私の前には、一つのホールケーキがおいてある。サイズは十二号、白い羽根が踊るように削られたホワイトチョコレートがデコレートされ、その白い舞台の真ん中で妙にアンバランスな小人が踊っている。
あ、一つ倒れた。
「アルトお嬢様」
「なぁに?」
なんでもない風に、書類の束から目を離さずに、返答が返ってくる。ずっとここで仕事をしていたはずなのに、部屋には彼女以外が入ることはなかったのに。どうしてここにケーキがあるのだろう。
「これは、いつ」
彼女が顔をあげる。そして、笑いを堪えるように続ける。
「今」
よほど困惑する私がおかしかったのか、とうとう彼女は吹き出した。デスクを立って、スカートを翻して私の前に前に立つ。
波打つ薄茶の髪が陽の光を透かせ、白い肌をさらに白く輝かせる。化粧をしているわけもないのに、うっすらと頬には紅がさし、薄紅の唇はぷっくらと艶かしさを表現している。しかし、どれだけ彼女が大人びて見えようと、その瞳の光を目にすれば誰もが困惑する。大人びて見えるときもあれば、とても少女らしい目をしているときもある。また、とても小さな少年のように見えるときもあった。
「今日が何の日か知ってる?」
「いいえ」
今日のスケジュールを思い返して答える。今日はたいした用事は何もはいっていなかった。ここ数日の雨も止み、外は久々の晴れだ。快晴とまではいかないが、そこまでの文句は言えない。その久々の陽光を寛いだ様子で受け取る彼女は、随分と大人びた微笑みで続ける。
「今日は、零里がここに来て、丁度一年目なの」
細い彼女の腕が、私の腕に絡まる。それは私を引っ張るため。そうしなくても、彼女には何より強力な引力がある。私をここに留まらせる、引力。
「ね。これ、何に見える?」
白く細長い指がさすのは、ケーキの上の妙な小人。
「みんながね、笑うのよ。こういうことには不器用ですね、って」
彼女はその年齢の割りにとても優秀で、才能をフルに使って彼女の父親の経営する会社のブレーン的役割を担っている。
それほどの才能をもってしても手先の不器用さは補えないらしい。もっとも、確かにそれぞれの才能はまったく別のものなのだから、出来なくても仕方が無いとも言える。天は二物を与えぬとはいうけれど、たしかに彼女の数少ないウィークポイントはここにある。
決して、アルトは万能の天才ではない。
「ええ、まぁ、たしかに個性的ではあります」
素直な感想を口にすると、薄い紅を引いたような頬が膨れる。それをつついて、それから、倒れた小人をとりあげた。
「でも、アルトお嬢様らしいです」
彼女らしさがあるそれを口にする。甘い甘い味が広がる。
「次はぜったいそんなこと言わせないわよっ」
「期待しておきます」
いつか努力という彼女の羽根が開いて、飛び立つ時まで、共に居りましょう。
そのときは、砂糖菓子ではないものを食べたいものだ。甘い物は、アルトだけでもう十分なのだから。
ケーキの上によく乗っているアレって、砂糖菓子ですよね?
リナザウで書いてると、妙に文章が短くなっているような気がします。
…気のせいじゃない?