テニプリ>> B-girl>> B-girl - 11)校内戦

書名:テニプリ
章名:B-girl

話名:B-girl - 11)校内戦


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.10.1
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4324 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:麻生/晴樹
1)

前話「B-girl - 10)早朝の日課」へ (大石視点) (晴樹視点) あとがきへ 次話「B-girl - 12)賭け」へ

<< テニプリ<< B-girl<< B-girl - 11)校内戦

p.1

(大石視点)



 校内戦の最中、ここにはあまり人は来ない。来たとしてもそれは、手塚や不二の試合を見たいという女子生徒が主だ。近づいてくる足音に目を向け、柔らかく微笑んでみせる。しかし、返されるのは作りモノの笑顔だ。

「おつかれさまです、大石先輩」
「おつかれ、麻生」
 まっすぐに視線を合わせてくるのはおそらく彼女のクセ。けっして怯まない瞳には、まだ静かな炎が見える。俺の後ろのボードに向けられた時だけ、その視線は和らぐ。

「…順調ね」
 満足そうな呟きと作りモノではない笑顔が現れる。

「越前かい?」
「他に誰かいます?」
 保護者だと自称するだけあって、悔しくなるぐらい彼女は越前しか視野に入っていない。向きを変えると笑顔はすでに作りモノで、よくそんなに変化させられるなと、別な意味で関心する。

「いや」
 麻生の気にする越前は、まだ1ゲームも落としていない。思った以上にやってくれるし、部内では良い刺激を与えてくれる。竜崎先生がお目当てにするほどもあるわけだ。かしゃんかしゃんと散らばったペンを、ペン立てにいれる細い指が目に入る。

 先日の試合の後のことを思い出す。

 まさか英二が麻生を抱えて戻ってくるとは思わなかった。あそこで「マネージャーおっけーだってー!」と叫んだ時点で、麻生の運命は決まってしまったも同然。彼女の「言ってない」という叫びも聞えたけれど、英二ばかりでなく、俺だって君が気にいってしまった。それにあのプレーを見て、何人が麻生の左目に気がつけただろう。手塚と俺と乾は知っているし、おそらく越前も知っているのだろう。知っていなければ気がつかなかった。あの英二にアクロバティックで追いつけるなんて、並みの人間だって大変なのに、片目で出来るとは思わない。

「なに、見てんですか?」
「綺麗な指だなって思っただけだよ」
 指を止め、こちらに向けられた視線は、本気で嫌がっていた。

「目、悪いんじゃないですか?」
 空ドリンク回収しますね、と言って今度は散らばっているボトルを抱えてゆく。軽いから重量はないし、彼女が抱えていて転ぶことなんてないだろうとも思うけど。

「手伝おうか?」
 その申し出は、気遣いとは違う風に取られたらしい。

「喧嘩売ってるつもりなら、買いますよ?」
「別にそんなつもりじゃないって…」
 どんな言い方をしても斜めにしか受け取ってくれない。半年前に会った時と比べると、まったく正反対の反応に、俺はまだ戸惑っている。

 剣呑さを増す麻生と、戸惑う俺の空気が入り混じる。抱えこみきることなどできないほどに鋭い視線が、越前以外に向かって笑うことなどない。あるとすればそれは全て、麻生が意識して行っていることばかりだ。君の本当の笑顔はどこに行ってしまったんだろう。

