幕末恋風記>> 本編>> (文久三年長月) 2章#胎動

書名:幕末恋風記
章名:本編

話名:(文久三年長月) 2章#胎動


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.4.20 (2010.1.3)
状態:公開
ページ数:7 頁
文字数:8153 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 6 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
20#胎動
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p.1

 今まで私は酔っぱらうほどの酒を飲んだことはない。体質なのか、まったく酔うことが出来ないのだ。そうでなくても気がかりが多すぎて今日ばかりは無理だ。

「オメーは勿論イけるよなっ」
 片側から永倉、正面には藤堂、少し離れて斎藤に囲まれながらも私は笑顔で応える。

「とぉっぜんっ。なんなら飲み比べてみるっ?」
 誘いにノって永倉と私が飲み比べを始めたのがたしか酉の刻頃だったと思う。そして、私が永倉との飲み比べに勝ったのが子の刻頃だったと思う。辺りは皆酔いつぶれ、めずらしく土方や山南、沖田までもが落ちていた。隣で寝言をいう原田は普段の粗雑さが影を潜め、しかめっ面な顔で七面倒な論争なんかふっかけてくるから、適当な平隊士を餌に置いてきた。

 当然ながら、芹沢も酔いつぶれている。最近は酒を控えていたから、芹沢もさぞかし効いたことだろう。

 先日、芹沢の腹心だった新見が切腹した。でも、その死はどう考えても不自然で、近藤と土方を問い詰めていたらあっさりと白状した。

 切腹に見せかけた暗殺。全ては芹沢自身の目の余るほどの横暴故だった。芹沢のせいで新選組の悪名は京中に知れ渡り、このままでは存続さえも危うい。

 だからこそ、芹沢は新選組内で粛正されなければならない、と。土方はそう言っていた。

 私だって、理屈はわかる。でも、理解したくないんだ。

 こうなるとわかっていたから、私は遠回しに何度か芹沢に言った。直接行けば逃げられる。だから、何度か酔っている芹沢の元へ忍んだけれど、眠っている状態では届かなかったのか。

 手紙も私は何度か芹沢に書こうとした。だけど、何をどう書けばいいのか。あの頃とは私も芹沢も立場や関係が違っていて、どうしても言葉に書けなかった。結局、書けたのは一言で、それさえも丸めた紙を芹沢の部屋に投げ捨てただけだ。読んでいるはずもないだろう。

 せめてあの頃に戻ってくれれば、私だって話をできた。

 厠へ行った帰りに廊下で酔いつぶれた振りをして、私は柱に寄りかかって眠った振りをする。もう遅いかもしれないけれど、私は芹沢にどうしても一言言いたかった。

「葉桜」
 上から昔みたいに柔らかくかかる芹沢の声に、私は顔をあげることができない。どうして今、そんな風に優しく私を呼ぶ。

「達者でな」
 それは全然酔っていない、昔のままの芹沢の声で。別れの、言葉で。

「俺は先に先生んとこへ行くぜ」
 全てわかっているのだと、芹沢の口ぶりでわかってしまう。芹沢は柔らかく私の頭を叩き、蹌踉けた様子で廊下を歩いていった。

 昔の、まだ父が生きていた頃の道場に来た道場破りだった、血気盛んな芹沢はとても高い志を持って、ずっと遠くを見つめていた。私は小さくて追いつけなくて、何度も稽古をつけてもらって、泣いて、笑って、また勝負して。あの頃の私は芹沢に勝ったことが一度もなかった。一度くらい、素面の芹沢と私はきちんと話したかった。

「……っ……馬鹿ぁ」
 芹沢は小さい頃からずっと私の憧れだった。だから、再会したときの芹沢を見て幻滅したし、私はとても哀しかった。安易に再会したことを喜ぶなんて私には出来なかった。芹沢はあの頃よりもずっと粗野で粗暴で我が侭で乱暴で。その行動が世間一般的にどれほどの迷惑をこうむるのかわからないはずがないのに、そんなことをする芹沢を私には理解できなかった。

