良く晴れた快晴の日、えらいものを見てしまった。
「あれが、噂のカークの彼女ですか」
道の影でこっそり覗く私もどうかと思うけど、道端でどうどうと聖騎士を蹴りつける彼女も同じぐらい変だろう。いや、どちらかというと、私の方が少しだけ普通かな。
「うん、そうだよね」
蹴りつけたくなる気持ちは分かる。カークってば女の子の気持ちに鈍いっていうか、見ていてイライラするぐらい焦れったい。彼を想う女の子がどれだけその所行に泣いたことか。まぁ、今回も大いに泣いたとは思うけど、人ごとだし。カークと付き合うには、かなりの覚悟が必要で、その覚悟っていうのは普通の女の子には無いものだろう。
「何が」
「いや、私の方が普通だなって」
答えてから、その聞き覚えのある声に硬直した。この声は、ユージュ、だ。彼もまた聖騎士である。
聖騎士らしくない聖騎士だけど、ユージュはカークと並び称されるほどの腕の持ち主だ。まぁ、聖騎士ってのはそれなりに実力がないといけないのだから、当然ユージュにもその腕があるってわけ。カークよりも親しみやすく、適度に距離を置いてくれる姿勢は心地良く、つい寄りかかりたくなる。て、ユージュのことをそんなに知ってるわけでもないのに何言ってんだ、私は。
なんで私がこんなに彼らに詳しいのかというと、年の離れた兄が大将軍なんてものをやっているせいである。仕事嫌いで有名なのに、どうやってそんな地位に就いたのか。一度、小一時間ほど正座で問い詰めてみたいものだ。
「買い物か」
深呼吸してから振り返る。普通に、普通に。と自分に言い聞かせる。
「うん、みんなに頼まれて」
「て、またかよ。お前もいーかげん断れよな」
文句を言いながらも、さりげなく私の荷物を取り上げる。聖騎士の試験項目にフェミニスト度とかあるんじゃないかと疑うくらい、彼らは女性に優しい。下心があるんじゃないかと思う。
「だって、暇だし」
だからというわけじゃないが、私は普段からあまり女性らしい格好をしない。元々は辺境で男並みの仕事をしていたこともあって、スカートをはき慣れないというか、気持ち悪いというか。それに、女扱いされるというのがそもそも気に入らない。私という個人ではなく、ただの女と見られることが気に入らない。
「おら、そっちも貸せ」
「やだ」
彼が何かを言う前にタッタカと走って先を歩く。でも、私よりもずいぶんと足の速い彼は簡単に追いついてしまう。
「ソーニャ、危ねぇ!!」
「うわっ」
馬車道に出てしまいそうな私の腕を誰かが引いた。間一髪、目の前を馬が通りすぎる。
「今度は自殺でもする気かい、ソーニャ。まぁ、大怪我で少しぐらいベッドに据え付けられた方が、僕も逢いに行きやすくていいんだけどね」
腕を引いて、抱きしめられた辺りで予想は付いていたけど。
「ワイアット、兄貴にサボってたって言いつけるよ」
「閣下よりは仕事してるさ」
「見回りって名目でナンパしてたんでしょ」
「手厳しいな、僕のお姫様は」
「いーから、離せっ」
肘鉄を食らわせようとしても、こいつらは意外に強い。聖騎士の肩書きは伊達じゃないので、容易に避けられてしまう。だからこそ、あのカークを蹴りつけているのが珍しいということだ。
ワイアットはユージュと並び称されるほどの女好きだけど、ユージュ以上に節操がない。隠そうともしないのは立派だと思うが、だからといって褒められた行動じゃない。
「私、知ってるんだからね」
「え?」
「あのお嬢さんを迎えに行って、ユージュもエイリもリックスもワイアットも、振られてきたんでしょ」
腕が緩んだ隙に抜け出す。
「この私を身代わりできると思ったら大間違いだからね!!」
捨て台詞を吐いて、また道を駆けた。
「「うわっ」」
しかし、すぐにぶつかった。
「ごめん、大丈夫?」
「私もよそ見してて、ごめんなさ」
「ソーニャ!?」
自分を呼ぶ声はカークのものだ。やべ、来る方向間違えた。
「ご、ごめんっ。い、急いでるからっ!」
今度こそ本当に大急ぎで逃げ出した。
(ユージュ視点)
あの馬鹿。
