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書名:GS
章名:葉月珪

話名:想い出のアルバム


作:ひまうさ
公開日(更新日):2002.10.12 (2002.10.15)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:11961 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 8 枚
デフォルト名:東雲/春霞/ハルカ
1)
2002年誕生日記念

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p.1

ゴソゴソ…


「ないなぁ」

ガサガサ…


「ここでもないし」

ガタガタ…ッ


「なにしてんだ?」



 ドアの開く音にビクリと身体を震わせ、私は振りかえった。そこには薄茶色の寝癖みたいな外はねの髪で、碧色の瞳が印象的な青年が立っている。一度見たら忘れられないくらい、特別が溢れ出してる男の子。葉月はジュースを乗せたお盆を持ちながら、呆れ顔で私を見ていた。

「え…へへ」
 笑いながら、スカートを直したりして、居住まいを正す。真っ直ぐに降りてくる視線がくすぐったくて、自然笑顔が零れてくる。断じて、誤魔化しているわけではない。…と思う。

「ごちそうさまですっ」
 立ち尽くしている葉月のお盆からコースターとグラスを取って、テーブルの上に乗せると、中で氷が控えめに音を立てた。

「今日はねぇ、なんとおやつ持参!しかも、愛情たっぷり手作り…」
「なにか、隠してる」
 ギクッと手が不自然に止まる。テーブルにグラスを置いた変な態勢の私の耳に、葉月の息遣いが聞こえる。それもそのハズで、葉月は体を屈めて、私の耳元で話していた。

「隠し事あると、お前、妙に…」
 言葉が止まって、振りかえると葉月の顔が間近にあって。予想できたこととはいえ、心臓に悪い。

「えー別になにもないよ?」
 無理やりに笑顔を作ると、いやぁな沈黙が流れて、葉月は隣りに座った。

 今日、私はある計画のために葉月の家に来ている。デートの予定を無理やりに彼の家にしてもらって、かなり不自然だったろうに何の詮索もされなかった。もう少しぐらい勘ぐっても良さそうなものだが。

「バイオリンの曲で、いいか?」
「うん」
 葉月は座ったまま、リモコンを取り、スイッチを入れる。といつものバイオリンソナタが流れ出す。細く長く紡がれる弦の響きにしばし酔いしれ、感化されてるなと気づいて苦笑した。少し葉月と似ている。4本の弦から色々な音が溢れ出して、私を魅了していく。葉月の奏でる音は細く小さく、でもとても長くて私を包み込む。

「習ってたって、言ったよね?」
「ん?」
「バイオリン」
 あぁと曖昧に隣りで頷く。僅かに身動ぎしているのは照れているから。ちょっとした仕草の方が、言葉よりも雄弁に葉月を語る。

「…聞きたいな」
「やだ」
 即答で返されて、ホントに驚いた。だって、いつも私の言うことはなんでもしてくれる。私の言うことはなんでも聞いてくれるのに。

「えーなんで?」
「…おまえこそ、どうして?」
 真っ直ぐに見返してくる碧の瞳に吸い込まれそうで、目を逸らせずにいた。なんでって聞きたいから以外に何の理由が必要なのよ。透き通った碧色のビー玉よりも深い色に、困惑した私が映ってる。そんなに見つめられると、見つめられると…、照れちゃうよ。

「なんでもないっ」
 恥かしくてうつむいた私の髪がかすかに揺れて、葉月の手に収まる。

「…変なヤツ」
 髪の先まで神経が通ってるみたいなのに、葉月は手元で弄ぶソレを口元に持っていって。

「ぅきゃ!?」
 後ろから押されるように、私はその腕に収まっていた。葉月が空いているもう片方の腕で抱き寄せたと、気がついた時には身体中にハスキーボイスが響いていた。

「おまえ、シャンプー、何?」
「へ?」
「イイ匂いがする」
 大好きな人の腕の中でそんなこと言われて、冷静でいられる人なんているはずない。シャンプー、今はなに使ってたっけ。最近、変えたんだよね。CMで見たヤツで、えーっと。えーっと――。

「なにか、探してたな」
「アルバムなんて、探してないよ?」
 あ。と気がついたら、私の舌がするりと白状していた。自白剤なんていらないじゃない、私。この腕の中で何も隠してなんて置けない。