 皆が皆、「お酒さえ飲まなければ」と芹沢を評する。私だって同じく思う。

 留まることができたなら、あの頃に戻ることができたなら、こんなことにはならなかったはずだ。隊の内部で局長を暗殺なんて、そんなことにならなかったはずだ。

「何をほがーに泣くがかぇ?」
 柔らかい声がかけられ、私は温かさに包み込まれる。この別れの宴に乱入してきた男ーー才谷は、さっきまで高鼾をかいていたはずなのに、いつのまにか私の隣に膝をついて、私の髪を優しく撫でる。

「あいとら全部わかっちゅう。おまんがほがーに泣くことはなんちゃーがやないがで」
 梅さんのくせに馴れ馴れしい。そういって私は振り払いたいのに、ただ涙が出て止まらなかった。本当は芹沢を助けたかった。だって、どんな人だったかとか、私はとてもよく知っているから。

 でも、旅に出てからの芹沢の噂はどう聞いても横暴で傍若無人で、実際にあったらもっと酷くて、芹沢は私を覚えてもいなかった。

 約束も、何もかも、憶えていなかった。

「どうしたがか」
「行くわ」
 私は立ち上がり、才谷を見ずに駆け出す。言っていないこと、言いたいことはまだあるし、まだ間に合うはずだから、私は廊下を蹴って走り出す。

 後ろに感じる優しい視線に見送られ、屯所へと足を急がせる私は気がつかなかった。

「ふふ……まっこと惚れ惚れするぜよ」
 才谷はにんまりとした笑顔で私を送り出してくれていた。



p.2

 私が屯所へと向かう道すがら、静かに雨が降りだす。雨は芹沢の運命を悼むように、ただただ強くなってゆく。雨に吸いこまれた服が重いけれど、私は気になんてしていられなかった。

 屯所の門を潜って直ぐ、私は鈴花を見つける。おそらく見張りだろう。

「鈴花ちゃん」
「っ葉桜、さん」
「まだ終わってないんだね」
「、駄目ですっ」
 鈴花の制止を聞かずに、私は真っ直ぐに芹沢の部屋へと向かった。私が屋内へと入ってすぐ、かすかに聞こえる剣戟の音からまだ勝負はついていないのだとわかる。

(間に合って)
 芹沢にも土方らにも殺されるかもしれないが、どうしても、私は芹沢に言いたいことがある。私は走りながら、小太刀を抜き放ち、芹沢の部屋の襖を開け放つ。今この場で大太刀では動きにくい。

「下村っ」
 私は芹沢の部屋の襖を開けた瞬間、驚いた顔の芹沢一人に的を決め、切りかかった。

 鈍い金属音と火花が散って、私はすぐに芹沢に攻撃を防がれたことを知る。

「おまえっ」
 鉄扇で私の一撃を受け止めた芹沢の顔が、驚愕を示す。芹沢に隙が出来た所で、私はすかさず二撃、三撃と続けて打ち込む。流石というか、芹沢には全てが防がれた。それでも、私は休むことも止めることもなく打ち込み続ける。

 あの頃の芹沢なら、私のこんな攻撃ものともしなかった。でも、今の芹沢はもう動きが遅くみえてしまって、それを哀しく思いながら、私は止めの一撃を振り下ろした。その一瞬、芹沢が笑ったように見え、上げかけた腕を芹沢が降ろしたのが私にはわかってしまった。

 芹沢から吹き出す鮮血がかかるのを気にもせず、落ちる彼の体を抱いて、私自身も座りこむ。急所を貫いたので、もう芹沢に意識はないだろう。それでも、私は問いかける。

「どうしてっ」
 自分が手にかけた男に、私は問いかけた。

「どうして忘れたんだよっ。父様との、私との約束をっ!」
 そうすれば、殺されることなんてなかったかもしれない。でも、殺されたかもしれない。でも、一言「久しぶり」って言ってくれれば、言ってくれれば力になった。一人になんてさせなかったし、どんな難題だって私にはこなせる自信があった。

