ーー好きな人がいる。
残酷な言葉やと思った。俺はただ彼女の姿を探していただけで、断じてこんな場面が見たかったわけでも、こんな言葉が聞きたかったわけでもない。ただ、探していただけや。
「好きなやつ、おるんか」
屋上の強い風に今にも折れてしまいそうな春霞の隣に立って、せめてもの風除けとなる。吹き付けてこない風と突然の気配に驚いて振り返った彼女の顔は、涙で濡れていた。これがなんとも思ってない女なら、別にいつものことかとか思うけど。
「聞いてたの…?」
掠れる声は空気のほうが多く、見開く瞳を二度三度と瞬きして、腕で拭う。
「聞こえたんや」
聞きたくなんて、なかった。俺は少なくともとか自惚れていたけど、そんなもんは跡形もなく消し飛んだ。泣きたいのは俺のほうや。
ーー彼は…優しい人だよ。すごく不器用で、優しい人。それからーー
「フったんは自分やろ。なんで、そないに泣いてるん?」
引き寄せられん手を強く握る。俺に春霞を抱きしめる権利なんてない。
「どうして、私みたいの好きになるかな。こーゆうのは苦手なんだけどな」
「ウソつけ」
「ひっどぉ…っ」
泣き笑いみたいに泣きながら、空を仰いでフェンスに立つ。
痛いくらいの青空を見上げたまま、その体が後ろへと仰け反る。
「お…春霞!?」
ふわりと手が離されるのを見た瞬間、急いでその体を抱きとめた。否、滑り込みセーフ。
「なにしとんの」
「別に、よかったのに」
支えなくてもよかったのに。
そういって、へらりと微笑む姿がどこか痛々しい。
一年の頃はそうでもなかった。2年になって文化祭を過ぎた辺りから急に彼女に告白する輩が増えている。そして、それを断るたびに春霞はこういった自棄を起こす行動をとる。止める相手がいなかったらおそらくいつ大怪我していても不思議ではない。
「なにを…」
「私みたいな最低なやつ、少しくらい怪我したほうがいいんだよ」
好意を寄せてくれるのはうれしい。でも、だからこそ軽い気持ちで付き合いたくないという。俺とは大違いや。
一時でもぬくもりが欲しいと思って過ごす相手は多かった。それがどれだけ意味のないことかと思い知ったのは、春霞を好きになってからや。おかげで俺も最近はずいぶん寂しい夜を過ごしとる。
「だから、毎度のことにそない自棄になるなや。そう思うんなら断らなええやん」
「そんなことできないよ。好きでもない人となんて」
「付き合ってから好きになることもある」
「そんな保証はないじゃない」
真面目過ぎるほどの真面目。生真面目と一言でいってしまえばいいが、もう少し楽な生き方もあるだろうに敢えて辛い方をとる。とても不器用な様子は、もうひとり知ってる。知りたくて知ったわけやない。
のらりくらりと立ち上がり、壁際に座りこむ。その隣に俺も並ぶ。
「好きになってからやないと付き合ったらあかんの?」
「そうとは限らないけど…」
歯切れの悪い返答は風に運ばれて消えてゆく。こんな天気には似合わない会話やと少し思った。
「好きなやつおるみたいやし、仕方ないか」
視線を外していてもわかる。痛いくらいにわかる。好きな女の視線が誰を追うかなんて、わかる。ただ今まで気にしないようにしてきただけや。
「相手は手強いやろ」
「…うん」
「恋愛なんかさっぱりわからん超鈍感やしな」
「…うん」
「でも、嫌われてるふうやないやろ」
「…わかんないよ、そんなの」
いや、わかる。
「そういえば、まどかに私の好きな人の話なんて、したっけ?」
やっと気がついた彼女に顔を見られないように、頭に手を置いてぐしゃぐしゃと撫でる。青空なんて見上げすぎてると感傷的になってあかんわ。
「あほ。いわれんでもわかるわ」
「え!? ちょっとなんでもいいけど、ぐしゃぐしゃにしないでよ!!」
必死に動かそうとする手は小さくて白くて、少し冷たい。風に少しさらされすぎたせいなのか。
手の冷たい人は心が温かいという。すこし、納得した。今は関係ないか。
