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書名:Routes
章名:読切

話名:Routes -x- D - 22. ふたり


作:ひまうさ
公開日(更新日):2005.2.26
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:2915 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚

モノカキさんに30のお題(22)

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p.1

 がしゃがしゃと大きな音を立てながら、数メートルを置いて、後を付けてくる者がいる。それに気がつかない素振りで、風化した遺跡に足を踏み入れた。別に俺は考古学者と言うわけじゃない。一介のフリーの傭兵である。何のために、と聞かれると少々困る。

 白い砂埃が風に巻き上げられても、視界はなかなかにクリアだ。理由は、ここに水場があるせいだろう。数歩先を進んでから、ひとつ、息を吐いた。

 水場なんてものじゃない。湖が広がっていて、神殿の大半がそこに沈んでいた。そう、本当にほぼ全部が水没している。いくら廃墟と化していてもかまわないが、水没は困る。泳ぐには武器を置いていかなければならないし、なによりも水中戦は苦手なんだ。

「おい、そこの」
 声をかけると、数メートルも離れていない場所からがしゃんと音が聞こえた。持っていた何かを落としたらしい。

「出てこい」
 ため息混じりに言うと、案外大人しく出てきた。そして、その姿を見て、もう一度俺はため息をついた。

「…あんたか」
「ええと、先生が、その、」
「いい。わかったから、言うな」
 付いてきていたその人物を俺は見知っている。先日立ち寄った薬屋で助手をしていた少年だ。彼が先生と呼んでいるのは、もちろんその薬屋のことで、俺と同郷であると同時に、一時旅仲間でもあった。あることが原因で、薬屋は店を構えることになり、それ以来俺は一人でこうして遺跡を巡っている。

「珍しい薬草を見つけたら、今度からこれに入れてくださいと」
 別に以前旅をしていたからどうということもない。あいつはただの薬屋だったし、俺だってただの傭兵だ。それ以上の関係になんて為りようがなかった。

「そんなもん、俺にわかるわけねぇだろっていっとけ」
「ええと、そう言われたら、とりあえず、これを見せろって」
 彼が取り出したものを見て、泣きたくなった。まったく、そんなにいうなら自分でこいってんだ。

「いらねぇ」
「そんなぁ、困りますよぉ。僕が先生に叱られます」
「怒られてこいよ。じゃあな」
「そんなぁ」
 情けない声を出す助手を放っておいて、とりあえず水中の廃墟を見据える。風化するより前に沈んだものらしく、それは建物の原型をしっかりと保っていた。入り口はあれほど風化して、瓦礫の山と化していたにもかかわらず、だ。

「女神の遺跡といっても、ここはこの地方の人でもなかなか知っている人はいないですよ。よくこんな場所を見つけましたねぇ」
 ここに遺跡があることを教えてくれたのは、他でもなく薬屋である。一緒に旅をしていたときからのことだから、承知していて教えてくれた。それがただの親切心かどうかは怪しいものだが、嘘を教えることはないだろう。教えたところで、あいつにはなんの得にもならない。

「ちなみに、先生から伝言も言付かっています」
「伝言、だと?」
「…言いにくいんですが…」
「そのままの言葉でいい」
 よほど言いにくいのだろう。渋る助手に向き直り、その目を見据える。どうせ、いつものあの言葉だろう。

「でも」
「どうせ、いつものやつだろ」
「じゃあ…言いますよ?」
 そして、彼が言った言葉はやはり予想通りだった。



p.2

 静かに、おびえるように入ってくる気配に気が付いて、調合の手を止める。

「おかえり。ちゃんと伝えたかい?」
「伝えましたけどー」
 泣きそうな助手の少年を手招きし、調合の続きを頼む。

「先生、いつもあれ言ってるんですか?」
「ああ」
 いつもの言葉というのは、以前共に旅をしていたときに毎日のように言っていた言葉である。

『女神も、女神の眷族も、あんたの探してる奴は世界中探したってみつかりっこないさ』

 言葉の真意にも気が付かず、いつまでも幻を追い続ける彼を、私は嫌いじゃなかった。でも、無駄な確信を持って幻を追い続ける彼をいつまでも見ているのは、とても疲れた。待っていれば、いつか自然に真実に気が付くと思っていた。現実を見ようとせず、居もしない女神を捜し続ける彼が私は嫌になった。