 あなたが頼ってくれたなら、私はなんだってできたのに。

「葉桜、君」
「ごめんなさいっ」
 山南の声に、呆気にとられている面々に私は顔を向ける。たぶん、私は泣いていたと思う。

 ここでは疑われてはいたかもしれないけれど、私と芹沢の昔の関係なんて誰も知らない。信頼関係があったようには見えないくらい、私も芹沢も互いを嫌っていたから。

「後で切腹だって何だってするから、だから今はっ。この人を、せめて送らせて、ください」
 この時に私は斬られたってしかたなかった。斬るか斬らないか、四人が迷っていたのがこんな状態の私でも伝わってくる。でも、何より、目の前のこの人に私は言いたかった。自己満足になろうと、私は言いたかった。

「今のあなたは大嫌いだった。戻って、欲しかった」
 昔のままなら、私はもっと近くにいてあげられたのに。こんなことになる前に、私が芹沢を止めたのに。

「馬鹿だよ、あなたは」
 四つの気配が芹沢の部屋から、私の側から静かに消えた。

 誰もいない部屋にただ強く、雨が強く降っているのだけがすべてで。

「馬鹿だけどーー」
 たった二人きりの世界で私は強く強く、芹沢の亡骸を抱きしめた。



p.3

 迎えに来た鈴花と部屋へと戻り、彼女に手伝ってもらって、血のついた着物を脱ぎ、髪を洗い、体を拭いた。外を歩いてきたから、大半は流れてしまったおかげで、芹沢の血はあっさりと消えてしまって、少しも残らない。

 鈴花の勧めで早めに布団に入ったけれど、私は眠る気が起きず、ただ目を開いていた。鈴花はどこか部屋の外へ出たようだった。

 私は何も考えることが出来なくて、ただ昔の芹沢が思い出されて。全然、眠れなかった。こんなんじゃ駄目だと自分でもわかっているのに、私は何も、眠る気も起きない。布団から体を起こし、膝を抱えて、闇をただじっと見つめていた。

 襖越しに声をかけられ、私は小さく応える。

「眠れないのかい?」
 私が目を向けると、近藤が立っていた。雨の音で、近藤が何を言っているのか、私にはわからなかった。

 世界がぼんやりと霞んで遠く見える私に手を差し伸べて、近藤はただ抱きしめた。小さい子供にそうするように、私の髪を撫で、静かにあやす。

「君のせいじゃない」
 こんなに近いのに、近藤の声が聞こえないのを私は不思議に思った。

 芹沢とは小さい頃のほんの一時期を過ごしただけだった。後はずっと会っていなかったし、再会しても私はあんなに嫌いだったのに。今は芹沢のいない世界が空虚に満たされていて。暗い暗い穴が口を開いて、私の目の前にあって。

 あやすような近藤の手の平に体を預け、私は静かに目を閉じた。

「君のせいじゃないんだよ」
 誰かの声が、私の耳に響いていた。優しい声を抱いて、私はただ暗く深く眠った。



p.4

(近藤視点)



 眠ってしまった葉桜君の部屋に、俺の他にもう一人の静かな訪問者が訪れる。

「……近藤さん」
「眠ったよ」
「そうか」
 葉桜君をそっと布団に寝かせて、俺たちは部屋を出る。トシは普段ならば決してみせないような哀しい顔で庭の闇に視線を落としている。

「情けない顔してるなぁ、トシ。葉桜君は大丈夫だって。強い人だもの」
 俺はトシの肩を叩き、自分の部屋へを足を向ける。

「あいつが来るとは思わなかったんだぜ。俺たちでやるつもりだったのに」
「そういうなよ。彼女にも何かあるんだろ。知り合いみたいだし」
「仇敵になる程の、か?」
「うん、たぶんね」
 芹沢さんが「下村」と名乗っていた頃を知っている葉桜君。それが良い思い出だけであるはずはないと俺達は想像してしまう。でなければ、殺そうとなんて思わないだろうと。

