(竜崎先生視点)
廊下でぼんやりと外を眺める人影に声をかける。
「麻生、元気か?」
「…竜崎先生、帰っていらっしゃったんですか」
ふりかえり、微笑む姿はとても儚く、今にも消えてしまいそうな雰囲気を持つ。元々はこんな生徒ではなかった。目のことさえなければ、こんな風ではなくもっと弾けるような笑顔を返してくる少女だったのに。
「病気に見えます?」
「少しな」
「じゃあそうなのかもしれませんね」
こちらに向ける笑顔は全部ポーカーフェイスだ。たいした演技力だよ。おかげで麻生の左目がほとんど見えていないと知っているのも、極一部の教師だけだ。生徒じゃ知っているやつがいるのかどうかも怪しい。
「バスケ部のマネージャーの話を断ったって?」
「耳が早いですね」
驚いたように僅かに目を見開く。しかし、すぐに元の張りついた笑顔に戻る。
「なんでだい?」
「向いてないんですよ。私ってば、気が利かないですから」
「そうは見えないけどね」
「乱視じゃありませんか?」
見えないとは言っても、ゴールを見ないでシュートできるという話だったから、それほどならば別に支障はないだろうに。
「竜崎先生、スポーツをやるには何が必要だと思っていらっしゃいます?」
ふと、まっすぐに視線を向けて問い掛けてきた。答えは待っていないようだ。
「私には、もう先が見えてしまっているんですよ。片目でどこまでバスケが出来るかという、その未来が」
過去には隻眼の選手だっているだろう。
「バスケは個人競技じゃありません。チームプレーです。コートの半分が見えていない状態で、どれだけのプレーに支障が出るのか、わかっておられないようですね」
口八丁手八丁で何人もの教師が言いくるめられてきたのは、嘘でもなんでもなく真実だ。
「別に無理にやらせようってんじゃないよ」
そう返すと、瞳の奥に勝ち誇った光を浮かべる。隠していても、それは隠しきれない光だ。
「それより、今年からはどこの部活に入るんじゃ?」
「竜崎先生に関係がありますか?」
拒絶的な笑みが色濃くなる。近寄るなと、全身で拒絶している。なにもとって食おうって訳じゃないのに。
ーー青春学園中等部では、すべての生徒が何らかの委員会及び部活動に所属しなければならない。
これは今の麻生には相当つらい状態だろう。誰もが知っていて、誰も知らない。彼女の世界にはバスケしかなく、それがなくなると何もなくなってしまうということを。
「お主はまだ13歳。可能性は無限にある」
だからなんだという顔をしている。
「何がおっしゃりたいのか、よくわかりません」
「やりたいことが決まるまで、アタシの手伝いをしてくれんかね」
「…手伝い?」
麻生は不思議そうな顔をしている。
「今年からなにかとアタシの顧問をしている部活が荒れそうでねぇ、その分人手が必要になるんじゃ」
「手伝いというのは、数学教師としてですか?」
さすが、頭の回転が速い。
「たまに部活関係でも手伝ってもらいたいことがある」
彼女は、それでも別にイイですよと頷いた。