弾む音が木霊して、空気と心を弾ませる。木目調の磨き上げられた体育館には、昼の光より眩しいライトがあたりを照らしている。
窓の向こう側には明るく白い十六夜の月が、あたしたちをみつめているような気がした。
しんしんと静かな静寂は別の世界のようで、聞こえるのは弾むボールの音と、彼の息遣いだけ。
一際大きな音に振りかえると、ダンクをした鈴鹿が地に降りたところだった。この上なく満足そうな顔とまではいかないが、少しすっきりとした顔をしている。
「休憩終り!」
「え、もう!? まだちょっとしかボール触ってねぇぜ?」
至極不満そうな鈴鹿に近寄り、あたしは仁王立ちで宣言した。
「もー3時間は経ってるよ! 1時間の約束でしょ、息抜きは」
いいながら、ボールを取り上げる。
「あと1時間!!な?」
今度は取りかえされて、逃げられた。そのままゴールに走っていこうとするのを追いかける。でも、さすがはば学でバスケ特待を取っていただけのことはある。卒業して半年以上も経つのに、いまだ健在な体力。というか、パワーアップしてるんじゃないだろうか。
でも、あたしも伊達に3年間彼を追いかけて、バスケばかりやっていたわけじゃない。数歩で彼にもボールにも追いつく。
「さっきもそう言った。もう今日はおしま…あっ!!」
追っていたボールが鈴鹿の手を離れて、するりとゴールをすり抜ける。彼は満面の笑顔。
「俺の勝ちーっ、あと1時間な、春霞」
「ずるい、もう1回!!」
落ちたボールを先に拾い上げて、ドリブルしながらコートの半分まで来ると、もう追いつかれる。ドリブルは止めない。
「俺を抜けたらなっ」
ふざけて笑いながらなのに、真剣な瞳。遊びでも気を抜かない、あたしが相手でも手加減しない。どんな相手でも、油断しない。
広い体育館に、ボールの弾む音だけが響く。余裕そうなかすかな笑みは、まっすぐあたしの目を見る。
「…無理だと思ってるでしょ」
「まぁな」
一瞬でも隙を見せたら、取られる。
「あたしが抜けたら、英語やる?」
「…できたら、な…っ」
伸びてきた手から、手を持ち替えて、逃げる。追い駆けてくる。追いつかれたら、負ける。
「和馬。あたしの高校時代のあだ名、知ってる?」
「え?」
スッと構えて、ボールが手を離れて、宙に飛ぶ。完全に綺麗な円形を描いて、鈴鹿の手の上をすり抜けてゴールに辿りつく。
だめだ。はいらないっ
あたしが地に降りるより先に鈴鹿はもう走り出している。このままじゃ、また勝てない。
考えるより先に、体が動いていた。
「だめっ」
「おわっ!」
ジャンプして、間一髪飛びついてボールに触らせずに落とす!
二人一緒に床に転がって、これはもう怒られるかなと覚悟した。ゲーム中なら反則だよ。笛鳴らされちゃうよ。床を通じて聞こえてくる鈴鹿の息遣いはやけに響いて、少しドキドキする。
腕があがっても、あたしはまだその横顔を見つめていた。
「あっぶねーなぁっ」
明るく笑いながら返され、あたしも安心して笑う。
「そんなに勝ちたかったのかよ?」
「だって、手加減してくれないじゃない」
半回転して、あたしは半身を起こす。
「…手加減すると、春霞は怒るじゃねーか」
「あったりまえじゃない!」
なんだよそれっと、くしゃっと顔が崩れて、笑う瞳にココロを吸いこまれる。子犬、みたいだと思った。最初に会った時から、子供みたいだった。でも、そのもっと奥のずっと深いところで、鈴鹿は未来を見ていた。夢見るだけじゃなく、叶える未来を持っている。そんなところに、あたしは惹かれたのかもしれない。
「もう1回勝負! ハンデで和馬は右手使っちゃダメね」
予告なしに置きあがりざま、あたしはボールに向かって駆け出した。
どうして、こんなに夢を見つづけていられるだろう。あたしは幼稚園の夢も小学校の夢も中学の夢も、一つずつ諦めてきた。なのに、鈴鹿みたいに諦めない人もいる。叶うかどうかなんてわからない夢を持ち続けて、今までもこれからも生きていくなんて、あたしには出来なかった。
なりたかったモノは、度重なる転校と共に消えていった。期待するのをやめたのはいつからだったかな。
『おねぇちゃんだから』その一言で、全部押しこめてきたのに、鈴鹿はあたしの目の前で全部やってくれる。うらやましいけど、たまにイラつく。
叶わないかもしれないのに、ずっとアメリカへ行ってバスケするって。進路選択で聞いた時は驚いた。全部「バスケ留学」なんて書いたら、そりゃ氷室先生だって怒るに決まってる。なのに、他に思いつかないって、一直線だった。
「ねぇ!」
「なんだよ、春霞?」
「本気?」
何度目かの3ポイントは、まだはいらない。
「何がだ?」
リバンドをゴールにまた押しこめて、聞き返してくる。
「アメリカなんて、遠いよ?」
「だから一緒に行くんだろ」