「素面の、昔のあの人を知ってて、殺したってのか」
 俺もトシも推測の域を越えることはできないだろうけれど。葉桜君はきっと俺にもトシにも他の誰にも、本当のことは語らないだろうけど。

「女ってのは、こえーな」
「そうだねぇ」
 トシの言葉を振り見て、俺は笑う。

「でも、彼女を放っておけなかったんだろ? わざわざ俺に様子見に行かせないで、自分で行けばよかったのにねぇ」
 そんなこと出来るか、とトシは俺の頭を叩いた。

「なにすんのさ」
「俺じゃ葉桜は眠らねぇよ」
 トシは自分の部屋の襖を開けて、俺を見もせずに言う。その声音は清々しく聞こえるが、トシをよく知っている俺には悲痛に聞こえた。

「眠れねぇのさ」
 俺が何かを返す前に、トシは襖を閉めてしまう。

「二人とも強情だねぇ」
 からかう俺の声は雨音に吸いこまれ、誰にも届かなかった。



p.5

(永倉視点)



 雨の上がった庭へと降り、俺は顔を洗いに井戸へと向かう。その途中で珍しい人を見つけ、俺は眉をしかめた。

 他の人物なら驚かないが、庭掃除をする葉桜なんて、初めて見た。普段の葉桜ならこういう仕事はあの手この手と使って、何がなんでも避けようとしているくらいだ。庭掃除はキリがないから面倒なのだと、ぼやいていたのを笑ったことを俺は憶えている。

「槍でも降ってくるかぁ?」
 俺は空を見上げてみるが、昨夜の雨が嘘のような快晴だ。

「あぁ、おはよう、永倉さん」
 葉桜に柔らかな笑顔を浮かべて挨拶され、俺は背筋に寒気が走った。いつもの葉桜ならもっと意地悪そうな笑顔で、しかもだいたい人に仕事を押しつけるか、何か奢らせるかする奴だ。葉桜が普通の女みたいに優しく笑うなんて、俺は出来ないと思っていた。

 そういえば、昨日俺は葉桜と飲み比べをしたんだと思い出す。

「オメー、二日酔いとかなんねぇのか?」
「ないですねぇ。そもそも酔ったことないし」
「は? てことは、昨日のは」
「昨日?」
 不思議そうな顔をして、葉桜は俺を見る。

「昨日何かありましたっけ?」
「二人で店の酒飲み尽くしたかしれねーのに、覚えてねぇのか?」
 変だ変だと思いつつ、俺は葉桜に向かって足を勧める。葉桜は常なら絶対にしないような、普通の小娘のように首を傾げている。

 こうしてみると、葉桜に色気はないものの、けっこうな美人に見える。普段ならそうしていればいいのにと俺は思う反面、場所が場所だけにそうもいかないと気がつく。

「やっぱ酔ってたんじゃねーかよ」
「酔ってません」
「それとも未だに酔ってんのか?」
「酔ってませんって」
 頑なに否定する葉桜の腕を俺が掴んでみても、痛がるでなく、睨みつけるでなく、ただただ不思議そうに見返す。普通の女のように。

「酔ってんだろ」
 俺はやばいと、思った。葉桜は只でさえ人目を引く女なんだ。こんなに無防備な状態の葉桜が屯所内を歩き回るなんて、無謀にも程がある。

「酔ってません」
 俺の意図をわかっていないのか、ただ不思議そうな表情で、吸いこまれそうな茶色い虹彩の混じった黒い瞳で、葉桜は見返してくる。

 俺はやばい、と分かっていた。でも、葉桜から視線を反らせなかった。俺の近づく距離に、葉桜の方が顔を背け、再び箒を動かし始める。

「顔を洗った方がいいですよ」
 葉桜が悪い、と俺は心中で弁明する。抱き寄せ、葉桜の細い顎を掴んで、俺は口を合わせる。葉桜は抵抗もせず、ただ状況に驚き、目を見開いたまま。

 俺の臑を蹴り上げた。

「いってぇ!」
「さっさと顔を洗って、目を覚ましてください。昼頃、近藤さんからお話がありますから」
「なにすんだよっ」
 涙目になって蹲る俺に葉桜は背を向け、先ほどまでとまったく変わらない口調で言う。

