沖田が山南さんのところへ療養に出たのは、私としても少々心苦しくあった。だが、正直に言うと助かったという気持ちも本当だ。積極的な沖田に抗えないのも理由の一つではあったが、そもそも私自身体力自慢なわけでもない。ただただ沖田のために何かしなきゃと動いていただけであって、元来の私は自他共に認める怠け者なのである。
「おかえりなさい、近藤さん~」
目の前を嬉しそうに通り抜けようとする人影に、私が気の抜けた声をかけると、近藤は嬉しそうに近寄ってきた。その抱えている包みは、見るからに刀の形状をしている。
「やぁ、葉桜君」
「いい刀でも見つけましたか」
私が言い当てると、近藤は実にうれしそうに頷く。
「そうなんだよ~。なんか俺に買われたそうにしてたから、買っちゃった」
「ははは、それじゃあきっとその子も喜んでますね」
「やっぱそう思う~?」
縁側に座っている私の目の前で、包みから新しい刀を取り出しかけた近藤が、急にその動きを止めた。よく見れば、彼は冷や汗をかいているようにも見える。誰かいたかなぁと思いかけ、かすかに吹いた風に聞き覚えのある香を感じて、私は笑いを零した。
わずかにその方向を顧みれば、土方が悩ましげに眉間を抑えている。ここに他の隊士がいれば、それは悩ましげというよりかなり剣呑な空気だとつっこまれるだろうが。
「葉桜、おまえ、勘定方に頼まれてなかったか?」
矛先が唐突に向けられたが、私は小さく肩をすくめるに留める。
「うーん、気持ちがわかるだけに難しいんですよ、土方さん」
私は自分で着物を仕立てないが、刀の衝動買いをしたくなる気持ちはわかるのだ。近藤ほどではないが、たまに自分でもやるので、誰に頼まれたところで、近藤を諫めようがないというもの。私が言ったらまさに棚上げ状態で、義理弟が聞いたら怒り出しそうな話だ。
「え、葉桜君、刀買ってたの?」
しかし、私の台詞に食いついたのは、土方ではなく近藤の方であった。
「そりゃ買いますよ。ここにいるとすぐにダメになっちゃうんだもん」
私の扱い方が悪いと斎藤に咎められればそれまでなのだが、実の所目に余るほど使い物にならない刀を持っている平隊士を見つけると、私は忠告ついでに、つい自分のをあげてしまうことがあるのだ。それで新たに購入ということが多々ある。
「葉桜君、そんなに仕事してたんだ~」
「はっはっはっ、さりげなく失礼ですね、近藤さん」
後ろから唸り声が聞こえてきた気がして、私は近藤と二人で肩を竦めた。
「さて、私は道場にでも行ってきますかね」
「平隊士に剣術指南か。近藤さんも少しぐらい葉桜を」
見習ってと続ける土方に被せるように、私は言葉を繋げた。
「いや、昼寝しに」
私は騒々しい方が昔から安心するのだ。父様のそばで稽古を見ながらよく昼寝もしていたし、その頃からよくこんな場所でと笑われていた。
呆気にとられる視線を背に、軽やかにその場を後にする私は、背中で二人の呟きを聞いた。
「…冗談、だよね?」
不安そうな近藤の問いに、土方は深くため息を吐くだけだったので、私は小さく笑ったのだった。
(原田視点)
道場に入ってきて真っ直ぐに上座まで行き、葉桜は周囲も気にせずにごろりと横になった。
「あー私は気にしなくて良いから、稽古続けなさい」
本人がいくら気にするなと言ったところで、気にならないわけがない。もともと葉桜は教えるのが上手いという定評もあるだけに、隊士たちが寄ってこないわけがねーんだ。だけど、どれだけ周りで騒ごうとも、今日の葉桜は欠片も相手にする様子もなかった。
「葉桜、おまえ稽古に来たんじゃねぇのかよ」
俺が近寄れば、葉桜は片目だけ開けて笑う。それでも警戒している空気は伝わってくるので、彼女を囲む円から一歩を踏み込めないのは、俺も他の隊士共の同じだ。葉桜が目に見えない柵でも作るようになったのは、あの大石に迫られた一件からだったか。
