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書名:読切
章名:SF/魔法系

話名:モノカキさんに30のお題 - 28. 記憶


作:ひまうさ
公開日(更新日):2005.8.26
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4434 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
モノカキさんに30のお題(28)
(魔女のメモリー)
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p.1

 自分がものすごく一般的な人間というのはよくわかっているけれど、あえて他人に言われるのはあまり良い気はしないものだ。それも、今初めて会った、通りすがりの子供になんて。

「おにーさん、おもしろくない人生送ってるねぇ~」
 なんなんだ、この子供は。

 黒いズボンに黒いシャツ、平べったい革のショルダーバッグを背負った小学生は、子供特有の透明な視線で俺を見つめている。

「そんなあなたに朗報です」
 子供はやけに明るい声でこんなことを言った。

「新商品、古代魔法使いの記憶(メモリー)を買いませんか?」
 からかわれているようだ。俺は少年を無視することにした。それでも、少年はあきらめることなく話しかけてくる。

「あはは、からかわれてると思ってる。でもそんな風だと絶対後悔しますよ。あのときみたいに」
 少年の言葉でふっと昔の失敗を思い出す。だれだってよくある、小さな後悔のひとつを。

「あのとき彼女の気持ちに気がついていたら、きっと今は全然違ったかもしれない。もしかすると、結婚だってしていたかもしれない。そして帰宅すると彼女が出迎えてくれて、こういうんだ。「おかえりなさい、アナタ。お夕飯とお風呂、どっちを先にする?それともわ」」
「やめろ」
 最近の小学生は大人の小さな傷口に濃塩でもすり込むような教育でもされているのか。いやな時代になったもんだ。

「小学生に言われるのは、気にくわないって顔してるね」
「わかってるなら、口を開くな」
「じゃあさ、うちの店に来てよ。大人が説明すれば信用するんでしょ?」
 聞いちゃいねぇ。

「えーっと、じゃあ、サンプル!これ気に入ったら、ここに来て!」
 何かを押しつけるように渡すと、小学生は慌てたようにどこかに走っていった。その直後、物騒な黒服の集団が少年を追っていったが、まぁ俺には関係ないことだ。

 少年が押しつけてきたものを確認してみる。それは手のひらに簡単に収まってしまうようなUSBメモリだった。



p.2

 いつもどおりの一人の夕食を食べてから、少しの仕事をし、パソコン終了する間際に少年にもらったUSBメモリを思い出す。木の板みたいな、というかそのものようなUSBメモリには表面に削ったような痕があり、その上からマジックで「メモリーショップ アラキ」と描いてある。とりあえず、ふたを開けてみると、ふつうにUSB接続端子がついているので、パソコンで読み込んでみることにした。

 時間はそれほどかからず、すぐに画面全体がブラックアウトし、真ん中ら辺にRPGゲームでみるような典型的な魔法使いの格好をした二等身のアニメーションが表れる。

「このたびは、メモリーショップ アラキをご利用くださいましてありがとうございます」
 さっきの少年よりやや高めの声で、その魔法使いが説明を始める。

「当メモリーを使用するにあたり、アナタにその資格があるかどうかの質問をさせていただきます」
 おいおい、メモリーの使用資格ってなんだよ。ぱっと画面が切り替わり、大きく「YES」と「NO」のボタンが表示される。

「質問に該当するばあいは「YES」をクリックしてください、該当しない場合は「NO」をクリックしてください。全ての質問には、正直にお答えください」
 そこで、しばらく待ったが何も起きない。マウスを使って画面の「YES」をクリックすると、先ほどの魔法使いがYESとNOの間に現れた。

