ズキズキと頭が痛む。内側から殴られているような衝撃に、自然と眉が寄る。そうして、苦しんでいる私の頭に乱雑に氷嚢が置かれた。
「あの、もう少し、優しく」
私の言葉が聞こえないふりをして、彼女はまた台所へと消える。これ以上ないくらい怒られてしまったあとだし、まぁ当然なんだけど。
「ねー」
少しぐらい話を聞いてほしい。
気配さえも探れないほど遠くに言ってしまった彼女を諦め、いつもとは違う角度で庭を眺める。そこは青い空と白い雲と、ほんの少しの緑の木々の夏の庭だ。いつもと変わらない場所なのに、不思議と違って見える。
「センセーなにしてんの?」
声の方へ視線を移すと、吊り目の少年が私を怪訝そうに見下ろしている。
なにって、いわれても寝かされているとしか答えようがないんだけど。
「まぁ、なんでもいいか」
いいのかよ。
「今日はセンセにちょっと相談があるんだ」
「そぉだんんん?」
いかにも面倒そうだと思いながら、のそのそと起き上がり、座椅子に座る。すると思っていることがわかったのか、彼はクスクスと笑った。
「そんな面倒なことでもないから、まぁ聞いてよ」
「面倒じゃないなら、相談の必要だってないじゃないの」
私の文句なんて聞こえないみたいにさらりと無視して、彼は勝手に話し始めるから、私も適当に外を眺めながら聞いた。
いつもとは違う位置から眺める夏の庭はとても不思議なものにみえる。何がどうしてそうみえるのかというのは説明のしようもないんだけど、でもとにかく何かが違ってみえた。
「で、俺どうしたらいいかわかんないからさ。センセなら、知ってると思ったし」
そうそう気軽に来られる場所のはずはないんだけどなぁ。
「あのねぇ、そんなこと聞かれても私はあなたじゃないんだから、どうしたら、なんてわかるわけないじゃないの」
考え方も行動も全部が全部同じなら、そんなつまらない世界はない。そこで生きる意味があるのかどうかもあやしい。もしも私がそんな世界に放りこまれたら、どんなことをしてでも逃げ出すだろう。
「じゃあ、センセならどうする?」
なおも聞き続ける少年に、ひとつため息をつく。本当はどうしたいか決まっているくせに。
「じゃあ聞くけど、私が言ったことをあなたはそのまま実行するの?」
「はぁ?」
「わかってるならきくな」
こっちは頭が痛くてそれどころじゃないってのに。
畳の上に寝転がって丸くなる。当然、もう聞かないぞという意思表示でもあるのだが。
「で、センセならどうする?」
通じていないらしい。しかたない、と体を起こそうとして、机の端に肩を強かにぶつけてしまった。痛い。
「……」
痛みで何を言おうとしたのか忘れてしまった。これはきっと、彼自身が答えにたどりつけるということに違いない。そういうことにしてしまおう。
「答えは、あなた自身の中にある」
「ないから聞いて…あ、ちょ、まてよ。寝るなよっ」
「お客様のお帰りよ~」
寝転がって見えなくなった視界の端で騒ぐ声が、すっと消えた。そのすぐ後で、冷たいものが額に当てられた。それは決して乱雑にされたわけでなかった。
だけど、何か不自然さを感じて目を開く。そこには、不安そうな彼女の姿があった。
「どうしたの?」
なんでもない、と彼女は首を横に振って、台所へと消えた。
全部が同じ世界も全部がわかる世界もどちらもつまらないけど、彼女の気持ちぐらいは知りたいと思った。
開けてはいけない、見てはいけないといわれるパンドラの箱を開くようなドキドキを胸に、もう一度目を閉じる。彼女はどんなことを考えているのか、どうして私のそばにいてくれるのか。それを知りたくもあるが、それがここにいるという私の世界を壊すものならば、知りたくないと思った。