はーさん>> モノカキさんに30のお題>> 23. 永遠

書名:はーさん
章名:モノカキさんに30のお題

話名:23. 永遠


作:ひまうさ
公開日(更新日):2005.3.13
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2090 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚

モノカキさんに30のお題(23)


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p.1

「ねぇ、はーさん」
 常にない、心細げな声に薄く目を開いて隣を見ると、彼女が縁側に足を投げ出して、暗い顔をしていた。薄い水色の浴衣に結わえた蝶々結びの帯も、頼りなげに垂れている。

 手遊びしているのは、先日の患者が彼女に置いていった雛型のお手玉である。黄色い雛を放り投げては反対の手で取り、また放り投げては反対の手で取る。それを一つずつ増やしてゆく手捌きは、なかなかのものである。

「なぁに?」
「はーさんは、ずっとここにいるよね?」
 なにを当たり前のことを聞いているのだろう。ずっとここにいたのだから、ずっとここにいるに決まっているじゃない。

「当たり前でしょ」
 即答すると、驚いたようにその動きが止まり、全ての雛が縁側に落ちる。かと思うと、目の前に影が出来て、彼女の白い顔がある。

「本当?」
 とても嬉しそうだが、なにがそんなに嬉しいのだろう。

「約束ねっ」
 勝手に指切りをして、玄関の呼び鈴の音に駆けていってしまった。一体、なんだというのだ、あの様相は。

 指切りした小指をじっと眺めて考え込んでみても、何が変わるわけもなく。縁側を歩いてくる音に顔を上げて、彼を迎えた。

「いらっしゃい」
 年は一五、六位で、背格好は良いがまだまだ発育途中と見える。黒髪は短らず長からず、といったところだ。着ているのは黒い学生服で、革鞄を提げているところから、おそらく学校帰りなのだろう。

 こんな場所に少年が来るのは、不釣り合いな気がする。

「あ、の」
「甘いお菓子は好きかしら?」
「え、あ…はい」
 立って、先に居間に入ると、少年も入り口まではついてくる。だが、そこから中に入る様子はない。お茶菓子として彼女お手製のミニシュークリームをテーブルに置き、定位置の座椅子に座ると、彼女が二人分の紅茶を淹れてくる。

 少年は所在無気に居間の入り口に立ちつくしたままである。

「座ったら」
「あ、はい。失礼、します」
 言われるとおり座ったものの、不安そうに辺りを見回している。

「食べたら」
「…頂きます」
 逡巡の後、彼はミニシュークリームを口に入れた。そして、すぐに咳き込んだ。

「飲んだら」
 今度は何も言えずに、一気に紅茶を飲む。

「あつっっっ、な、え、ロシアンルーレット!?」
 普通にシュークリームを用意しているとは思わなかったけど、まさか今日のはロシアンシュークリームだったとは。相変わらず、見た目も予想も裏切るお茶菓子を用意してくれる。

 自分でも一つ食べてみる。が、意外に普通のチョコレート味だ。残念。

「何味だったの?」
 少年は涙目で、コーヒー味と答えた。意外でもなんでもない普通の味のはずだが、咳き込むか。

「俺、コーヒーダメなんです」
 咳き込むほど嫌いか。私にとっちゃむしろ『当たり』なんだけど、難儀なことだ。

 むせている少年を他所に、庭に遊びに来た雀を見る。今日は三羽で遊びに来ている。よく見ると一羽に二羽がくっついているようにも見えるが、遅れている一羽を気遣ってもう一羽がワザと遅れてくっついているようにも見える。

「少年」
 何となしに、彼に問いかけていた。

「永遠って、あると思う?」
 私の問いに、彼は少し考えたあとで、答えは返ってきた。

 彼自身が問い続けてきた問題であるはずなのに、その答えが返ってきたことが意外だった。

「いつかは皆、別々の道を進んでいくけど、それでもこれまでのこと、過去にあったことは絶対に変わらないし、消えないと思うんです。

 いつまでもその時の気持ちとか、絶対に忘れない。だから、その、なんていったらいいのかな」
 少し照れながら話す少年は、ここに来たときの緊張を僅かに解して、穏やかに微笑んだ。

「その気持ちが変わらないのなら、これからも貴方の友達と付き合っていけるわね」
 私の言葉に驚いたように目を見開く。

 彼の二人の親友は、彼に内緒で最近付き合い始めたという。彼女の方を異性として好きだった彼は、何を信じていいのかわからなくなったのだ。

「それは」
 しかし、私の言葉に彼の表情が揺らぐ。

「わかりません」
 わからないけれど、

「でも、あいつだって俺を出し抜こうとかそんなこと考えてなかったと思うから」
 だから。

「許せると、思います」
 彼らの親友として、二人を見守っていけると。少年は淋しそうに微笑んだ。今はまだ辛いけど、でも、いつかは素直に二人を祝福できるようになる。そう、信じられる。

 永遠は、永く遠く、ずっとずっと未来を見据えていう言葉。

 時が移り変わるように、色々なことが少しずつ変わるかもしれない。でも、ずっと変わらないことは絶対にある。絶対にあると信じること、願うこと。それらはずっとずっと変わらず昔からいろんな人が信じてきたことだ。

 永遠に続く想いで、世界は成り立っている。

「でも、お茶菓子に関しては変わって欲しいわねぇ」
 少年が帰った後、縁側で彼女とふたりでお茶を飲みながら言ってみる。

「変わらないこと。それがここの法則なんでしょ」
 しれっとして、彼女はいつもどおりにお茶を飲んでいた。

 ここの永遠は限りがあるのかどうかわからないけど、いつまでも彼女とこんな風にしていたいと思った。

あとがき

永遠を信じていない自分がこんなテーマで書くのは、難しい。
てか、いいかげんお題は全部が難しいと認めざるを得ない…。


いつか作ってみたいロシアンシュークリーム。
中身は甘いのから辛いのからしょっぱいのから無味まで選り取り見取り。
人に何も言わずに食べさせてみたい(マテ。
(2005.3.13)