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書名:テニプリ
章名:B-girl

話名:B-girl - 06)校庭100周


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.9.11 (2003.9.17)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:6994 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 5 枚
デフォルト名:麻生/晴樹
1)

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p.1

(不二視点)



 珍しいものを見た。いや、見ている、かな。校舎から歩いてくるのは手塚と大石。たぶん校内戦のオーダー決めでもやっていたんだろうね。そこまでは見慣れた風景だ。問題は、その後ろを歩く人影があるということ。彼らの後をついてくる人物はジャージではないし、テニスウェアを着ているわけでもなければ、ガクランでも無い。つまり、女子の制服を着ている。あの手塚の後を楽しそうに着いてくるなんて、変わった子だな。

 テニスコートの外で、手塚は彼女に何かを言い、彼女は自分の足元を見て近くのベンチに座った。風が吹いて流れる髪を押さえる、その姿に桃が小さく声をあげる。

「桃、知り合い?」
「友達ッス」
 テニスコート内に手塚の声が響き渡るのを、彼女は楽しそうに眺め、誰かに小さく手を振っている。それは桃城に向かってではなく、先程までボロボロのラケットで試合をしていた1年に向かって、だ。彼ともどうやら知り合いらしいが、1年の彼の方は帽子を目深に被って走りに行ってしまった。僕たちも走らないと手塚に怒られるかな。別に怖くはないけど、視線を背に走り出す。

 今日は良い風が吹いている。

 先ほどの彼女は、風に吹かれる髪がとうとう邪魔になったのか、ポケットを探っている。一周毎に、その髪型で悩んでいる様子が変化する。編んでみたり、サイドだけ上げてみたり。どれも何か違う。どこか合っていない。

「不二~、あの子知ってる?」
 並んできた英二が話しかけてくる。隠す必要も無いし、別にいいか。

「桃の友達だって」
 そういうと、先頭を走っている桃に追いつくために、英二はスピードを上げる。もっともそんなに距離も離れていないから話す声は良く聞こえる。

「桃、あの子と友達?」
「クラス、同じなんスよ」
「俺さぁ~なんかどっかで見たことある気がするんだけど、なんっか思い出せないんだよね。桃、知らない?」
 英二、それは無理じゃないかな。乾ならともかく、君が見たことあるかどうかを桃が知ってるわけないのに。

 後ろでラフに一本に結わえた姿は、僕もどこかで見たことある気がする。でも、思い出せない。次の周で戻ってくる頃には結局縛るのは諦め、彼女はその髪が流れるままにしたようだ。風に揺れる黒髪はゆらゆら揺れて、めんどくさそうに耳にかける。白く細い手をすり抜けて、少ない一房がまた落ちる。

「彼女は麻生 晴樹。2年8組で、半年前まで女子バスケ部のレギュラーだったよ。球技大会かなんかで見たんじゃないかな、菊丸」
 少し後ろから聞える乾の声。相変わらず、他のデータも抜かりないね。

「あ、そうかも? んーでもなんか別の人かもしんないと思ったんだけど…」
 僕も英二と同じコトを考えていた。2年の麻生さんて、もっと元気なイメージが強かったんだけど。

 話しながら、追い抜かしたのは何人目だろう。段々と僕らについてくる部員がいなくなってゆく。ただ巻き起こる風と微量の砂埃が、流れた汗にべとりと張りつく。

「て、麻生のデータまであるんですか。乾先輩!?」
 ちらりと振りかえった桃は、驚いたような怒るような困るような悩むような、とにかく誰が見ても複雑な顔をしていた。その視線が動いて、一瞬だけ彼女を見つめる。

 本当にその一瞬、彼女が微笑んだ気がした。僕に向かって?いや、桃に、か。それともーー。

「ちょっと気になったからね」
 桃城の背に明らかに不機嫌が上乗せされる。

「手塚と大石の後ついてきたってコトは、とうとうマネージャー取るのかな!?」
 だったら嬉しいなと、英二の速くなる足に合わせてピッチを上げた。

 さっきからちょっと気になる足音が付いてきてる。先ほどまで部室に放置されていた古くてネットも張り替えていないラケットで、2年の荒井と圧倒的な試合をしていた越前は、僕らのスピードに遅れることなく付いてくる。焦っている様子はないし、彼はたぶんいつもどおりのペースなのだろう。

「過去のデータから言って、手塚が了承する確率は1%だよ」
「げっ 乾、数字に出さないでよねー。虚しくなるから」
「麻生がオッケー出す確率のが低いッスよ、乾先輩」
「それも加えると0%かな?」
 ためしに加わってみると、早速英二が不満をぶつけてくる。

