幕末恋風記>> 本編>> (元治元年文月) 4章#長州咆吼

書名:幕末恋風記
章名:本編

話名:(元治元年文月) 4章#長州咆吼


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.5.2 (2010.2.26)
状態:公開
ページ数:5 頁
文字数:8053 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 6 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
44#長州咆吼
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p.1

 皆は知らない事だけれど、近藤さえも知らないことだけど、山崎だけが勘づいていたようだけれど、定期的に私は松平容保様の所へ足を運んでいた。

 大抵が現状報告のため。それから、鈴花の現在の様子をお伝えするため。照姫様は本当に鈴花を気にしておられて、でも鈴花はきっと手紙だけでは報せないこともあるだろうから、と。私から容保様へお伝えし、容保様から照姫様へと伝えられる、密やかな新選組の近況報告のために。

 その日は定刻よりも遅れて容保様とお逢いした。待ちくたびれた私は庭の緑の欅を前にして、ただ呆けていた。私らしくもない失態で、容保様の変化に気がつくことが出来なかったことだけが悔しい。

「葉桜殿は、欅がお好きなのかな?」
「欅も、と言ったところです」
 葉に触れるか触れないかというギリギリの位置に差し伸べていた手のまま、顔だけ振り返り柔らかく微笑んでみせた。容保様は私のその笑顔がとても安心すると言ってくださったから。

 また、そんな私に柔らかい微笑を返してくださる容保様に、私も安心できるから。

 ゆっくりと歩いてくるのを待つ。砂利を踏む音は小さく、存在感も強かれど、他藩の藩主に比べれば少々微弱であろうと推測される。

 体を折り、自然と傅く。

「貴方にそのような真似は似合いませんよ」
 いつもそう言って、私の手を取り、立ち上がらせる。私は普通の女性よりも背が高いので、容保様と同じか少し高い位置に目線が来る。それが見下しているように思われる気がして、直視し辛い。

「容保様に言われているようでは、たしかに未熟ですね」
「葉桜殿は御身を卑下しすぎでしょう」
 そんなつもりは全くないのだが。

「かないませんね、容保様には」
 そう、どんなに自分を繕おうとしても、この人の前では全てが無駄だった。ここに来ると役目を忘れ、全てを任せてしまいそうになる自分を抑え、容保様の手を取る。合わせた手を絡め、ほっと息を吐く。

「いつもより随分と冷たいですね。一体いつから見ておられました?」
「何、ほんの半刻ほどだ。貴方がいるとわかるまでが長かったがね」
 それは半刻なんてとうに過ぎているじゃないか。

 私の瞳が色を変えたことに気付き、容保様は弱く微笑む。小さく溢される謝罪に、返す言葉はない。

「それじゃ、今回の報告といきましょうか」
「ああ、頼む」
 庭を歩き、いつもの東屋まで足を運ぼうとして手を離した。歩いたのはただの一、二歩だったと思う。よく憶えていないのはその後に走った衝撃からだ。揺らいだ気配に振り返り、即座に戻って抱き留める。

「容保様っ」
「……あ、あぁ、すまない。葉桜殿」
 腕の中で意識の消えてゆく体を抱え、叫ぶ。

「誰か! 容保様がっ!」
 憔悴した顔で、よほどの無理をしてきたのがわかるはずなのに、私は近くにいて気がつけなかった。この時のことを私は何度も後悔することになる。

 松平容保様が体調を崩し、お倒れになられることは書いている事柄ではなかった。書いていないからと言って起こらないわけではないということなど当たり前のことなのに、その当たり前に気がつけなかった自分が悔しくてならない。



p.2

 容保様が呼び出した近藤と話している間、私は隣の部屋で気配を完全に殺してその話を聞く。

「池田屋での一件、本当によく働いてくれた。礼を言う」
「我ら当然のことをしたまでです」
「あの時、そなたが池田屋を発見してくれなければ、天子様は長州へ動座奉られてしまったであろう。そして、今頃私も命を奪われていたに違いない」
 容保様が咳き込む声に動き出しそうな自分を、私は必死に抑える。私がここにいることは今、近藤に悟られてはいけないのだ。容保様のためにも私自身のためにも。

「これ以上のお話しはお体に触ります。ご無理をなさらぬよう」
「いや、話しておかねばならない。長州藩の動きのことだ」
 すでに聞いていた話に私はきりりと唇をかみしめる。

