幕末恋風記>> 日常>> 慶応三年霜月 13章 - 13.2.1-怒り代理

書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:慶応三年霜月 13章 - 13.2.1-怒り代理


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.9.6 (2006.9.15)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:2402 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(95)

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p.1

「なんでおまえはそうなんだよ!」
 夕餉を食べている最中に葉桜の前にイライラと腰を下ろした原田を、きょとんと見つめる。今一番新選組内で荒れているのはこの人だ。箸を咥えたまま、手元の茶碗を見る。これで三杯目なのがいけないとでもいうのだろうか。

「え、おかわり禁止?」
「ちっげーよ。そうじゃなくて」
 自分の膳を見下ろす。既にほとんどの総菜は食べ終えている。

「…おのこしはゆるしまへんで?」
「どこで、んなの聞いてきた」
「へ? 知り合いの定食屋の坊主」
 隣で横になって腹を休めている永倉が呆れたようにかけてくる声に返すと、声に出さずに笑っている。そんなに面白かっただろうか。

「そうじゃねーっつってんだろ! なんで葉桜は怒らねぇんだっ。篠原はおまえを犯人だって言ってんだぞっ?」
 鍔を飛ばして怒ってくれているが、葉桜としては困ってしまう。

「うーん、怒る理由がないしな」
「なっ」
「だってさ、今、私が犯人じゃないって言ったところで篠原さんが信じると思うか?」
 山崎から聞いた状況から察して、篠原が葉桜を犯人だと考えても不思議はないと思う。もし自分が同じ立場だとしたら、やはり最初はそう考えそうだ。

「そ、そりゃー」
「原田だって、考えないこともなかったろ?」
 にやりと笑ってやると、黙り込んでしまった。静かになったところでご飯を掻きこみ、箸を置く。ここにいるとどうやら原田の気に障るようだ。

「ごちそうさまっ」
 立ち上がって部屋を出るときに、ようやく背中に声をかけられ、振り返る。

「まぁだ、何かあるのか?」
「俺は葉桜が犯人だなんて思ってねーよ」
 こちらを真っ直ぐ真摯に見つめる原田の瞳を、こちらもまっすぐに見つめ返し、笑う。

「はははっ、ありがとう。原田」
 本当なら、濡れ衣を着せられるのは原田だった。結果的にとはいえ、それは全部葉桜に向いてくれたのは幸運だ。彼に余計な荷を背負わせなくて済む。

「葉桜、おまえ…」
「その言葉はありがたくいただいておくよ」
「……」
「じゃ、私はもう眠るから。邪魔するなよ?」
 奥で永倉が「早っ!」とか驚いて体勢崩しているのを笑い、葉桜は部屋を後にした。

 こうなってしまうことはわかっていたのに変えられる未来はほんのわずかで、どうにもできない自分が歯がゆい。だけど、後悔していてもどこへ行くことも出来ないから、だから、自分に出来るのはしっかりと前を見据えて最悪の事態を避けることだけだ。

 薩摩のことは、話せなかった。それはたぶん自分の心の問題なのだと思う。葉桜自身は薩摩全体が敵だとは思わない。だからこそ、梅さんを半次郎に託したのだ。それがかえって足枷となって、約束の制約を起こしているのだと思う。

 薄暗い縁側で胸元から例の二枚の紙を取り出す。一枚にある梅さんの名前はもううっすらと薄れている。ここからなくなれば、きっとあの人は生きている。もう一枚には「油小路事変」の文字。その日付まで、もう幾日もない。伊東さんもだけど、御陵衛士となっている藤堂が危ない。そして、藤堂を好いている鈴花も。

 夜空の月を仰ぐ。近々近藤たちが伊東との会見を設けると言っていた。上手くいっても行かなくても、葉桜は伊東の護衛をしようと考えている。今の新選組には、誰よりも信用できない人物がいるから。

 近藤たちの部屋の前、気配を隠したまま立ち止まる。どこまで話せるか分からない。だけど、言えるなら。

「近藤さん、土方さん。葉桜です」
 自分の行動だけでも伝えておくことで、二人が気がつけることがあるかもしれない。今回の薩摩の関わりまで話せればいいのだけど、そこまでいかなくても匂わせることさえ出来れば。

 決意を胸に、葉桜は局長室に足を踏み入れた。



p.2

 早朝、誰もいない道場で正座し、両目を閉じて瞑想する。これからのために、戦いの準備のために。

 近藤たちに話せることはじっさいにこの目でみたことだけで、他には何も話すことが出来なかった。大石のことも。

 あの眠っている空白の時間に何があったのか、葉桜自身は何も知らない。起きたときには既に才谷も石川も斃れていたから。犯人は誰なのか、梅さんは言っていなかったけれど、誰であるかの目星は付いている。だからこそ、今は真剣に鍛錬をしなければ。相手が相手なだけに、敵も味方もなくなってしまう危険がある。もしもの場合、御陵衛士と戦わなければならないかもしれない。彼らだからこそ、手加減は出来ない。いつものごとく峰打ちという真似では、新選組を危険にさらしてしまう。だから、久しく使わない剣を使わなければならないだろう。

 傍らの鞘に収まっている小太刀を正面に構える。それだけで、全身に震えが走る。自分に、彼らを殺せるだろうか。

 影が揺れて、芹沢を形作る。

「らしくねぇ」
 そんなことわかってる。殺す決意をするなんて、私らしくない。

「絶対諦めないのが、葉桜だろう」
 だけど、もう方法がひとつしかみつからない。会見がもしも失敗すれば、伊東さんたちと戦うことになったら私は。

 夢だとわかっているのに、問いかけをやめられない。

 全身を覆う汗が、米神を通る雫がぽたりと葉桜を離れる。その一瞬に剣を抜き放ち、影を斬りつけた。

「はぁっ!」
 彼はただ揺らいで笑うばかりで、「ばーか、似合わねぇぞ」と笑うばっかりで。

 葉桜は大きく肩で息を吐いた。たしかに、らしくない私がどれだけ頑張ったって、後悔しか生まれない。そんな簡単なことを忘れていた。剣を鞘にしまう。口元には笑いが静かに溢れてくる。

「たしかに、らしくないや」
 未来を変えるなんて容易じゃないって、最初っからわかってて引き受けた仕事だ。投げ出すなんて有り得ないし、諦めることだってできやしない。ただ出来るのは。

 ぐっと己の拳を握りしめる。

(できるのは、精一杯戦って守り抜くことだけだ)
 道場の扉が開けられ、入り込んでくる朝の光と、冷たい風に葉桜は目を細めた。

あとがき

これで完全復活。
こうじゃないと、このヒロインは。
読み返して、このヒロインの性格は超強気じゃないと、と考え直しました。
でないとこれから先楽しくない。
全然楽しくない!
(2006/9/6)


(93)→(95)にふり直し。
(2006/9/13)


かーきーなーおーしー(一気にやっとこうよ。
(2006/9/15)