「それ、次は十番を一つ入れてやるのよ」
「先生とあの人はどーゆー関係なんですか?」
「仲間」
「旅の?」
「…だったわ」
 少なくとも、彼にとっては私は二の次だった。もともと女神、あるいはその眷族を探そうと旅に出たのだから当然なのだが、こんなにいい女が一緒に旅をしていたら、もっと意識してくれてもいいではないだろうか。彼にとっても私は、ただ役にたつ連れでしかなかった。それが、いまでも悔しい。

 些細なことかもしれないが、いくら旅費が心許ないからって、宿の部屋をシングル一つで済ました上に一晩中ぐっすりと眠りこけているなんてありえない。誘いにも一切乗らないし、どんな格好をしていても私を女として見ていたのか怪しい。

 外に出て、庭に置いておいた椅子に座る。椅子といっても長細い石に藁で編んだ敷物を置いただけであるが、それなりに役だってくれる。たとえば、今日みたいに天気のいい日には石は熱くなるが藁を通してまで伝わって来ないし、むしろひんやりとした心地好い冷たさを伝えてくれる。

 彼が来た日にはそこに泊まらせたが、彼は一切文句を言わなかった。

「…女神なんて、いやしないわよ。だって、この世界は…」
 この村のすぐ近くに大きな都市がある。そこの一番大きな図書館には古い伝承がたくさん残っていて、その中で私はある一文を見つけてしまった。

『女神は、この世界を見捨てられた』

 女神信仰なんて、信じちゃいなかった。ずっと彼に言い続けた言葉が真実でもある証拠だった。だけど、その時はどうしようもなく、哀しかった。どうして涙が出るのか、どうしてこんなに悔しいのか。その答えを私は持っている。

 いないのだ。本当に、どこにも。求めても応えてはくれない。探しても見つかるわけがない。やはり無駄だったのだ。彼の旅は。でも、真実を告げることはできなかった。彼以外にも女神を探しているものが居ることは知っていたから。女神に捨てられたとき、彼が居なくなってしまうような気がして、怖かった。

 だから、私は真実は告げずに、旅に疲れた彼らを癒すために、旅を止め、薬屋を開いた。店は安くて良い薬が手に入ると、すぐに評判になり、数年後、彼が訪ねてきた。

 一度は追い返してやろうかと思った。だって、久々に会ったというのに、彼の話は女神の遺跡のことばかりで、しかも全然手がかりもなにもつかんじゃいない。もともとないのだからつかみようがないにしても、だ。一人の方が気楽だ、なんて言われたら普通は怒るに決まってる。

 私が、誰のために苦労してたとおもってんだ。あの男は。

「馬鹿ーっ」
「うわぁ、ごめんなさいぃぃぃっ」
 吐きだした言葉に助手の泣きそうな返答が返ってきて、振り返る。

「あんたに言ったんじゃないわよ」
「そ、うなんですか?」
 じゃあ誰に、と問う助手を無視して彼の調合をのぞき込んだ。

「自己採点は?」
「、な、ななじゅうきゅう?」
「ぶー。四十七点。はい、やりなおしぃ」
「そんなぁ」
 泣き言を言い出しそうな彼をせかして、また調合材料のある倉庫に戻らせ、自分は住居に戻る。

 さて、収穫なしで戻ってくる馬鹿のために、久々に料理でもしますか。

あとがき

お待たせしました。いや、本当に。
単にいちゃいちゃしている二人、でもいいかなと思ったんですけど。
なかなか納得いかなくて。
結局女神を探している傭兵の話になってしまいました。
この名無しの傭兵は、『秘めごと』に出てくる傭兵と同一人物です。
つまり、この人は女神の従者なわけですよ。
続編じゃなく、別の読み切りみたいなものです。


次は永遠、かぁ。
出てくる構想がことごとくシリアスですが、なるべく明るい話にできるように!
…善処します(←超弱気。
(2005.2.26)