幕末恋風記>> ルート改変:才谷梅太郎>> 慶応二年長月 09章 - 09.1.1#当ててみぃや

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:才谷梅太郎

話名:慶応二年長月 09章 - 09.1.1#当ててみぃや


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.6.21 (2012.10.12)
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3249 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(58)
才谷イベント「当ててみぃや」

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p.1

 夏の終わりを告げる蝉の声を聞きつつ、私は木陰で扇子を開いて、空を仰いだ。まだまだ暑さは続きそうだが、それでも風の中に僅かに涼しさも混じるようになってきた。目を閉じれば、どこか近くて遠い場所で風鈴の鳴る音が聞こえてくる。この男所帯でそんな音が聞こえてくるような部屋は少ないし、この音と方角からして、おそらく土方の部屋にあるものだろう。

 それから、道場で行われている威勢のいい修練の声や強く足で地を踏む音と。

「梅さん、そんなに足音殺してくると危ないよ」
 気配を殺していたが、集中している今の私が聞き逃すはずもない、特別な足音がある。

「気付いちょったがか」
 私が目を開ければ、あと一間という位置にいつもの笑顔で笑っている才谷がいる。まったくしょうのない悪戯が好きな奴だと笑いつつ、私もよくやるので、気持ちはわからないでもない。

「また遊びに来たの? 鈴花ちゃんなら向こうで永倉や斎藤と話し込んでいたよ」
 才谷は屯所を訪れては様々な者と言葉をかわす。中でも多いのが鈴花だというのは、やはり彼女にも華があるということだ。それに関しては私もまったくもって同感である。

「鈴花さんもええが、今日は葉桜さんを、で~と、に誘いに来ちゅう」
 最多には自然と扇子を持つ私の手を取り、木陰から引き出した。暑い日差しに、私は目を細める。

「で~と? 以前もそんなことを言ってたけど、なんだそれは」
「いいから黙ってついてくるぜよ。さっ、れっつらごーじゃ!」
「れっつら…?」
 今日も変わらずよくわからない異国語を操り、煙に巻こうとする才谷が引く私の腕から、抗うのをほんの少し緩めると、がくんと才谷が膝を落として転がる。この私をこんな風に振り回そうとする者など、多くはなかったが、最近はこいつぐらいしかいないような気もする。

「えずいぜよ~、葉桜さん」
「ふふふ、悪いな。それで、で~と、ってどういう意味?」
 私が助け起こすために手を差し伸べると、少し逡巡した後で才谷は私の手を両手で掴んで立ち上がった。

「異国の言葉で、逢い引きのことやか」
 なんてことないように答える才谷に、私は小さく息を吐く。この男はいつも何を言い出すんだか、見当がつかない。

「はぁ、別に逢い引きじゃなくても単にメシ食いに行くでいいでしょーが」
 そもそも男姿の私と逢引したいだなんて、物好きな。仮に私が女姿で誘われるとしても、やはりそれは相当の物好きなのだろうが。

「てき違う。わしは葉桜さんと二人で出かけたいがやき、こりゃあー、で~と、やか」
 絶対にそうなのだと断言する男を顧みて、私は深く長く息を吐きだした。それから、笑顔を向けると、才谷は嬉しそうに笑う。しかし、私の次の言葉で、才谷はがくりと肩を落とした。

「じゃあ石川も誘って、河原でも行こうか」
「……わかっちゃーせき。二人やき、で~と、にかぁーらん」
 焦れた様子で才谷は強く私の二の腕を引き寄せ、その腕の中に抱き込んできた。どちらとも言える汗の臭いはともかく、嗅ぎ慣れない不思議な甘い匂いに私は鼻をひくつかせる。嗅いだことのない匂いだ。

「梅さん、何を持っているんだ?」
 匂いの先を辿り、私は才谷の襟元を開いて覗きこんだ。何もないが、あとは袂か、別の場所か。才谷は西洋のシャツとか言う着物も一緒に着込んでいるから、どこに仕舞う場所があるのかいまいちわからない。

「あ、葉桜さん。ほがなところに手を入れてはいかんちや」
 私は才谷の楽しげに咎める声に構わず、彼の袂からそれを取り出した。金色の綺羅綺羅しい包紙を開いてみると、確かに嗅ぎなれない甘い匂いはそこから出ている気がする。それは、雨に濡れたような濃い土色で、指で触れるとべたりとくっつく。

「これ、悪くなってるんじゃない?」
「ほがなことはないろーう。ほら、一口食べてみればいいぜよ」
 才谷は私の手元からそれを取り上げると、半分を自分の口に入れ、もう半分を差し出してきた。口に入れた才谷は実に幸せそうにそれを食べているので、私はおそるおそるそれを舐めた。