「では、質問を開始します」
「質問、あなたは恋人がいますか?」
 めちゃめちゃ個人的なことじゃねーか。と思いながらNOを押す。

「生活に潤いが足りないですね。もっと積極的にいかないと!」
 ほっとけ。いらねぇよ、そんな個人的なアドバイスは。

「質問、今までに犯罪を犯したことはありますか?」
 お、まともな質問。YES。

「うそつき」
 まてこら。

「質問、これから人道に外れるようなことをしてみたいですか?」
 なんだそれは。NO。

「つまらない。つまらないよ、アナタ! 人生、もっと冒険に生きないと!!」
 てか、うるせーよ。

「あーほんとにこんなつまんない人がいるんだねぇ。やる気なくなってきたなぁ」
 まだ続いてるし。なんか画面上で後ろ向いてしゃがみ込んでるし。ずいぶんこったゲームだな。

「別の世界っていうから、もっとおもしろい人でもいるかと思ったのになぁ。てゆーか、もしかして、こいつがつまんないだけ?ねぇ、そうなの?」
 聞くなよ。尋ねるなよ、俺に。と、NOと押してみる。とたんに、頭に響くような声が聞こえる。

「えーーーーーーーーーーっ、うそマジで?だーまーさーれーたーっ」
「あーうるせぇ」
 いっそ止めてやろうかと、エスケープキーを押してみた。が、画面上の魔法使いは暴走を続けるばかり。なんだよ、システムエラーか?と、コントロール・オルト・デリートキーを押してみたが、ダメだ。あまりやりたくないが、主電源切ってみるか。

「あー無駄だから。これ起動した時点で、このパソコンは私の支配下に置かれた。うははははっザマーミロ」
 なんだ、これ。USBを引っこ抜いてみる。だめだ。消えない。もうハードに自動インストールされてんのか。巫山戯てる。

「だーかーらー無駄なの。あきらめろよ」
 最後の手段で、電源コードを引っこ抜いた。パソコンはダメになるかもしれないが、そんなもの直せばいいし。

「人生諦めが肝心よ?」
 画面もついていないのに、パソコンもついていないのに、それはまだしゃべっていた。それどころか、目の前にもやもやとしたものが浮かび上がってくる。

「う、わーーーーーーーーーー!!なんだおまえ!なんだおまえ!!なんなんだよこれ!!!」
「あはは、驚いてるっ」
「おどろくわっ」
 そいつは動揺している俺を指さしてケタケタと腹を抱えて笑い出した。初めは驚いていたのが、だんだんと落ち着いてくると、無性にそれがむかついてくる。

 それでも笑い続ける魔法使い。

「おい、いい加減にしろよ。てめぇ」
 自分でも出したことがないくらい、ドスの効いた声が出た。魔法使いの笑い声もぴたりと止まる。しかし、その顔はにんまりとしていて、優越感を噛みしめているようだ。

「アナタ、気に入ったよ。結構面白いじゃん」
「俺は面白くねぇよ」
 トン、と魔法使いがその腕にいつの間にか持っていた杖で、床を軽く叩く。同時に視界全体が暗くなり、椅子に座った俺と魔法使いの二人だけの世界になった。

 おいおい。これは、なんの冗談だ。手の込んだドッキリかなんかか?

 いぶかしむ俺の前で、にんまりとした笑顔でそれは言った。一瞬、その体のあちこちに光が瞬く。気のせいかと目を押さえた。

「私の記憶の一部をアナタにあげよう」
 記憶?

「ぶっちゃけ、全部は無理なんだけどね。取引に来た奴との約束でさ。それでも、少しぐらいなら魔法も使えるし。もっと知りたかったら、私の記憶を渡した奴に頼めばーー」
 記憶をもらうだけでそんなことができるなら、そんな楽なことはない。でも、もしも使えるようになったら、という考えが過ぎる。

 もともと別に俺は普通とか気にしたことはなかった。ただ普通の枠を外れることが怖かっただけだった。そうして、ふとまわりを見てみると、みんなそれぞれ違う所があって、俺だけが何もなくて、普通すぎてつまらないとまで言われる始末だ。

