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書名:GS
章名:氷室零一

話名:怪盗Reiichi


作:ひまうさ
公開日(更新日):2002.10.16
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:7669 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 5 枚
デフォルト名:東雲/春霞/ハルカ
1)
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p.1

 「Close」と下げられた店の前で、私は立ち止まった。木製の厳めしい造りのくせに、店主同様、どこか人を惹きつけて止まない扉は小憎らしい。いっそこのまま帰ってしまおうか。

 何度もそう思って、私は足を止める。でも、結局最後はこの扉を開けるのだ。

 店内に乾いたペルの音が響く。夜になれば、ここも人でいっぱいだが、流石に開店前とあっては店主とその悪友の姿しか見当たらない。

「いらっしゃい、春霞ちゃん」
 店主の声に出迎えられ、私はいつも通り頭を下げた。できるだけ、背筋を伸ばして姿勢良く歩き、カウンター越しの店主と向き合うように座る。極力隣りに視線を捕われないように。

「こんばんは、マスター…」
「レモネードを2つだ」
 簡潔に遮られる声に、また私は聞き惚れる。つい1時間ばかり前に聞いたばかりの声だが、こちらも憎らしいくらいに良い声だ。

 店主は苦笑しつつ、冷蔵庫に向き直った。

「少し、遅かったようだが?」
 無機質な感情のない声に左右されるのはいつも私だ。

「先生には、関係ないことです」
 ここで怒鳴ってしまってはいつものパターンだと、ぐっと自分を堪える。かすかな笑い声が聞こえる。絶対に、今見てはいけない。だって、今日は――。

「春霞ちゃん、軽くサンドイッチでも食べるかい? 仕事の前に」
 仕事の前に腹ごしらえを。

 その言葉に導かれるままに顔を向けた私の視界に、優しく微笑む男の姿が入った。

 カウンター回りだけの小さな光だけでも、艶めく紫銀の髪。細く光彩の入るマラカイトの深い緑の瞳。その辺の女性に劣らない白皙の素肌。そして、何よりも整いすぎるほど精巧な顔立ち。僅かに残る幼ささえ含めて、すべてが完璧な男の名は氷室零一という。私の自慢の担任教師だ。

「春霞ちゃん?」
 呼びかけで気がついて、店主に向き直る。この薄暗さできっと、火照った顔は気づかれないはずだ。

「ありがとうございます。でも、これからパーティーに行くんですよ?」
「ははは。だって、春霞ちゃん、花形のモデルだろ? 食べれない食べれない」
「ひどいです、マスターさん。私、今日はそれがいっちばん楽しみなんですからね!」
 芸術祭の受賞パーティーで、私は理事長直々にモデル役を仰せつかっている。

 酒場の店主と実直な教師、そして優等生な私達は秘密を共有している。

 氷室を中心に、怪盗Reiichiという義賊まがいのことを行っているのだ。氷室は在るべきモノを在るべき場所へ還そうとしているだけだという。それでも、犯罪には違いない。

 マスコミでは散々、祭り上げられ囃したてられているが、私達の関係も態度も変わらない。

 そして、今回の依頼は天才芸術家といわれる三原色氏。内容は盗まれたデザイン。

「おい。裏は取れたのか?」
 ささやかな笑いに氷水でもかける声に、店主は笑ったまま返した。

「オレが春霞ちゃんと仲良いからってひがまない。ひがまない」
「仕事の話だ」
 冗談も通じやしない。今日は常に輪をかけて機嫌が悪いらしい。店主は軽く肩を竦めてみせて、男に向き直った。

「確かに美術部に三原氏が居残っていた日に、誰かはいた。そして、そいつは斎藤氏と交流があるのも確証がある。でも、ひとつわからないコトがあるんだ」
 店主にわからないコト。

 それは、どうして三原氏が絵を書いている最中に席を外したか。集中している時、人払いをかけるほど、神経質な芸術家。それが中断してまで席を外す理由がわからない、と。

 氷室の視線が、私に一瞥された。

「そんなことは――どうでもいい」
 席を立って、カウンター奥の扉をくぐる。その背中を私はただ見つめていた。

「なに、怒ってんだろうね。あいつ」
 不思議そうにマスターは呟いていた。

 三原氏が席を外した時、私は三原氏に会っている。昇降口の前で。

「私もそろそろ行きますね」
「レモネード飲んでいきなよ」
「そろそろ開店させないとダメですよ、マスターさん」
 来た時と同様に、私は通りすぎるようにバーを離れた。



p.2

 確かに、これ三原君のに似てるかもしれない。

 ドレスを着て、最初に思ったのがそれだった。赤いドレスは思ったよりも窮屈でなく、端につけられた黒フリルが華やかさを演出する。服の上につけられた薄い白のベールはむしろ邪魔だ。

 依頼の前に、私が三原君とあったときにも、その後にも云われたことがある。

――アレは失敗作なんだ。

 これほどのモノをデザインして、そこまでいう彼もどうかと思うが、これをもっと思索した結果がいつもの彼の服なのだろう。

「春霞、かわいーっっっ」
「よく似合うよー、春霞ちゃん」
「思ったより似合うじゃない。まぁ瑞希には劣るけど」
「…いいんじゃない?」
 会場に来ていた友人達が口々に褒めるのもなんだか空の上みたいだ。人が多すぎて、葉月君じゃないけど気分が悪くなってくる。

「そういえば、知ってる?」
「えー何?」
「怪盗Reiichiが今日、来るんだって!!」
 奈津実の言と同時に私は、グラスを落としかけた。

(やばっ、ドレスに落ちる!!)
 そう思った時には、ゆったりと落ちるグラスが妙にスローモーションで、それをキャッチしたのは、姫条君で。奈津実になんとなく睨まれてしまって。

