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書名:読切
章名:SF/魔法系

話名:モノカキさんに30のお題 - 01. はじめまして


作:ひまうさ
公開日(更新日):2004.4.14
状態:公開
ページ数:4 頁
文字数:7759 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 5 枚

モノカキさんに30のお題(01)

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p.1

 目の前に広がる一面の青、蒼、藍。藍色の闇が少しずつ俺を侵食してゆく。自分が消えてゆく予感が、する。なんでもないことなのに、どうして俺はこんなにも焦っているのだろう。

「そうだ、なんでもないことだろう?」
 あぁ。そうだ。なんでもないことだ。

 でも、決して失ってはいけないものだ。

 力の抜けているのに抗い、目を開く。青い蒼い水が神経を麻痺させてゆく。このまま消えてしまうのかもしれない。

「楽になってしまえ」
 いやだ。

「何故」
 楽になんて、なりたくはない。俺は、俺のものだから。全部の罪を背負って生きていくものだから。だから、楽になんて、なりたくない。

「変なやつだな」
 そう、かもな。そもそも俺はいったい何と話をしているのだろう。ココには俺一人しかいないのに。

「見えぬのか?」
 いいや、見えている。一面の藍が見えている。

 いや、そもそも俺はどうしてこんな青い場所にいるのだろう?

「オマエがワタシノ中へ飛び込んできたのだ」
 ああ、そうだ。たしか、雨が降っていた気がする。



p.2

 学校から家まで、バスを途中で乗り換えるか、途中から歩くか。俺には常に、二つの選択肢が用意されている。通学路を通るバスが少ないせいだ。だから、大抵の日を俺は歩いて帰る。

 中途半端な田舎道は時折車が通るぐらいで、時間によっては人通りも少ない。今日は早退したせいでまったくない。早退も自分の意志ではなく、三八度二分も熱があるから帰れというように半ば強制だ。迎えに来るという母を説き伏せて、歩いている。

 バシャバシャと川で跳ねる音は小学生か何かだろうか。まだ川遊びには早い時期だというのに、彼らにはまったく関係が無いらしい。

 バス停で待っていると天気雨が降ってきた。鞄から折りたたみの蒼い傘を取り出して差す。常に持って歩きなさいと母に渡されたものだ。雨でも降らない限り邪魔にしかならないものだが、今は少し助かる。こういう気まぐれの雨は予報のしようがない。

 まだ川遊びをする声が聞こえる。ここの川は見た目よりとても深い。だから、大抵の大人はここで遊ばないように言う。だけど、そういわれると行ってみたくなってしまうものだ。

「おーい、何してんだ?」
 橋の下を見下ろして声をかけてみる。一瞬目の前が暗くなった。

「魚がいるんだ!」
「魚ぁ?」
「みたことねーぐらいでっけぇの!!」
 妙だ。この時期に魚なんて、泳いでいただろうか。

 少年たちの指差す水面を、目を凝らして覗き込む。

「な、いるだろ?」
「…いない…」
「ちゃんとみろよっ」
 もう一度、川面に目を凝らす。水に映る自分が歪んで見える。

ーーと、急に目の前が暗くなる。身体に力が入らなくなり、欄干で支えていた体がぐらりとゆれる。



p.3

 あぁ、俺、川に落ちたのか。

「そうだ」
 お前の中に落ちたってことは、さっきから話しているのは…川? ーーありえない。

「否定するのか。さっきから同じことをしているぞ」
 とにかく、オマエがなんでもかまわない。助かるにはどうすればいいのか教えてくれ。

「助かると、思っているのか」
 さっきも言ったように俺は生きなきゃいけないんだ。なにより、母さんを哀しませたくない。あの人を泣かせたくないんだ。

 一時止まっていた青の侵食が始まりだす。もう、だめかもしれない。でも、こんなわけのわからん奴がいるなら、助かる見込みはゼロじゃないと思う。

「しかし、ワタシにはオマエを助ける理由がないぞ」
 ずいぶんと楽しそうに言ってくれる。こちらはもう考える時間が少ないってのに。神様だったら、こんな俺でも無条件で助けてくれるんだろうか。

「それは人間にとって都合のよい神であろう。我らはただ在るだけだ。見守ること以上の権限はない」
 権限なんて、関係ない。

「それでは、交換条件と行こう」
 ずいぶんケチなんだな。

「時折その身体をワタシに貸してもらう」
 なんだ、それ。

 侵食は止まらず、ざわざわと青、蒼、藍色と色を深めてゆく。

「条件が飲めるか? もちろん、ただ借りるだけと言うわけにもいかんが」
 殺人とか、犯罪とかする気じゃないよな?

「見損なうな」
 急に周囲の水が冷たくなる。冷たさに、押しつぶされそうだ。

「力こそ弱くなったが、ワタシは川の主。殺生は好まぬ」
 なんでもいい。それでいいから、早く助けてくれ。藍色でもう何も見えない。

「それは、まずい。急いで上へ!」



p.4

 急に入ってきた空気に咳き込むと、ゴボリと水が吐き出されてくる。なおも咳は止まらないが、合間で新鮮な空気を吸い込む。

「すまん、人間はあまり丈夫ではなかったのだなっ」
 傍らから聞こえる声に、咳き込みながら顔を向けようとしたが、あまりの苦しさに涙目になっていて歪んだ色がぐちゃぐちゃしている。

 背中を叩く手は小さめで、とても細い。

「…だ…、」
 誰だと声に出そうとしたが、咳で言葉にならない。

「苦しいのかっ? 苦しいんだなっ?」
 重く纏わりつく服の感触、冷えてゆく身体が生きていることを実感させる。

「さ、さみぃ…っ」
 このままでは熱があがることも必死だ。せっかく助かったのに、今度は肺炎か。せっかく助かったけど、生きていられる自信が、ない。

「おい、こっちをむけ!」
 額になにか硬いものが当る。それが冷たさを伝えてくる。石ではないが、人間の温もりが在る。

「オマエの名は?」
「川島、直樹」
 考える前に、勝手に話してしまう。目の前の人物はかすかに笑ったようだった。

「いい名だ。ーー 川島直樹の身は姿川主が依り代、契約の元に我を受け入れん
 すっと急に苦しさがなくなる。代わりに、自分の身体を見上げている俺がいる。…見上げて、いる?