「原田、違う。いつもの場所でボーッとしてたら土方さんに余計な仕事押しつけられそうだったから逃げてきただけ」
「おまえ、またかよ」
総司が山南さんのところへ言って以来、葉桜は以前以上にやる気がなくなった。今は葉桜が守るものがないと笑って言えるぐらい平和だってことだし、良いことなんだろう。けど、それにしたってもうちっとぐらいやる気を出しても罰は当たるまい。
俺がそう言ってやれば、柄じゃない、と葉桜からあっさり返された。
「元々稽古とか苦手なんだよ。強いのと戦うのは楽しいけど、教えるのは性に合わない」
それでも葉桜に教わりたいという隊士は多い。容姿や性格云々を抜きにしたって、彼女は元が相当な世話好きなんだろう。手を抜いた教え方はしないし、何より誰にでも丁度良い手加減で教えてやれる素質がある。
面倒がる葉桜の扱いは二つ。必死さか、力押しのどちらかが有効だ。俺が放った棒を難なく受け取った葉桜は、こちらの踏み込みに合わせて即座に避け、軽々とそれを振り回して構える。
「しかしよー、この間まで随分必死だったじゃねーか。それがなんでこんなに腑抜けちまうんだ?」
葉桜の武術の腕は、相当なモノだと思う。剣術も柔術もさることながら、槍術も棒術も使えるし、近藤さんが言うには気合術というのも体得しているらしい。流派はあるかどうかわからないが、なんとなく古武術の流れをもっているような気もする。
「そんなに腑抜けてるかぁ? 私はもともとこんなだぞー」
俺の棒を難なく避け、棒を支えに寄りかかる葉桜には、本当にまったくやる気がない。
「久しぶりに道場に来たんだ。他の奴も見てやってくれ」
「えー」
「総司がいねー分、俺らが鍛えてやんねーとな」
一瞬、葉桜のその瞳が哀しそうに揺れる。だけど、すぐに笑顔で全てを押し隠す。最近はずいぶんと作り笑顔も板についてきやがったようだ。
「今日は嫌」
まだ言うか。
葉桜はあっさりと寄りかかっていた棒を手放し、それが倒れる前に音もなく人の懐に飛び込んできて。息がかかるほど近くで、俺に囁いてきた。
「明日からちゃんとやるし、今日は見逃してよ。ねっ」
次の瞬間には、くるりと俺の世界が回転し、気が付いたら道場の床に投げられていて。
「ってー…急に何しやがんだ!」
俺が起き上がれば、もう葉桜の影は道場を出るところで。彼女は申し訳なさそうな顔で、俺を片手で拝むようにして出て行ってしまった。
くそ、調子が狂っちまう。普段は男と同じに見てるけど、あんな風に口が触れそうなほど近くに寄られると、わずかに付けている香の匂いだとか、細い手首や腕、普通の女にはない少し日焼けた肌なんかが、男には目の毒になる。
胸を押さえても、まだ俺の心臓が音立ててうるせぇしよ。女の自覚がないのも時によりけり、だ。あいつに桜庭程度でもいいから女らしさってもんがありゃあなぁ。
「って何考えてんだ俺は」
俺は頭を振って感情を振り払う。今更葉桜が女だってことを意識したって、あいつが大事な仲間だってことは変わらねーんだ。女らしさなんてあったところで、それが変わるわけねー。
葉桜は葉桜なんだ。俺くらいは真面目にダチでいてやんねーと。
(て、なんで俺はこんなことに拘ってんだ)
少しの疑問を感じながら、俺は再び稽古を再開した。
あー何となくキリが悪いと思って書いていたら、会話編終了
意識して、原田「で」遊ぼうとなんてしてないですよ(嘘です。
次回は本編前にリクエストの近藤さんイベント入れます。
久々に井上さんが出せます。
ゲームを最初にやったとき、この人落としたい!とか思いました。
源さんちょー好き。
あのおおらかな感じがたまらない。
(2006/07/12 09:49)
改訂。
(2012/12/12)