「さっさと行ってください」
 それが拒絶も何もない感情のない声なのだと、俺は今更ながらに気がついた。謝ろうと思ったが、さっさと葉桜はその場を離れてしまって、俺にその隙も与えちゃくれない。

「……っち」
 俺は舌打ちして、仕方なく井戸へと向かった。



p.6

(山南視点)



 芹沢さんを斬った翌日の葉桜君の様子は、私から見て明らかに正気ではなかった。普段通りに行動しているから他の平隊士にはわからないようだけれど、私はよく葉桜君といたせいか違いがわかる。

 葉桜君は何かから逃げている。その何かというのが、芹沢さんを斬ったことへの後悔なのかどうかは、私にはわからない。

 道場から出てきた葉桜君が目をかけている桜庭君が出てきて、ため息をついた。

「あ、山南さん」
「おつかれさま、桜庭君。これから巡察かい?」
「はい」
 私にうなずいてから、桜庭君の視線が道場へと向けられる。

「大丈夫なんでしょうか」
 桜庭君が誰を心配しているのかは、私にもわかる。

「……大丈夫だよ。強い人だから」
「そう、ですよね」
 桜庭君が巡察へと出てからほどなく、数人の隊士が昼餉のために道場から出てきて、中にはとても微弱な気配が一つだけになる。葉桜君はまだ道場から出てこない。

 強い人だと桜庭君には言ったけれど、私にも自信はない。普段は少しも揺らぐことのない強い女性なのだと信じられるが、時々見える消えてしまいそうな脆さが私を不安にさせるんだ。

 道場内の弱い気配が移動するのがわかり、私は道場の中をのぞいた。瞬間、強い気合が辺りに広がる。もちろん、それは葉桜君に他ならない。彼女以外にこんな清廉な殺気を放つ者など、私は知らない。

「はぁっ!」
 葉桜君は空気に乗って、剣を放つ。だが、彼女はすぐさま誰かに向き直り、間合いをとった。

 一体誰とやっているのか分からないが、昨夜の葉桜君を思えば、自ずと答えは出てくる。

 見惚れる程に綺麗な太刀筋、流水のような運び、攻守一体となった動き。葉桜君の全てに、私は心を吸い寄せられる。

 それでも、私に近寄ることは出来ない。近寄れば葉桜君に斬られてしまいそうな殺気がそこにある。

 私は一度目を閉じ、意を決して、それに踏み込んだ。

 私の剣鞘と葉桜君の真剣がぶつかり合い、鈍い音が道場内に響き渡る。

 今日始めてみる葉桜君の瞳を見て、私は背筋が凍り付いた。

(葉桜君、君は)
 見ているだけで吸い込まれそうな闇とーー絶望。葉桜君はもう、壊れているのだと、思った。

「葉桜君、もう止めなさい」
 葉桜君は私に薄く笑うと、その場に崩れ落ちた。私が危うく抱き留めると、葉桜君の意識はすでになく、かすかな寝息が聞こえる。

 葉桜君はいつから夢現となってしまっているのか。私は不安に思いながら、その体を抱き上げる。

 常ならば、とても強く、堅く、何者にも崩されることがないと思っていた葉桜君の体は、私が思う以上に柔らかく、また軽かった。存在を不安にさせるほどに、消えてしまいそうに軽かった。

「葉桜……ってサンナンさん!?」
 道場を恐る恐る覗いた永倉君が、私と葉桜君を見て、何事かと目を見張る。だが、すぐに真剣な目で私は問いかけてきた。

「サンナンさん、何があったんだ?」
 私はただ止めただけだと答え、そのまま葉桜君を彼女の自室へと運んだ。

 葉桜君は一見調子が悪いようには見えないし、熱があるわけでもない。当然、怪我をしているわけもない。だが、静かに眠り続けた。昏々と、静かに静かに眠り続ける葉桜君を布団に寝かせてから、私は部屋を出る。