「何か、あったのでしょうか?」
「長州は過激な倒幕を諦めず、兵を動かしているのは知っているだろう。どうやら、そろそろ本格的な実力行使に出る向きがある」
 予想していたこととはいえ、無謀をするものだ。長州は民衆が犠牲になることも厭わないというのか。それが、同じ人間の所行とは思えない。

 京の町の人たちには関わりのない戦いなのに、彼らに言わせれば何もせず、安穏と暮らしているのが許せないのだと言う。力を持たない人が、学を受けない者が安穏と暮らすことが何故悪いのか。皆必死に日々の生活を生きることの何が悪いというのか。そう考える私は浅はかだろうか。

「その際は私も打って出なければならない」
 聞いていない話に私は耳を傾ける。何を言い出すのですか、容保様。

「失礼ながら、そのお体では無理かと」
「ああ。医師にも守護職の仕事を辞めるべきだと言われた。しかし、今、私以外に京都守護職となってくれる者もない。病をおしてでも戦いに出なければならぬのだ」
 京を守ろうとする者がいない。恥ずかしいことに、今の日本の現状はそれだった。

 容保様だって、進んで京都守護職を受けたわけではない。だが、とても真面目な人だから、病をおしてまで責務を果たし、京を、天子様を守ろうとされている。そんな容保様だから、私も力を貸したいと思っているから。

「私で、いや、新選組にできることはありませんか」
「おお、その申し出、心から嬉しく思うぞ」
 だから、こうして新選組を裏切ってでも容保様への報告を行っているのだ。

 近藤がいなくなった後の部屋で、私は容保様を無理やりに隣の寝所へと運んだ。体は弱々しいけれど、この人はとても強い。今一番大変なこの京都守護職という職を命を賭して行っているのだ。そんな人は弱いわけがない。

 容保様の布団の上掛けを引き上げつつ、私は呟く。

「容保様がこれ以上ご無理をなさらないように、私が働きますから。だから、どうか御身ご自愛ください」
 私の頬に触れる細い手をつかみ、その甲に口づける。

「葉桜殿?」
「西洋では、これを忠誠の証と言うそうですよ」
 私が守りますから、と容保様に繰り返す。

「必ず私がお守りしますから、どうか」
 どうか、自分自身のことも考えてください。容保様にいなくなられるのも、私にはとても辛いことだから。



p.3

(山南視点)



 屯所内のざわついた隊士達の波が動いてゆく。葉桜君は、それを私の部屋でただ感じているようだ。私はまた体調を崩して療養している最中だったから。

「近藤さんもお戻りになられたようですね」
 葉桜君がぽつりと溢す言葉を咎めるつもりは、私にはない。ただ柔らかく葉桜君の髪を撫で続ける。まだ万全でない私の体調を心配してか、葉桜君は私を見ようとはしない。それとも、先程話してくれたように、お倒れになられたという容保様と私を重ねられているのだろうか。どちらにせよ、私には憶測の域はでない。

 それに加え、今葉桜君から聞いたばかりの話を私自身、どう判断したものかというのも考えあぐねる。泣いて私の部屋から出て行った葉桜君が、久しぶりに来てくれたと思ったら、彼女は容保様に会ってきたという。それも話しぶりから、葉桜君が容保様の元へ行ったのは今回だけに限ることでないと容易にわかったし、彼女自身もそれを否定しなかった。

 葉桜君からの話の内容には、長州がとうとう本格的に実力行使に出る動きがあるという話も含まれていた。葉桜君自身も意識してのことではないだろうが、話しぶりから衝突が免れないという想像は私にも容易だ。

「土方さんに言っても構いませんよ」
「何をだい?」
 葉桜君はふてくされた子供のように、決して私と目線をあわせようとしない。

「おそらく誰も、山崎も私が容保様のところへ出向いていたことは知りません。山南さんが考えているように、私はずっと新選組を欺いていた。でも、誓って新選組を貶めるような真似はしていません。ただ全ての真実をあの方にお知らせすることが私の役目ですから」
 小さな小さな少女のようで、とても頑固で、とても強くて、そして弱い葉桜君を私はそっと抱きしめる。

「それほどに大切なことを私に話してくれたことをとても嬉しく思うよ」
「山南さん」
「なのに、こんな時期に体を壊してしまっている自分が申し訳ない。葉桜君に何もしてあげられない」
「何を言って」
「新選組にいて、何も出来ない自分が情けないよ」
 私の弱気な言葉ごと包み込むように、葉桜君は細く小さな腕を私の背中に回して強く抱きしめ返してくる。

