幕末恋風記>> ルート改変:沖田総司>> (慶応元年霜月) 08章 - 08.1.1#沖田の苦悩

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:沖田総司

話名:(慶応元年霜月) 08章 - 08.1.1#沖田の苦悩


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.6.7 (2006.7.6)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:3669 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
08.1.1#沖田の苦悩

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p.1

(斎藤視点)



 ある意味で葉桜と俺はよく似ている。たとえば、鍛錬を面倒がる処や甘味が苦手なのは同じだ。だが、やはりあいつは俺とは全然違う。

 近藤さんや伊東さんが長州訊問使に随行して広島へ出立してすぐ、葉桜に問われた。何故試衛館は沖田に、と近藤さんが言ったのか、と。試衛館は近藤さんの道場で、今は奥方のツネさんが切り盛りしている。あの人も女性ながら気丈な方で、少しばかり葉桜に似ているように思う。

「俺や永倉さんは元々他流派の人間だ。跡を継ぐならやはり沖田しかいない」
 素直に述べると、やはりそうか、と意味不明な言葉を残して立ち去ってしまった。彼女が試衛館のことを知っているはずもないのだが、何故「やはり」というのかがわからない。

 少しして廊下で沖田を廊下で捕まえている姿を見かけた。このところの沖田は様子がおかしい。どうみても作った笑顔で葉桜に笑いかけている。彼女がいなくなったあとで、俺も声をかけてみる。

「沖田」
「あ、斎藤さん」
「少し話をしないか」
 僅かに驚いた表情を見せ、沖田は辺りに目を配った後で頷いた。

「ええ、いいですよ」
 以前ならこんなことはなかった。まるで誰かに聞かれてはマズイ話でも俺がしようとしているようだ。

「よろしければ、僕の部屋で話しませんか」
「ああ」
 沖田の勧めで部屋まで移動する。葉桜は午後から山南さんのところへ行くと言っていたから聞かれる心配はないと思うのだが、それでも沖田は心配らしい。彼がそれほどまでに葉桜を気にするように、避けるようになった理由は知らない。

「それで、話というのは何ですか?」
 寂しそうな顔で沖田が微笑む。以前ならこんな表情などしなかったというのに。

「沖田は葉桜が嫌いにでもなったか」
 俺の言葉にその瞳が大きく開かれ、次いで本気の声をあげて以前のように笑い出した。

「あははっ、斎藤さん、何を言い出すんですか。僕が葉桜さんを嫌うコトなんてありえませんよ。あの人は僕の…」
 何かを口にしかけ、そのまま口を噤む。そうするともう先程の笑顔は影を潜め、廊下で立ち去ってゆく葉桜を見ていたときのもどかしいような表情となっている。話したい、だが何を話せばいいのかわからないという、じれったさが目につく。

「何だ」
 言葉の先を促す。だが、なかなか沖田は話さない。言葉を選んでいるのか、それとも俺に話すべきか迷っているのかはわからない。俺に出来るのは、ただ待つことだけだ。

 どれぐらいの時が流れたかわからない。遠くから聞こえる葉桜の笑い声に、沖田が顔を上げ、柔らかく視線を細める。

「葉桜さんはとても強くて弱い方です。目に映るモノも映らないモノも全てを守ると豪語し、そのためには身を惜しむことさえしません。それを、僕はとてもよく知っています」
 先程までとは違い、落ち着いた様子で言葉を繋ぐ沖田を見ると、幸せそうに微笑んでいる。

「芹沢さんを倒したときの彼女もとても強くて綺麗でしたし、血まみれで抱きかかえてあの激しく降っていた雨よりも泣き崩れる弱さも愛しく感じました。山南さんと剣を交えているときの愉しそうな顔も、彼を倒した後の一人歯を食いしばる姿もすべてが好きでした」
「でも、先日僕は彼女をこの手にかけました」
 それは初めて聞く告白ではなかった。桜庭が藤堂と話しているのを聞いたことがあった程度だが、それでもだいたいは把握している。

「葉桜さんのことだから、いつかはそういうことをすると予想はしていたんです。だから、近くにいればいつだって気をつけていました」
「あの時、それまで葉桜さんの気配はどこにもありませんでした」
「僕が斬ろうとした浪士の前に桜庭さんが飛び出し、それを突き飛ばして現れた人を斬ってしまった直ぐ後も気がつきませんでした。飛び出してきた芸者は浪士を想う女性かと思ったのです」
「ですが、その後に彼女が桜庭さんの名前を呼びました。その声は間違いようもなく葉桜さんのものでした」
 桜庭さえも気が付かなかったという葉桜の女姿に動揺する沖田が浮かぶ。

「僕はこの手で葉桜さんを斬ってしまった。そんな僕を葉桜さんはどう思っているのか、それが怖いんです」
 視線を逸らし、沖田が肩を震わせる。泣いているわけではなさそうだが、こういうときに何という言葉をかけるべきかを俺は知らない。

「葉桜はそんなことを気にする人間じゃないだろう?」
 俺が知っている葉桜はいつも素直で、また決して人を悪く言うことはない。そういう者がいれば本人に直接言うし、陰で言う者があれば真っ先に諫める。面倒事を嫌う割にそういうところは潔癖で、暗い空気を何より嫌う。

「わかってはいます。けれど、自分を斬った人間をそう簡単に許せるものでしょうか?」
 いや、彼女ならば迷うことなく許すだろう。自分を斬ったのが誰であろうと恨み言一つ言わず、ただ笑い飛ばしてしまうはずだ。それを沖田も知らぬはずはないし、俺が言うことでもない。沖田が頭を振る。

