目の前を弾丸が突き抜けた。
不思議と動揺しなかったし、静かで落ち着いた気分だ。理由といえば、ある程度予想可能な範囲の出来事だったからに過ぎない。
「どうしたの、外れたわよ?」
こちらに銃口を向ける男に言ってみる。挑発的に聞こえたかもしれないけれど、本当に不思議に思って聞き返したのだ。辺りは暗く、私の服は白い。外しようのない
私からはどこから狙われているかなんて分からない。分かっていたのは、憎悪と震える銃口だけだ。
遊園地のど真ん中で、スポットライトを当てられているわけはない。それでも、十分に私は狙いやすいはずだ。
「撃つのならば撃ちなさい、零里。最初から、そのつもりだったのでしょう?」
本当は、随分前から知っていた。零里が父を恨んでいることを、零里が復讐しようとしていたことを。
彼の両親は、父のグループの末端の子会社を経営していた。その頃を彼を私は知らないけれど、きっと普通に笑ったり、怒ったり、喜んだり、泣いたりする少年だったのだろう。そのすべてを壊したのは、グループの全体会議で決まったことだった。私もそこにいたことを、彼は知っているはずだ。
「分かっていてついてきたんですか」
「そうよ」
「わかっていて、逃げないんですか」
「ええ」
私の返答に、彼は今にも泣きそうだった。でも、差し伸べる手を彼は決して掴まない。なぜなら、父に復讐するために、私を利用していたのだから。
一歩を踏み出す。その足元に銃弾が跳ねて、膝をかする。ほんの少しの熱量は感じたけれど、たいしたことはない。
もう一歩。
「零里さんに近づくなっ!」
「やめろ、コータっっ!」
左手で、銃弾が火を噴いた。しかし、それも私の胸元手前を通り過ぎただけだ。
「残念。外れたわ」
「このっ」
「やめないか、コータ。アルト様もむやみに挑発しないでください」
挑発なんてしているつもりはない。
「前に言ったこと、覚えてる?」
随分昔だったから、忘れてしまったかしら。
「ええ、憶えていますよ」
うそつき。
一歩一歩をゆっくりと踏みしめる。まっすぐ、彼の元へ。
「では、どうして撃たないの?」
前に言った言葉は、たった一言だけだ。
「それは」
戸惑いが揺れる瞳に現れているのがわかる。一緒に居た時間は、お互いが生きてきた時間のほんの少しかもしれない。けれど、誰よりも近くで彼を見てきたのだ。わからないはずがない。
「一度預けた命を返せとは言わないわ」
あと一歩で彼に触れられる距離で立ち止まり、背筋を伸ばす。ピンと張った体の正面に、やはりピンとした彼がいる。そして、私は静かに微笑む。
「今でも、これからも、この命は零里のものよ」
ずっと信じ続けると決めたから。だから。
小さく震える人を抱きしめる。柔らかく、包み込むように。
「気の済むまで、好きにしなさい」
信じ続けると決めたから、だからここにいるのだ。何をされても恨む気はないし、何をされてもきっと許せてしまう。
でも、その向こうに確かに私の復讐もあることは、きっと知らない。汚い私なんて知らなくていい。綺麗な私だけを覚えておいて。
貴方の中で生きていけるなら、他に何もいらない。
ここに来てから、どのぐらいの時が過ぎただろう。まだ四日目が過ぎたばかりのはずだ。アルトは、決して鈍くはないし、真逆であることはよく知っているつもりだった。
ならば何故、いつまでも俺を信頼し続けるのか。彼女には自力で抜け出すことだってできる。細いけれど、わずかな抜け道に気がついていないはずはない。現にその途中までは抜け出したのだ。逃げたのかと安堵していたのに、彼女はどこに隠れるでもなく、メリーゴーランドを動かして遊んでいた。
なにをしているんだと聞いたら、遊んでいた、と返ってきた。
「鏡の部屋も面白いけど、折角の遊園地なんだから遊びたいじゃない?」
こんな人だったろうかと考えたが、そういえばまだたったの十五歳なのだということを思い出した。
「アルト。お立場をお分かりですか?」
わかっていないわけがない。そう思うのは間違いじゃないはずだ。
彼女はメリーゴーランドから軽やかに降りると、その階段の上から俺を見て淋しそうに笑った。
「抜くのなら抜きなさい。そのつもりで来たのではないの、零里?」
やはり、わかっているのだ。
「どうして逃げたりなどなったのですか」
いや、本当は逃げて欲しいのだ。だが、ここは人目が多すぎていうわけにはいかない。
「言ったでしょう。遊びたかったの」
殺気が膨れる。だが、彼女に銃口を向ける気はない。
「今がどんなお立場か、わかっているはずです」
「零里もわかっているなら」
ざぁっと風が流れ、アルトの姿を揺らそうとするのに、彼女は微動だにしない。だけれど、その声は届いてこない。代わりに、銃声が辺りに響いた。
幸い、彼女には当たらなかったが、それは仲間のものだった。どうして抜かないんだ、撃てというのなら撃ってやればいいとでもいう囁きが聞こえてくる。皆、彼女の父親が統括するグループに恨みを持っている者達ばかりだから当然だろう。
だが、恨むべきはアルトではなく、アルトの父だ。討つべきは、彼女の父なのだ。どうして、彼女に弓引く必要があろうか。
近づいてきた彼女を気絶させ、また同じ鏡の迷路の別の一角に連れてゆく。ここにベッドはないが、この身がある。上着をとって、細すぎる肩にかけてやる。
ーーこの命は零里のものよ。好きにしなさい。
その言葉が真実ならば、やはり俺にアルトは殺せない。こんな闇の中でなお光り輝き続ける存在を無くしてしまえるわけがない。
折れそうな体をそっと抱きしめる。
「生きてください、アルト」
貴女が生き続けること、それが、それだけが俺の願いだ。
モノクロ=白黒、ってことで。
黒=零里。白=アルト。でも、どちらも心の中にはそれぞれの色があるってことです。
人間誰しも白だけでも、黒だけでもないのだと思います。
両方あるならそれでいいと思うかもしれない。
要はどちらが強い色かで、人間も人生も変わるんじゃないのかなぁ、と。
アルトは零里を好きになることでどんどん白くなりました。
零里はアルトに出会ったことでどんどん黒が弱くなりました。
読んでるあなたは果たして何色でしょうか。ちなみに私は何色でしょう(知るか。
この先どうなるのか。てか、終るのか。この話は。