投げられたボールを受けとって、投げ返して、また受け取る。
「叶わないかもしれない」
「叶うに決まってるだろっ」
床を擦るシューズの鳴声と、ボールの音と、あたしたちの息遣い以外は何も聞こえない。
「どうして、信じていられるの――?」
態勢を崩しながら、投げたボールがまぐれで入るのがみえた。床につく衝撃を覚悟してたけど、目は閉じないでボールだけを追っていた。
視界から、鈴鹿が消えた。
「どうして…っ」
逆さまに、顔が映る。見上げる鈴鹿は動揺する瞳で、あたしを見つめている。
「その態勢ではいんだよ…」
「3年間の努力の賜物」
優しく笑って、上気した頬に手を添える。熱が指先から伝わってきて、気持ち良い。
「ねぇ、どうして夢を信じていられるの?」
どうしたら、そんなに真っ直ぐに前だけみていられるのか、方法があるなら教えて欲しい。
「ふつうさ、いろいろ諦めてくもんじゃない? なのに、どうして? 日本でだってバスケは出来るじゃない」
弾んで、転がるボールの音が段々小さくなってゆく。
「春霞は、俺とアメリカでバスケしたくねぇのか?」
「そうじゃない! ただ、わからないだけなの」
降ろそうとした手を捕まえて、鈴鹿はもう一度自分の頬につけた。そんなことがもう恥かしくて、でも目を逸らしたくなくて、真剣な鈴鹿を睨み返す。先に笑ったのは、やっぱり鈴鹿で。
「そろそろ帰ろうぜ。勉強、しなきゃな」
珍しいことを言うもんだ。この時期に雹でも降るんじゃないだろうか。
夜道を鈴鹿が先に立って歩く。あたしはその後について歩く。静かな住宅街には、二人分の足音が聞こえるだけだ。
「もうすぐ、クリスマスだな。春霞」
急に振りかえって、あたしが隣りに着くまで待って、二人並んで歩く。歩調はあたしに合わせてか、ゆっくり、ゆっくりと。
「去年のパーティーの話、憶えてるか?」
無言であたしは頷く。忘れるわけない。
「星を捕ろうとしたって話でしょ?」
あたり、と柔らかく微笑む。
「あれにはさ、続きがあるんだぜ」
「続き?」
聞き返しながら鈴鹿を見ると、彼は眩しそうに星を仰いでいる。
「笑わないか?」
「笑える話なの?」
おまえは笑わないだろうな、と言ってくれた。
「…あのあと、俺、星を捕ったんだよ」
「え?」
不思議そうに聞き返すと、笑いながら話してくれた。お父さんの小さなイタズラのコト。寝ている鈴鹿の顔に小さな星を描いて、星を捕ったと誉めたコト。
聞いていて、やけにバンソウコウが気になった。いつもしている鈴鹿のバンソウコウの下って、もしかして。
「アタリ」
「外しても、良い?」
ダメだ、と言って、あたしの伸ばす手を掴んだ。
「コレがあるから、俺、絶対に夢を手に出来る。だから、さ、その、な?」
「外しちゃダメなの?」
「まぁな」
開いているもう片方の手で捕ろうとすると、両手とも拘束されて、二人で足を止める。
「ちょっとだけ、ね?」
「願掛けしてんだからよ。取るな」
「でもさ、張り替えないと衛生的にもよくないし、ね?」
「毎日張り替えてっから心配すんな」
ジタバタしても、どうやっても拘束から逃れられない。さすが、オトコのコ。
「わかったわかった!取らないから、手ぇ離してっ」
でも外してくれたのは片手だけだった。真っ赤な顔で、でも片手は離さない。痛いくらいにしっかりと握ってくる手を、あたしは強く握り返した。
「いつか、見せてくれる?」
「夢が叶ったらな」
「うん、夢が叶ったら絶対ねっ」
恥かしいのか、視線は空を仰いだままだ。こっちも、見て欲しい。暗くてもわかるくらい赤くなった耳で、照れているのはわかるけど。
「約束ね?」
強く繋いだ手を引いて、バランスを崩した鈴鹿の顔はすぐ目の前。
「おまっ!?」
バンソウコウに約束のシルシ。――軽く触れるだけのキスを。
二人で一緒に、夢を叶えよう。
夢が叶っても、一緒にいよう。
そんな願いを込めて。
できた――!初・鈴鹿創作!! あ、あんまり甘くないかもしんない。
しかもバスケは小学校の記憶が一番強くて、間違いがありそう。
そして、半年以上たってもまだ日本にいる二人。いつになったら留学するんだか…。
どうして、いきなり鈴鹿かというと。
『GS BOX』のつばめ様と、バンソコの下はいったいどうなっているのか。
という話が持ちあがり、お互いに書いてみようか――?
などというのが一ヶ月以上も前の話(オイ)。
誰かが住み着いている、というのが最有力だけど、ギャグはムリっっっなので、別のを考えてみました。
鈴鹿ファンの方、ニセモノかもです。うわ~笑顔で怒られるともっと怖いですっ
書き終わってから、どりいむ化の意味が全くないくらいに名前を呼んでいなかったことに気がついて、
急いで書き加えたコトは秘密です(笑)。
完成:2002/11/17