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書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:慶応三年師走 15章 - 15.1.1-帰還


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.10.11
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:2816 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(109)

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p.1

「あんたって子はホントッ、バカよねぇ~」
 親友の呆れ声に布団の中で苦笑を返す。横を向けば、同じく隣に敷かれた布団で腕を枕にこちらをじっと見つめている男がいる。化粧をおとした山崎はそれでも薄い月明かりでわずかに照らされて、とても綺麗だ。こうしていると、本当に男の人なのだなと思うけれど、山崎との親友という距離だけは絶対に変わらない気がする。こうして、私に甘いという点も。

「トシちゃんにバレたら、怒られるわよ~?」
「うん」
 わかっていても、今ここにいなければならない理由があった。かけがえのない親友の死を見過ごすことなんて、私にはできない。

「気持ちは嬉しいけど、いざって時は自分の命を優先するって約束は守ってよね」
 戻ってきた葉桜をこっそりと迎え入れてくれた山崎は、それを条件に自分を匿ってくれている。土方にバレたら、と言ってはいるが、二人共がおそらく気がつかれているということぐらい承知している。

「でも、よく勇ちゃんと総ちゃんが承知してくれたわね」
 感心した物言いに、葉桜も深く頷く。それに関しては自分でも驚いているのだ。大坂までの道中でゆっくりじっくり説得してから戻ってくるつもりだったのに、最初に休んだ茶屋であっさりと承知されてしまった。

「本当は一緒に連れていきたいトコなんだけどね~」
「葉桜さんにどうしても助けたい人がいるんじゃ仕方ないですね」
 あまりにあっさりと了承をとれてしまっただけに、不安になるほどだ。

「いいの?」
「いいも何も、いつも勝手してる葉桜君らしくないぜ?」
 あやすように軽く、頭を叩く手から近藤の優しい心が伝わってきて、なんだか涙が溢れてきた。後ろから、総司が肩を抱きしめて、耳元で囁く。

「ただし、僕たちが戻るまで絶対に生き残ることを約束してください」
「総司、それは…」
「でなければ駄目です。行かせません」
 答えることは出来なかった。誰が死ぬのも嫌だけれど、とりわけ葉桜の中の山崎の存在は大きいからだ。生涯これ以上の親友には出会えない、父様とは別の意味で無くしたくないかけがえのない存在なのだ。山崎がいなくなるぐらいなら、自分がいなくなってしまうほうがいい。これ以上、残されるのはーー。

 ううん、もうこれ以上誰も死なせないために戻るんだ。誰も悲しむことのない世界を作るために残るんだから、まだ私は死ねない。

 肩を抱く沖田の手の小指と自分の小指を絡める。

「必ずまた皆で会おう」
 帰り際に抱きしめたときの二人の温もりを、まだ身体が覚えている。だからこそ、少しだけ寒く感じる自分を布団の中で抱きしめる。

「葉桜ちゃん、寒いの?」
 上掛けを持ち上げて招き寄せてくれる山崎の布団に、葉桜は躊躇いなく滑り込んだ。寄り添うとその温かさに安心する。生きているから温かい。そんな当たり前を守りたい。

 布団の中で守るように抱きしめてくれる親友の温もりに安心して、葉桜はゆっくりと眠りに落ちていった。



p.2





 目の前で厳しい顔をした土方を前に、葉桜は顔を俯かせつつ、盗み見るように目だけで窺う。山崎の部屋に泊まった翌日、彼が任務に出ている間に自分の足で土方に帰還の報告をしたばかりだ。

「近藤さんと総司は本当に納得してんだな?」
「はい」
 今度ばかりは土方の怒りとかそういうものを受け流さずに、甘んじて正面から受け止めようとは思っているのだが、そういう経験が乏しいだけにとても怖い。だが、山崎に匿ってもらうのも限度があるし、ここで大坂へ行けと言われてしまったら、もうどこかの家で匿ってもらうしか手はない。できれば、町の人に迷惑をかけるのは避けたいが、山南のところへ身を寄せるのも憚られる。となると、どこかの宿屋で長期宿泊となるわけだが、あまり幕府の金を使うのも手続きが面倒だ。壬生寺辺りで時期が来るまで隠れているのが良いだろうか。