「そんなことありません。少なくともこうして話を聞いてくださるだけで、私には十分すぎるほどです」
 秘密が多い葉桜君は、極端に誰かを頼るということを怖がっている。私がいなくなってしまうことを恐れ、存在を確かめるようにすがりついてくる好意は嬉しいのは嬉しいのだが、おそらく私と葉桜君の感じている好意の種類というのはまったくの別物だ。私が一人の女性として葉桜君を好きだということに対して、葉桜君のそれは家族に向ける愛情のようなものだ。暖かいが、熱くはならない。

「前回の池田屋襲撃で長州は新選組を警戒していたし、大元を潰したのは新選組です。きっとここにも襲撃があるはずです。戦に出ることだけが戦いではありません。それに戦場は市中を巻き込むことになるでしょう。民衆の安全を守ることも、新選組の仕事ですよね?」
 私が驚くように腕を緩めれば、腕の中ではここを守ってくださいと、微笑する少女がいる。自分の帰ってくる場所を守ってほしいと、葉桜君が私に頼んでくる。

 どこまで葉桜君は私の不安に気が付いているのだろう。それとも気がつかずに、私に居場所を与えてくれようとしているのだろうか。

「期待してますよ、新選組総長殿」
 それが無意識であっても、私の腕の中で笑っていてくれる葉桜君がいる限り、頑張ろうと心に誓った。

 私の決意を鼓舞するように、離れた部屋から隊士達の同意の声が聞こえていた。



p.4

(葉桜視点)



 会津公からの出動命令が出、私は近藤率いる本隊の隊士として伏見へ向かっていた。道中、町中だというのに戦いの跡がいくつも残り、見回せば辺りには多くの者が傷つき、斃れている。

 長州の望みは確かに過激倒幕だ。だけれど、それで民衆を犠牲にしていいわけがないと何故、気がつかないのか。

 怒りで沸騰しそうになる頭を、私は拳を強く握り込んで抑える。これから戦闘が起こるというのに、余計なことを考えている場合ではないというのに。

 後ろで鈴花が永倉たちと話しているのが聞こえる。あの子なんて、こんな戦いの跡を見ては落胆もするし、緊張もするだろう。せめて、彼らと話して余計な緊張が落ちてくれるといいと願う。

「心配?」
「そうですねー、鈴花ちゃんはあんまりこういうの慣れてないだろうし」
 私の隣で近藤が困り顔で微妙な表情を浮かべている。

「……葉桜君は慣れてるんだ」
「少なくとも初めてじゃありません。京に来る前は旅暮らしをしてましたから」
 ここまで大きな戦いはなくとも、小さな争いというのはどこに行ったってあるし、いつだって私にどうにかできるわけじゃない。遅すぎたということはいくらでもあった。

「それはいいけど、俺が聞きたいのはそう言うコトじゃなくて、容保様のコトだよ」
 後の部分は私に気を遣ってくれたのだろう。かなり小さめの声だったので、周囲に目を走らせても気が付いた者はいない。

「今日は参内なさるとおっしゃっていたよ。寝返りを打つことさえ辛い状態だというのに本当に無理をする」
 本当に無茶な人だ。

「近藤さん、やっぱり貴方は凄いよ」
 言われたとたんに、私は容保様がお倒れになられた時のことを思い出してしまった。今は新選組の仕事に集中しなければいけないというのに、腕の中で青い顔で意識を失っていく様が鮮明に浮かび上がってくる。

「それから、やっぱり容保様も凄い。だから、私はここで頑張らないといけないんだ」
 新選組の活躍は、きっと容保様を助けることになる。だから、私は震える腕を押さえ込み、強い笑顔で近藤に笑いかけたのだけど、近藤は仕方ないなぁというように呟いて言ってくれた。

「葉桜君には別の任務を与える」
 普段と違う物言いに、私は心を構える。

「今すぐに容保様の所へ行って、そして無事に参内できるように御守りしてきなさい」
「はい。……え、近藤さん?」
 急に何を言い出すのだろうと見たけれど、私には近藤の表情から何も読み取れない。ただ、近藤は行ってらっしゃいって言ってくれて。私の背中を押してくれた。

「有り難うございますっ」
「無事に送り届けたら、合流ね」
「はいっ」
 この時、私は先に御所の公用門の方で長州藩兵が待ちかまえていることを知り、容保様に南門からの参内を進言して事なきを得た。