 わかっていてもはみ出せなかった俺は、もう何もかもがどうでも良くなってきていて、それで。

「なーに、考えこんでんのかね。この人は」
 目の前にぬっと魔法使いが顔を突き出す。人懐っこそうな顔で、不思議そうに俺を見ている。そこまで近づかれて、俺はようやく気がついた。画面上は二等身だったけど、こうしてみるとよくわかる。体にフィットするそのローブ姿は、まぎれもなく女性のものを形作っている。それも、かなり極上のスタイルだ。ゴクリ、と喉が鳴る。

「私からすれば、普通っていうのはかなりうらやましいよ。魔力もない、特別な能力があるとかでもない。普通に生きていけるのは実はすごい幸せなんだ」
 さっきまでとは違う、少し寂しそうな、辛そうな顔で笑う魔法使い。普通であることが幸せかなんて、考えたこともなかった。普通って言うのはつまり個性がないってことだとか言われたりとかしたし。

「あんたは、幸せじゃなかったのか?」
 そう尋ねると、とたんにそんなはずないじゃないと言い換えされる。でも、ほんの少しだけ違う風に聞こえた。

「尽きることのない魔力はあるし、けっこうもてたし。とっても楽しいわよ」
 でも、記憶を捨ててしまおうと思ったわけで。

「あーもうごちゃごちゃ煩い。さっさと受け取りなさいっ」
 ごまかすように、彼女は俺の額に自分の手を添えた。ふれられた箇所がほのかに温かい。彼女が目を閉じるのにつられ、俺もその目を閉じる。

「転送(インポート)します」
 聞き慣れた言葉が魔法的な響きを帯びる。

「おい、いいのか?」
「転送中です。話しかけないで」
 見ている前で彼女の姿が薄れてゆく。

「え、」
「あ、もしも魔法が使えるようになっても、一日一回限りよ。それ以上は体に負担がかかりすぎる。寿命を縮めるから」
「まてよ。勝手にしゃべるだけしゃべって逃げる気か?」
「そうよ」
 目を開ける。そこはもう俺の部屋で、彼女の姿はどこにもない。たちあがり、狭い家の中を走り回る。だって、ついさっきまで目の前に居たのに、俺の前でケラケラ笑っていたのに。触れた手だって温かかったのに、全部データなのか?

 家の中に自分以外誰もいないのを見て、またパソコンの前に戻る。部屋に入ったところで足下が何かに当たった。なんだろう、暗くてよくわからない。

 頭の中に急に灯りのイメージが起こる。彼女の声で頭の中に響く言葉を復唱すると、自分の手のひらに光のボールがあった。ふれない距離で、だけれど手のひらからも離れない位置でふよふよとそれは浮いていた。

 本来ならば驚くべき事態なのに、もうずっと良く知っているような感覚になる。そして、納得した。記憶をあげるというのは、まさにこういうことなのだろう。

 パソコンの電源を入れ、立ち上げる。そして、さっき拾ったUSBメモリを接続する。でも、今度はなにも起きない。フォルダーを開いてみると、中には何もなかった。空っぽだった。

 手のひらの光が弱まってくるのを感じて、部屋の電気を点ける。もうすっかり夜も遅い。

「…寝よう」
 明日は休みだ。さっさと休もう、そして、このUSBをくれたショップに行ってみよう、と俺はベッドに入った。

 どうしてももう一度会いたかった。魔法なんて使えなくて良いから、彼女に会って言いたいことがあった。



*



 夢を見た。小学生の俺と魔法使いの彼女が一緒に遊んでいた、という奇妙な夢だった。

「俺ね、普通だけど、魔法とか使えないけど幸せだよ」
 他愛ない俺の言葉に彼女は嬉しそうに頷く。夕暮れに、公園の六時の音楽が流れる。

「また遊ぼうね」
「うん」
 他愛もない約束をして、俺たちはお互いの家に帰っていった。

あとがき




急に浮かんできた。うわ、久々にちょー楽しーっっっ
どうしよ。続きとか書きたいかもっ
(2005/08/26)