「…アルバム?」
 もういいや。正直に言ってしまおう。

「前に、さ。見せてくれなかったじゃない」
 まだ本当の恋人同士になる前、高校生の頃。「そのうち」と濁されてしまった一件は、私の中にわだかまりを残していた。小さい頃会っていたことを思い出している今なら、あの時見せてくれなかった理由もなんとなくわかる。でも、あの時見せてくれれば、遠回りしないですぐに葉月を思い出せたのに。

「だから、ね?」
 正直に言って、見せてくれるといいのだけれど。顔を上げると、僅かに喜色を隠している。でも、瞳の中にいるのは戸惑いの一色だ。

「あぁ…どうしても見たいのか?」
「うん!」
 葉月は大きくため息をついて、私を抱く手を離した。柔らかな熱が離れるのが少しだけ淋しいけど、すぐに戻ってきてくれるから。無意識に目線がその手を追う。どこに置いてあるんだろう。本棚の前まで行って、その前で葉月は立ち止まった。そのまま動かない。

 どうしたんだろう。

「やっぱり、やめとく」
「えーっ」
 近づいていった私にそう呟いて、葉月はソファーに寝転がった。

「また今度、な」
 あの時と同じ断り方して、私が引き下がると思ってるの。ずるいよ、そんなの。

「今がイイの!」
 葉月を揺さぶろうとして伸ばした手は引き寄せられ、あっという間に腕の中。なんでもそつなくこなすのは知ってるけど、こんな時まで発揮しなくてもいいじゃない。

「なんで、あんなもの見たがるんだ?」
 鼓動と体温に安心しながら、やっぱり心臓バクバクしてて。

「は、離して…っ」
「自力で抜ければいい」
 身動ぎすると、もう葉月の顔は目の前で、小鳥が啄ばむようにキスが振ってくる。

「…春霞」
 目を閉じていても、口唇に触れる温かくて柔らかな感触は誤魔化しようもない。

「は、話す! 全部、白状するから!!」
「…もう、遅い」
 私の心に直接触れてくるキスは、いつも以上に甘くて激しくて、いつまでも離れなくて離したくない。

 どのくらい経過したんだろう。ぼうっとする頭で何か聞かれて、何か答えて、離れていく熱がやっぱり寂しくて。でも、動けなくて。

「…ほら」
 差し出された一枚の紙切れが何を意味するのか、最初、私はわからなかった。

「これだろ」
 女の子が写ってる。夜明けの光に茜さすような曙色の髪が印象的で、誰かと楽しそうに手をつないでる写真だ。誰と手を繋いでいるのかはわからない。写真が半分に切れていたから。

「あ!」
 慌てて、部屋の隅に置いた鞄を取りに行った。戻ってきて、すでに横になっている葉月の隣りに座り込んで、手帳に挟んでおいた同じ大きさの紙を取り出す。

 写っているのは柔らかなハニーブロンドに翡翠色の瞳の男の子。大きな目を見開いて、見るからに嬉しそうにしている。こちらも誰かと手を繋いでいる写真で、その先は切られている。

「珪、見て!」
 さっきの女の子の写真と合わせると、切れた部分も綺麗に繋がった。

「やっぱり」
「…おまえ」
「絶対に珪が持ってると思ったの」
 嬉しくて嬉しくて顧みると、葉月はうつむいていて顔が髪で隠れて見えない。

「珪?」
 体を倒して、顔を覗きこもうとしたら、葉月は起きあがった。

「…サンキュ」
 顔は隠したままだ。よろこんでくれてるの、かな?

「珪?」
 衝動に駆られて、体は自然に動いていた。隣りに行って、出来る限り腕を伸ばして抱きしめたかっただけなんだけど。猫みたいに体を摺り寄せてこられてしまった。いつもと態勢が違うせいか、むしろ愛しさが溢れてきて、腕に力が篭る。

 今が肝心なタイミングかもしれない。

 今日のもうひとつの目的。

「…お誕生日、おめでとう」
 え、というくぐもった声が体に響いてきてくすぐったい。

「やっぱり。また、忘れてた。珪の生まれた特別な日なんだよ? どうして、毎年忘れるの」
 苦笑しながら上から見下ろす葉月の顔は、新鮮だ。小さい頃の面影が重なって、今はとても幼く見える。いや、たぶん葉月はずっとずっと見た目よりも幼いのだろう。一度見たら忘れないくらい記憶力がいいのに、自分の誕生日を忘れるなんて、きっと思い出したくないことがありすぎたから。



