柔らかなグラスグリーンの芝を踏む音がする。庭を掃除している音かとも思ったが、そんなわけがないと考え直す。彼女がこんな時間に庭の掃除をしていることなどないし、第一我が家に芝生はない。
目を覚ましてもあたりは真っ暗で、何も見えない。数度瞬きをし、空を見つめるうちに闇に慣れてきてぼんやりとした何かが見えるようになる。そうなってから、私は身体を起こした。
「…いたた…」
体中が軋んで、悲鳴を上げる。起き上がった体勢のまま堪えていると、静かな音で光が忍び込んでくる。
「起きたのかい」
低い男の声で、顔をあげる。それが誰なのかを確認する間もなく、大きな腕が伸びてきて、静かにこの身体を横たえなおす。とても大切に扱われる様子に戸惑う。こんな患者は知らない。いや、この場合、私が患者なのか。
「まだ朝には早い。もう少し眠っていなさい」
優しく目を閉じようとする腕を掴むと、彼はびくりと震えた。
「私は、どうしたの?」
なんだかわからないこの体の痛みの理由を知りたかった。それだけだった。
彼は困ったように笑ったようだった。
「覚えていないのかい?」
覚えているも何も、私が最後に覚えているのはいつもの縁側でうとうとしていた記憶だけだ。あれは夢だったのだろうか、それとも、これが夢なのか。どうにもわからなかった。
「君は、屋上から飛んだんだ」
優しい声だったけれど、内容は突飛だ。飛ぶって、屋上からって。
「それ、って。自殺?」
「いいや」
即座に否定されたけど、それは彼の願いのような気がする。たいていの場合、屋上から飛んだら人は死ぬ。飛ぶための翼は持っていないのだから当然だ。
それなのに、私は飛んだという。それは何故か。
「君たちの、君の場合はそうじゃない。ピーターパン
ピーターパン・シンドロームというのは、一般に、大人への成熟を拒否しいつまでも子どものままでいることを願う「おとな・こども」の社会的、心理的傾向を指して用いられる。
「一種のそれだというのが最有力説だ」
「他にもあるの?」
彼は何かをまだためらっている。そんな気がしただけなのだけれど、どうやらそれは当っているらしい。私の上掛けを引き上げて、あやすように上からポンポンと軽く叩きながら、話し出した。
「それを君に聞きたいんだけど、覚えていないようだからね。また、一眠りしたら話をしよう」
リズムに合わせてまぶたが重くなってくる。
彼が誰で、私が誰で。そしてどういう関係なのかなんてわからないけど。
「おやすみなさい」
よくわからないあやふやな温かさを感じながら私は眠りに落ちた。
ずっと子供のままでいられるなんて、そんなのはまやかしでしかない。仮に姿が変わらないとしても、心の成長までは止められない。本人にだって、止められない。だって、何かを考えるというその行為自体が成長の種を含んでいるのだから。
ねぇ、だから。
ここに戻っておいで。空を飛ぶのはもう少ししてからでいい。
やっと半分折り返し。
しかし、シンドロームむずかしー。
シンドロームにもいろいろあって、しかもいろんなシンドロームの名前をつけるのもまた別のシンドロームで。
考えてること事態がシンドロームみたいな。
てゆーか、こんなの考えてるとノイローゼになりそー。
次はもう少し明るいのを書きたいなぁ。
と思った矢先に『涙』とみて、どうしようとまた…。