「あぶないなぁ。せっかくのドレスに落としたらアカンで?」
「あ、ありがと」
「しっかし、ホンマよう似合うとるわ。なんやっけ、タイトルの、んー貴婦人のドレス?」
 窓の外から、一際大きな風が吹いてくる。大きいけれど、しっかりとはめられたガラスはカタリとも音を立てない。

「芸術祭の賞総ナメやってんな。すごいな、三原の」
「姫条!違う違う!!これ、斎藤ってやつのだよ!」
 慌てて、奈津実は姫条の口にフランスパンを突っ込んだ。て、丸ごと1個はマズイでしょう。

「アホ!人を死なす気か!!」
 姫条の叫びと窓ガラスが一斉に割れる音が重なった。風が一気に室内に流れ込み、私の着ていた白のヴェールを剥ぎ取る。

「時間通りね」
 時計を見ながら有沢が呟くのが聞こえた。

「約束通り、姫を迎えにあがりました」
 言葉と共に、羽根の軽さで彼は私に傅いている。彼を中心に時が止まったような錯覚を受ける。

 怪しげな黒い光沢のあるマントを羽織っていても、その身のこなしは鮮やかな印象で。顔半分を白いマスクで覆っていても、その丹精な顔は隠しようもなく。ただ闇夜に浮かぶ月だけが、変わらない紫銀の髪を照らしている。

「観念しろ、怪盗Reiichi!!」
 風にさらわれるままに、私の身体が浮き上がる。マントに越しに氷室の温かさが伝わってくる。

「…きちんと捕まって、目を閉じていなさい」
 小さく命じられるままに、顔をマントに埋めた。

 喧騒があっというまに聞こえなくなる。あとはただ、風の音のみ通りすぎてゆく。

「東雲、目を開けなさい」
 聞こえる声はいつもより優しい。教師としてではない、怪盗でいる間だけ氷室は優しい。

 開いた目の前には大きな月と、それよりも大きな時計があった。はばたき市にある一番大きな時計台の近くの屋根に、私は立っていた。高いところは別に怖くない。でも、手を離されたら、死んでしまう。

「離さないで、ください」
「離しはしないさ」
 一瞬離れた手が私を引き寄せる。身体が、宙に浮く。

「もう引き上げるぞ」
 マントの中に包まれて、私は何も見えなくなった。



★dear-himausasama.jpg★遠坂アキラ★「怪盗Reiichi・元絵」★



p.3

 カウンター奥から出てきた私をマスターの拍手が迎え入れた。

「ごくろうさま、春霞ちゃん」
「私、何もしてませんよ?」
 きちんとたたんだドレスをマスターに手渡し、私も氷室の隣りに座る。

「春霞ちゃんがいてくれたおかげで、今回の依頼もスムーズだったからね」
 言葉は氷室に向けられているが、当の本人は不機嫌そうに眉をひそめている。いつもより、皺が1本多い。

「はい、仕事の後のレモネード」
「マスターさん、湯気がみえます」
「そりゃぁね。ホットだもん」
 ホットレモネードは嫌いじゃないけど、仕事の後はやっぱり少々のアルコールのが嬉しい。ていったら、氷室に怒られるか。

「零一がね、春霞ちゃんが夜風に当たって冷えてるだろうからって」
 ガタンっと隣りで勢いよく席を立つ音がした。

「ピアノ、借りるぞ」
 いつも通りなのに、どこか無理をしているようにもみえる。あ、ピアノの角にぶつかった。

 ピアノの付近だけは、いつもスポットライトが消えることがない。椅子に座ると奏者は白い光に包まれて、一種神々しささえその身にまとう。カウンターから多少距離は離れていても、細く長い指が鍵盤に降ろされるギリギリまで、私は見ている。

 始まる音はいつも緩やかなバラード。

 氷室独特の優しさを耳に運んできて心地好い。

「仕事の後は、やっぱり先生のピアノですよね」
 心地好い優しさが、いつもそばにあると良いのだけれど。

「そうだね。…眠くなってきたかい?」
 カウンターに突っ伏しながら、私は氷室から視線を離さずに首を振った。

 ピアノを弾いている時だけは教師でも怪盗でもない、ただの純粋な「氷室零一」になる先生が好き。

 あの時計台の上の時のように、私を離さないで捕まえておいてください。

「アレでもね、いつも心配してるんだよ。春霞ちゃんが怪我しないかとかね。もちろん、オレも」
 怪我というなら、窓ガラス全壊は止めたほうがいいんじゃないかな。

「まだ手伝うの?」
「もちろんです!!」
 返事だけは息巻いている私に、マスターの苦笑が聞こえる。氷室とは違う、優しいのに淋しさを感じさせる微笑み。でも、それもすべて優しいピアノの音色にかき消えてゆく。

 氷室のピアノにはきっと魔法が眠っているに違いない。だって今、こんなにも心地よい睡魔が寄ってくるから。



寝たか…。

あぁ。よく寝てる。お見事。

送ってくる。

……。

なんだ?

いや、気をつけてな。


あとがき

王子書きながら、何故か離れなかったモノです。
書かずにいられなかったので、元絵の遠坂アキラ様へ進呈です。
白状すると、実はもっともっと長かったのを4分の1に削ったという裏話が。
しかもまた続けられそうです。続けてもどうしようという感じですが(笑。
こうして読み返すと粗が…(苦笑
続きが読みたくなったらば、BBSかMAILでリクエスト。5人以上w
イラストは遠坂アキラ様にいただいちゃいました♪
完成:2002/10/16