テニプリ>> B-girl>> B-girl - 05)負けず嫌い

書名:テニプリ
章名:B-girl

話名:B-girl - 05)負けず嫌い


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.9.9
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:3877 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:麻生/晴樹
1)

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p.1

(…騙されたかな)
 数冊の本を抱えて運びながら、首を捻る。現実には真っ直ぐ無表情で歩いているようにしか見えないが、たしかに心の中では首を傾げていた。

 手伝いを了承した後で渡されたのは、1冊の、びっしりとテニスルールの書きこまれたノートだった。手書きであるが、竜崎先生の書いたものではない。手伝うのにどうしてテニスルールを覚える必要があるのかわからない。数学というより、テニスメインなのだろうか。あの教師はたしか男子テニス部の顧問だ。ずっと昔に世界レベルの選手を育てたとも、聞いたことがある。

ーー男子テニス部か。

 おそらくリョーマはそこに入るだろう。そして、あの性格だ。おそらく荒れるだろう。

(…そういう意味なのだろうか)
 逆を返せば、リョーマに騒ぎを起こさせなければ良いのかもしれないが、言ってきくような少年じゃない。

(…不安…)
 頭では不安だと思っていても、心の奥では楽しそうだと思っている自分は否めない。喧嘩も祭りも大好きだが、目のことがあってからすっかりご無沙汰だ。

 これは久々に楽しめるかもしれない。

 バスケばかりで生きてきたけど、そろそろ本当に別のなにかを見つけなければいけない。バスケではない、別のなにかを。今すぐ決めろと言われても困るし、正直、竜崎先生の申し出はありがたかった。ただひとつの難点はうちの男子テニス部が結構強いらしく、女子ファンがとても多いということだ。やっかみや嫉妬というのが、一番厄介。それをどうするか今から対策を練っても遅くはないだろう。

 教室のドアを叩く。骨と鉄の板のぶつかる音は、時として澄んだ音色を響かせる。

「竜崎先生、麻生です」
 中から、複数の気配がある。誰がいるのだろう。気がついていないのかと、もう一度ドアを叩く。

「…すまないね、麻生」
「いいえ」
 先生の体の影から見えるのは、男子テニス部員のようだ。青と白のレギュラージャージが目に痛い。

「麻生?」
 ひとりが近づいてくる。優しそうな雰囲気を持つ男だ。見たことが、ある。

「なんで、麻生さんが?」
「大石先輩、男子テニス部だったんですか?」
 思わず、目を丸くして聞いてしまう。その後ろで、竜崎先生が大声を挙げて笑った。

「あんたたち、知り合いだったのかい」
「前に保健室で…」
 まだ目が悪いことも知らず、健在だった頃の話だ。たった半年ぐらいしか経っていないのに、何年も前の出来事みたいに懐かしい。前に保健室で合ったことが数回ある程度だが、向こうも覚えていたことにも安堵した。その向こうにいる生徒会長、手塚が男子テニス部の部長だというのは有名な話だから、驚くことはなにもない。

「丁度良かった。彼女には今後お前達の手伝いをしてもらう」
 と、竜崎先生が言い出したとたん、手塚会長の眉間に深い皺が一本増える。大石先輩は、怪訝そうな顔をしている。

 私も相当な表情を出してしまっていたのだろう。3人を見まわして、彼女はまた大きく笑った。

「なんて顔してんだい、3人とも」
「竜崎先生、男子テニス部のサポートするとまでは言ってませんよ」
「言ったはずじゃよ。部活関係でも手伝ってもらうことがある、とな」
 たしかに言っていた気もするけど、マネージャー業みたいなことをやるとは言っていない。なんで私がサポートまでしなきゃならないんだ。面白そうかもとは思ったけど、話が違う。

「マネージャーは必要ないでしょう」
 私のいう代りに会長がきっぱりと言い切った。よかった。反対してくれる人がいる。

「それに、彼女はバスケ部の…」
 なんでそんなことまで知ってるのかなー、生徒会長。

「その点はもうバスケ部の先生と話をつけてある」
 反対もしなかっただろう。だって、私はもう戦力外だ。コートに立つことも出来ないのに、続けられるほど強くない。

「しかし…」
(頑張れ、会長。粘ってくれ…!)
「それにマネージャーではなく、サポートだよ」
 マネージャーとサポートの違いってなにさ。

「あの…竜崎先生」
「なんだい、大石」
「サポートといって、彼女に出来るサポートなんてないんじゃないですか?」
 彼は、大石先輩は私の目のことを知っている。言っていることもわかる。たしかに片目では。でも、片目でも出来ることはあるわよ。ないなんて言い切られると、逆に腹が立つ。胸のあたりがむかついてくる。

「そうなのかね、麻生?」
「お言葉ですが、大石先輩。何をどう判断して「何もできない」とおっしゃるんですか?」
 言ってはダメだと、止めようとしてももう止まらない。

ーー負けず嫌い、発動中。

「できるかできないかは、やって見てから判断していただきたいものですね」
 サポートぐらい、できるわよ。そう、言い切ってしまったことに気がついたのは、その直後で。

「だそーだ。どうかな、手塚、大石」
 にやりと微笑む竜崎先生の口元を見て、ようやく私ははめられた事を知ったのだった。

「これからアタシの代りによろしく頼むよ。麻生」



p.2

(手塚視点)