「ちょっと、不二も乾も桃も! 可愛いマネージャー欲しくないの!?」
 話題から逃げるかのようにピッチをあげる桃を、英二もまた追いかける。

「そりゃーほしーとは思いますけど、麻生はダメですよ」
「なんで!?」
「あいつ、人の世話するの嫌いだって言ってましたから」
「え~っ」
 不満そうな声をあげる英二。

「折角可愛いのに」
 残念~と言いながら、結局英二はピッチを落とさなかった。

 これだけのスピードで走っているのに、越前もずっと着いて来ている。当然のように、僕らより先に走っていた彼は先に終っていて、真っ直ぐ彼女に向かって行く姿を桃が羨ましそうに見て、すぐに視線を外す。遠目に見てもそれは弟扱いだったけれど、彼女の視線はとても柔らかくて温かかった。

「ーー不二も気になってるでしょ。ホントは」
 並んだ英二が小さく呟く。そのまま言い逃げるように、まだ桃を追って行く。

 もう一度、彼女を見た。楽しそうな視界はもう僕らを見ていなくて、目の前の少年にだけ注がれていて、それでも時折淋しそうな光を向けてくる。その視界にあるのは僕らではなく、全然別の何かだ。

「珍しいね、不二」
「ん?」
「麻生ばかり見て、走ってるよ」
 そう言って、乾も僕を追い抜かしてゆく。いや、追い抜かしていったのではなく、僕の足が走るのをやめようとするからだ。意識して、足を動かし、仲間の背中を見据える。

 誰が、誰を見てるって?

 風が吹く。でも、彼女は目の前の少年を構うのに忙しいのか、今度は髪をかきあげない。なんとなくそれで麻生さんの性格がわかってしまった。おそらく、彼女はやりたいときにやりたいことしかしないのだろう。ただ自由で、ただ自然。羨ましい生き方をしているね。

 まるで今日の気まぐれな風のようだと感じた。



p.2

(晴樹視点)



 子犬のように走ってくるリョーマを両手を広げて迎えようとしたら、目の前で不機嫌に立ち止まられた。

「子供扱いしないでよねっていったじゃん」
「だって、ガキじゃん。あんた」
 しかも相当のクソガキ。

「1コしか違わないじゃん。俺がガキなら、晴樹もガキだよ」
「あんたに比べりゃ、私はかなーり大人でしょ」
 風で髪が流れる。はっきり言って、邪魔だ。

「…どこがだよ、晴樹」
「ふふん。全部に決まってるさ」
 鼻で笑ってやると心底嫌そうにしている。

「なんでココにいるんだよ」
 帽子のつばを下げようとする頭を抑える。それぐらい手の届く位置にいるわけだけど。

「ん。見物」
 不機嫌オーラが色濃くなったので、帽子越しに頭を両手で振ってやった。

「やめ、止めてよね! 晴樹、ガキすぎ!!」
「ガキにガキ言われてもねー」
 視界の端に入った手塚部長に睨まれている気がする。そういや、こいつ、部活中なんだっけ。

「さっきのさ、あれなに?」
 上から見ていてもよくわからなかった。ただものすごく打ち辛そうだったのはわかる。で、こいつが物凄く楽しそうだったのもわかる。

「見たまんまだよ」
「わかんないから聞いてんだよ」
 笑顔で聞いてやってんのに、睨みつけるなよな。まったく。

「帰り待ってたら、教えてやる」
 お。口元が笑ってるってコトは、機嫌が直ったかな。

「じゃ、私も帰りになんでここにいるのか教えてやるよ。ついでに奈々ちゃんの手料理食べてこーっと」
「太るよ、横に」
「伸びるんだよ、上に」
 笑顔で言って返すと、リョーマはさっきよりも楽しそうに、練習に戻っていった。ちっこくて可愛いなぁ。やっぱり。その後姿を見ていると、やはり可愛い弟。何年経ってもこれは変わらないかもしれない。たとえリョーマがやってるのがテニスでも、変わらない。私がバスケをやっていなくても、変わらない。

「…いいなぁ」
「じゃあ走るか?」
「今日は見学だけの約束です。お断りさせていただきます」
 いつのまにか隣に立っている手塚部長の申し出は、丁寧にお断りした。

「あのさ、会長?」
「なんだ」
「マネージャーとサポートの違いって何でしょう? 私、メガホンもって応援しなきゃいけないんですかね?」
 一般にマネージャーというのは雑務担当者で、サポートは応援なんですが。

 たぶん彼の眉間に皺が増えているだろうなと振りかえったのに、彼は真剣に考えこんでいる。

「竜崎先生が何を考えているのかはわからない」
 私も同感です。

「だが、リハビリとも言っていたし、練習を手伝ってくれると助かる」
「具体的に何を? 私、テニスやったことなんてないですよ」
 これは嘘だ。リョーマと再会してからは毎日のようにあそこの親父と勝負してる。これで諦めてくれないかなと思ったのも事実だが、次の一言で私は半分の希望だけ捨てた。

