意識が全部絡みとられる。快楽から自分のすべてを奪い去られそうな感覚で、私は体制が替えられていることにも気づかなかった。それくらい、葉月はキスが上手い。私から仕掛けたはずなのに、罠にハマっているのはむしろこっちの方だ。
白濁してゆく意識の外側で、能天気な音が響いた。
ピンポ―――――――――ンっ
それがチャイムの音と理解するまでに少しの時間を要したのは、キスがまったく動揺もせず、止まりもしなかったから。
ピンポ―――――――――ンっ
チャイムが鳴っているということは、それはこの家に訪問者があるというコトである。力の入らない腕を突っ張り、口唇を遠ざけようとするが、背中に回された腕にいっそう力が篭って、キスはどんどん深く私の中に入ってくる。
「…~~~っ」
「いいんだ」
一瞬離れた口から、詠んだように囁かれ、また、深く口付けられ――。
「よくないよっ!」
慌てて顔を逸らせるものの、今度は首筋に柔らかな感触が。
「や…珪…っ」
ピンポ―――――――――――――――ンンンっ
「宅配便でーすっ」
のんびりとした男の声が小さく聞こえてくる。
「珪…っ」
「…いいんだ」
いつの間にやら見上げる態勢になっていた私は、興奮して潤んだ瞳で葉月を睨んだ。それに気づいた葉月は視線を逸らそうともせず、ただ優しく微笑んで。起き上がった。
「いつものことなんだ。父さんと母さんが送ってくる荷物」
起きあがって瞳を覗きこむと、やっぱり淋しいって呼んでる。文化祭の時、屋上で見たのと同じ顔してる。
「いつもはどうしてるの?」
配達屋が勝手に置いていく、と葉月は言った。嘘だって、すぐにバレるのに。
「珪?」
「ウソ。ちゃんと受け取ってる。だから、そんな顔するな」
大きな手がクシャクシャと頭を撫でまわす。これは彼なりの愛情表現だって知ってるけど、せっかくセットした髪を崩すのはやめて欲しいとも思う。
「待ってろ」
言い残して、葉月は部屋を出ていった。静かに静かに歩く足音は聞こえないけど、目を閉じると聞こえない葉月の中の足音まで聞こえてくる気がする。気にしてない素振りのポーカーフェイス。だけど、いつもより軽い足音に本当に自分で気がついていないんだろうか。毎年贈られてくる御両親からの贈り物。きっとそれは愛情の証。
いつも葉月が寝転がるソファーに、同じように寝転がってみる。視界には白い天井が広がってるけど、柔らかなソファーは座っただけでもさっぱりとした新緑の香りを私に運んでくる。いつもの葉月の匂い。こうして、寝てみるとそれがよけいに強くなって、抱かれている時よりももっとずっと安心する。
いつもここに寝て、何を考えているんだろう。いつもひとりで―――本当に、何を…。
ドアの開く音で、私は跳ね起きた。
「見せて見せて!」
抱えているのは、淡い黄緑色の包装紙で丁寧に包まれた大きな箱だ。ベルベットの光沢を見せる赤いリボンは、少し歪んでいる。
「別に…面白いこと、ないぞ?」
包装を破らないようにそっと外していると、背後からほのかな温かさに包まれる。葉月が後ろから手を伸ばして、最初に外したリボンを持っていく。隙間から覗く小さな目が、ひとつふたつみっつ…。出てきたのは、19000ピースの大きなパズルゲーム。寄り添いじゃれ合う二匹の仔猫が中心を占領し、あとはただただ白いパズルだ。
「動くな」
触れられた髪の1本1本から、緩やかで暖かな優しさも流れ込んできて、少し心地好い。大半は動機の忙しさにかき消されるけど。
「これ、毎年?」
部屋中に飾られている額に収まったパズルを見回す。いくつあるんだろう。
「あぁ。…動くなって。春霞」