 竜崎先生は何を考えているんだと頭を抱えたくなったが、それは麻生も同じらしい。元バスケ部の特待生で、今は左目の弱視故にそれを取り消された少女。話には聞いていたが、会うのは初めてだ。肩口よりわずかに下で揺れる真っ直ぐな黒髪。無理やり押し殺していた表情が今は、相当の自己嫌悪を映している。それは堅く結ばれた薄紅の口元からも、整えられた細い眉の間で刻まれる皺からも、震える長めの睫毛からも読み取れる。一見、とても落ち着いていて、何事にも動じないように見えたが、今のやりとりからするとかなりの負けず嫌い。

「……」
 視線がなんとかしてくれと訴えてくる。というより、恨めしげに睨んでくる。しかしそれだけで、何を言ってくるでもなく、数分後、彼女は深いため息を吐いた。

「もしかして、最初からそのつもりだったんですか?」
「ちょっとしたリハビリだと思えば良いだろう?」
 肩を叩かれた麻生ははっきりと嫌そうな表情を浮かべていたが、しぶしぶ頷く。彼女も大石も俺も、何のリハビリかは問わなかった。

「ノートには目を通したかな?」
「はい」
「他の事は大石、手塚、おまえたちに頼むぞ」
 こちらに向ける視線は怯えることなく、ただまっすぐで、吸い込まれそうだ。

「よろしくお願いします」
 ふわりと微笑む。先程までの興味のまったくなさそうな表情とは打って変わって、花が開くような、そんな笑顔に。

 射抜かれた。

「早速だけど」
 切替の早い大石が彼女に話す。俺は麻生を直視できなくて、手元に視線を落とした。今度の校内ランキング戦のオーダー決めはまだ終わっていない。ランキング戦の説明を麻生は熱心に聞いている。

「どうだい、手塚!? うまく4ブロックに分けられそうかい」
 現在のレギュラーは4ブロック均等に分けるとして、後は…。

「今度の校内戦は都大会のレギュラー決めみたいなもんだしね。気を使うだろう」
「…はい」
 他はどうするか…。

 話を聞き終えた麻生が窓を開ける姿が視界に入った。

「そういえば、竜崎先生はお目当ての選手がいるんでしょ? 例えば1年に…」
 窓の外を見て、麻生は一瞬だけ眉をしかめる。何にも興味がなさそうに見えたが、何かあったのだろうか。

「アタシの考えはともかく、基本的にウチの部じゃ、1年は夏まで出れないんだろう?」
「そうなんですか…?」
 外に視線を注ぎながら、彼女は極めて普通に会話に加わる。

「まあそれは、部長が決めることですから」
 大石の声ではなく、視線を感じて顔を上げると、丁度麻生がまた窓の外に視線を戻したところだった。

 こちらを見ていた?

「…それは…」
 その呟きは俺にしか聞こえなかったのかもしれない。

『つまらないわね』

 ごく小さな声に驚いていると、こちらに気がついた麻生は口元だけそっと微笑み、口元に人差し指を立てた。それから手招きに惹かれるように席を立つ。

 窓の外に見えるのはテニスコートだが、見たところ指示したとおりの活動をしているようには見えない。コートに入っているのは2年の荒井と…1年、か。インパクト音からして、ガットも張り替えていないようなラケットなのに、1年の彼は体全体を使って綺麗なフォームで打つ。2年が圧倒されている。

「…知り合い、か?」
 麻生の視線は楽しそうに1年を見つめる。その熱心さを羨ましいと少し、感じた。こちらの問いなど聞こえていない。ただ熱心に、なぜか勝ち誇る光を瞳に宿す。

 席に戻って、ランキング戦のオーダーに書き加える。

「どう思う、手塚!?」
「規律を乱す奴は許さん…。全員走らせておけ」
「え? レギュラー達も?」
「あいつらもだ」
 見ているだけで止めなかったものも同罪。

 俺たちが教室を出て行くときも、彼女は窓の外を見つめたままで振り返りもしない。それほどに、彼女の気に止まる1年なのだろうか。

「麻生」
「………」
「麻生!」
「はい」
 踊るように回転して、ようやく振り返る。少し前までの不機嫌さなど嘘のように、楽しげに。

「どうしたんだ、手塚?」
 大石の問いにハッとする。どうして、彼女を呼んだのだろう。

 しかし、呼び止めた俺の代わりに竜崎先生が彼女に問う。

「麻生は今度のランキング戦から手伝ってもらうことにして、今日は見ていくだけ見ていくかい?」
「竜崎先生の御用がこれ以上ないのであれば、少し見学していきます」
 顧問の了承を経て。数分後、俺たちは3人で教室を後にする。彼女の軽い足取りを、俺はいつになく落ち着かない気分で聞いていた。

あとがき

騙されてる…!(誰が)。
校内戦の前に部員と顔合わせをするべき、です、よ、ね。
(2003/09/09)