「ったく、しょうがねえな」
「土方さん」
「俺の命令には絶対に従うこと。これが条件だ」
 これは飲めない条件だ。だけど、今は従うしか道はない。

「…わかりました」
 じっと見つめてくる土方の目を真っ直ぐに見つめ返す。呼吸も忍ばずにはいられないほど真っ直ぐに、瞳から伝わる言葉はあるだろうか。従うけれど、従わない。聞けない命令もあるってことが、わかるだろうか。

 新選組のための命令ならば聞くけれど、それ以外は聞かないというのがわかるだろうか。

 先に土方が視線を落とし、そして相好を崩した。

「怪我が治ったらいくら勝手をしてもいい。だが、それまでは他の隊士の手助けも邪魔もするなよ」
 頭に乗せられる大きな手は、近藤と同じく温かい。掌から伝わってくる優しさを感じて、ほろりと堪えていたものが溢れた。

「その点はご心配なく。流石の私もこの怪我じゃ、まだ思うようには動けませんから」
「そう言って、何度も抜け出してんじゃねえか」
 舌打ちを頭上で響かせて、いつものように抱き寄せられる。葉桜が泣く場所はここだ、というように。それに慣れてしまっている自分もいることに葉桜は気づいていているけれど、気がつかないフリをする。気がついてしまったら、きっとすべてが崩れてしまう気がするのだ。だから、何も気がつかないと自らに言い聞かせる。

「ふふっ、それって小六を助けに行こうとした時の話ですね。あの時のような無茶はしませんよ」
 そんな状態で助けられるならともかく、今回は状況が違いすぎる。何しろ、山崎が死ぬのは戦の最中なのだ。そこまで何が何でもついていくには、万全の体調である必要がある。だけれど、大坂にいては遠すぎるし状況も見えない。だから、新選組から離れるわけには行かないのだ。

「本当だな?」
「はい。私も命は惜しいですからね」
 体を離し、その顔を見上げる。

「まあ、それ以前に烝ちゃんが出してくれないと思いますけど」
 屯所にいる間、そばにいることも約束させられている旨を伝えると、戸惑いが返ってくる。

「…何故、烝なんだ…?」
「これ以上無茶したら絶交って言われちゃったし」
「いや、そうじゃなくてだな…」
「烝ちゃんのトコなら、動けなくても誰も襲って来れないし」
「だが、烝は…」
「なにより、寒いときには烝ちゃんと寝ると温かいし」
 固まってしまった土方から体を離し、立ち上がって入り口まで移動する。縁側に出てから振り返って、からかいの笑顔を向ける。

「あ、誤解しないでくださいよ。私と烝ちゃんは親友で、男と女って関係じゃないですから」
「……」
「聞いてない、か」
 障子を閉めていってしまった葉桜は、眉間に手を当て、頭を抱えている土方を見なかった。

「…なんなんだ、葉桜は…」
 葉桜がいくらそう思っていても山崎がどうなのかとか、そんなことは微塵も気にしていない。本人には悪意が無くても、それが余計に質が悪い。見上げてくる涙に濡れた表情にどれだけ土方が動揺していたかも気がつかない葉桜とともに、また屯所にささやかな日常が戻ってきた。

あとがき

「揺らぎの葉」の山崎は、書きながらもちゃんと男姿を意識してます。
恋愛には発展させる気ないんですけどね。
男とか女とかそういう性別を超えた友情ってあると思うんですよ。
そういうのって恋人よりも上な関係な気がします。
恋は何度でも出会える。
だけど、生涯最高の親友に出会える確率の方が、絶対少ないと思う。
この二人にはそういう深い〈親友〉の間柄であって欲しい。
それで、周囲を戸惑わせていって欲しい…!(ぇ
(2006/10/11 12:04:08)


~次回までの経過コメント
永倉
「何か尾張の連中がここから出てけってうるせーんだって?」
土方
「そんなもの、放っておけばいい」
永倉
「あ、そう…。ほっときゃいーんだ?」
「ふ~ん…」