
それが桜弥君を不安にさせてきたと、今気がついた。
「そうじゃな…っ」
転びかけた私に、大きな影が駆け寄ってきた。
初めて逢った頃よりも幾分大きくなった身体にしっかり捕えられる瞬間は。
魔法、みたいだった。
すべてのことには時がある。
たぶん、私達の2度目の始まりはその時。
「ご、ごめんなさい」
「い、いえ!」
お互いの肩越しに聞こえる声は、お互いに上ずっていて、それで二人で安堵して。
「春霞さん、怪我はありませんか?」
「う、うん」
怪我は。
いつもなら慌てて離れる腕に強く抱きしめられているだけで、身体が熱くなってくる。
そんな小さなことで、動揺しかけた心が落ち着いてくるって、桜弥君はしらないんだね。
貴方はそこにいるだけで私の心の安定剤なの。
「い、まの…」
「ご、ごめんなさい!」
「あやまら、ないで」
さやさやと揺れる葉っぱの音が辺りに渦巻いて、私はその音を聞きながら不覚にも笑ってしまった。
だって、応援してくれてるみたいだもの。
ねぇ、私が桜弥君とっちゃってもいいんだ?
「で、でも」
「ちょっと…うれしいかも」
「え?」
すぐ近くの耳に囁いてみる。
「知ってる? 私、桜弥君のこと大好きなの」
だから、嬉しいってわかって。
助けようと駆け寄ってきてくれて、それだけでも嬉しいのに。
偶然に重なった影は、すぐに通りすぎたけど忘れられない。
肩を押して、お互いに顔を見合わせる。
二人とも真っ赤な顔だけど、幸せだって知ってる。
「あの、こんなカタチですみませ…」
「あやまらなくていいの」
「その、で、できれば、ちゃんと…」
答えは当然といえば当然。
こつんと額を合わせて、笑うだけで充分。
あとは緑の影に隠されて。
「僕も…僕も春霞さんが大好きです」
世界で一番甘い蜜の香りに祝福された時、私の耳には遠く遠く教会の鐘が鳴り響いたように思えた。
★cyanyasu_present04.jpg★ちゃんやす★
甘いんだか甘くないんだか。ミラーリクエスト05550だったのですが…。
桜弥難しいです。いったいリク貰ってからどんだけ経ってんだか。
うーむ。忘れられてないといいのですが。
書いてる最中『桜弥』の変換が『さくや』でできなかったので『おうや』で変換してました(笑。
だって単語登録がめんどーで(オイ。
桜弥で変換できるのは自キャラ『桜葉』(おうよう)さんのせいでしょうね~。
でも彼女も一発変換できないんですがねー(だめやん。
遅くなりましたが、サクぼうとのキスストーリーです。
よろしければお受け取りください、ちゃんやすさんv 返品可ですv
完成:2003/07/21
イメージイラストを頂いちゃいました♪ ちゃんやすさん、ありがとうございます~vv
追加:2003/08/22