「すげぇ! 二連勝だ!!」
 フェンスの向こうで沸きあがる歓声に、視線が逸らされる。鋭い空気が和らぎ、心配の色合いが増してゆく。

「大石先輩」
「なに?」
「あと、お願いします」
 彼女が踵を返し、校舎に姿の消えたすぐ後に、1年同士連れ立って、越前が姿を見せた。

「Dブロック、越前リョーマ。6-0っス。メシ食って来ていいっスか?」
 2試合目を終えたばかりだというのに、汗もかかずに平然としている。ペンで「6-0」と書く。

「よし、OK」
 振り返ると、越前たちは1年同士で部室へと向かってゆく。校舎に向かった麻生とは会わない。そのことに安堵している自分が居る。

 初めて、あの保健室に飛びこんで来た君を見た時から惹かれていたといったら、麻生は驚くだろうか。自分もあちこちに痣やキリ傷を作っていたのに、同じだけの背丈がある女子生徒を抱えてきて、なによりその子を優先して。とても一生懸命な麻生に惹かれたんだ。自らを省みない優しさに触れてから、忘れられない。忘れたくない。全部を無くしてしまったわけではないと、信じて欲しい。その優しさはたしかに君の中にあって、誰も傷つけないように生きてる。

 今はまだ、信じてもらえないだろうけど、応援しているんだ。麻生がまた立ちあがれるように。その力を、僕たちはあげられるかもしれないから。だから、竜崎先生は麻生にサポートを頼んだのかもしれないし。

 半年前も今も変わらない、まっすぐに背筋を伸ばして歩く後姿を思いだし、小さな微笑みが零れた。



p.2

(晴樹視点)



 ぱちりと小さなホチキスの音が続いている。机の右側にそれを置く。左側には山となっている三枚の書類。単純に纏めるだけの作業だが、この単調さはなかなか骨が折れる。つまり、飽きる。

「…はぁ」
 教室には私ひとりしか居ないが、仮に居たとしても手伝ってくれるような友人関係は築いていない。バスケをしなくなってから、部の友達は私を敵視するようになっている。それは辛いことでも合ったけれど、それ以前にバスケ関係以外の友人がいないことにやっと気がついた。気がついてからでは全てが遅かったのだけれど。

 窓の外は、もう午後の試合が始まっている。上から見えるコートに、桃城が見える。羨ましいほどに高く、飛ぶ。私にはない翼を持っている。開けていないのに聞こえてくる歓声。あの中に、私もいたのに。

 上を見上げる桃城と目が合いかけて、慌てて逸らせる。見ていたなんて、誤解されたくない。ドアのガラガラと滑る音に、身体ごと向き直ったのは、そのせいだ。

「今度はなにやってるんだい?」
 先ほど見たばかりの、優しそうな青年の姿がある。

「何しにいらっしゃったんですか、大石先輩」
 いけないと思いつつ、過去の自分を知っている人物となると自然と表情も声も強張って、喧嘩腰になってしまう。それでも気にしないでいてくれたのは、級友の桃城ぐらいだ。リョーマは別格。

「麻生はお昼食べた?」
「まだ仕事が残っているんで。終ったら適当にします」
「仕事って、それ?」
 いつからか身についてしまった作り笑いは、本当の笑い方がどんなだったかなんてコトを忘れさせている。

 彼はまっすぐに歩いてきて、麻生の前に座ると、3枚の紙を纏めて、互い違いになるように置いてゆく。それを始めてから、私も慌てて作業を続ける。

「あの…?」
「ひとりでやるより、二人でやるほうが早いよ」
「確かにそうですけど、大石先輩は試合は?」
「今はお昼休みだよ」
 止まることの無い手つきに追いつかれる前に、パチパチリとこちらもホチキスをしてゆく。

「そうではなくて」
「早く終らせれば、君もお昼が食べられるよ」
 別に私は試合に出るわけでもないのだから、好きにしてイイのだと思うのですが。

 私の疑問はそのまま顔に映し出されていたらしく、プリントを纏めて一瞬上げた顔は微笑んでいる。とても、優しく。窓から差し込む柔らかな陽射しと同じ顔をしている。

「コレ、終ったら帰るだけなんですけど」
「メシ食ってかないの?」
 いや、本当はこんなものを頼まれる前に帰る予定だったんですが。

「越前の試合は見ていかなくていいのかい?」
 保護者でしょ、と。だんだんそれが常套句のようになっている。そのせいで、何度も何度も何度も! 引き止められて良いことがあった例が無い。