 伏見で合流した私を、近藤はただ「おかえり」と言って迎えた。



p.5

 伏見の長州勢が退き、程なく始まった御所への砲撃を耳にした新選組は御所へと急いで向かっていた。その最中で私がひとつの人影を見つけた時、どうやら同じく見つけたらしい近藤も立ち止まる。

「あはは、み~つけた!」
 こちらを見る近藤と目線を合わせ、私は頷く。

「そうだな、とりあえず葉桜君は俺と一緒に来てくれ」
「了解、先行きます」
 近藤が他の指示を出しているのを聞きながら、私は人影を追いかけた。彼に付いていた者が一人消え、二人消え。後ろに近藤の足音が聞こえるのに安堵して、私はさらに速度を上げる。

「意外と体力があるね」
 ようやく止まった人影に合わせて、こちらも足を止めて対峙した。

「二度目はないと言いましたよね、桂さん」
 追撃の最中に見かけた背中を見間違えたわけではないということは、近藤の様子からもすぐにわかった。だから、私は追いかけた。桂を私は一度故意に逃がしているが、あの時に言った「次はない」という言葉を撤回するつもりはない。

「桂さんほどのお人が一人でいるなんて不用心すぎないかな?」
 近藤の軽口に桂も軽口で答える。

「俺の逃げ足が速すぎてね。部下たちはついてこれなかったみたいだ」
「あはははは! たいした逃げ足じゃないの」
 桂の軽口は近藤と張るくらいだろうか、一度会った時と代わりはない様子に、私は少し安堵する。今は明確に敵同士だから、素振りを面にすることはないけれど。

「たいした用がないならもう行ってもいいかい?」
 笑いながら言う問い掛けに、流石に近藤もカラ笑いを収める。

「ははは、は。ごめん、そりゃ無理」
「それは困ったな。俺はこの後、めちゃくちゃになった長州を立て直さなきゃならんのだ」
 まったく困った様子に見えない桂は長州を立て直せるつもりでいるのか、と少し私は目を大きくする。笑っているが、桂の目は真剣に見えたからだ。

「こっちだって困るさ。京をこんなにしちまった顛末をじっくり聞かなきゃならないんだ」
 近藤が刀を構えるのに合わせて、桂も刀を構えて対峙する。どちらも譲れない信念があるから、二人が対峙する、ただそれだけで間に入れないほどの緊張がびりびりと私にも伝わってくる。ざわざわりと私の肌も総毛立つ。

「抵抗しなければ斬りはしない。おとなしくお縄になってよ」
 静かな、だが力強い近藤の言が空気に強く弦を張る。

 私だったら、ここに踏みいるようなことは出来ない。少しでも動けば始まってしまいそうな斬り合いの気配に、私は唾をごくりと飲んだ。

「桂先生!!」
 だか、それは私だけだったのか。二人の間に一人の剣士が抜き身の刀を中段に構えて、入り込む。

 無粋な、と眉を潜めた私はすぐに剣士の後ろを駆け去る桂の姿を捉えていた。

「待てっ」
 追いかけようとした私の前にもう一人、剣士が立ちふさがる。桂を先生と呼ぶなら二人とも攘夷志士だから、切り捨ててしまえばいいのだか。

「ジャマ、しないほうがいい」
 私の狙いはあくまで桂だから、殺気を放って牽制する。それに怯みもしない長州藩士に、私は少し目を見張り、すぐに彼の覚悟に気づいた。私たちの前を塞ぐ二人は、もうほとんど気力だけで、気迫だけで立っている。長州にもこんな人物がいるのか。こんな人に、桂小五郎は慕われているのか。

「ごめん、戦えない」
「貴様っ」
 私は刀を仕舞い、たんっと地を蹴って彼を下方に交わし、桂の後を追う。悪いけれど、彼らは近藤にまかせよう。

 走り始めて直ぐ、私は桂の背中を捉えた。間違いようのない、真っ直ぐな背中、真っ直ぐな足取りの男に、刀ではなく手を伸ばす。

「桂さん、そう簡単に」
 私の手が触れる寸前、急に桂が振り返った。あまりの意外さに反応できない私は桂に腕を捕られ、胸元へと引き寄せられる。強く香るのは桂が着物に焚きしめた香の匂いか。

