昼の巡察から戻り、土方に報告を済ませた後で自室へ戻ると、男が一人私の座布団を枕にして眠っていた。一瞬自分の部屋かどうかを疑ったが、調度品は見慣れたものだし、何より机には昨夜から読みかけの書物が開きっぱなしになっている。
「……いくらなんでも屯所で寝るか?」
これが他の隊士ならただ叩き起こして追い出すのだが、相手は隊士でもなんでもない才谷である。どうにもこの男といると、私も調子が狂う。
私は才谷の傍らで膝を付き、暑そうな髪を避けて汗を拭いてやる。この部屋は南向きで、夏はけっこうな熱さに見舞われるのだ。先程までは障子も閉じていたし大したこともなかったのだろうけれど、未の刻を過ぎたばかりで障子を開け放たれている今、才谷は暑さに魘されている。
寝ながら唸り声を上げる才谷に、私は扇子で少しの風を送ってやった。
「ん……葉桜さんなが」
「おー、おはよう」
目を開けたものの、まだ眠そうな才谷に、私は歯を見せて、笑いかける。
「新選組の屯所でここまで眠りこけるなんて、梅さんぐらいだね」
笑っている私の扇子を取ろうとした才谷の手から体を捻って逃げていたら、そのまま押し倒される体勢になる。普通の男ならそういう目的で来ていない限り慌てて離れるのだろうけど、目の前の男は非常識が服を着て歩いているような人物だ。当然、私の上から退けるわけがなく、案の定胸に才谷の縮れた髪を押しつけられることとなる。
「いい加減にしないと大声で叫ぶぞ」
「見せつけるがかぇ?」
「土方さんあたりが来たら、確実に梅さんは追い出されるし、私は謹慎だな。この屯所には一応塗籠もあることだし、今度は流石にそっちかもしれない」
「……ほがなところにいたら、わしは葉桜さんに会えやーせん」
「嫌なら今すぐどけて」
心底残念そうにのろのろと才谷が私の上から退ける。重さが引いたとたん、涼しい風が私と才谷の間を通り抜けていった。
一瞬の爽快感に、私は目を細める。視線の向こう側では才谷が何か常には持っていない箱を引き寄せているようだ。何の装飾紙も貼られていない箱には、埋め合わせのように色とりどりの綺麗な飾り布が縛られていて、私は何かの罠かと心だけ身構える。
聞きたくないけど、聞いてくれと才谷の目が輝いている。しょうのない人だと、私は早々に諦めて問い掛けた。
「梅さん、その箱、何?」
私が口にしたとたん、才谷は嬉しそうにその箱に、差し出してきた。
「おまんにぷれぜんと、やか。ちっと開けて見るぜよ」
「ぷれぜんと?」
聞いたことのない言葉は確か、西洋の言葉というぐらいの知識しか、私にはない。だが、才谷の様子から察するに、私への贈り物というだろう。でも、私には才谷から何かを貰う理由が思い当たらない。むしろ、私の方がけっこう蹴ったり殴ったりしているし、それの御礼と言うことはまさかないだろうが、才谷がそういう趣味だったら嫌だ。
どうせ押し問答しても勝てるわけがないし、私は素直に手にした。
一つ一つ紐を解いてゆく私を、才谷は嬉しそうに眺めている。まるで悪戯前の子供にも見えるし、純粋に贈り物を喜んで欲しいと思っているようにも見える。どちらか、まだ付き合いの浅いこの男の思考は、私には判断し難い。
赤、橙、黄、緑、と布を解いていくのは、私も少しだけ心楽しい。こんな風な色合いの布で包んでいる贈り物なんて見たことも聞いたこともない。青、藍、紫と、私がゆっくりゆっくり解いて行くまでの才谷のこんなに楽しそうで焦れったそうな顔はみたこともない。才谷は本当に、本当に楽しそうだ。
「はよぅ開けとおせ」
ここまできてしょうもないものが入っていたらどうしてくれようか、と笑顔の後ろで考えながら、私は箱を開いた。
初見の感想はまず、正直に驚いただ。私の目に最初に映ったのはふわふわとした真っ白な鳥の羽で、それから包みの布よりもっと鮮やかな目も覚めるほどの瑠璃色の布、それが飾られた真っ白な。
「梅さん、これって?」
私はこれを書物で読んだり、絵を見たことはあるけれど、実物を見るのは初めてだ。吃驚した顔をした自分を嬉しそうに見ている才谷のことも気にならないぐらい、私はそれに見とれてしまう。
「西洋の帽子ぜよ。おまんに似合うかと思って持ってきちゅう」
色鮮やかな西洋の帽子は、今の私には到底似合うとは思えない。だけれど、姿を変えれば、きっと私にもと夢を描く。
想像の中で私は髪も結わずにいるから、私は普段一括りにしてある髪結いの紐を解いた。長すぎて重い私の黒髪が、結いあげた状態で座っていても畳に触れるか触れないかぐらいのそれが、紐解かれるとぱさりと乾いた音を立てる。
「梅さんは新しもの好きだな。私、実物は初めてだ」
人に言う以上に、私は新しいものや珍しいものが好きだ。こういうふうにするんだったと思い出しながら、私はそれを頭に乗せ、端を両手で支えて才谷を見る。
「おまんには西洋の帽子も似合うと思うちょったぜよ」
そのまま私が立ち上がって庭に出ると、熱い日差しも遮られる。今度は片手で支えてみると、意外に安定しているし、大丈夫そうだ。
「似合う?」
私が笑うと、にんまりと才谷も笑う。
「まっこと、よぉ似合っちゅう」
西洋の姫様はこんな帽子をかぶって、どれす、という着物をきてしゃなりと歩くのだそうだ。今の男装ではそんな風にはいかないけれど、私は書物で読んでみたいに袴を少し持ち上げて礼をする。才谷も手を叩いて喜んでくれる。
「ははは、喜んでもらえたようじゃ」
私が帽子を外し、箱に戻す間、ずっと才谷の視線を感じながらもずっとにやにやがとまらなかった。これを被る時がいつか来たら、物語のように言えると良い。
「いつか、どれす、を来てそれを被った葉桜さんと町を歩きたいやか」
「ええ、喜んで」
そんなことができるのはきっとこの動乱の時代が収まった後だ。それがわかっていても、私も才谷も同じ時を望んでいる。いつかこの帽子を被って、堂々と町を歩けるような平和な時代を、私も才谷も二人で夢見ていた。
連続はマズイだろうと思いつつ、また梅さん。
元気のなかったヒロインを心配して来たとでも思っておいてください(事後報告。
リクエストのあった「ぷれぜんと」イベント。
箱がどんなとか絵は出ていなかった気もしますけど、なんとなく虹色のリボンで飾ってみました。
帽子の色にセンスがないのは作者のデフォルトです。
そっとしておいてください。苦手なんです。
(2006/05/10)
梅さんの台詞を微細修正。
(2006/06/21 11:05)
リンク変更
(2007/07/11)
改訂
(2010/03/06)