あーぁと言ったところで目の前の天気が変わるわけもなく。昇降口から片手を出して、その感触を確かめる。確かなのは、今一歩踏み出せば濡れるということだけだ。
「読み違えたー」
今日は降らないって踏んでたんだけど、見事に大外れ。しかも風も強くて、雨が来ない校舎内にもう一度逃げ込む。抱えていた鞄には少し雫がついていたので、ハンカチで軽く撫でておく。
こういうとき、ドラマやなんかのお約束だとカッコイイ男の子が傘貸してくれたりするんだけど、現実がそう上手くいくわけがない。
「麻生、傘忘れたのかよ。今朝の天気予報で言ってただろぃ」
「ブン太じゃあねぇ」
わざとらしくため息をつくと悪友は、思った通りの言葉を返してきた。
「置き傘借りちゃえよ」
「ないわよ、この時間まで残ってたんだから」
「珍しく真面目だなー」
「うっさいなー」
彼は話しながら靴を履き替えて、私の隣に立つ。二人で同じ空を見あげても、もちろん止むはずがない。そんな都合の良いことなんて起こらない。
「麻生は足早かったよな?」
「それって走って帰れってことなのね?この大雨の中を一人走って!」
睨みつけると、常になく優しい顔で微笑む。もしかすると他の女の子にはそんな表情見せてるんだろうけど、いつも一緒に馬鹿ばっかりやってる私は初めて見る。
「ちげーよ。行くぜ」
私が驚いているのに気がついていないほど動揺しているのか、了承を取らずにブン太は私の肩を抱きかかえる。何この体勢。
よく騒いだりでこんなこともするけど、なんか、あの。状況が違うじゃん。
「バス停までなら送ってやる」
「私徒歩通なんだけど」
十分も歩くのよ!?と以前にも言った言葉を繰り返す。
「わーってる。いいから行くぞ」
「う、うん」
肩を抱かれるようにして、彼の歩調に合わせて小走りになりながらついて行く。
「は、早いよ。ブン太」
「文句言うなら置いてくぜ」
「ごめんなさい」
それでもしっかりと歩調を緩めてくれる珍しい悪友の顔を見上げる。
「なんだ?」
「いや珍しく優しいなーって」
「俺様はいつでも優しいだろぃ」
こんな状況で言われるとそんな気もしてくる。いや、騙されちゃいけない。
バス停についたところで傘から抜け出して、彼を指し宣言する。
「優しくなんて無いわよ!?」
「あーそうかよ」
「別に嬉しくなんてないんだからね? 御礼なんて言わないからね!?」
これは私の照れ隠し。丸井ブン太はそれをとってもよく知ってるから、楽しそうに笑っていった。
「期待してねぇよ」
傘を押しつける手は肩に触れていた手よりも熱を持って、震えている。だから私は傘を抱え、最高の笑顔で返してあげた。隣の席はモノをくれる人なら誰でも好きだというお調子者で、私の一番の悪友。
まだまだこの関係は崩したくないな。
(ブン太視点)
放課後の誰もいない校舎に、激しく打ち付ける雨の音が響く。
あーぁと心で思うのと同じタイミングで声が聞こえて、心臓が跳ねた。それはいつも馬鹿やってる悪友で、同時に俺が一番好きな奴。この学校であいつの魅力に気づけるのなんて、俺ぐらいだ。
「読み違えたー」
そういえば最近天気読みに凝っているとか話したコトを思い出した。文系の麻生は天気図を見てということはなく、諺とかを使って読むんだそうだ。
「麻生」
彼女は俺のほうを見もせずに、「文太じゃあねぇ」と言い出す。まったく俺様を誰だと思ってやがる。て、麻生にとっちゃ俺はただの友達なんだから当然っちゃ当然か。
適当な話をしながら靴を履き替え、隣に立つ。髪に数滴の滴がついて、昇降口のわずかなライトが反射して、麻生はとても綺麗に見える。美人とか美少女ってタイプじぇねぇけど、こんな風に見ると可愛く見えるのは惚れた欲目ってやつか。
「行くぜぃ」
自然に見えるように、麻生の肩を抱く。普段からこんなことしてるから知っていたけど、やっぱりこいつは細くて柔らけーな。
こんな風に二人だけで歩いたりということは、ほとんど無い。なにしろ、こいつは天性の悪戯好きらしく一時だって大人しくしてるということがない。大人しく隣を歩いてくれるのが雨のせいだとしても、それだけで嬉しくなる。傘の下、強く香るのは麻生からの甘い甘い匂い。そういや今日の調理実習の残りだとかって、甘いケーキを一切れ貰った。
バス停に後一歩と言うところで彼女が腕から抜け出す。そして、そのまま振り返る。
「優しくなんてないわよ? 別に嬉しくなんてないんだからね? 御礼なんて言わないからね?」
子供みたいなのに俺よりもしっかりしてて女らしくて、それなのに人をからかったり罠にかけたりするのが大好きなひねくれ者。ひねくれた彼女の精一杯の御礼はやっぱりひねくれてて。これはそのまま俺様が優しいって思ったってコトで、それがとても嬉しいって思ってくれて、ありがとうって言っている。
全部、わかってんだ。これだけ麻生晴樹のことがわかる俺って天才的だろぃ。
「期待してねぇよ」
傘を押しつけて渡すと、麻生はヒマワリみたいに笑った。学校じゃ今まで見せてくれたことのない笑顔に、クラクラする。計算してるわけがねぇって知ってるけど、そりゃ反則みたいなもんだろ。
抑えきれない想いで両腕を伸ばす。
「好きなんて言ったら、絶交だからね」
彼女なりの精一杯の照れ隠し。
「んじゃ言わねぇ」
腕の中で大人しくしている麻生の額にそっと口づけた。隣の席の悪友はひねくれ者の悪戯好きで、俺が一番好きな奴。
なぁそろそろ俺を好きになってくれてもいいんじゃねぇ?
睦月まるあさんへの開店祝いに頂いたリクエストで「男前なブン太」です。
遅くなって申し訳ありませんでした。
それなのになんてベタなネタ!!
いや、でもこういうベッタベタなのが好きなんです、私が(自分かよ。
期せずして、ブン太の誕生日前日に更新となりました。
おめでとうブン太!ありがとうございます睦月さん!!
これからも宜しくお願いします(平伏。
(2006/04/18 10:21)