「おい、ワイアット」
同僚に声をかけると、彼はからからと笑い声を立てる。
「うーん、鋭いな。ソーニャは」
「そうか?」
「振られたってより、カークにかっさらわれた感じだよな?」
俺に同意を求めるな。
「自分だけ違うなんて抜かすなよ。お前も確かに彼女に惹かれてたんだからな」
「否定はしないさ」
たしかに、あの旅の間は錯覚したけど、違うんだ。言い訳みたいになるのがイヤだから言わないけど、俺はずっとーー。
思い返すのはゼスのおやっさんからソーニャの話を聞いたときのことだ。
「遠縁なんだがな、先日たった一人の肉親と死に別れたんだ」
「それで、おやっさんが引き取るんですか」
「俺しか身寄りがないんだから、仕方ないだろう」
迎えに行ってこいと一人命じられた後、都から少し離れたその村では明るい少女の笑い声が響いていた。
「心配しなくても大丈夫だよ。ほら、今までだって私の稼ぎで生活してたんだしさ」
誰もが心配ないと思える声で笑っているから、俺も心配ないと思った。でも、命令だからおやっさんの言葉だけ伝えた。返ってきた答えは思った通りで。
「心配ないって、伝えてよ」
ぶっきらぼうな言葉で、ありがとうと呟いた。その日はもう遅くて、村には宿もなくて、俺は彼女の好意に甘えて、ソーニャの家に泊まった。
その夜のことだった。物音なんて、しなかったのに気配で目が覚めた。これはもう性分みたいなもんだから仕方がない。起き上がり、念のため隣の部屋で眠っているソーニャの無事を確認しようとのぞいた。そこには、窓辺で月明かりに照らされた少女がいた。窓辺で頬杖をついて、泣きながら眠っていた。
なんで俺は昼間気がつけなかったのかを悔やんだ。たったひとりの肉親が亡くなって、悲しくないはずがないのに。それでも周りを心配させないようにソーニャは笑う。思い返す笑顔と目の前の泣き顔が痛々しく思えて、俺はそっと毛布をかけてやった。
一人が平気な奴なんていない。そんなこと、俺自身が一番知っていたことなのに。
翌日、俺は無理やりに彼女を説得して都に連れていった。
「あーあ、カークが羨ましいな」
「俺はそうでもないさ」
「ソーニャもカークが好きだったみたいだし、つけ込めるかと思ったけど、ガード固いなぁ」
馬鹿言え。
「あいつはカークが好きだったんじゃない」
「なんだ負け惜しみか?」
「カークに憧れたんだ」
「あの朴念仁にか?」
不器用だけど、真っ直ぐに生きているカークに、ソーニャは自分を重ねたんだ。
(ソーニャ視点)
門の前でユージュが来るのを待つ。荷物は彼が持っているのだから、アレがないとお使いにならない。
だから、ひとりでぼーっと空を見上げていた。眩しいほどの青空は心が吸いこまれそうなほどだけど、都の空気はすこしばかり澱んでいて、それも許してくれない。目を閉じて、考える。今までのこと、これからのこと。
「あ、リックス」
目蓋の裏を通る光が暗くなったことに気がついて目を開けると、日差しを遮るようにリックスが立っている。具合が悪いように見えたのか、心配そうな顔をしている。
「大丈夫だよ。私は、大丈夫」
いつも通りに言ったのに、彼は大きな手で頭を軽く叩いた。
「無理はするな」
初めてあったときからこの人はこんな感じだ。無口で無表情で何を考えているのか分からないけど、妙に鋭い。
「うん」
うなずくと、用事でもあったのか、リックスは待中へと消えていった。入れ替わりに、ユージュの姿が見える。
「ユージュ、おそーい!」
勢いを殺さず、彼が駆けてくる。な、なんであんなに怒って。
「遅いじゃない。ワイアットなんかに捕まりやがって、何をしてんだ。ソーニャらしくもない」
「うううるさいっ」
後退りして門の中に逃げ込もうとしたところの腕を掴まれる。大きくて、力強い手で引き寄せられる。
「ユ、ユージュ!?」
逃げられない。
極近い位置から聞こえてくる声が精神ごと私を揺さぶる。
「ソーニャは」
「ちょ、近いっ」
「ソーニャはまだ一人か?」
一瞬、言われた意味がわからなかった。まだ、一人?
