目の前の女は、ただ普通に団扇を揺らしているだけだった。単に暑いからそうしているというのは容易に想像がつく。自分だって、服の触れる場所からじっとりと汗が滲んでくるのがわかる。
「あっついわねぇぇぇ」
こちらを向くわけでもなく、夏真っ盛りな庭を向いたまま。
「はーさん、髪解いちゃ駄目だってばっ」
案内をしてくれた少女が彼女に駆け寄り、そばに落ちていた幅広のリボンを拾い上げる。
「暑いって言うから、結んであげたのに!」
彼女はただ笑って言った。
「いらっしゃ」
「人の話を聞きなさーいっ」
ぱこん、と軽い音と共に彼女の姿が消える。どこに行ったのだろうと見回すが、どこかに残滓があるわけもなく。
「あの子は気にしなくていいわよ」
既に立って居間に入ろうとしている女に自分も続く。彼女は居間の座椅子にドカリと座ると、うっとうしそうに髪を持ち上げ、片側に寄せている。
「これだけ暑いとさぁ」
行儀悪く浴衣の内側を持ち上げ、団扇で風を送りながら続ける。
「春が恋しくなるわね」
そういえばどうしてだろう、と思う。今は春だったはずなのに、ここは夏がある。正確には、今朝近所の桜が満開だったのに、ここの庭は青々とした緑があり、空には入道雲がむくむくと育っている。
「あの」
「暑いわねぇ~」
言葉を遮って、彼女が呟いた。
リクエストではーさんの客いじりてコトで、おもてなし。てか、全然まったくもてなしてないし。
いや、相手してるだけこの人はおもてなししている部類にはいるのかもしれません。
(相手…してるか?)
安岐さんリクエストありがとうございます。ご要望に添えました?