 でも、私は感謝したい。

 葉月が生まれてきたことに。

 葉月と出会えたコトに。

 葉月といられる今に。

 愛し愛される、今に。



「…別に」
「別にって…」
「春霞が、覚えていてくれるから」
 俺の代わりに覚えていてくれるから、て。なんなんだろうね、この人。

「うん。毎年、言ってあげる。“また、忘れてる”って」
 毎年、一緒にお祝いしてあげる。

「…春霞?」
 戸惑う葉月に影を落として、口唇を重ねた。



 葉月より上手くないけど、毎年、私からキスを贈るわ。

 葉月が生まれてきた奇跡に感謝して。

p.2

 意識が全部絡みとられる。快楽から自分のすべてを奪い去られそうな感覚で、私は体制が替えられていることにも気づかなかった。それくらい、葉月はキスが上手い。私から仕掛けたはずなのに、罠にハマっているのはむしろこっちの方だ。

 白濁してゆく意識の外側で、能天気な音が響いた。



ピンポ―――――――――ンっ



 それがチャイムの音と理解するまでに少しの時間を要したのは、キスがまったく動揺もせず、止まりもしなかったから。



ピンポ―――――――――ンっ



 チャイムが鳴っているということは、それはこの家に訪問者があるというコトである。力の入らない腕を突っ張り、口唇を遠ざけようとするが、背中に回された腕にいっそう力が篭って、キスはどんどん深く私の中に入ってくる。

「…~~~っ」
「いいんだ」
 一瞬離れた口から、詠んだように囁かれ、また、深く口付けられ――。

「よくないよっ!」
 慌てて顔を逸らせるものの、今度は首筋に柔らかな感触が。

「や…珪…っ」



ピンポ―――――――――――――――ンンンっ



「宅配便でーすっ」
 のんびりとした男の声が小さく聞こえてくる。

「珪…っ」
「…いいんだ」
 いつの間にやら見上げる態勢になっていた私は、興奮して潤んだ瞳で葉月を睨んだ。それに気づいた葉月は視線を逸らそうともせず、ただ優しく微笑んで。起き上がった。

「いつものことなんだ。父さんと母さんが送ってくる荷物」
 起きあがって瞳を覗きこむと、やっぱり淋しいって呼んでる。文化祭の時、屋上で見たのと同じ顔してる。

「いつもはどうしてるの?」
 配達屋が勝手に置いていく、と葉月は言った。嘘だって、すぐにバレるのに。

「珪?」
「ウソ。ちゃんと受け取ってる。だから、そんな顔するな」
 大きな手がクシャクシャと頭を撫でまわす。これは彼なりの愛情表現だって知ってるけど、せっかくセットした髪を崩すのはやめて欲しいとも思う。

「待ってろ」
 言い残して、葉月は部屋を出ていった。静かに静かに歩く足音は聞こえないけど、目を閉じると聞こえない葉月の中の足音まで聞こえてくる気がする。気にしてない素振りのポーカーフェイス。だけど、いつもより軽い足音に本当に自分で気がついていないんだろうか。毎年贈られてくる御両親からの贈り物。きっとそれは愛情の証。

 いつも葉月が寝転がるソファーに、同じように寝転がってみる。視界には白い天井が広がってるけど、柔らかなソファーは座っただけでもさっぱりとした新緑の香りを私に運んでくる。いつもの葉月の匂い。こうして、寝てみるとそれがよけいに強くなって、抱かれている時よりももっとずっと安心する。

 いつもここに寝て、何を考えているんだろう。いつもひとりで―――本当に、何を…。

 ドアの開く音で、私は跳ね起きた。

「見せて見せて!」
 抱えているのは、淡い黄緑色の包装紙で丁寧に包まれた大きな箱だ。ベルベットの光沢を見せる赤いリボンは、少し歪んでいる。

「別に…面白いこと、ないぞ?」
 包装を破らないようにそっと外していると、背後からほのかな温かさに包まれる。葉月が後ろから手を伸ばして、最初に外したリボンを持っていく。隙間から覗く小さな目が、ひとつふたつみっつ…。出てきたのは、19000ピースの大きなパズルゲーム。寄り添いじゃれ合う二匹の仔猫が中心を占領し、あとはただただ白いパズルだ。