「…甘っ」
 とりあえず、舐めても害はなさそうなので、私は一気に残りを口に入れてみる。

「うわー、甘いっ」
「ちょくらあと、というやか。美味いにかぁーらん?」
 口の中であっという間に溶けてしまった甘さは、こってりと残る甘さだ。

「ああ、美味い。変わったお菓子だな。けど、甘い…な」
「わしも人にもろーたから、詳しいことはよぉ知らん。葉桜さんは甘いのが苦手やったか」
「得意ではないな」
 私が甘さを堪えてしゃがみ込んでいると才谷も同じようにしゃがみこみ、私の髪をさらりと撫でてきた。その心地よさに、私は思わず目を閉じる。

「みょうに、また何か悩んじゅうようやき」
 耳に届いた才谷の言葉に、私は一瞬息を呑んだ。今日会ってから、私は才谷に何も言っていないし、そんな素振りもみせていないのに、どうして彼にはわかるのだろう。

「ははは、当たっちゅうか。わしでよければ相談に乗るがでよ」
 私が才谷をじっと見つめると、私の頭をポンポンと優しく叩いてきた。。そのまま危うく頷いてしまいそうになり、私は慌てて首を振る。このまま流されたらいけないと、自分の中で警告が響くのだ。

 才谷を巻き込めば、きっとこの人は今以上に危うくなる。ただでさえ、半年ほど前には薩長同盟を結んだというのに。今度は幕府側に手を貸したりなんて、そんなことをすれば今度は幕府ばかりか薩摩や長州からも追われるようになる。私は才谷と剣を交わしたこともないし、短銃を見せてもらったことはあるが腕なんか知らない。今まで才谷が逃げられたからといって、これからも逃げ切れるどうかなんて、誰にもわからない。

 私は、ぐぃ、と頭の上の才谷の大きな手を退け、彼を真っ直ぐに見た。

「駄目だよ、そんなに誰にでも優しくしたら」
 才谷は不思議そうに私を見返してくる。

「急にどうしちゅうか、葉桜さん?」
「梅さんの理想は確かにとても素敵だ。だけど、どうしたって相容れないこともあるだろう?」
 唐突な私の転換に、才谷が戸惑っているのがわかる。

「…葉桜さんはわしが嫌いなが」
「そういうことを言っているんじゃない。私はただ梅さんが心配なんだ。あんたは、綺麗すぎるから。どちらからも受け入れられない部分があるだろう、だから」
 才谷は話途中で私の肩を引き寄せてきて、体勢の崩れた私の身体は簡単に才谷へと倒れ込んでしまった。

「じゃったら、余計なことは考えないでいやー。葉桜さんがぞうをもむようなことはなんちゃーがやないがでよ」
 力強く私を支える才谷の腕が揺らぐことはなく、ただ優しさを伝えてくるので。流されないようにと望む心が、私に強がりを言えという。私は才谷の体を押し返して、真っ直ぐに彼の目を見つめる。

「余計なことを考えているのはどっちだよ」
 才谷から答えは返ってこなくて、私は再びぎゅっとその腕の中に抱き込まれた。

「ほがーに心配してくれるということは期待したちいいということなが?」
「期待?」
 どくどくと力強い才谷の鼓動を聞きながら、私は聞き返す。

「葉桜さんの気持ちしっかと受け取っちゅう」
 ーー何か、話の流れがおかしくなってきた。

「梅さん、何か誤解してないか?」
「けんど、まだわしにゃやるべき事が残っちゅうが。それまで大人しく待っとおせ」
 だめだ。この人、全然聞いてない。というか、私の忠告を聞くつもりなんて、最初から無いのかもしれない。

「こら、私の話を聞けっ」
「はっはっはっ、今日はいい日やか。どこかで二人の愛を確かめてみやーせんか?」
 才谷は私を腕に抱いたまま、私の顎を掴み、吐息が触れる距離でいつものように囁いてくる。

 だめだもう、ホント、この人は。

 私も一気に腕を伸ばし、才谷の鳩尾に容赦無い一撃をお見舞いして、急いで彼から距離をとった。

「何の話だ!」
「やき、わしと葉桜さんの愛の話ぜよ」
「~~~こんの、馬鹿梅!」
 私は鳩尾を抑えて蹲りながらも笑っている才谷を残し、足早にその場を後にした。

あとがき

リクエストはないんですが、このまま梅さんイベントがないと話の親密度的に問題が生じるので
てか、助けがたくなるのでイベント起こしました。
そして、やっぱり梅さん相手だとどうしてもヒロインが赤面して殴り倒す方向になりますね。
ちなみにヒロインの思想的に一番近いのは梅さんです。
(2006/06/21 15:55)


リンク変更
(2007/08/22 08:57:16)


改訂。
書きなおしたら、ちょっとは明るくなったかな?
(2012/10/12)