たん、たたん、たたたん。という雨の音は、あいつの足音に似ていると思った。
大きなどんぐり目やハキハキと話す声とその口、背格好から何から何までも女と言うにはあまりに幼い。だが、短く切りそろえられた髪からのぞく白い項が極珠に色っぽいと感じることがある。
俺らしくもねェ。
ごろんと寝返りをうつ。そこにあいつがいて、思わず飛び起きた。脳裏に浮かべていた姿そのままに、くぅくぅと無防備な寝顔を浮かべている。
普段から警戒心が足りない奴だけどよォ、男の隣でンな顔で寝る奴があるか。
「ったく、だからガキだってんだ」
幸せそうな頬をつつくと、眉根を寄せる。どんな夢をみているか知らねェけど、それでもすぐに幸せそうに笑って。
なァ、その幸せな夢に俺はいるのか?
「~うぅ…が、、くら、さん…」
「なんでェ」
「私のお団子…食べちゃダメです…」
一瞬自分の名前を呼ばれたので身構えたが、なんてェ平和な夢を見てやがんでェ。これが新選組唯一の女隊士で指折りの猛者っていって、誰が信じるよ。普通の女みてェじゃねェか。
ついこの間だって、血塗れの隊士担いできたりして、俺ァマジで心配したぜ。大丈夫だとか抜かしやがってたくせに、しっかり切られてやがるし。その上、夜には熱まで出しといて、なにが大丈夫だ。いい加減なことを言いやがって。だから、俺が一緒にいねェとダメなんだって言ってんだぜ。
「な、んで…」
ほろりと、一滴が流れる。
「私、女、なんだろう…」
ただの寝言だ。だが、俺ァ聞いちゃいけなかった。普段から気丈にふるまうこいつの唯一の弱音は、女であることのコンプレックス。力弱く、どこまでも男に敵わぬ腕力や、女であるゆえに漏らせぬ気弱さ。
男だって逃げたくなるようなどんな場面でもこいつはひとり立ち向かい、今の自分を築いてきた。こいつの前にある道はただの男も敵わぬほどの修羅の道で、想像しえないほどの血と刀で切り開かれてきた道だ。
一言でも弱音を吐けば、おそらくついてこれねェ。そうとわかっているから口に出せなかった言葉を聞いているのが、俺だけでよかったぜ。
「ばぁか」
普通の女よりも短く切り揃えられた髪を梳く。吸い付くような感触は、意外と心地よい。
「男だろうが女だろうがオメーに敵うやつなんかいねェよ、鈴花」
だから、平和な時が来る時までは頑張れるように、俺がずっとそばにいてやる。
「…うー…あれ、永倉さん?」
平和になったら、そんときァ、なァ。
「え、あれ? なんで、永倉さん???」
「俺を呼びにきたんじゃねェのか?」
「え、ええ。それで、なんで、あれ?」
混乱している鈴花の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「うわ、ちょっ、やめてくださいよっ」
平和になったらよォ、今度は女として俺に守られてくれよ。
「いーかげんにしないとっ」
「しねェと?」
「たたっ斬りますよっ!」
子犬のように吠える鈴花から離れ、境内を出た。追いかけてきてくれる足音が止まないことを願った。
結びが納得いかないというか、もうそこだけじゃない感じですが。
新八兄さんが見る未来の夢って感じです。
(2006/03/07 16:05)
公開
(2006/03/08)