「そうだな。今後のこともあるし、軽くやってみるか?」
 後から聞いたのだが、これは物凄く珍しいことなのだという。手塚部長自ら教えるなんてコトは、なかなかないのだと。

「…あの…」
 止める間もなく、ラケットを取って戻ってくる。なんでこの人こんなにやる気なんだ。

「これがラケットだ」
 見ればわかります。かなり使い込まれた感じだが、ガットはきちんと張られている。現在進行形で使用中に見えるんだけど、これって、練習用ラケット?

「来い」
 手招きされて、部室棟の壁の前に立つ。テニスコートじゃないことに、安堵半分不満半分。まあいい。ここからが肝心だ。ものすごく下手だとわかれば、きっと諦めてくれるに違いない。

「とりあえず、打ってみろ」
「はい」
 ラケットを右手に持って、左手でボールをつく。軽い音が響く。バスケボールより小さいけれど、既にそれは手に馴染んでいる。

 ポーンと、音がする度に心がざわついてくる。バスケとはまた違った高揚感。そういえば、最初にリョーマの親父に教えてもらったときも、適当に打ってろ、だったなぁ。思い出したアドバイスとは逆になるように、やってみれば、きっと上手くいく。はず。

「手塚部長。麻生に教えるの、俺やります!」
 聞きなれた声に顔を上げ、手元を落ちたボールをそのまま打ってしまったのが運の尽。飛びすぎたボールをとっさに取って、そのまま、また壁に打ち返す。石垣と違って平面な壁は打ちやすいと思いつつ、声のほうをふりかえる。息を切らした桃城が、丁度手塚と向き合ったところだ。そういえば、こいつ、テニス部だった。レギュラー、だったのか。

「俺にやらせてください」
「もう走り終わったのか?」
「はい」
 えー…。

 手塚部長と私の目が合う。その視線が、何か言いたげだ。目でなく、口で言って欲しいんですが。

「麻生、テニスをしたことがあるな?」
 ぎくっと、したのがバレてないと良いんだけど。

「え、本当かよ?」
「まさか。ありませ…!?」
 否定を紡ごうとしたとたん、重力に引き寄せられ、息が詰まる。誰だ、この飛びついてきたのはっ!

「すごいね、晴樹ちゃん。よくさっきのとれたね~」
 それは、外はねの可愛らしい男の子。無邪気だけど、いきなり飛びつくのはやめてほしい。

「まぐれってことで…見なかったことに、しません? お互いのために」
「どうして?」
 また一人。増えた。今度は細目で笑う男だ。全体的に柔らかな女性的印象を受けるが、心で身構える。これはもう癖というより、本能になりつつある。ちょっと身構えなければいけない相手に思えた。

「だって、私マネージャーもサポートもやる気ないですから」
 知ってるでしょう、と桃城に視線を向ける。

「じゃあどうしてここにいるのかな」
 誰かが言った言葉を、頭の中で反芻する。どうして? そんなの、理由なんてひとつしかない。

「敢えて言葉にするなら、越前リョーマがいたから。私はあの子の保護者だから」
 言ってすぐ、頭の後ろに右手のラケットを構える。丁度飛んできたテニスボールが当たって、跳ね返る。ふふん、リョーマの行動なんてお見通しよ。

「保護者?」
「そ」
 言い切ろうとした言葉を、大石先輩が笑いながら遮る。

「麻生さん、竜崎先生はすっかりその気みたいだけど?」
「そこをなんとかしてくださいよ、大石先輩。私、マネージャーなんて絶対やりませんからね」
「そんなぁ~」
 暑苦しい少年を押しのけて、手塚部長の前に立つ。彼は差し出されたラケットとテニスボールを見て眉を顰める。

ーー何故!? なんで睨まれるのさ!!

「そーゆーわけで、お暇いたします。お邪魔さまでした」
 受け取ったところで深く頭を下げて踵を返し、とっとと退散しようとした左腕を強く掴まれる。この位置では左を振り返るだけじゃ、だれなのかわからない。完全に振りかえらないと。

「不二先輩…っ!」
「邪魔じゃないよ」
 桃城の焦った声を遮って、落ち着いた声音が心の波を揺さぶる。

「邪魔じゃないから、もう少し見ていったら? 越前君の保護者なんでしょ?」
 諦めて振りかえると、すぐに腕を離してくれた。桃城は手塚部長ではない、背の高い眼鏡の男に腕を抑えられている。私の目の前の男は、ぬるい得体の知れない笑顔を浮かべている。おそらく10人中9人の女子が心を奪われそうな笑顔だというのに、心は動かない。凍りついたままだ。

