幕末恋華>> 土方歳三>> 護る人

書名:幕末恋華
章名:土方歳三

話名:護る人


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.9.7
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:3199 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:/綾乃
1)
「6900」キリ番
雪様へ
前話「七夕祭り」へ p.1 へ (土方視点) p.3 へ あとがきへ 次話「梅の花」へ

<< 幕末恋華<< 土方歳三<< 護る人

p.1

 夜の闇は怖くない。怖がっていては、新選組になどいられない。紫苑の花を一つ一つ、石の前に並べてゆく。手折られたその花の様を、風の音が葉を震わせ、泣いているように感じるのは、自分の中に悲しみの心があるからだ。

 ひとつひとつは斃れた命の数だけ、ひとつひとつは悲しみの数だけの花を手向けて。そっと祈りの手を合わせる。

 私が入隊したときに共にいた者たちはもう幾人も残らない。消えてしまった命のひとつひとつに手を合わせ、今日も私は祈りを紡ぐ。彼らの想いも、願いも、志も継げるように。

「私にみんなを守るだけの力を貸してください」
 ひとつの命が消える度、涙を流す人がいるから。

「誰かの悲しみを増やさないために…」
 誰も、悲しむ人のいない日常を取り戻すために、今夜も私は祈りを捧げる。昼間は生きている者たちに笑顔を、夜は亡くなった彼らのために祈りを捧げ続ける。気休めかも知れない。自己満足かも知れない。だけど、こうでもしないと自分を強く保つのは厳しい。

「ーーこんなところに墓か」
「わっ!」
 いきなりかけられた声に驚き、振り返れば土方さんが険しい顔をして立っていた。

「な、もう~、驚かさないでくださいよ。土方さん」
 笑いながら言うと、土方が意外そうに片眉を上げて口元をゆるめる。

「これしきでおまえが驚くのか?」
 もちろん私の腕は今じゃ隊内では指折りとなっているが、それは私の上にいた者たちがひとりふたりと斃れてきた結果だ。私の実力だけじゃない。ましてや土方さんの気配を読むなんて、相当難しい。

 隣に立つ土方からは甘い花の匂いが、かすかな風に乗って流れてくる。

「綾乃、これは誰の墓だ?」
 手を合わせた後で聞いてくる土方の隣。もう一度私も手を合わせる。

「今まで新選組は多くの隊士が入ってきましたね」
 話す言葉で思い出す。思い出の中の希望と野心に満ちた彼らの姿は、本当に生に充ち満ちていた。

「でも、ここまで来れたのはほんの一握り…。これは、そんな志半ばで斃れた彼らのための墓です。私がここまで生きてこられたのは単に幸運だったのと、それから、彼らのおかげだから」
 中には私を守って死んでしまった隊士たちもいた。やりたいことなんてこれから沢山あったのに、それでも斃れてしまった者たちばかりだ。その命を忘れて、戦い続けることはできない。斃れた命の数だけ、守ってくれた人の数だけ、私は生き続けなければならない。

 悲しむ誰かを作らないために。

 ふわり、と。夜風が頬を撫で、私の髪を揺らしていった。仲間たちがそうしてくれたように感じて、潤む瞳を閉じる。

ーーありがとう。

 声は届かないかもしれない。でも、もしも届くなら、弱い私を助けて欲しい。強くあれるように、誰も悲しませることのない世界を取り戻せるように。

 過去は取り戻せないかもしれない。だけど、できることなら。皆の生きていたあの頃に私は戻りたい。



p.2

(土方視点)



 どんなときでも綾乃は笑っていたから、俺は彼女は強いのだと勝手に思い込んでいた。新選組の猛者たちの中でもいつも堂々として、引け目を感じることなく渡り合っていける、強い女なのだと。いつから彼女に背中を預けるようになったか、はっきりとは覚えていない。ただ、そうできるだけの強さが綾乃にあったからだということだけは確かだ。

 だが、こうして祈りを捧げる姿はまるで普通の女で、とても弱く儚く見えた。風に揺られて、そのまま消えてしまいそうな姿につい手を伸ばしていて。

「え、土方さん?」
 戸惑う綾乃を腕の中で強く抱きしめる。

「ずっと、そうしてきたのか?」
 いつも笑っていたから、いつも明るいから。それが無理をしているのだなどとは考えもしなかった。

「毎晩、ここで祈っていたのか?」
 一人でいるには、とても寂しい場所だ。この辺りに人は近寄らない。いつだったか幽霊騒動があって以来、志士たちも近寄らない。そんな場所だから、確かに静かに眠らせる場所にしては向いているのかもしれない。

