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書名:読切
章名:お嬢様と執事

話名:12. 罪


作:ひまうさ
公開日(更新日):2004.8.23
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4047 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
モノカキさんに30のお題(12)


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p.1

 目の前が暗くなる。それは、どこまでも繰り返される、残酷な唱のようだった。

 知っていたら避けられたかというと、それは絶対に無理だと思えた。どのぐらい前まで遡れば、その呪縛から逃れられるのか、見当もつかない。



 晴れた日の青い空を覚えている。とてもとても青くて、吸い込まれそうだった。青空の下の柔らかな緑の芝生に、一人の少女が座っている。空と同じ色のスカートを履いて、足を投げ出した上に分厚い本を抱え、片手には小さなメモ帳とポールペンを握って。

 そんな不自然な体勢のまま眠っていた。

 仕事をしていたはずがいなくなっているし、探してみれば、無防備にこんな場所で眠っているとは。もう少し警戒心を持って欲しいものだ。

「アルト様」
 軽く肩に手をかけて、揺り動かす。姿が揺らぎ、私の腕に寄りかかる。こんな場所で熟睡とは。警戒心がないにもほどがある。

「起きてください、アルトお嬢様」
 何度か揺らしたが、やはり起きてはくれない。一度眠るととても深い眠りに入る少女であったが、外では寝ないように重々言い聞かせていたはずなのに。まったく功をそうしていないことは明白だ。

 大きくため息をつき、小さく声をかけてから傍らに膝をつく。

 まず、足の上の本をとる。『六法全書』なんて、いったい何を調べていたんだ。

 次に片手の指を開かせて、メモ帳をとる。彼女のメモは本人にしか分からない暗号だ。今回は最下行が意味をなさないものになっているので、本人にも解読できない暗号であろう。メモ帳を六法全書の上に乗せ、今度はペンを取る。

 深いワインレッドに金で細い花の絵が描かれている。これは、先月の誕生日に私が差し上げたものだ。使ってくださるのは嬉しいが、こんな場所にまで持ってきているとは。ペンをメモ帳の上に乗せる。

 次に華奢な背中と膝の裏に腕を入れ、雇い主を抱え上げる。六法全書より軽いとは言わないが、年頃の少女たちよりは細すぎるくらいに思う。日々きちんと食事をさせているはずなのに、太らない体質なのだろうか。

 静かな風が吹いて、柑橘系の香水の匂いがする。その中にわずかに混じる甘い気配に、意識を取られそうになり、慌てて一歩を踏み出す。

 屋敷までの距離は遠くない。目の前に勝手口が見えているのだから、遠くないどころではない。

 ドアの前で力を加減し、ドアノブを回して、体全体で開く。その向こうには女中たちが午後の休憩を愉しんでいる。

 何か叫びだしそうな彼女たちに目配せし、目で主人を示す。部屋が静まり返り、彼女の寝息が広まる。静かに慌てながら、ドアが開けられる。

「レイリさ、」
 何か言おうとした使用人が他の女中に口をふさがれ、眼で会話をしている。知らない人が見れば何事かと思うだろう。だが、ここでそうされる人物は、アルト一人だ。

 振動を与えないように階段をゆっくりと上がり、奥から手前の南向きのドアの前に立つ。女中頭が後から来て、鍵の束から一本を選び出し、部屋を開けた。

 私が中に入ると、後ろで閉められる。それを気にせず、天蓋付きのベッドに近寄った。薄青のベールがいくつも連なるそれは、一箇所だけ開いてある。そこから彼女を中にいれ、静かに横たわらせた。

「起きていらっしゃるのでしょう、アルト様」
 私のかけた声に、閉じていた瞳がぱちりと開く。その奥にあるのは悪戯そうな微笑みだ。

「気がついていたの?」
「階段の辺りで、すこしバランスを崩したとき。ですよね?」
 さすが、と手を叩いて誉められても嬉しくない。何故そこで目をあけないんだ、このお嬢様は。

「これぐらいなら、別に罪ではないでしょう?」
 私の隣のベールを避けて、ベッドから降り、彼女は窓際に行った。掃除したばかりのせいか、そこはまだ開け放してある。お嬢様もだが、ここの使用人も警戒心がなさすぎる。

「お嬢様、少しお疲れなのでは」
「まだまだ大丈夫よ、私」
 まだ頑張れる、と。繰り返す言葉が聞こえる。



p.2

 同じ言葉を、今度は私を真っ直ぐに見て、繰り返している。真っ白いワンピースが、白い肌に映える。そこから伸びる細い手足を投げ出して、やわらかな笑顔をたたえている。ここにはベールのついたベッドはないけれど、彼女の周りはあの時と少しも変わっていない。

 手招きする彼女がいるベッドに触れられもせず、アルトの座る前に立ち尽くす。その手を、白く細い手が引く。小さい時分から変わらない行動だけれど、慣れているはずのそれに動揺している自分がいる。

「ここにいてね」
 離れないで、と。命じるのではなく、ただ願う。深い瞳に私を映し、その罪を改めさせる。

 彼女を留めておくことは、犯罪だ。だが、なによりも重い罪は、信じ続ける心を裏切ることだ。その真っ直ぐで純粋で、穢れを知らない心を傷つけることだ。

「ここに、いてね。レイリ」
「はい、ここにおります。アルト様」
 この約束をいつまで破らずにいられるだろう。この危うい繋がりの糸が切れたとき、きっと裏切ることになる。私を信頼して見上げている瞳を見ながら、そう感じていた。

「アルト様が許してくださる限り、ずっとここにおります」
 彼女の細い手をとり、小さな白い手の甲に口付けた。

あとがき

喧嘩中は、あんなに進むのに…。
これ書いてる途中で仲直りしてしまったから、何を書こうとしていたのかわからなく…<ぇ。