何をしているのか、予想はついてる。こういう悪戯、結構好きなんだよね。
「私からもプレゼント、あるんだけど」
すぐに私の隣りに移動してきたから、待っていたんだと思った。いくら私でも、キスがプレゼントなんてことする気はない。さっき取ってきたバッグを引き寄せて、中から淡い黄緑チェックの包装紙に包まれた赤いリボンの包みを取り出す。意図せずして葉月の両親と同じになったけど、気にしないでくれるだろうか。
「もう、もらった」
向き直る前に大きな腕で抱きすくめられる。
「お前がこうして隣りにいてくれれば、俺はそれでいい…」
重ねようとしてくる口唇を無理やり押し返して、私は笑いながらプレゼントを差し出した。少し不満そうな顔は小さな子供のようで可愛くて愛しくて、でも、このプレゼントは絶対に見て欲しい。
「開けてみて」
言われるままに私が丁寧に包んだ紙を、細長い綺麗な指が外していく。中から出てきたのは、とりあえずは白い箱。
「…お前」
「開けてみて!」
なおも笑顔を崩さずに身を乗り出した私の額を、さっと何かが掠った。
「開けるぞ」
不意打ちで、またキスされたと気がついた時には、もう頬が火照ってる。でも、今日は勝たせない。
箱から丁寧に取り出したプレゼントを見て、葉月は固まっていた。
「…本気か?」
取り出されたモノは、ふわふわの大きな毛玉。開いたソレは、葉月が楽に着れるつなぎのパジャマ。フードが付いて耳が付いていて、おまけに尻尾も付けてある。いうなれば、着ぐるみの三毛猫柄のパジャマ。
「頑張って作ったのーっ」
もちろん、こんなものがその辺で売っているはずもなく、手芸部で鍛えた自分の手で縫った。葉月の寸法は、何故か尽情報。
「ちゃんとね、ポタンじゃなくてマジックテープだから」
嬉々として語る私とプレゼントを交互に見て、困惑している。
「作ったの…か?」
「うん! この肉球、ちょっと苦労したんだ~」
猫に肉球は必須だから。そういうと、困惑が苦笑に変わった。
「もしかして、それで…目が赤いのか」
上手く誤魔化したと思ったんだけど、バレてたんだ。
「バカ…だな」
引き寄せられ、くしゃくしゃとまた髪を撫で回される。猫、好きだから、喜んでくれたよね?
「ホント、バカだ」
葉月の「バカ」は半分は好きって気持ちが混じっているから、別にあまり気になるわけではないが。あまり連呼されると気に障る。
「もー、またそうやって」
ふわっと何かが耳をくすぐる。
「…え?」
頭に何かがかけられて、視界が見えなくなる。
「…春霞」
気づいた時には口が触れ合い、吸い込まれるように快楽に落ちている。私は自分の作った着ぐるみぱじゃまに包まれて、葉月の腕の中で落ちていった。
「お前ごとなら、受け取ってやる」
甘い夢に旅立つ前に、私はそんな優しい声を聞いた。
――本当に眠っちゃったんだけどね。
こんなんでも2002年10月限定フリー配布でした。
お持ちかえり、ありがとうございました。
完成:2002/10/12
しののめ色という色があるそうで。英名で ーンピンクというそうです。
どうでしょ、どうでしょ!?初めて王子らぶらぶ成功な気がしません!?(自画自賛w)<バカ。
甘く甘くと考えていたら、こんな馬で鹿な文章が出来あがってしまいました。
もう、限定フリーなんて企画、やめよう…。
あんまり、自分が苦しいんで、王子を困らせてみました。
着ぐるみ猫パジャマをあげたことないんで、反応がよくわからなくて、かなりのニセモノ王子かもしれません。
ごめんなさい。
こんなんでも2002年10月16日のみの限定配布でした。お持ちかえり、ありがとうございました。
完成:2002/10/15