昼飯後、一人で京の町を歩いているとき、私はとても綺麗な紙を見つけた。同時に先日の、ぷれぜんと、事件が頭を過ぎり、鈴花から聞いた土方の恋文に関する話を思い出した。薄桜模様のこの紙で御礼の手紙を書いても、ぷれぜんと、になるだろうか。
でも、ただの御礼の手紙じゃつまらない。ひとりひとりに恋文でも書いてみようかと、私は思い付いたままに紙を買い求め、屯所へと戻った。
さてと文机に座り、筆をとったまではいい。はたと気付くのは恋文なんて書いたこともないということだ。
書き出しはどんな風なのがいいのだろう。できれば私と気付かれないのがいい。だけど、御礼と悪戯を含めた恋文を書くのだから、普通の手紙じゃあいけない。
これまで私が読んできた書物に恋文の書き方なんてものはなかった。一体、皆どんな風に書いているんだろうと思案した私は、筆を置いて部屋を出る。
「鈴花ちゃんー」
土方は外出中だし、鈴花を探して屯所内を走り回る私を咎める者はいない。しかし、誰に聞いても誰も鈴花の行方を知らないというのはどういうことだろう。たしか、鈴花は今日非番だったと私は記憶している。
部屋にも居ない、道場にもいないし、屯所内で他に鈴花がいそうな場所と言ったら、台所ぐらいだろうか。
そう思って足を台所へと向けた私は、走っていく途中で山南を見かけ、足を止める。山南は筒のようなものを陽に向け、覗きこんでいるようだ。
「山南さんっ」
私がそっと近づいて声をかけたら、吃驚されて、本当に集中していたんだなと笑いが零れる。
「何してたんですか?」
山南の隣に座り、私は山南の手元を覗きこんだ。朱色の和紙に色とりどりの絵が描かれた何の変哲もなさそうな筒だけれど、発明好きの山南がもっているのだから、ただの筒のはずがない。
「ああ、葉桜君か。こいつを調整していたんだよ」
山南の手元で振られる筒からはしゃらしゃらとなにやら涼やかな音が聞こえる。楽器だろうか。
「何ですか、それ?」
「
山南が言った言葉を私は口の中で、かれいどすかふ、と復唱してみる。これも西洋の言葉なのだろう。更紗眼鏡というのならば私だって見たことがあるから理解できる。
「まだ完成ではないんだが、覗いてみるかい?」
差し出された筒を手に取り、私は陽にかざしてみた。
筒の向こう側ではキラキラとした色とりどりの色紙が陽に透けて、回せば回すだけその見目を変えてゆく。子供の頃、一度父様に買って貰った縁日のそれよりも大きくて、とても綺麗だ。色んな花が沢山咲いては変わってゆく様子に、思わず私も頬が緩む。
「わ、綺麗!!」
更紗眼鏡を作れる山南はすごいが、これで未完成というのが私には何より不思議だ。
「こんなに綺麗なのに、未完成なんですか?」
筒を覗いたままの私の言葉に、山南からは苦笑が返ってくる。
「いや、最終調整したのを確認していたところでね。きみが綺麗だと思うなら、それで完成だ」
言葉に驚いて、私は思わず更紗眼鏡から目を離す。目の前には少し照れくさそうな山南の姿があって。
「私が綺麗だと思えば、ですか?」
「ああ、そうだよ。これはきみに作ったものだからね」
当然のように答えられた私は戸惑う。またこれも、ぷれぜんと、なのかと。
「やはり、きみにあげるものはやさしい風情のあるものがいいと思ってね」
いつものように私の髪を撫でる山南の手がぎこちない。そんな山南から私は目が離せなくなる。
「とにかくきみに女の子らしい綺麗なものをあげたかったんだ」
いつもの御礼と思って是非受け取ってほしいと言われてしまい、私は戸惑う。その顔が泣きそうに見えたのだろう。こちらを見た山南が慌てだす。
「どうしたんだい?」
「いえ」
先を越された、と思った。私から御礼をしようと思ったのに、これじゃ恋文なんかで誤魔化せなくなってしまった。
「あの、ありがとうございます。一生大切にしますっ」
山南にだけは本当の気持ちを伝えようかと、また少し迷う。でも、それは本当にいいことだろうか。彼自身の迷いとなってしまわないかが不安だ。
「少し、迷惑だったかな?」
「そんなことは」
「君は先日、私を失うのが怖いと言ったね」
あ、と私も気が付く。聡明な山南が、私の言葉の奥に潜めた意味に気付かないわけがない。
「理由は聞かないでおくよ。だけど、これだけは知っていて欲しい。私も、葉桜君を失うのが怖いんだ」
私の頬に触れる山南の掌が涙を拭ってゆく。大きくて強くて暖かいその手に、私はとても安心する。でも、もう迷わないと決めたから、私は私のしたいようにすると決めたから。絶対にこの手を助けてみせる。
「ねえ、山南さん。そんなことを言うと誤解しちゃいますよ」
頬に触れる山南の手をとり、私はその手の平に口づける。書物で読んだ、西洋の親愛の証だ。戸惑っている山南に、私は最高の笑顔で応える。
後悔なんてしない。みんな、絶対に助けてみせる。それが私の役目だからというのもあるけれど、何より私自身がこの手をなくしたくないから。
「この動乱の刻が終わったら、話したいことがあります」
だから、と約束を取り付ける。
「絶対に何があっても生き抜いてください」
まずは本人に生きる気力がなければ、すべては上手くいかないのだから。協力してくださいね、と私は泣きそうな気持ちを抑えて、山南に微笑んだ。
リクエストされた「万の華を映す鏡」です。
でも、一言言わせてください。
良し(何。泥沼から抜け出したー!
なんとうかこのところこのところ山南さんに偏りすぎですね。
一応逆ハー夢の予定なんだけどなぁ。
(2006/05/10)
リンク変更
(2007/07/11)
改訂
(2010/03/08)