「また貴女に会えたら、俺は聞きたいことがあったんだ」
「桂さんっ」
 桂の力は沖田並に強く、私は身動きがとれない。

「何をっ!」
「何故あの時、貴女は俺を見逃した。貴女は新選組だろう?」
 それを言われると、私は耳が痛い。

「勤務時間外だったから、だ」
 これが私の本心でないのはすぐに見抜かれてしまったのだろう。桂からは苦笑が返される。

「そんな面白くない答えを聞きたい訳じゃないんだけどな」
「他にどんな理由があるっていうんだよっ」
 私が噛み付くように言い返したのは、まさかこんな所で桂が個人的に気に入ったからなどと口に出来ないからだ。基本的に気に入った人間に対して私はとても甘い。だから、本当に桂に危害を加えることなく、無傷で屯所へ連れていきたいと思っている。だから、この腕を力づくで外すことができないでいる。

「じゃあ、何故振りほどけない? 君はあの葉桜だろう。池田屋襲撃でたった一人で沖田を守って戦っていたという」
 ならば容易なはずと桂に指摘され、私は口籠もる。こういうくせ者ばかりに出会ってしまう上、しかもそんな人たちが私は憎めない。どうしても、桂が長州の者だと知っていても、彼の道を力づくで遮るには私に覚悟も足りない。

「こんなことをしていたら、近藤さんに捕まりますよ」
「貴女といられるなら」
「馬鹿なことを言わないで。……大人しく捕まりますか?」
 ゆるりと腕が外され、私は身構える。正面にある桂の瞳には曇り一つない。

「さっきも言ったように、俺は長州を立て直さなきゃならんのだ」
「新選組として、それは困ります」
「葉桜君自身としては?」
「……卑怯です、桂さん」
 私の頬に添えられる桂の手はごつごつとしていて、とても力強い。

「それは君の方だ。そんな顔をしてはどんな男だって囚われる」
 桂は嘘ばっかりだ。それが本当ならここで私に捕まるのだろうけれど、桂の目は逃げ切ることを望んでいる。

「次に逢えたら、一緒に来ないか?」
「ごめん、出来ない」
「それは残念だ」
 桂の言葉を合図に、私は桂の腕を掴んだ。そのまま倒そうとするけれど、いつものように技がきれない。いらつく私を見てとったのか、桂は私に柔らかく笑いかけ、笑顔のまま鳩尾に一撃を喰らわせられ、私は気絶させられてしまって。気が付いた時には近藤が目の前にいて、私が桂に逃げられたと言っているのに「無事で良かった」と泣き笑いされてしまった。

 大した怪我はないので、その後で私は進んで掃討戦に加わった。この時の戦闘は一日で長州の敗北となったものの、京放たれた火は以降三日間休み無く燃え続けてしまう。一条通と七条通の間は三分の二も焼け落ち、町の人々は逃げた山間部から消えない炎を呆然と見下ろしていたと、後で避難誘導に回っていた隊士から私は耳にした。

 そして、会津藩や薩摩藩もだが、新選組も長州から京の町を守った英雄として称えられたけれど、長州は朝敵となった。それを素直に喜べない自分を私は押し隠す。

 戦なのだから仕方がないと言ってしまえばそれまでだけれど、やはり私は人が死ぬのは嫌なんだ。甘い考えだと分かってはいるけれど、それに慣れたくはない。死に慣れてしまったら、自分でなくなってしまう気がして、私はずっと怖くて。考えるだけで震える自分を、私は無理矢理に押さえ込んだ。



あとがき

山南さんは蔑ろにしてはいけません。
だって、総長ですもの。
(2006/05/01 18:04)


意味は無いのですけど、「|欅《けやき》」は福島県の県木です。
会津なので、合わせてみました。
まったく関係ないでしょうけどね。


当時の京都は本当に大変で、どの大名も守護職をやりたがらなかったそうです。
会津公だって本当にやりたいわけではなかった。
それでもやり通したこの松平容保様という方は本当に真面目な人だったのだと思います。
(2006/05/02)


容保様の参内に関してはゲームではなく新選組関連書籍から参考にしました。
ゲームの内容だけだとわからないことだらけなんですよね。この辺りは。
(2006/05/02 13:28) 新規


桂に口説かれる話になってしまった。
(2006/05/02 14:54)


リンク変更
(2007/06/27)


前半のモノローグを山南に人称修正するついでに、大幅に改訂。予定外!
(2006/07/06 17:01)


改訂
(2010/02/21)


改訂
(2010/02/26)


ファイル統合
(2012/10/09)


~次回までの経過コメント
沖田
「天王山まで追い詰めた長州の真木和泉が自刃しましたね」
土方
「ああ、今日は夜のうちに撤兵して明日からは大阪で残党狩りを行う」