「何言ってんの? ユージュがいるじゃん」
息を飲む声で、気が付いていなかったんだなって思う。
かあさんが亡くなって、ユージュが迎えにきた。都ではろくでもない兄が出来て、兄さんの家族もお城の人も優しくて。都の人も優しい人が多くて。
「ユージュが迎えに来て、兄さんが出来て、聖騎士の皆も評議会のおじさんたちもお城の人達もいて。一人になんてなれるわけないじゃん」
緩んだ腕の中から見上げる瞳は驚きに見開かれていて、面白い。ユージュが吃驚してるのなんて、初めて見た。
「もちろん、最初は何したらいいかとかわかんなかったし、兄さんは強面でしかも大将軍でしょ。すぐにでも帰りたかったよ。母さんはいないけど、ひとりだって生きていけたしね。でもさ、ユージュが毎日来てくれて、いろいろ教えてくれたおかげで、兄さんが仕事嫌いで、でも部下に好かれるいい人だっていうのもわかったし、聖騎士の人達も怖くなくなった。全部感謝してるよ、本当に」
「ソーニャ」
「ユージュがいてくれたから、私は一人じゃないよ」
どさりと荷物の落ちる音がして、私を掴む腕が抱き締めるものに変わる。
「あー、やっぱ、やめときゃよかった」
「え?」
耳元をくすぐるユージュの声で、どれだけの近さか自覚する。
「お前、今自分がどんだけ可愛いこと言ったか自覚してないだろ」
「は!?」
自覚したところで、どうしようもないんだけど。
「あいつらに紹介すんじゃなかったぜ」
「ユージュ?」
だって、ユージュは。
「だから、今後一人で城内歩くの禁止な。あと、ほかの奴らにそーゆーことは言うな」
「なんで?」
ユージュは、あの子のことが。
「いいから、約束しろ」
「何横暴言って」
急に体を離されたかと思うと、前髪の触れる位置に、ユージュの顔があった。
「約束しないとキスするぞ」
整った顔は初めて見た時と変わらず、私を落ち着かなくさせる。
「わーします!約束しますー!!」
とにかく離れて欲しい一心で、私は答えたのだけど、ユージュは真顔で私を見つめたまま動かない。
「…あの、ユージュ?」
「…やっぱ駄目だわ、限界」
「え?」
間髪入ずに至近距離にユージュの目があって、唇に柔らかな感触があって。一度触れただけのそれをさらに繰り返してくる。
「ちょ…っ、ユージュ…っ」
「黙ってろ」
角度を変えて、繰り返されるそれの意味がわからない。だって、ユージュは他の女の人にも同じことするし。そう、同じこと、を。
「い、いや!」
私が思いっきり腕を突っ張って、ようやくユージュは離れてくれたけど、私は彼の顔を見られなくて、俯いたままだ。
「ソーニャ」
「あ、あ遊びで、そ、ゆこと、しないで。ゆ、ユージュ」
「遊びでするわけあるか」
女心をわかってないユージュは、そんな私の頬を両手で挟んで、無理矢理にあげようとしてくる。
「他の女の人と私を一緒にしないで!!」
「一緒になんて」
「し、失恋して寂しいなら、他の人に慰めてもらいなよ。私を、代わり、にしないで」
私の頬を伝い落ちてゆく滴が、地面に黒い染みを作る。
「あの子の身代わりで、私に触れないでっ」
ああ、そうか。私はあのカークの彼女があんまりきれいで輝いていたから、嫉妬してたんだ。
(ユージュ視点)
これだけやっても気がつかないなんて、思わなかった。鈍いにも程がある。
あの夜と同じように声も立てずに零れ落ちる涙を、自分の指で掬い取る。普通の女ならすぐにでも泣き止むであろう行動にもソーニャは反応せず、ただただ静かに涙を流し続ける。
きれいだと思った。あの夜と変わらず、聖女のような穢れない白さを儚く想う。そのまま溶けて消えてしまいそうな姿を愛しく想う。
「本当にそう思ってんのか?」
哀しそうに俺を見上げる。
「だって、ユージュは優しいから」
なんだそれ。
「女には誰にでも優しいから、誤解、する」
まったく。
「誤解しろよ」
「いや」
目は堅く閉ざされたまま、イヤイヤと首を振る。しょうのないやつだ。
「ソーニャ、目を開けろ」
大きく開かれた瞳は当然の如く潤んでいて、誰よりも美しいと想う。
「ユ、ジュ」
「好きだ」
更に大きくなる瞳。
「おまえが好きだ、ソーニャ」