「こんな夜中にどこへ行っているかと思えば、まさか墓参りとはな」
「はあ、すいません」
「…あまり心配させるな」
 いなくなってしまったらと考えたとき、まるで世界が凍り付いたようだった。今まで預けていた背中がなくなる。ただそれだけのことなのに、まるで世界の半分が崩れ落ちてしまうような感覚に囚われた。それで、初めて気がついた。

 こんなにも綾乃を大切に想っていた自分に。

「ご、ごめんなさい。まさか土方さんに心配されるとは、その、思ってなくて」
「でもちゃんとここに人が来ないようにはしたんですよ? みんなを起こしちゃ可哀想ですからね」
 自覚をしたばかりの俺の前で、無防備にも笑顔を向けてくる綾乃。今はそれが作り物なのだとはっきりわかる。本当の綾乃の笑顔は、墓に向けられていた。目を閉じて祈る中に、柔らかな笑顔を向けていた。

 まさか、斃れた者の中に好いていた男でもいたのだろうか。そう考えると胸がざわめいてくる。

「…私、毎晩来てるなんて言ってませんよね…? それに、この場所を誰かに教えたことだって」
 よく綾乃は「別に女を捨てたわけじゃない」と言うことを公言しているが、それでもどこかで彼女は誰のものにもならないような気がしていた。だが、それでも別に彼女が普通の女のように恋をしないわけじゃない。誰かを想わないワケじゃない。そんな簡単なことを失念していた。

「気がつかれないと本気で考えていたのか?」
「だって、ちゃんと寝静まってから出てきてーー」
 俺の腕の中で綾乃に戸惑いは、見えない。安心されているのか、意識されてもいないのか。そんな些細なことに落胆してしまう。

「もう墓参りは終わったな?」
「え、あ、はい。それより、土方さん」
「じゃ、帰るぞ」
 抱きしめていた腕を解き、綾乃の背を軽く押して歩き出す。力に逆らわず、彼女もそれに倣って歩き出す。

 薄雲のかかる闇の中なのに、隣を歩く綾乃は少し明るく見えた。何かを問おうとしていたけれど、それもやめて今は少し楽しそうに歩いている。その姿が急に駆け出す。焦る俺を前に綾乃が立ち止まると、雲に覆われていた月が姿を現し、彼女を明るく照らし出す。

「土方さん」
 綾乃は振り返らなかった。

「これからも、よろしくお願いします」
 だけれど、優しい本物の笑顔を浮かべているコトだろうと想像できた。声音が、風に溶けてしまいそうな程に柔らかかったから。

「ああ、これからも頼りにしてるぜ」
 隣まで歩いていって、その頭を軽く叩くと、いつもよりも数倍嬉しそう笑顔が返ってきた。

「はいっ」
 この先何があっても、この笑顔を守りたいと強く想った。



p.3

 再び楽しそうに歩き出す綾乃の隣を歩く。これからそう何度もないであろう道を、その一歩一歩を大切に踏みしめて。

「ところで、さっきの話だがな」
「はい?」
「少し前の幽霊騒動を起こしたのは綾乃なんだな?」
 笑いを含んだ声で問うと、明らかにその笑顔が凍り付く。

「あ、は、ははっ、そんなこと私言いました?」
「言ったな」
「空耳~ってことにはしてくれませんよね」
「あれだけの騒ぎだ。そういうわけにもいかねぇ」
「そ、そこをなんとかっ」
 縋るような瞳で見上げられて、断れるわけないってわかってないでやってんだよな。こいつは。まったく、大したヤツだよ。

「…今度、墓参りに行くときは俺も誘っていけ。それで、不問にしてやる」
「え…」
「なんだ、嫌なのか?」
「あ、や、そんなことはっ。で、でも、そんなことでいいんですか?」
「ああ」
 祈っているときの姿はとても無防備で、とても放ってはおけない。そんなことは決して口に出すことなどできないけれど。何かあってからじゃ遅いから、だからこれからはどうか近くで守らせて欲しい。

「ありがとうございます、土方さんっ」
 そんな俺の考えなど少しもわかっていない綾乃は、やはり華のように微笑んだ。

あとがき

6900HITの申告&リクエストありがとうございます、雪さん!
楽しんで書かせていただきましたが、いかがでしょうか?
リクエスト通りに書けてます…?
しかし、前向きなようでいてどこか後ろ向きなヒロインになってしまいました~。
(2006/09/07)