幕末恋風記>> ルート改変:土方歳三>> 慶応三年睦月 10章 - 10.1.1#弱さ

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:土方歳三

話名:慶応三年睦月 10章 - 10.1.1#弱さ


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.7.6 (2012.10.30)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:5690 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(68)

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p.1

 私は謹慎明けには眩しすぎる日差しの下を歩き、のんびりと屯所への道を歩く。一緒に見廻りをしていた隊士の言葉に時折相づちをうったり、馬鹿笑いしながら歩くのは実に楽しい。内に籠もるよりも外に出る方が、楽しいに決まってる。こんな風にくだらない話で笑い合っている方が、楽しいに決まってる。

 そんな風にすっかり機嫌良く私が屯所に戻ってきたら、いきなり鈴花に捕まった。

「葉桜さん、原田さんってば酷いんですよっ」
 どうやら私のいない間に、鈴花はいろんな人から、謹慎明けだ謹慎明けだとからかわれたらしい。鈴花も最初は大人しく聞いていたものの、私が帰る少し前に原田から明るく「謹慎お疲れさん」と言われたのが、よほど腹に据えかねたらしい。

「まぁまぁ、心配されて何よりじゃないー」
「それはそうなんですけど、ここまで言われると何か居心地が悪くって」
 私が顔を洗いに井戸へ向かう間も、ずっと尽きることなく話し続ける鈴花は可愛いのだが。いかんせん、私も仕事から戻ってすぐにこれはキツイ。

「鈴花ちゃん、悪いけどその話はお茶でも飲みながらにしない?」
 はっと気が付いた様子の鈴花に笑いかけると、彼女はすまなそうに頭を落とした。なんだかその様子は、犬耳でも見えそうでとてもかわいらしく、思いがけず私も癒された。

「ごめんなさい、葉桜さん。仕事から戻って疲れているのに」
「ううん、私こそ聞いてあげられなくてごめん。これから見廻りの報告もあるから、その後で鈴花ちゃんの淹れてくれたお茶でも飲みながらなら聞くよ」
「あ、いえ、私もこの後で見廻りなので…あ、平助君!」
 鈴花は、どうやら仕事相手を待たせていることを思いだしたらしい。慌てた様子で、彼女は私に頭を下げる。

「あの、有難うございましたっ。失礼します!」
 駆けていく鈴花の後ろ姿を見送ってから、私は踵を返し、井戸へと向かう。さて、さっきからそこの木の陰にある人物は、いつ私に声をかけてくるのかな。そっと付いてくる人が誰かはわかっているだけに、声をかけたものかというのも困りものだ。

 私は井戸から桶を汲み上げ、勢い良く顔に引っかけて洗う。まだ年明けて月も変わらないが、仕事明けにはこの冷たさが丁度良い水加減だ。無言で差し出された手拭いを受け取り、私は顔を拭う。

「何か用か、斎藤?」
 そこまでして、私が気が付いていないとは思っていないだろう。私が斎藤を見て笑ってやっても、彼の表情は一分たりとも変わりはしなかった。

「おまえは…いや何でもない」
 何かを言いかけた斎藤が、そのまま言葉を切る。そんな風に不自然にやめられると、私は余計に続きを言わせたくなる。

「なんだ、斎藤。私が何だって?」
 斎藤は少し視線を彷徨わせた後、首を振って。次に私は彼から謝られてしまった。

「悪かった。本当に、何でもないんだ」
「斎藤?」
 これはどう見たって、何でもなくはないだろう。私は立ち去ろうとする斎藤の腕をがしっと掴む。

「あのなー、そういう風にされると余計に気になるってーの。話があるなら聞くからっ」
「だが、おまえはこれから土方さんに報告があるんだろう?」
「んじゃ、その後っ」
「……」
「速攻で報告してくるから、待ってろよ!?」
 ここで斎藤の了承も得ずに、私は駆けだした。あんな風に止められると気になって、私は気持ちよく巡察後の昼寝ができなくなる。

 私が斎藤に言った言葉通りに報告に向かえば、丁度土方の部屋から出てきた永倉と行き合った。私たちはすれ違い様に、お互いの手をパンッと打ち鳴らす。

「よォ、オメーも今終わりか」
「そ、これから報告」
「御苦労さん」
 私は去ってゆく永倉には目も向けず、さっさと部屋の中へ入り、土方の前に立ったままで報告を済ませる。今日は何もなく平和に終わったから、一言で済むはずだ。

「見廻り報告、異常なしです。じゃっ」
「そんな報告の仕方があるか」
 しかし、流石にそれで終えるのはダメらしく、即座に土方から咎められた。わかってはいたが、私は急いでいるのだ。

「あーもー本当に今日はぜんぜん絡まれてもないんですから、これ以上報告することなんてありませんっ」
 土方に言い訳しながら、私は斎藤は待っているだろうかと考える。彼が何を言いたいのか、私はそれが知りたくて仕方がないのだ。そんな私の気持ちを知らない土方は、当然そのまま帰してくれるわけもなく。