「動くな」
 触れられた髪の1本1本から、緩やかで暖かな優しさも流れ込んできて、少し心地好い。大半は動機の忙しさにかき消されるけど。

「これ、毎年?」
 部屋中に飾られている額に収まったパズルを見回す。いくつあるんだろう。

「あぁ。…動くなって。春霞」
 何をしているのか、予想はついてる。こういう悪戯、結構好きなんだよね。

「私からもプレゼント、あるんだけど」
 すぐに私の隣りに移動してきたから、待っていたんだと思った。いくら私でも、キスがプレゼントなんてことする気はない。さっき取ってきたバッグを引き寄せて、中から淡い黄緑チェックの包装紙に包まれた赤いリボンの包みを取り出す。意図せずして葉月の両親と同じになったけど、気にしないでくれるだろうか。

「もう、もらった」
 向き直る前に大きな腕で抱きすくめられる。

「お前がこうして隣りにいてくれれば、俺はそれでいい…」
 重ねようとしてくる口唇を無理やり押し返して、私は笑いながらプレゼントを差し出した。少し不満そうな顔は小さな子供のようで可愛くて愛しくて、でも、このプレゼントは絶対に見て欲しい。

「開けてみて」
 言われるままに私が丁寧に包んだ紙を、細長い綺麗な指が外していく。中から出てきたのは、とりあえずは白い箱。

「…お前」
「開けてみて!」
 なおも笑顔を崩さずに身を乗り出した私の額を、さっと何かが掠った。

「開けるぞ」
 不意打ちで、またキスされたと気がついた時には、もう頬が火照ってる。でも、今日は勝たせない。

 箱から丁寧に取り出したプレゼントを見て、葉月は固まっていた。

「…本気か?」
 取り出されたモノは、ふわふわの大きな毛玉。開いたソレは、葉月が楽に着れるつなぎのパジャマ。フードが付いて耳が付いていて、おまけに尻尾も付けてある。いうなれば、着ぐるみの三毛猫柄のパジャマ。

「頑張って作ったのーっ」
 もちろん、こんなものがその辺で売っているはずもなく、手芸部で鍛えた自分の手で縫った。葉月の寸法は、何故か尽情報。

「ちゃんとね、ポタンじゃなくてマジックテープだから」
 嬉々として語る私とプレゼントを交互に見て、困惑している。

「作ったの…か?」
「うん! この肉球、ちょっと苦労したんだ~」
 猫に肉球は必須だから。そういうと、困惑が苦笑に変わった。

「もしかして、それで…目が赤いのか」
 上手く誤魔化したと思ったんだけど、バレてたんだ。

「バカ…だな」
 引き寄せられ、くしゃくしゃとまた髪を撫で回される。猫、好きだから、喜んでくれたよね?

「ホント、バカだ」
 葉月の「バカ」は半分は好きって気持ちが混じっているから、別にあまり気になるわけではないが。あまり連呼されると気に障る。

「もー、またそうやって」
 ふわっと何かが耳をくすぐる。

「…え?」
 頭に何かがかけられて、視界が見えなくなる。

「…春霞」
 気づいた時には口が触れ合い、吸い込まれるように快楽に落ちている。私は自分の作った着ぐるみぱじゃまに包まれて、葉月の腕の中で落ちていった。

「お前ごとなら、受け取ってやる」
 甘い夢に旅立つ前に、私はそんな優しい声を聞いた。



――本当に眠っちゃったんだけどね。



♪Happy BirthDay Dear Kei♪


♪Thank you for the birth♪


♪Thank you for finding me♪


あとがき

こんなんでも2002年10月限定フリー配布でした。
お持ちかえり、ありがとうございました。
完成:2002/10/12


しののめ色という色があるそうで。英名で ーンピンクというそうです。
どうでしょ、どうでしょ!?初めて王子らぶらぶ成功な気がしません!?(自画自賛w)<バカ。
甘く甘くと考えていたら、こんな馬で鹿な文章が出来あがってしまいました。
もう、限定フリーなんて企画、やめよう…。
あんまり、自分が苦しいんで、王子を困らせてみました。
着ぐるみ猫パジャマをあげたことないんで、反応がよくわからなくて、かなりのニセモノ王子かもしれません。
ごめんなさい。
こんなんでも2002年10月16日のみの限定配布でした。お持ちかえり、ありがとうございました。
完成:2002/10/15