石の床に自分の足音が響くのを聞きながら、城内の西棟と東棟の間に架かる長い渡り廊下を走る。
長い髪は一本に編み込んで、とっておきの青いリボンで結わえてあるので邪魔にならないが、城内なのでロングのフレアドレス着用中である。慣れない出で立ちに何度足が縺れたことか。今の所、とりあえずは転ばずに済んでいる。
すれ違う人たちがくすくすと笑いながら挨拶してくる。
「今日も呼び出しですか、西の魔女様」
「もーその呼び方は止めてくださいよー」
「ふふ、もう一年以上も経っているのに慣れませんか」
王立学院を通常の倍かけて卒業した後、私は突然森の奥に住むという賢者に呼ばれ、無理矢理弟子にされたあげく、約一年もこき使われ、そして、どういうわけか宮廷魔術師として収まっている。
理由は最近までよくわからなかった。
「あ」
とうとう裾を踏んづけて倒れかけた身体が、誰かに抱き留められる。顔を上げると、学生時代からよく見知った顔がある。
「ありがとー、カークさん」
「…廊下を走るな」
「ちょっと急いでいたものでー」
そのまま背中に腕を回す。
あの頃と比べても逢える頻度は違わないけれど、卒業してからもこうして逢えるのだから文句は言えない。
「また、東か」
「うん。あそこは勉強熱心だからねー、新しい魔導方程式とか考えるのに呼ばれたの」
私を抱く腕にほんの僅かな力がこもる。表情や言葉ではわかりにくいが、よく注意していれば行動に顕著に現れている。
「ここにいるってことは、シャルダン様たち登城してるのね」
「ああ、王子の部屋に居られる」
城の中で唯一彼が主人から離れられる時間は、シャルダン様が王子殿下の部屋にいるときしかない。あの部屋だけは王子が更に別の障壁をかけているかららしい。
名残惜しいが身体を離して彼を見上げる。
「そっかぁ。東のレリエスさんに呼ばれてなければ、もう少し一緒に居られるんだけどな」
バサリと、急に視界が閉じられる。そのまま抱え上げられる。
「すまん」
いや、謝られても。
凄いスピードでどこかに移動しているのはわかる。わかるんだけど、その。
「あのー、カークさん?」
止まったかと思うと、柔らかな布の上に降ろされた。包まれていた彼のマントから出され、目の前の男を見上げる。
「あの、ほんと、急いでる…んっ」
柔らかく口にした抗議はすぐに彼に止められ、押し倒されて、貪るように口内をかき回されて、意識全てを乱される。なんとか彼を押しとどめようと彼の胸を押す腕に、まったく力が入らない。
「…は、んっ…ちょ…か、カーク、さ」
漸く口が解放されたかと思うと、そのまま首に移動され、ちりりとした痛みを残して名残惜しそうに離れる。
「すまない」
「いや、謝らなくても。別に嫌な訳じゃないし。…むしろ嬉しいし」
手伝ってもらって起きあがり、もう一度彼の顔をよく見てみる。まったく、これぐらいで泣きそうな顔なんてしないでよ。
本当は私が今ここに居られるのが誰のおかげかもわかってる。それを本当に有り難いとも嬉しいとも思ってる。だからといって、それがあるから彼を好きなわけじゃなく、もっとずっと前から好きだと言っているのに、彼はいまいち信じてくれていないようだ。
「言っておくけど、レリエスさんは単なる仕事仲間よ?」
「わかっている」
珍しく苛立った声だ。どうしたのだろう。
彼はあまり語らないから、きっといろいろ溜めこんでいるのだと思う。それは私なんかに言ってもどうしようもないことなのだろうし、実際聞いたところで何のことなのかもわからないかもしれない。
それでも、話すことで彼の背負っているものが少しでも軽くなるといいのにと思う。しかし、無口な男は何も語ってはくれない。
手を伸ばすと、身体ごと抱き上げられる。それでもいいか、とその頭を抱えこむ。
「やきもち?」
「……」
「無言は肯定ととるわよ」
「…分かっている」
彼は言う。私を繋ぎ止める術がないのだと。閉じ込めておくこともできないのだと。気づいていないだけで、もう私は腕の中なのに。何を心配することがあるだろう。それとも、それほどに私は信用がないのだろうか。
書いたことを忘れてたー。
「モノカキさんに30のお題」の「雨」その後。
え、えろいかも…?
修業中まで書いたら面白いかな?それ以前に卒業式前後とか!
うわーやばー。浮かんできちゃった…。
(2006/01/05)