「おまえ、今日はもう後昼寝する気だろう。ついでに手伝っていけ」
 土方からずいと差し出される書類の束を、私は両手で押し返す。

「これは土方さんの仕事でしょう?」
 私は焦る気持ちで外を見やる。まだ斎藤は私を待っているだろうか。斎藤が意味のないことを言おうとするとは思えない。だからこそ、私は早く彼と話したいのに。

 だけど、そんな私の気持ちを、土方が構うはずもない。

「でなきゃ、この間の始末書を書き直せ」
「えぇぇ!? なんでっ?」
 私が始末書を書くのはよくあることだが、この間の無断で島原で宴会した件は言い訳のしようもないというのに。私が書いたアレで本気で通るとは思ってないけど、なんで今言うのかと、私は土方に縋る目を向けた。

「おまえ、まさか、申し訳ありませんでした、の一筆で本気で済ませられると思っていたのか…?」
 ここで思ってますとか言ったら、土方怒るだろうなーと思いつつ、私は苦笑う。

 一応表向きは謹慎のみとなっているけれど、主犯である私と永倉だけには始末書の提出が課せられていた。でも、一体どう書けと。土方さんらと篠原さんらの不和が原因だとか、隊内に近藤さん暗殺の噂があるとか、そんな確証ないことで動いたとは、さすがの私にも書けない。ましてや、伊東さんらの思想がどうとか書いたって仕方ないし、私の考えはそんなものとは全くの無関係なんだから。

 ーーどう書け、と。

 私は土方から差し出された筆と紙を目の前に、ますます逃げたい気持ちが強くなる。

「えっと、後でやります」
「今ここで書いていけ」
「…そんなぁ」
 だけど、土方の次の台詞を聞いた途端、私の焦る気持ちは吹き飛んだ。

「そういえば、総司の代理も葉桜が務めていたんだったな。どうせなら、組長になるか」
 不敵に笑う土方を、私は強く睨みつける。冗談でも、沖田が回復しないようなこと、口にするなんて、と。沖田が諦めないと言ったのだ。私だって諦めたくなんてない。

 既に先日の捕物の最中に倒れて以来、沖田の体調が思わしくないことは、私以外の隊士達も知ることとなっている。だからこそ、思ったとおりに私に代理が回ってきたのは構わない。もともと、私はそのつもりだったから。

「総司の居場所をとりあげないで」
 私の口から、冷たく醒めた声が放たれる。沖田が諦めない限り、私も諦めないと誓ったから、ここで引くつもりはないんだ。

「私は代理の位置から動く気はありませんよ、土方さん。総司は絶対に、また剣を握れるようになるんだから」
 沖田を見ていると、私は父様を見ているようで落ち着かなくなることがある。このまま消えてしまうような気がして、不安で不安で堪らなくなる。沖田は告白をしてくれたけれど、そうでなくとも私にとって沖田も大切な仲間で、欲張りな私は彼もなくしたくはないのだ。これ以上、大切な人が消えていくのは、見送るのは嫌だから。

 土方の手が伸び、震える私の腕を引いて、自分の胸のうちに抱き込んできたけど、私は抗うことも暴れることも出来ずに俯いてしまった。

「すまん、軽率なことを言った」
 私の頭を自分の胸に強く押しつけて、土方がそっと撫でてくる。けれど、私は顔を挙げられない。今、土方を見たら、必死に堪えているものが溢れてしまいそうだ。

「そうだな、葉桜の言うとおりだ。総司は必ず良くなる」
 土方の言葉に、何度も、何度も私は頷いた。必ず良くなると無理矢理に信じていても、私は怖いんだ。父様のように、沖田がいつ動かなくなってしまうのか、とか。沖田は剣士だから、いよいよというときに、父様のように無理を言うかもしれない、とか。そうならないように私は願っているけど、それでも労咳を治す方法が分かっていない今はまだーー。

 私は沖田のことを考える度に、恐怖が体中を駆けめぐって動けなくなる。今日のようにどんなに他の者と笑いあっていても、いつもどこか落ち着かない不安な心地のままで。沖田が私の前からいなくなってしまう時が怖くて、気が気でならない。

 沖田の握る手の力が弱くなる毎に、私は父様を思い出し、彼の時が刻まれていることが分かる気がして、怖くて、怖くて。

 でも、私が笑っていないと、皆が心配をするから。沖田も心配をするから。私は腕に力を込めて、土方の胸から顔を上げて、笑顔を作る。

「へへ、すいません。私がこんなんじゃダメですよね」
「葉桜」
 私は土方の腕の中から抜け出し、さっき出された紙を前に筆を持つ。だけど、それも直ぐに後ろから強く抱きしめられて、私は遠ざけられて。

「無理を、すんじゃねぇって言ってんだろ。葉桜が辛いのは分かってる」
 土方が私に囁く言葉は、他の者に言うよりも優しすぎて。

「おまえはいつも倒れた総司を一人で守ってきた。だが、これからは俺たち皆で守ってやるんだ。だから、ひとりで泣くな」
 私の目の前を。土方の大きくて剣蛸のあるごつごつした手が覆う。雫が、その手を濡らす。