「それより、今日はバイトあるんやなかったか?」
「え、なんで知ってるの?」
「藤井に聞いた」
「ええ!?」
「せやせや。それで探しにきたんや」
慌てて立ち上がり、屋上の出入口に向かう春霞を目だけで追う。振り向いてほしいて思うんも駄目か。その瞳に一瞬でも俺だけを映して欲しいて思うんも夢、か。
せめて、振り向け。
「あ、まどか」
ドアに手をかけたまま、振り返った。涙の後をかすかに残したまま、でもいつもの柔らかで暖かい微笑を浮かべて。
「ありがと」
残される言葉に、ただ驚いていて、何も返せなかった。
風の勢いで閉まるドアの音さえも空気の一部のようで、笑いがこぼれる。
まさか、本当に振り返ってくれるなんて。なぁ。
「ははっ…俺、諦めんでええんかな…」
いつかは振り向いてくれると、信じていてもいいのかもしれない。まだまだ高校生活、先は長いし。
覚悟しとれ。春霞。
音楽室の前を通りかかると、ちょうど人が出てきたところやった。
「姫条、こんな時間まで何をしている」
「別に~屋上で寝てただけですわ」
「そんなだらしない格好をしていないで、きちんと…」
「センセ、お小言ばっかゆうてると嫌われんで」
春霞もなんでこないなやつを好きかな。俺のが優しいし、よっぽどエエ男やんなあ。
「君に好かれる必要はない」
「うっわ。教師の風上にも置けん!」
本人は気づいてへんけど、たしかにこいつも春霞に気がある。
「早く帰りなさい。下校時刻はとっくに過ぎているぞ」
ここは、牽制の意味でもこいつに春霞の前で恥をかかせねばあかん。うまいこと春霞が幻滅してくれれば、もしかすると俺にも可能性があるかもしれんし。
「聞いているのか、姫条」
「はいはい。急かされんでも帰りますよって」
でもそれがばれたら…嫌われんのはいややなあ。
そう思って背を向けたときだった。
「待て、姫条、君は…」
「まだなんかあるんですか?」
「その…バーガーショップというものに入ったことは?」
いきなり何いいだすんか思って、固まった。バーガーショップに入ったことがないやつなんて、そうそうおらんて。
でももし、もしもこいつがはいったことないなんてことやったら。
「へ?バーガーショップでっか?そらもう毎日入ってますわ」
でもまさかな。はいったことがないなんて。
「そこでは…どういうものを…」
続けられない言葉の先は予想なんかせんでもわかるわ。マジか。ホンマにどこのおぼっちゃんや。なぞな教師やな。
「いや、いい。早く帰りなさい」
これは、なんや。神様のくれたチャンスか。普段の仕返しをするための、恋敵へのチャンス。
努めて、平静を装って、俺は背を向けた。
「ま、待ちなさいっ」
きたきたと、背を向けたまま、隠し切れない笑みが浮かんでくる。見る人がみれば、それはきっと企む者のたちの悪い微笑み。
「まだ何かあるんかいな?」
表面上はめんどうそうに。心の中では、ささやかな計画を完成させて俺は振り返った。
*
数日後、氷室が満面の笑顔で「スマイル」を注文しにきたと、春霞が怒りに来た。それはそれはうれしそうに。
やるんやなかったと後悔したのは、そうなってからの話。
「ばかじゃん、あんた」
「うるさいわっ」
藤井にも和馬までも馬鹿にされて、ちょっと泣きそうになった。
『姫条vs先生』というネタをかえでさんからいただいていたのをようやく^^;
そんときに『スマイル話』も出たので加えて。一応先生狙いな主人公なので、先生に分類。
でも、延々姫条の語りのみ。ってぇ~いいのか、これ?
むしろ姫条の片思い話にしか見えません。<オイ
ネタ提供、ありがとうございましたvかえでさんvv
それからそれから。スマイル会話に試行錯誤していた所に協力してくださった
Ecoさん、つばめさん、春菜佐保さん。大感謝ですvvv
上記方々に捧げます。あはは~妙なものですけどよろしければお受け取りください。返品可です。
完成:2003/02/01