ぱらぱらと、和紙でできたそれを捲る。書かれている文字はそれほど古くは見えないが、この本は随分と使い込まれているように見える。
「はーさん、それ、なに?」
いつもより幾分離れた場所からかけられる声に顔を上げると、彼女が縁側の端(ここから五メートルは離れていそうだ)でお茶とお茶菓子を乗せた盆を手に立ち尽くしていた。
「うん、知り合いが送ってよこしたのよ。役に立つかもしれないから持っておけって」
「はーさんの知り合いって」
ここからわかるのは、彼女がこれをとても怖がっているということだ。
書いてあるのはあまり面白いものではない。人の名前と、時間、それから死に方。いわゆる、鬼籍、というやつだ。医者が持っても気休めにしかならないだろうといったのに、送ってよこしやがった意図が測りかねる。
「怖い?」
本を彼女に向けて聞いてみると、慌てて縁側の角まで逃げてしまった。そこまで怖いものなのか。私はなんとも思わないのだが。
このままではのんびりお茶をすることもできないのは確かだ。立ち上がって、居間の引き出しを探る。ライターがあると思ったんだけど、今日に限って見当たらない。代わりにマッチが入っている。どこかの喫茶店の名前が入ったマッチは、先日の患者が置いていったものだろうか。まぁ、どうでもいいことだ。
マッチを持って、縁側に戻る。風に気をつけながら擦った一本目は、あっさりと逆風に消されてしまった。二本目を持って、空いている手で本を手繰り寄せている間に消えてしまう。三度目こそと火をつけて、ページの間からゆっくりと火をつけ、静かに持ち上げる。風に気をつけながら、ゆらゆらと火をめぐらせてゆく。なかなか火の付きが悪い。ただの和紙なのだから威勢良く燃えてしまえばいいものを。
「はーさんっ!」
大声に驚いて振り返っている間に、飛んできた彼女に手を叩かれた。
「なにしてるのよ、もうっ 手ぇ焼けるまでもってることないでしょ。あぁこんなに赤くなってるし。今薬持ってくるから、そこにいてねっ」
矢継ぎ早に言うと、あっというまに家の中にその姿が消える。まったく、なくなったとたんにこれだ。こうじゃないと、私も調子が狂うから、こうしたんだけど。
「医者に鬼籍はいらないのよ。私はいつも私が出来ることをしているだけだから」
庭に声を放し、空の雲に笑いかけた。
未来を知ることに興味がないわけじゃない。でも、知ったところで何かが出来るわけじゃないのなら、私は知らないほうがいいと思う。知らなければ、なんだって出来るし、選択の道はいくらでもあったほうがいい。全部、私が選択してきたのだから、どれもそのままでいいのだ。誰かに操られているのかもしれない。自分で選んでいるようで、実は選ばされているのかもしれない。だが、たしかに自分で選んだという実感はあるのだ。ならば、すべて私が選んだということに相違ない。
「火傷の薬は!?」
「この間使いきったって言ってなかった?」
「…あ!」
戻ってきてすぐにまたパタパタといつもの足音でかけて行くのを聞きながら、私はゆっくりと目を閉じた。
今日も彼女が起こしてくれるのを待つために。
カランカラァン
おや。もう来客の時間なの。
「はーさん出てーっ」
それは彼女の役目だから。私はこのまま寝て待とう。いつもどおりの日常が戻ってきたことだし。
最近、過去のドリームを携帯サイトに更新していて、こっちをすっかり失念してました。
ついでに白状すると、|頭文字《イニシャル》D読んでました。
どれかひとつをやろうとすると、ほかのことが出来なくなるのは、私の最大の欠点です。
きせき、という字はいろいろな風に書けますね。奇跡、軌跡、輝石…でも、今回は鬼籍。
死がわかるのは怖いです。わからない方が幸せな気がします。
未来なんて、わからないほうがいいんです。絶対。