「泣き顔を見られたくないというなら、こうしていてやる。だから、今だけ泣いておけ」
 土方は、私にはいつも本当に意地悪な人だ。

「なんだよ。人がせっかく…せっかく笑ってようって決めてんのに…っ」
 私は一度零れ出すと、自分の涙も言葉も止まらなくなるって、知っているのに。本当に、土方はイジワルだ。その手を私がどれだけ外そうとしても、ぜんぜんビクともしなくて、その力強さに安心する私もいて。だけど、やっぱり以前同じ事を私にした沖田を想い出してしまって。

 せめて嗚咽が零れないように、私は歯を食いしばった。



p.2

 温かな気配に微睡みながら、私は目を覚ました。目の前には、さっきまで夢の中でみていた顔が、私を覗きこんでいる。眠りに入る前のことも覚えているから、私は自分が子供みたいに泣き疲れて眠ってしまっていたことを知っている。

 土方に促されるままに、堪えていた涙が溢れてしまったなんて、本当に子供だ。私は気恥ずかしさを誤魔化すために、慌てて起き上がり、土方の前で居住まいを正して苦笑する。

「わ、ごめんなさい、土方さんっ」
 それから、自分の頭に手をやって、髪結いの紐を解いて軽く結わえ直し、私は辺りを見回す。屯所へ戻ったときよりも日は傾いているが、まだ夕刻にはなっていないようだ。

 ーーそういえば、斎藤を待たせてあるんだった。

「あの、私どのぐらい眠ってました?」
「心配しなくても、半刻にも満たない。おまえ、何故そんなに疲れているんだ」
 何もなかったんだろう、と。

 謹慎明け直ぐは沖田と仕事に出たが、それ以降は私もごく平和で平凡な日が続いている。それは間違いないから、私としても不思議ではある。沖田が倒れ、守り刀を渡して以来、日々何もしなくても軽い倦怠感はあるがそれだけだ。自分には巫女としての力はないわけだし、あの守り刀に私の力を吸い取るようなことはなかったはずだし、聞いたこともない。

「はははっ、まさかねぇ」
 ただ、肌身離さず持つように言われていたぐらいだ。子供の頃はけっこう家に置きっぱなしにしたりもしたし、そのまま父様と遠出もしたりということもある。

「まさか、なんだ?」
 そういえば、持っていないで遠出した時も、父様におまえはよく寝るなとか言われたなぁと思い出した。あの時は寝る子は育つとかなんとかって笑われたけど。

「いやまぁ通常任務に支障が出るようなことはないんで問題ないです」
 私が誤魔化すように笑うが、土方が誤魔化されてくれるはずもない。

「俺は、なんだと聞いているんだ」
「うーん、話しても信じてもらえるかどうか」
「葉桜」
 土方からの咎める声に、私はふぅと息を吐く。

「総司に、巫女の守り刀を渡したんです」
 覚えている小さな刀の形を、私はすっと両手で空に擬える。

「私には巫女としての能力がほとんどありません。私に出来るのは徳川の業をこの身をもって浄化することだけで、表巫女のように祈りをもって傷や病を治すことはできないんです。本来の影の巫女はそれもできるはずなのですけど、私にはそうできる能力がないんですよ」
 私は自分の両手を、小さい頃にそうしたようにじっと見つめた。そこにも見えない部分にも体中至る所にある刀傷も、すべてが浄化するためについた傷だ。常人なら消えるような傷でさえ、代償として死ぬまで体に残る傷となるらしい。

「だから、代わりに総司に渡しました。私にその力はなくても、代々の巫女の力が総司を病から救ってくれることを願って」
 力無い我が身を想い、私は両手をぐっと握り締める。本当に私は巫女と言っても名ばかりで、結局は剣の力ばかりに頼るしかない自分が悔しくて仕方がない。表の巫女のように力があれば、きっと私にも総司の病を治すことができるのだろうけれど。

 握りしめた私の拳を上からそっと包む大きな手は、土方のものだ。ごつごつとした剣を持つ手は、皆父様に似ている気がするから私は好きだ。

「本当に、支障はねぇんだな?」
 確認するように目をあわせて尋ねられた私は、しっかりと土方の目を見て頷いた。

「はい」
 土方は少しだけ優しい目元で、私を見て。

「あんまり、無茶するんじゃねぇぞ」
 引き寄せた私の額にわずかな温もりを残し、すぐに離れていった。

 それは、大人が子供にするような優しさに似ていて、私はそこまで子供じゃないと文句を言おうかと思ったけれど、やめた。ここに来てからの私の行動は、どこをとっても子供でしか無い。

「……お疲れ様です」
「ああ、しっかり休んどけよ、葉桜」
「はい」
 土方の部屋を出た私は、もう一度井戸へ戻ったのだけど、斎藤の姿はなく。結局、大人しく部屋に戻って着替えて、文机に向かって。始末書を書きなおしたのだった。

あとがき

斎藤話にしようとしたのに、何故か土方に泣かされてしまったー。
(2006/07/06 20:38)


「裏の巫女」→「影の巫女」に変更。
(2007/01/07 16:06:31)


改訂
ざっくりだなぁと書き直しながら、がっくりしました。
ざっくりすぎて、消えてしまいたい。
(2012/10/30)