学校、あんまり行きたくない日だった。別に何かあるってわけじゃないんだけど、何もないのが不満というか。でも、こんなに晴れた日に教室なんかで勉強するのはもったいないの思うの。とかなんとか気持ちを誤魔化して。それでも真面目な私は、とりあえず行っとくかなぁとかなんとか呟きながら、バスを何本も見送った。バス停のベンチに座って本を読んでいる私に、誰も声をかけて来ない。
まぁそんなものだ。
左腕を引き寄せて、時計を見る。10時47分。どおりで制服姿を見なくなったわけだ。腕を伸ばして、硬くなった体を解す。空に向かって伸ばした手をそのまま後ろへ引っ張られる。
「お。青学さん発見。らっきー」
そのまま上に向けても空は映らなくて、逆さまの男の子の顔が映る。
ーー悪くはない。
「ねえ、青学まで案内してくれない?」
言われたとたん、ずいぶんな顔をしてしまったらしい。彼の瞳が、不思議色に変化する。
「えーっと」
そんなことより、何故私は見ず知らずの他校生に腕を掴まれているんでしょう。
「腕離して」
「あ、ごめん」
左足を軸にくるりと回転する。向きあった彼はやはり背が高い。髪は陽光のせいも相俟って、明るいオレンジ色に見える。
「名前」
「俺? 千石…」
「センゴクさんって、青学に何の用事なんですか?」
「清純」
「キヨスミ? なんですか、それ」
「俺の名前」
直球で聞くと、そのまま返ってくる。彼は陽気な笑顔を振り撒きながら、ポンポンと私の頭を軽く叩く。あやされているみたいだけど、別にだからなんだって感じで。不思議とイヤな気分はない。むしろ彼の言うように、ほんの少しラッキーかも。
「青学なんかに何の用事ですか?」
「なんかって、君の行ってる学校でしょ?」
「キミじゃありません。高遠夏樹です」
ピッと立てた一本指に目を丸くし、明るい声で笑い出す。釣られて、私も吹き出す。
「教えてあげても良いですよ。ただし、私に付き合ってくれたら」
「いいよ。キミ面白いし」
む。
「キミじゃありません!」
「はいはい、夏樹ちゃん、ね。じゃ、そこの喫茶店でお茶でもどう?」
腕ではなく手を掴んで、引き寄せられる反動で転びかける私を支える腕はとても固くて強い。
「千石さんのおごりなら」
態勢を立て直しながら言うと、笑い声が降ってくる。
「夏樹ちゃんが、名前で呼んでくれたらイイよ」と。
なにかを抗議しようと見上げた空が眩しくて。瞳を閉じる。空から雲が降りて来て、私を捕まえる。
「よろしく、夏樹ちゃん」
多大に誤解されていると気が付いたのは、もう少し経ってから。でも、訂正するよりもこれから面白くなりそうな予感の誘惑に勝てなくて。
「…はい」
間抜けな返事を返してしまった。