(鈴花視点)
葉桜さんから「お願い」されたのは初めてかもしれない。その意図はわかっているけれど、正直、あまり多くを考えることがなくて助かっている。
平助君が伊東さんたちに付いていってから、仕事以外の時にはどうしても平助君のいたときのことを考えている自分がいる。時間があるときや、なにか嬉しいことがあったとき、悲しいことがあったとき。つい、平助君を探してしまう。新選組にはいないとわかっているのに、それでもなんだか嘘だよって言ってくれる気がしてしまって。あの人は自分の思想のために出て行ったのに、帰ってくるのを待っている自分がいる。こんなことじゃいけないってわかってる。だけど、どうしても考えることをやめられなくて。
そんなときに葉桜さんが来て、私に言った。
「やっぱりさ、山南さんのところに総司を置いておくワケにはいかないって思うんだよ」
切り出し方はこんな感じで、どこか奥歯に物が挟まったような言い方で、少しの嘘が混じっているコトに気が付く。
「それで、その、近藤さんたちとも相談して、総司に戻ってもらうことになったんだけど、ひとつだけ条件をつけられちゃってね」
「条件ですか?」
「そ。普段の総司の面倒は鈴花ちゃんがみて、私は鈴花ちゃんが仕事の時だけ診ているだけにすることっていう、ね」
急に目の前で両手を合わせられ、頭を下げられたときは何事かと思った。
「総司のこと、お願い! 私もちょくちょく行くからさ、助けてくれない?」
新選組に入隊する以前から助けてくれた人だから、その頼みを断るなんて考えるわけがない。私は当然のように二つ返事で了承を返した。実際、近藤さんたちの意図というのもわかる。前に沖田さんが倒れられたときも葉桜さんは休みなく彼の代理と世話をしていて、誰かにまかせるなんてことはしなかった。あまりに休まないからと皆で相談して無理矢理に休ませたこともあるくらいだ。山崎さんの計らいで今は一時的に山南さんのトコへ沖田さんを預けることですべては解決していたはずだった。
だけど、葉桜さんの中では何も解決してはいなかったのだろう。山南さんを新選組から遠ざけようとしているのだから、そこに沖田さんがいるということに納得するはずがない。
「沖田さん、桜庭です」
室内に声をかけてから、その部屋へと入る。沖田さんは正座をして、じっと目を閉じていた。
「おはようございます、桜庭さん」
「葉桜さんからお薬を預かってきました」
「ああ、ありがとうございます」
その先何か言いたげな視線に思わず笑いが零れる。沖田さんは葉桜さんを好いているから、屯所にいながら彼女がなかなか会いに来られないということが気になるのだろう。
「葉桜さんでしたら、夕餉の頃に戻ると言ってましたよ」
薬と水の入った湯飲みを渡すと、沖田さんは淋しげに微笑んだ。
「そう、ですか」
「沖田さんは何かなさいますか?」
私がそう聞くと、驚いたように一度目を見開き、以前のように笑った。
「あはは、そうですね。今日は調子も良いので、少し道場へ足を運んでみるつもりです」
葉桜さんからは、できるだけ沖田さんがしたいようにさせてくれと言われている。だから、私は頷く。
「稽古するつもりでしたら、私が相手になりますよ」
かといって放っておく訳にもいかない。それに、体力が多少落ちてはいても相手は沖田さんだ。私には十分すぎるほどだ。
「そうですね、それではお願いしましょうか」
「今日は手加減ナシでいきますからね」
「望むところですよ」
そういって笑う沖田さんは、やっぱり沖田さんだと思った。
(葉桜視点)
当たり前みたいな日常が大切で大切で、守りたくて。でも、守りきれる自信が日増しになくなっていって、でも強がるしか私に道はない。もう一度でも諦めてしまったら、きっと大切な誰かがいなくなってしまうから。気配を殺して、沖田と鈴花の様子を見守る。藤堂が出て行ってからの鈴花はどこか危なっかしさがあって、見ていられなかった。だから、沖田に頼むことにした。あれでいて面倒見も良い。きっとお互いにうまくやってくれるはずだ。
閉じた目蓋の裏側にははっきりと道場の様子まで浮かんでくる。二人がいる間は、あそこにいるわけにもいかない。かといって、出かけている間に沖田に何かあっては困る。だから、鈴花に言付けては置いたものの隊務以外で出かける気はないんだ。
嗅ぎ慣れた香に気づき片眼だけを開け、すぐに目を閉じた。相手は、音も立てずに葉桜の隣に腰を下ろす。
「めずらしーんじゃない、烝ちゃん」
寄りかかってくる様子に苦笑する。
「眠いの?」
「もーやんなっちゃうわよ。アタシの玉のお肌が荒れちゃうじゃな~い」
少し身体をずらし、その頭を膝に乗せる。そうすると髪も結わず、寝衣を身につけただけの男がよく見えるようになる。本人から言われなければ、これが山崎だとはなかなかわからないだろう。普段のあの派手な姿を見慣れているだけに、余計に。
ゆっくりとその柔らかで指通りの良い髪を梳く。
「だったら部屋で寝てれば?」
「…いやよ、今日はこんなに良い天気なんだもの」
梳かしていた手を止め、軽くその額に手を置く。
「馬鹿、そーゆーのが珍しいっていってんの」
いつもなら、こんな天気の良い日に化粧もせずに外で眠るなんて、山崎に限ってあり得ない話なのだ。あまり日の光に当たっていると焼けてしまうし、出来物ができると騒いでいるのだから。
「誰に頼まれた?」
「頼まれてなんかないわよ」
「ふふっ、気にしなくても総司のトコには行かないよ。鈴花ちゃんがうまくやってくれてるみたいだから」
目を閉じて、気配と音を聞く。道場に鈴花の元気な声が響いている。総司は、まだ剣を振れている。でも、以前ほどの迫力は流石に影を潜めている、か。
「ねえ、葉桜ちゃん。総ちゃんを呼び戻したのって、やっぱり鈴花ちゃんのためなの?」
膝の上から聞こえる声に苦笑する。山崎にはやはり隠し事なんてできないようだ。
「半分は正解、かな」
「何よ、まだ意地張る気?」
「ふふっ、そうじゃないって。そんなことより、眠るなら部屋に行こう。この姿、あんまり他の人に見られたくないんでしょ?」
「…アンタ以外は気づきゃしないわよ…」
起き上がった山崎は葉桜が立ち上がる前にその体を包み込むように抱きしめる。葉桜が答えていないことなどとうに承知しているけれど、山崎がしてあげられることと言えばこんなことぐらいしかないのだ。
「どうしたんだ、烝ちゃん?」
「別に、こうしたくなっただけよ」
山崎が自分を大切に思ってくれているのはわかっている。だけど、もう歩みを止めるわけにはいかないんだ。確実に時間は流れ、その時は近づいているのだから。
守るためには、もう迷っている時間はない。だったら、全力で皆を守り通すだけだ。
「ありがとう、烝ちゃん」
「ーー馬鹿」
小さな囁きは聞こえないふりをした。今はただ、残りの穏やかな時間がゆっくりと流れることを祈ろう。
これから先またこの時間を取り戻すために頑張れるように、今はただ休息を。
平鈴設定なので、やっぱり好きな人が近くにいないと淋しいんじゃないかなぁと。
んで、ヒロインは誰よりもゲームヒロインの幸せを願うので、彼女のために呼び戻しました。
もちろん沖田にも頼んであります。
仕方ないですね、と笑って引き受けてもらいました。
(2006/7/28 16:21:57)