信じてくれるまで、何度だって言ってやる。
「ソーニャが好きだ」
「ゆ、ユージュ…」
「まだ足りないか?」
「も、いいから」
腕の中で、抱きしめ返してくる腕は俺の背中全部には届かなくて。でも、気持ちは伝わってくる。
「代わりなんかじゃない。ソーニャが、好きなんだ」
「…私、だって」
「ソーニャだから、好きになったんだ」
「わ、私だって…ゆ、ユージュがいるから、いてくれるから、ここに残ってるんだよ」
まーだ、わかってねぇな。
「おい」
「は、はい」
聞きたいのはそんな言葉じゃない。最高の殺し文句だけどな。
「俺はソーニャを愛してる。ソーニャは?」
抱え上げて、俺の小さな女神を見上げる。彼女はこれ以上ないほど真っ赤になって、でも、はにかんだ笑顔で。
「私、も…」
「ちゃんと言うまで言い続けるぞ」
「わ、私もユージュが大好きですっ」
言い終わってから、しばし俺にしがみついていたソーニャが暴れ出す。
「エ、エイリ、いつからいたの!?」
振り返ると、人の良さそうな顔を浮かべた同僚が笑顔で近付いてくる。
「これからが大変だなぁ、ユージュ。閣下になんて言うつもりだい?」
同僚だが、こいつほど食えないやつは多くない。嫌なやつに見られたもんだ。
「閣下は目に入れても痛くないぐらいソーニャを可愛がっているからね。きっと面白いことになるよ」
遠くの方からゼスのおやっさんがかけてくるのが見える。ちっ。随分とタイミングよく邪魔が入るな。
「逃げるぞ、ソーニャ」
「へ?」
「しっかり捕まってろよ」
呆気にとられていたソーニャだったが、何を理解したのか嬉しそうに頷いた。
「うんっ」
本人の了承は得た。あとは、どうやって大将軍を説得するかだけど、今はもうちょっとソーニャの告白に酔いしれたい。
「どこまで行くの?」
「とりあえず、邪魔のはいらないところだな」
「あ、じゃあカークのところ」
な。
「ほら、あの彼女も強いし、きっと誰も敵わないよ!」
「…却下」
「ええーっ」
わかってねーな、まったく。
街中で追っ手を撒いて、二人路地裏で並んで座る。もちろん、簡単に寄りかかってくれるはずもないので、肩を抱き寄せると硬直する。まだまだ慣れない彼女から手を離し、頭に置いた。
「別にすぐに変われとはいわないさ。でもな、もう少し力抜け」
「は、い…」
初めてあった時以上に硬直してしまっている彼女の髪をゆっくり梳いてやる。こうすると落ち着くらしいというのは、以前実証済みだ。案の定、力がゆっくりと抜けてきて、だんだんと眠そうになってくる。
「ソーニャ」
肩を抱き寄せると、今度は簡単に寄りかかってきた。そのまま俺の膝に横になる。普通は逆だけど、今は特別だ。
「ユージュは、どうしてそんなに優しい?」
都に来たばかりの頃と同じ問いかけをされる。今はあの時と違って、泣きそうでも怒っているわけでもなく、幸せそうに瞳を閉じている。
「そりゃ決まってる」
「あの人のこと、好きだったんでしょ?」
「あ?」
「カークの彼女」
「おまえそりゃ…」
むさ苦しい男の中にいるだけで天使に見えるだろうが。なんていったら、その場ではり倒されかねない。
「ヤキモチか?」
「違うもん」
顔を背けても、表情は想像できる。
「そーかーヤキモチか」
「違うったら!」
「嬉しいなー」
「ユージュ!!」
起き上がって抗議する彼女の顎を捕らえて口づける。
「ま、待って…」
「待たない」
これからきっと邪魔されるだろうし、今のうちに二人っきりってやつを堪能しとかないとな。
「こ、こんなところで押し倒すなー!!」
とうとう書いてしまった、ユージュ夢。
前にやったときも書きたかったけど、いいネタがなかったって言うか。
(これも良いネタとは言い難いけど)
カークとユージュ。対照的な二人が大好きです。
こんなゲームを作ってくださった孟曹子様に感謝☆です。
(06/03/07 15:36)
他のゲーム(GS2)にはまって連載が書けないので、こっちを更新。
出すつもりのなかった超個人ドリームです。
(2006/8/16 10:48:33)
ちょっとだけ加筆。
(2012/10/12)