「ね?」
「…はい」
 言ってしまったのは自分だからしかたない。しぶしぶ頷いて、また元のベンチに向かいかけ、立ち止まる。

「菊丸、予備のシューズを持っていただろう」
 俯いて、左手の拳を握り締めている桃城から手を離し、眼鏡の男が外はねの男に言う。俯いたままの級友に右手を伸ばしかけ、私は自分の左手でそれを抑えて、顔を背けた。たぶん桃城は、私の代りに不二先輩とやらに抗議してくれようとした。そして、私はそれに礼を言うべきなのだろうが、なんと言って良いのかわからない。それほどに、彼は教室での軽いノリとは違う空気を発している。

「あ、うん。なんで乾知ってんの?」
「麻生に貸してやってくれないか。同じサイズだから」
 わかったと叫んで、菊丸は、少し先の部室のドアに消えて行く。

ーーでも、本当になんで知ってるんだろう、この眼鏡の人。

 イヌイ…乾?て、もしかしてアレか。まさか、噂のアレか。青学中最も多くの情報を握っているっていう、あの先輩か。

「…ぅわ」
 口の中で小さく叫んだ声に、一番近くにいた不二先輩とやらが振りかえる。でも、それどころじゃない。まさか、あの乾先輩がテニス部だったなんて。勝ち目がない。なんてこった…っ

「麻生さん、ついでにジャージに着替える?」
「今日は体育がないから持ってきていないだろう。着替えるなら、俺達のではどれも大きい。1年のが麻生には丁度良いと思うよ」
「じゃ知り合いみたいだから、越前君にでも借りる?」
ーーてゆーか、さぁ。いつのまにかテニスやることになってませんか。

「あの、ですね」
「おーい、越前!」
 桃城に呼ぶなと叫びたいのを堪えて、拳を握り締める。

「あの、ですね。テニスやらないって…」
「あったあった~っ 晴樹ちゃん、はいどうぞっ」
 戻ってきた菊丸に後ろに肩を押されて、態勢を崩したものの、すぐそこはベンチだったのでストンと座る。足に手を触れられ、革靴を履いていた足に爽やかな風が通り抜ける。

「て、何してんですか。あんたわ!」
 騒いでみたところで、掴まれた足はしっかりと固定されている。その足に、やけにすんなりとシューズが収まる。

「おー乾のいったとおり、オレのぴったりじゃん」
「ぴったりとか、そーゆー問題じゃないっ」
「ウェアも貸そっか?」
 もう何を言っても無駄なのかもしれない。

「…わかりましたよ。やってみせればいーんでしょ、テニスを!」
「無理にとは」
 遅いです、手塚部長。

 制服のポケットから黒ゴムを引っ張り出して、髪を高い位置に結わえる。さっきまで邪魔だった首筋がすっきりだ。通り抜ける風が緩やかに、笑って通り過ぎてゆく。風にまで、馬鹿にされてる…!

「わーい、じゃオレとやろ。オレと!」
「後悔しても知りませんからね」
 じゃれついてくる菊丸に苦笑を返し、ついでとばかりに溜息を深く吐き出し、テニスコートに向かう。私の背に、誰かの気配が付いてくる。

「…おい、大丈夫なのかよ。麻生」
 心配するなら、あんたの先輩たちを早く止めて欲しかったよ。桃城。

「一回見れば、諦めもつくでしょ」
 右手で持ったラケットを右肩に乗せ、顔だけ振りかえって笑った私を見て、桃城は口元を引き攣らせている。

「だな。てか、本気で制服のままやんの?」
「乾さんのいうとーり、今日体育なかったし。しょーがないじゃん」
「………」
「あ、スパッツは履いてるよ。もちろん」
 見るかと聞くと物凄く慌てて、赤くなった顔で首を高速に振っている級友は、やっといつもどおりだ。つられて、私も笑う。

 学校のテニスコート、目立つからやなんだけど。負けるのは趣味じゃない。でも、勝ったらもっと面倒なことになりそうだな。いくらなんでも青学レギュラーに勝てるかどうかなんて、わかりきったことだけどさ。やっぱ諦めてもらうには手っ取り早いよね。

 一歩足を踏み入れたテニスコートは、リョーマの親父のテニスコートとは全然違う風が吹いていた。

あとがき

あ。タカさんがいない。海堂がいない。
…ま。いいか。<超アバウト。
不二視点、けっこうむずかしー。
次の菊丸vsは誰視点にしようかな~。
(2003/09/11)


菊丸の台詞だけ書き直し。
(改訂:2003/09/17)