「っ……ごめん、なさい……」
 葉桜君は時折うなされながら、何度も何度も誰かに謝って。そのまま葉桜君は、翌朝まで一度も起きることなく眠り続けた。



p.7

(葉桜視点)



 部屋に差し込む柔らかな日差しに導かれ、私は落ち着いてまぶたを開いた。久しぶりにとてもすっきりとした目覚めで、そのまま私は体を起こす。

(昨日……は)
 昨日の、虚ろだった自分と止めてくれた山南のことを思いだし、小さく笑って、私は自分の額を押さえる。まさかこんな風に私があの人のーー芹沢の死を悼むなんて、思わなかった。なんとも思っていなかったと、むしろ憤りや怒りさえ感じていたのに。

 止めてくれた山南や、心配してくれた永倉には礼をしなければならないだろうな、と考えたところではたと思い出す。

(馬鹿には礼を貰う側だったな)
 私は軽くなった体に機嫌良くサラシを巻き付け、平服に着替え、庭に出た。私の行く先、井戸から聞こえる話し声に目的の人物を見つけ、私は旋律を刻んだ機嫌の良い足取りで、彼に近づく。

「永倉さんーっ」
 手を挙げて振り返った永倉に私はそのままつっこみ、鳩尾に拳を一撃叩きこむ。私の行動を予想だにしていなかった永倉は、そのままその場に蹲った。それに何かを察した平隊士たちは口々に私と永倉を置いて、去ってゆく。

「な、何しやがるんだ、オメー!」
 涙目になって見上げてくる永倉に、私はひたりと目を合わせ、極力可愛らしく宣言する。

「慰謝料」
「はぁ?」
「あとはぁ、着物とかー袴とかー新しい刀でもいいかなー」
「何がだよっ」
「鈴花ちゃんと私にお団子も買って貰っちゃおうかなぁ」
「なんで桜庭まで!?」
 混乱している永倉に、人差し指を口に当てて、私は囁く。

「高くつくよ?」
 虚ろな私に口づけたことは忘れていないし、自分を安売りするつもりもない。私が悪いなんて言い訳なんて、させてやらない。

 わかったかと私が笑顔で言うと、観念した永倉は神妙に頷くのだった。

「んじゃ、手始めに」
「待った」
「なによ」
「俺、今月はもう金ねぇんだけど」
「知ってる。給金がでてからでいいよ」
 私の悪魔のような微笑みに、今更ながら永倉は後悔したようだ。やっぱりやらなきゃよかった、と小さくつぶやいている永倉を、私は空を見上げて快活に笑った。



あとがき

土佐弁が分かりません!誰かご指導を!!(じゃあ、書くなよ)


芹沢ドリームというには甘くなく、永倉ドリームというには唐突で(しかも相手が不幸)、
土方ドリームというにも押しが足りない。
山南さんはこの場合、助演って感じですね。
結局自力で立ち直ってしまう主人公。
(2005/11/18)


修正
(2006/03/16 09:33)


会話編を入れなきゃ、最初から出来上がっていた部分。
芹沢さん、これを書く間にお気に入りになってしまったんですけど…。


ゲームの流れを全く無視するようになってきました…。
あ、リクエストがなければイベントはほとんどすっとばしです。
起こして欲しいイベントはお早めにメールや拍手等でリクエストしてください。
話が長いことを実感しているので、出来るだけ章単位での更新を心がけてみようと思います。
(2006/04/20 10:21) 新規


梅さんの台詞を微細修正。
(2006/06/21 10:45)


近藤のモノローグの人称を修正
(2006/07/06 09:05)


永倉のモノローグの人称を修正。
(2006/07/06 09:11)


改訂
(2010/01/03)


ファイル統合
(2012/10/09)


~次回までの経過コメント
武田
「わたくしの名は武田観柳斎。このわたくしが新選組に加わったからには万事ご安心めされよ」
「何やら新選組に長州の間者が紛れ込んでおったそうですが…」
「わたくしめにお任せくだされば、長州の間者など立ち所に見破ってご覧に入れましょう」