「必要無いでしょ」
「でも、午後の対戦相手はレギュラーだよ?」
 午後の対戦相手は、海堂薫。桃城から何度も愚痴を聞かされたから、よく知っている。しつこいテニスをするやつだと。でも食い下がっていくには、それなりの体力も要するはずだ。体力が要るってことは、努力もしているってことで。

「…必要、ないですよ。あいつには」
 私がいなくて、勝つに決まってる。あの負けず嫌いだもの。

 パチリ、と。しばらくその音だけが響く。静かな教室で時間はなかなか進まないけど、効率良くプリントは減っていった。窓側に陽射しが差し込む。

「大石先輩は、試合は?」
「あるよ」
 平然と返ってくる返事に顔を上げると、彼は楽しそうにプリントを纏めている。なにがそんなに楽しいのか。

「で。昼飯は」
「これが終ったら食べるよ」
 時計を見る。午後の試合は何時からだってあったかな。

「だから、早く終らせよう」
 テキパキと進められる彼につられて、こちらもパチリパチリと作業を進める。

「いえ、終わらせようじゃなく食べてくださいよ」
「これが終わったらね」
 たぶん私も手を止めて、この人を追い出せば良いのかもしれないけど、ちょっとぐらい手伝わせてもいいかという自分の甘さも否めない。たしかにふたりでやる方が断然早く終わる。

 予測というか憶測というか推測でもなんでもないかもしれないが、この人物は口で言って退いてくれる男には見えない。だったら、さっさと終らせるしかない。

 決意したとたん、彼は席を立った。思ったとたんにそれと反対のコトをされると、どうしようもない怒りが芽生えるのは、晴樹でなくてもそうだろう。

 ガチッ

 切れの悪いホチキスの音に手元を見やると、挟もうとして失敗した芯が不恰好に折れ曲がっている。そのままというわけにはいかないので、ホチキスを逆に返すものの、誰がやったのか、そこにはあるべきものがない。こういった場合に折れた芯を簡単に取り除けるように付属された、普段ならまったく気にもしないような部分は、明らかに作為的に折り取られていた。

 心の中で舌打ちをし、ホチキスを机に置く。左手にプリントを持って、右手で芯のひしゃげた個所をなぞる。右手の親指と人差し指の爪を立て、両目を閉じて、一度深呼吸をする。ホチキスの芯を取るぐらいで心の準備も何も関係ないが、視線を集中させなければ行けないので、晴樹にとっては一気に勝負をかけなければならないところなのだ。

「っ!」
「…俺やろうか?」
 ぐぐぐっと、芯が持ちあがっている気はまったくしない。学校用のホチキスの芯はどうしてこんなに堅いのか。

「麻生」
「――お願いします」
 目の前に差し出された手に素直にプリントを渡す。大石が取ってくれている間に、ポケットからハンカチを取り出し、目尻に浮かんだものを拭う。集中するとすぐにこれだ。

「指、大丈夫かい?」
「はい」
 椅子を引く音に、顔を上げる。彼は別のホチキスを手にプリントを整え、束ね始めた。どうやら、さっきは別のホチキスを探しに行っただけらしいと安堵する。

――安堵? どうして?

 たしかにひとりでやるより二人のが早く終るに違いない。この先輩はどうしてこうも優しく頑固なのだろうか。

「大石先輩」
 嬉しさかなにかでこみ上げてくる笑いを喉もとに引き止め、席を立つ。このままでは校内戦に支障が出まくりだ。

「私の負けです。先にお昼食べちゃいましょう?」
 その言葉を待っていたとばかりに、彼は綺麗に微笑んだ。

 教室を出る前に締めた窓からは、明るい笑い声が聞えた。

あとがき

大石先輩で繋いで、どうしようってんだ。自分。
つかありえない!校内戦の最中になんでいるのさ。副部長!?
ちょっとどこにメシ食いに行ったのか気になったので。書いてみた<ぇ。
(2003/10/01)