「これは、苦しいわけだ。ーー 川の水よ、引け!
 俺の身体に纏わりついていた水がざあっと引いてゆく。

「不便なものだな。人間の身体というのは」
 俺が変な話し方をしている。いやいや待てよ。俺はここにいるんだから、そこにいるのは俺の身体であって、俺じゃなくて。

「お前は誰だ!」
 俺の制服の襟首をつかんで揺する手は細くて白い。声は、声も高く、細い。いやいや待てって。

「思ったより居心地がいいぞ、お前の身体」
 にかりと意地悪そうに笑うのは、確かに俺じゃない。

「返せ、俺の身体を返せっ!」
「今返しても、オマエじゃ動けぬと思うぞ」
「いいから、返せっ」
 ごんっと思いっきり額をぶつけると、視点が逆転して身体が重くなる。さっきまで、あんなに軽かったのに。視界が揺れ、その場に仰向けに倒れる。水色の青空が広がっていて、とても綺麗だ。雲がぐらぐらゆれている。

 空が翳り、長い黒髪の少女が俺を覗き込む。着ているのはいわゆる巫女装束という奴だ。神社でよく見る格好なので、それぐらいはわかる。黒髪は白い紐のようなもので一括りにされている。

「ほれ、言ったとおりだろ」
 服が乾いている分、熱を奪われることはなくなっているものの、奪われなくなった熱が急速に上昇し、逆に寒気が襲ってくる。

「お、お前…」
「いいから大人しくワタシに貸しておけ」
「…いやだ」
「今、オマエに死なれては困る」
 泣きそうな顔で言われて、少しひるむ。こいつは、何なんだ? 誰、なんだ?

「借りるぞ」
 近付いてくる白い顔はとても整っていて、見開いたままの黒目に吸い込まれそうで、慌てて閉じる。

 次に目を開くと、今度は俺の身体が起き上がるところだった。

「お前、誰だよ。なんで、俺の身体を勝手に」
「契約しただろう。借りると」
 今度ははっきりとしている頭で考える。契約っていうのは。

「…いや、だから、あんたは何なのかって聞いてんだけど」
 聞いているのかいないのか、俺の身体でそいつは俺を引き寄せて、抱きしめる。

「久々に澪に会えたな」
「聞けよ、人の話を」
「そんな言葉遣いはいけないな。霊力が低くなってしまうぞ」
 聞いちゃいねぇ。

「俺の話を聞けっ!」
「聞いてるぞ。ワタシはこの川の主だ」
 あっさりとした言葉に毒気を抜かれかけ、楽しそうな鼻唄に気がついて体勢を立て直す。

「こうして人間と話すのは何年振りかわからんのでな、話し方に関しては」
「川島ぁ! お前、早退したのに何してんだよっ」
 友人の声に顔を上げる。

「北見…?」
「友人か」
「あぁ。ちょっと休んでるところだっ」
 川島は俺のほうを見ない。

「水が気持ちよくてな、休んでいるところだっ」
 川主と言った俺が返すと、それにはしっかりと返事が返ってくる。

「…おい、もしかして、今の俺って誰にも見えないわけ?」
 北見が帰った後、俺たちも帰路につく。楽しそうに俺の前を歩く人物は背筋をピンと伸ばして、軽やかに歩く。熱で相当重くなっているはずなのに。俺の前をスタスタと歩いていってしまって、俺はそれよりももっと早く歩かないと追いつけない。

「当たり前だ。その身体は澪に似せて作っただけだからな。ワタシとオマエにしか見えないぞ」
 なんてことだ。約束なんて、簡単にするもんじゃない。

「契約解除とか、」
「できぬよ。ワタシは方法を知らん」
「そんな…っ」
「あきらめて、ワタシに貸しておけ」
 でも、戻す方法はなんとなくわかった。頭突きすればいいんだ。

「とりあえず、母さんの前では返してくれないか?」
「何故だ?」
「頼む」
 家の玄関の前で、ふっとまた感覚が変わる。が、ここで気を抜いてはいけない。足を踏ん張って、立つ。

「ただいま」
 玄関の前で母がいつもの微笑を浮かべている。

「おかえりなさい、ナオ。具合は?」
「たいしたこと無いよ。ちょっと熱あるだけ」
 靴を脱いで通り抜けようとした腕をつかまれる。

「あらあら、かわいらしいお嬢さんね。直樹」
 振り返ると、川主も驚いていたようだが、すぐに姿勢を正す。

「はじめまして、ワタシ、川主と、も、いいます」
 つっかえている辺り、動揺がうかがえる。母はこういうところがあるから侮れない。

「はじめまして、川主さん」
 母につかまれた腕が酷く重かった。

あとがき

ハジメマシテ。心機一転、ハジメマシタ『モノカキさんに30のお題』。
リニューアルですっきりしたので、ちょっと書いてみました。
シリーズ名をつけるなら、依り代シリーズ? ちょっと違いますね(笑)。
ここまでの登場人物は、川島直樹、川主、澪、北見、川島(母)でした。