「すいません、斎藤さんにこんなことを話してもわかりませんよね」
「あれからずっと夢に見ます。僕の剣の前に現れる葉桜さんが、何度も僕に斬られていくんです」
「それが現にも現れて、剣を抜くことさえ出来ない…」
 泣き縋る子供のような目で沖田が俺を見つめるが、俺には何を言うことも出来ない。今まで沖田はただ楽しいばかりに剣を振ってきた。それが初めて斬ると言うことの本当の意味と向き合おうと、成長しようとしているのだ。これを超えれば、きっと沖田は今よりも更に強くなる。

 手を上げ、沖田の頭に乗せる。

「恐れるな」
 試衛館にいた頃のように、ただ頭を叩いてやった。他の皆がそうであるように、沖田は俺にとっても大切な弟のような者だ。そして、葉桜も大切な仲間で、早く元のように戻って欲しいと願っている。

「葉桜は葉桜だ。お前が斬る前と何も変わることはない」
 立ち上がる先、俯いた沖田の顔の下の畳に雫がこぼれ落ちるを見て、部屋を出る。障子を閉め、少し離れたところで男の呻く声が耳に届いた。

 超えて欲しいと願う。沖田ならきっとできると、俺は信じている。



p.2

(永倉視点)



 夕餉も終わり、庭を見つつ部屋の前の縁側に座っている葉桜に声をかけようとして、そのまま立ち止まった。桜柄の扇子を揺らして、楽しそうに鼻唄を歌っている。近藤さんと伊東が決死の覚悟で出かけていることなどまったく気にかけていないようだ。

 無言で隣に座ると、見もせずに手を差し出された。

「なんだよ」
「手ぶらかよ」
 舌打ちするが、機嫌が悪くなる様子はない。

「オメーは近藤さんたちが心配じゃねェのかよ」
 はっきりきっぱりと即答で「ない」と肯定される。その必要があるか、とまで返される。そりゃ、こいつが未来を知っているという話は知っている。だけどよ、少しぐらい心配したっていいだろう。

「なんだ、永倉は近藤さんたちが帰ってこないとでも思っているのか?」
「悪ィかよ」
「いーや、悪くない」
 まったく何を考えているのかわからねェ。薄闇にそまりつつある空を見上げる横顔はひどく楽しげで、まるで何か悪戯でも画策している子供のようだ。

「まあ、あんな言葉残していったら、普通は心配するだろうさ。でも、長州も良い土地だから」
「オメー、長州までいったことあんのか」
 こいつが新選組に入る前の一年ほどを旅していたのは聞いてるけどよ、本当に際限ねぇな。

「恐れ入ったか」
「バーカ」
 クスクスと笑う葉桜を後頭部を叩くも、笑いが収まる様子はない。一体何がそんなに楽しいのか。てか、誰をからかって遊んでやがんだ。

「何がそんなに楽しいんだよ」
「うーん、子供が成長するのを見ることかな」
「子供? サンナンんとこのガキか」
 違うと葉桜が首を振る。

「ここにも一人いるだろ? ーー沖田のことだよ」
「総司?」
 訝しむ俺に葉桜が楽しそうに続ける。

「隠しても無駄だぞ、永倉。沖田は今、私を斬ったことで大切なことを学ぼうとしている」
「口で言ってもあいつには伝わらない。だが、私が無意識に飛び出したせいとはいえ、あいつは自分の剣が何をしているのかをやっと自覚し始めたんだ」
「もしかすると、薄々は気付いていたかしれない。だが、逃げ続けてきた事柄にやっと正面から向き合おうとしている。それは、とても大切なことだ」
 楽しそうと言うより、それは嬉しいという言葉の方がぴたりとはまる。

ーー見守る者。

 葉桜がただの道場主でなく、塾までやっていたことを今さらのように思い出した。それにしたって、サンナンさんのような教師には逆立ちしても見えない。

「これを乗り越えればきっと沖田は強くなる。永倉もそう思うだろう?」
 総司が成長するのを待っているんだと、楽しそうな葉桜に頭を掻く。まったく、こいつはとんでもねェ女だ。

「イイ性格してんな」
 扇子で口元を隠し、押し殺した笑いを零す。

「褒め言葉と取っておくよ」
 俺たちはとんでもねェ女を相手にしてんだ。早く立ち直ってこい、総司。でないと、こいつはさっさと先へ歩いていっちまう。俺たちの知らない場所へいっちまうに違いないぜ。

あとがき

沖田を激励する斎藤さんと新八兄さん。
たしかどこかで沖田よりも斎藤さんの方が年下という話を聞いた気もしますが、
精神的には誰よりも沖田が子供な気がするので、斎藤さんが沖田を激励。
新八兄さんはまあ、兄貴ですから(超個人的主観。
沖田の「斬っちゃった!」話はとりあえず、ここで一時休憩。
復活できる礼のイベントまで現状維持です。


なんだか前章の終わりが切なくて、らしくないまま終わったので。
中途半端に会話1まで更新します。
引き続き、この章以降もリクエスト募集中です~。
(2006/06/07)


斎藤さんのヒロインに対する一人称を呼び捨てに訂正。
バラバラでしたね…u
(2006/06/14 10:21)


永倉のモノローグの人称を修正
(2006/07/06 15:01)